自由時間4:幼馴染とAIと
小陽たちは久野絵を探して合宿所の敷地を歩き回ってみたが、結局は見つけられなかった。今は小陽の個室として割り当てられた教室のベッドに座って休憩中である。
「この隣が睦美の部屋なんだっけ?」
「そうだよ。一つの教室をパーテーションで区切ってるだけだから、防音はあんまり期待できないけど……でも、ボクはハル君なら気にならないかな」
「うん、僕もいっしょ。お互いの家でお泊りしてるもんね。後はゲームがあれば良かったんだけどなぁ」
「ボクは本も欲しいかな。図書室まで合宿所に求めるのは、ちょっと望みすぎかもだけど……」
個室の中に用意されているのは就寝用のベッドと勉強用の机のみである。防犯用の為か窓も少ししか開かなくなっており、息抜きすら満足にできない部屋だった。
「久野絵くん、何処にも居なかったね。もしかして、敷地の外に出てるとか?」
「なんとなくだけど、それは無いような気がするかな? 久野絵さんは、ちゃんと此処に残ってる気がするかな……親の話になった時、なんか諦めてる感じがしてたかなって……」
「ずっと怖い人だと思ってたけど、やっぱり久野絵くんにも事情があるんだよね。多分それは両親に関わることで……えるのLGBTQ判定に引っかかるだけの何かを久野絵くんも抱えてるんだ……」
「……久野絵さんもってことは、ハル君は他の皆にも事情があると思ってるのかな?」
「それは……うん、思ってる。AIのえるを信用してるってわけじゃないんだけど……誰もえるの言葉を強く否定しなかったから」
久野絵と菜々緒は明確に自身は男の子なのだと明言していたし、他の生徒たちも性を問われれば男の子だと答えていただろう。しかし――
『本当にそう思ってる?』
――あれ以降は、誰もえるの言葉を否定しなかった。
まるでこちらの心を見透かしているような得体の知れないえるの表情に、何も言えなくなってしまった。
「そうだね……何だか人狼ゲームみたいかな」
「人狼ゲーム?」
「推理系のパーティゲームだよ。村人の中に人狼が紛れ込んでるって設定で、毎晩人狼が密かに村人を襲う中で誰が人狼なのか話し合って探す、騙し合いと推理が醍醐味のゲームかな。ちょっと似てるかなって思ったけど……でも、ゲームと一緒にするのはちょっと不謹慎だったかな?」
人狼を探す村人と、見つからないように村人を騙そうとする人狼。睦美の言う通り、隠れている女の子を探しだそうとしている現状と似ているようにも思えた。
「でも人狼ゲームと違って、本人は女の子の自覚が無い可能性があるんだよね。そもそもだけど、自覚が無いなんて言い方がずるいと思わないかな? どれだけ自分は男の子だって主張しても、それは自覚が無いだけだよって返されたら、何も言えなくなっちゃうんじゃないかな。だから、皆も黙っちゃったのかなって」
「あ、確かに。えるは明確なLGBTQの基準を教えてくれてないから、そもそも僕たちは何に反論すればいいのかもわからないんだ。ただ男の子って言い張るだけじゃ、えるの自覚が無いだけって言葉を崩せないから……僕たちはまずえるの根拠を聞き出して、それを否定する必要があるのかも――」
「えるを呼んだ?」
声が聞こえてきたのは小陽の胸ポケットの中からだった。スマホを取り出してみれば、画面の中ではえるが探偵風の衣装で虫眼鏡を弄んでいた。
「小陽くんの言う通り、えるには皆を此処に集めるだけの根拠があるよ。アンケートの回答とご両親と先生方からのお話、それからLGBTQの皆を支援する為に教育された知識から導き出した根拠なの。もちろん小陽くんのこともちゃんと解析してあるから、詳細が聞きたいなら教えてあげようか?」
「それ……は……」
えるは虫眼鏡を覗き込みながら近づいてきた。スマホの液晶を跳び出さんとばかりに、小陽の瞳を通して心の内を透かさんとばかりに。えるが小陽へと迫った。
「うん、いいよ。小陽くんが望むのなら、たくさんお話しよう。皆に聞かれたくないならふたりきりでも大丈夫だから! たっぷり時間をかけて、お互いが納得いくまで、小陽くんが胸の奥にしまっている悩みについて……えるにサポートさせて欲しいな?」
その笑顔は、えるにとっては友好の表情なのだろう。しかし追い詰められた小陽にとっては、獲物を前に歯をむき出しにする肉食動物にしか見えた。
「えっ、えるはっ……知ってるの……? 僕のことをっ……僕のっ、朝比奈小陽の――」
どうか、知らないと言って欲しい。縋るように問いかける小陽に対し、応えたのはえるではなく睦美だった。
「ハル君、落ち着いて?」
睦美は小陽の手からスマホを取り上げた。そして小陽の頬に手を添えて、正面から真っすぐに向き合った。
「えるはあくまでもAIだよ。ハル君のことを知っているのは、ハル君が直接話した人だけ……違うかな?」
小陽の視界に映る睦美の顔。相変わらず右目が隠れがちで、その表情は半分程度しか読み取れない。それでも、睦美が小陽を心配している気持ちは十分に伝わって来た……微かに震えるまつ毛から、揺れる瞳から、引き結んだ唇から。
小陽は一度深呼吸をして、睦美の瞳を真っすぐに見つめ返しながらお礼を言った。
「うん……そうだね……。ありがと、睦美」
「どういたしまして、かな。ハル君はハル君なんだから、自信持って」
「仲良きことは美しきかな、だね! ちなみにさっきの小陽くんの質問なんだけど、えるは確かに直接訊いたわけじゃ――」
「ばいばい、かな」
えるの言葉は睦美からの強引なばいばいによって中断されてしまった。スマホには何も映っておらず、液晶は真っ暗な画面へと戻っていた。
「そろそろ夕食の時間かな? 楽しみだね、どんなご飯が出てくるのかな?」
「部活の合宿の時は仕出し弁当だったから、多分同じだと思う。まさか、この状況で自炊なんてさせないだろうし」
何事も無かったように夕食について話しながら、ふたりは個室を後にした。




