星に願う
私が宇宙を目指す前。孤児院での日々を振り返ると、いつも単調な日常が浮かぶ。薄くスライスされている硬いバゲットを食べ、全員の配膳を待つ間に冷めたスープを飲み干す。そんなはずはないのだが、あの場所の空はいつも灰色だった。自分たちで掃除をした清潔で無味無臭な教室で授業を受けて、終わればまた食事の時間になる。眠る。そんな生活を繰り返すうちにすべての時間は凝縮されていって、消えていく。そして判然としない飢餓感が残った。それは精神的な渇望がどこかで食欲と結びついていたのかもしれない。だから、最初に思い出すのは食事のことだった。
その日、つまりルイを見た日。夕食を片付け、先生に声をかけて庭に出た。
庭を囲む木製の塀は高く作られ、灰色に塗られていた。ここにいる子供達にはには逃げる場所などなかった。閉じ込めておく必要などなかった。むしろ孤児院に逃げ込んできたのだ。先生達に「なぜ」と聞いて返ってくる曖昧な答えはどれも同じようで違っていた。シアン先生だけは根本の部分から違った。彼女は厳しい人だったが、その厳しさが私は好きだった。彼女は高い背から見下ろすようにして私の視線を受け止めてから静かに説明した。
「それは、あなたたちが孤児だからです。外の人があなたたちを見ると、可哀想だと思ったり、蔑んだりする感情が生まれるかもしれません。その感情が人をどんな方向に導くかわからない。だから、みんなに知られないように守っているのです」
その鋭利な現実を多分に含んだ言葉の鋭さに、私は気づいていなかった。
庭に出た理由は、私達が育てている花の様子を見たくなったからだった。授業の一環として育てることになったこの花々は、緑一色だったこの庭に彩りを与えた。
本当は魔法を使うことは禁止されているのだが、私は毎日のように座標を指定して【ウォーター】を唱えていた。なんとなく乾燥したように思う夜に、ほんの少量だけやりたくなる。
ふと、空を見上げたのだと思う。風が吹いたとか、水滴が落ちたとかそんな感じ。靴を見ていることの方が多い私が、その時だけ。
尾を引いて墜ちていく光が目に入った。最初は流れ星だと思った。絵本で読んだ。流れ星が消える前に三回願い事を言えば、その願いが叶うのだと。私はそれを信じて、先生たちには聞こえないように、でも流れ星には聞こえるくらいの声で願った。
「この生活を壊してくれる何かを見つけられますように。この生活を壊してくれる何かを見つけられますように。この生活を壊してくれる何かを見つけられますように」
流れ星は消えなかった。それどころか大きくなっていき、存在感を増していった。
こちらに近づいてきていることがわかった時に、あれがただの星でないことはわかっていたと思う。でも、星に名前をつけることはできなかった。そして、星は輪郭を失うほど遠くなり、再び光となって山の方に消えて見えなくなった。
その翌日、目が覚める。毎朝同じ時間に鳴る鐘の音の少し前。数秒経ってからいつも通りに鐘が鳴った。正確には覚えていないが、そうだと思う。今もその時間に起きている。そうでなければ覚えているはずだ。その日の目覚めは何か特別なものではなかった。
その日は、私達が外に出る日だった。孤児院は教育施設としての役割が主というわけではない。どちらかといえば、早く外に出て働くことができるように社会常識を教える場だ。だから、月に二、三回塀の外の世界を見る。孤児院の中にいる時は孤児だが、外にいる時はただの子供だった。孤児院では無地のシャツだが、外に出る時は胸の辺りに野いちごの刺繍が入ったシャツを着ていた。ツルツルとした肌触りがお気に入りで、外に出る時は毎回そのシャツだった。寄付された服を、多くお手伝いをした子から選ぶことができる催しが年に一回あって、私が五番目に選ぶ権利を手にしていた時に選択したシャツだった。
私は外に出る日が好きだった。そのシャツを着ることができるのもその要因の一つだったが、密閉され、飢えていった心が一気に解放されるような感覚があった。
その日の目的地は、一万歩ほど歩いたところにある露店街で、何か一つ、一二〇円以内で買えるものを買ってみるというものだった。
みんな決まっておもちゃを欲しがったし、私もその例に漏れずおもちゃを選んでいた。貸し借りして遊ぶことが伝統のように受け継がれていたから、同じものは買わないし、なるべくみんなにとって楽しいものを選ぶという暗黙の了解があった。
私はビー玉を買った。
ベッキーは私のことを咎めたが、みんなが許してくれた。ビー玉遊びをするわけではなかった。空を見たくなった。
ビー玉を覗いた。
ベッキーの怒った目が大きく見えた。
仕事が立て込んできたので、逆に書きたくなるという……




