話し合い、疑い合い、いがみ合い
菜々緒の化粧は小陽もわかっていたが、イヨと久野絵の化粧は気づかなかった。小陽は改めてふたりの顔を見て見たが、距離が近くないこともあってかよくわからなかった。それは他の生徒も同じらしく、イヨはジジとミコトから顔を覗きこまれていた。
「いっ、イヨくん、お化粧してたの? ぼっ、ぼく、全然わからなかった」
「同じく……イヨの顔を近くで見ててもよくわかんない……これ、ナナオが嘘吐いてる可能性もある?」
「薄化粧というのですよ、ジジくん、ミコトくん。ナナオさんのようなはっきりとしたお化粧も魅力的ですが、お化粧に気付かせない美しさもあるのです。もちろん、これはわたくしが女の子である証左にはなりません。装いがその証明にならないことはナナオさんが示してくれた通りですし、今時は男の子がお化粧するのも何もおかしいことではありません。ただ、見た目に気を遣っているだけの話です」
イヨの話にふたりは納得した様子を見せていたが、それでもまだ気になるのか、張り付くようにイヨの顔を観察していた。
一方の久野絵は両隣の同級生から顔を覗きこまれていた。
「俺も仕事では化粧くらいするけどな。プライベートじゃ面倒くさくてしたいとは思わねえな」
「うるせえ、覗き込んでんじゃねえ」
「そうですよ和泉君、まじまじと見るのは失礼です……あぁ、目元ですか。ほんのりとですがアイシャドウと、アイラインも見受けられます。入浴後なのに、織田君はマメですね」
「てめえも覗いてんじゃねえ。オレの化粧はただの威嚇用だ。背丈でナメてくる奴が多いから、目力盛ってるんだよ。桜と藤原とは違う、戦化粧みてえなもんだ。意図が違うんだから、女のそれとも別モンだ。勘違いすんじゃねえ」
「それで威嚇になってんのか? もっとヤマンバみたいにした方がいいんじゃねえか?」
「隈取はどうですか? 手間はかかるでしょうが、威厳があって恰好良いと思いますよ?」
「うるせえ、阿呆共は黙ってろ」
お化粧をしている3人は一般的な男子中学生像からは著しく離れている。しかしながらそれだけで女の子だと決めつけられるほどの要素でも無い。
イヨと菜々緒は美意識で、久野絵は威嚇。どれも納得できる理由であり、菜々緒もふたりに対して追及する気は無いようだった。
「うんうん、いいよねぇお化粧。アタシもお化粧だーい好き! この後三人でメイクトークしようね!」
「機会があれば、是非にお願いいたしますね」
「するわけねえだろ……ってか、オレ以外に告発する奴はいねえのか? さっきも言ったけど、オレは明日まで引きずるつもりはねえ……てめえらもそうだろ? さっさと片づけて帰ろうぜ」
「わたくしも、長引かせるのはあまり好ましく無いと思っています。ですが残念なことに、女の子を隠しているような男の子には心当たりが無くて……。強いて挙げるならば、ずっと必死に誰彼構わず噛みついている方が、少し怪しいと感じてしまうくらいでしょうか?」
「てめぇ……!」
「織田はさっさと終わらせたいんだろ? だったら、自白してそれで終わりにするのが一番早いんじゃねえか?」
「あぁ?」
久野絵を中心として、険悪な雰囲気が場に滲み始めていた。口調の強い久野絵は反感を買いやすいが為に標的にされやすく、それを止めようとする中立な生徒もまた混沌へと呑み込まれていってしまう。
「ねえねえ、ヤヨイは元生徒会長で頭が良いんでしょ? 目星とか付いてないの? 全校生徒の秘密とか、裏で握ってたりしない?」
「えぇっ!? や、ヤヨイ先輩、そうなんですか? も、もしかして、ぼくのテストの点数が悪いのも知ってるんですか?」
「落ち着いてください、鳳君、宇佐美君。私は何も知りませんし、元生徒会長であることも今は関係ありません。あと、宇佐美君の成績はテストを覗かなくてもわかります」
「そ、それって、わざわざ覗くまでもなく把握できちゃってるってことですか? ま、まさか……実はえるくんみたいに先生とか家族からぼくたちの情報を聞いてたりとかするんじゃ……」
「ミコト鋭いね……それだよ。つまり、ヤヨイは黒幕だったんだ」
「ええぇぇ!? そうなんですか、ヤヨイ先輩!?」
弥生はミコトとジジの世話に追われていた。
「もう織田でいいだろ。背低いし、童顔だし、女装も似合うと思うぜ?」
「その言葉、そっくり返すぜ和泉。モデル様なら女装もさぞ似合っちまうんだろうなぁ?」
「モデルにはブランディングってのがあるんだ。一応クール系男子ってキャラでやらせてもらってるから、勝手に路線変更したら怒られんだよ。悪いけど、俺の女装が見たかったら事務所通してくれ」
「見たくねえし、事務所を盾に使ってんじゃねえ」
久野絵と桃莉は至近距離でいがみ合っていた。
「そういえば、さっきからハルハルとムッツリンってば全然喋ってなくなーい? あっやしぃー……人狼ゲームでは、喋ってない人間は吊っちゃうのが鉄板って言うよねー?」
「わたくしは人狼ゲームというものには明るくありませんが、喋っていない方が怪しいという点には同意いたします。個人的には、小陽さんのお話を是非ともお聞かせいただきたいです」
「えっ、ぼ、僕……? でも、僕はわざと黙ってるわけじゃなくて、ただ何もわからないから話せないだけだよ……」
「ハルハルってば~、何もわからないアピってそれこそ人狼の鉄板行動だよ? 何でもいいからさ、自分の意見を喋んないと。皆で話し合うこと自体は、えるーんも推奨してるんだしね」
「例えば、睦美さんについて話していただくのはいかがでしょうか? おふたりは以前から仲が良いようですから、お互いについて話し合っていただけると、わたくしたちとしても有意義な時間になると思います」
「そっ、そんなこと言われても……」
小陽はイヨと菜々緒からゲーム感覚で追及を受けていた。
それはさながら人狼ゲームの如く。疑惑が互いに伝播して、場は混沌の様相を呈し始めていた。
(睦美、大丈夫かな……)
いつものように睦美を気遣って隣へと視線を流す小陽。其処には、堂々と手を挙げている睦美の姿があった。
「え……睦美?」
「もういいかなって……ボクが女の子で」
そのたった一言で、場は静まり返った。今までの喧騒が嘘のように、全員が睦美に視線と声を奪われていた。




