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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第二章 独身を謳歌するしかない

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7/25

夏芽ちゃん最高よ~!

   *


 週が明けて、保険会社とのコラボ記事も出来上がってきた。ライターさんの文章を添削したり、デザイナーさんのラフイメージをもとに細かい指示を送ったり。月曜日は、週末にあがってきたものを確認するのに忙しい。


「夏芽さん、どこ行きたいか決めましたー?」


 昼休み、パンにソーセージがどんと乗った総菜パンをみっつ並べた亘理さんが話しかけてくる。パッケージにはプレーン、チーズ、チョリソーと書いてある。

 あいかわらず栄養が偏っているから、お弁当のブロッコリーをひとつあげよう。どうぞ、とピックが刺さっているブロッコリーを手渡すと「ひえ~! 優しすぎます夏芽さん! あざす!」とテンションをあげて口に入れた。

 毎日のことなのに、毎回喜んでくれて嬉しい。我ながら良い人ぶっている気がしなくもないけれど、目の前で健康の崖から転がり落ちそうな人を見て無視することはできない。


「えっとー、行きたいところだけど……ハイキングとかどうかな」


 自然の中で身体を動かしたい気持ちはあったけれど、電車でひとり、わざわざ行くほどでもないと思っていた。亘理さんを利用するみたいで悪いけど、車を出してくれるというお言葉に甘えることにした。

 ハイキングという単語を聞いて、亘理さんは目を光らせて笑顔を見せる。


「いいすね! 実は俺、大学時代山岳部で!」


「山岳部? 見た目に反して運動部には入ってないって言ってなかった?」


「山登りは運動じゃないすよ。今もよく登りに行きますし」


 わたしの中では運動なのだが……。


「あ、でも夏芽さんは普段山登りしないんですよね? てことは、スニーカーと私服で登れる軽いコースがいいかぁ」


「そうだね」


 詳しいなら良かった。しかも、最初はわたしに合わせて気軽に登れるところを選んでくれるみたい。優しいじゃん!

 そうだなぁ、と亘理さんはもぐもぐとソーセージパンを食べながら考えている。わたしも、お弁当の中身を食べ進める。会社に電子レンジがあると、あったかいお昼ご飯が食べられていい。


「蓼科山なんかいいかも。本格的な登山道だけじゃなくてハイキングコースもあるんすよ!」


「たてしな? ってどこ?」


「長野県の八ヶ岳連峰す!」


 東京の東部から長野は、さすがに遠すぎないか……?


「ど、どれくらいかかるんだろう?」


「うーん、早朝に出て渋滞にはまらなければ四時間くらいで! ギリ日帰りで行けます!」


 正気か。往復八時間も車の中で話すことなんてないんだけど!


「も、もう少し近くは……高尾山とか」


「高尾山なら電車のほうがいいすね。道混むんで」


「そ、そう……電車も混むよね……?」


「めちゃ混みますね。登山客はみんな荷物が多いし」


 行きたくない~!

 電車で行くか、どうしても遠くに連行されるかの二択は嫌!。

 わたしの渋い顔を見て、亘理さんはそうだなぁと頭を巡らせる。


「なら日光とかどうすか。片道二時間弱で行けます」


「そうしよう! 日光いいですね!」


 危ない危ない。往復八時間は回避!

 でも往復四時間弱か……大丈夫かな。


「なになに~ふたりでおでかけ?」


 佳代子さんが、いつものようにお菓子の入った巾着を手にわたしたちのデスクにやってきた。


「そうなんす! 夏芽さんとハイキングします!」


「ちょ、あんまり大きい声で言わないで」


 ハイキングと聞いた佳代子さんは、亘理さんよりも大きな声を出した。


「まーーー! 夏芽ちゃんと亘理ちゃんがハイキング! いいわね!」


「佳代子さん!」


 他の社員が、面白そうな顔でわたしたちを見ている。目立ちたくないし、亘理さんとのことを変な目で見られたくないのに!

 わたしは顔が赤くなるのを感じてうつむく。小学生みたいなリアクションをしてしまった。


「社員同士仲良きことは素晴らしきかな。行楽シーズンだし、リフレッシュしてきなさいな!」


 カッカッカ、と佳代子さんが笑う。

 そういうんじゃないのに……。

 わたしは無言で空になったお弁当箱をカバンにしまう。作り置きが無くなっちゃったから、明日から冷凍食品に頼らなくちゃ。

 最後のソーセージパンをわしゃわしゃ食べる亘理さんは「てことは朝五時集合すかね」とぼそりと呟いた。もう頭の中でスケジュールが決められているらしい。て、集合が朝5時て!


 ちょっと、めんどくさいなって気持ちがわいてきてしまう。仕事の日より早起きするのか……。

 でもこれが「ひとりでは味わえないイレギュラーなできごと」ってことか。確かにそう。せっかく誘われたんだから断ったらダメだよねと思わない限り、早起きしてハイキングしようなんて思わないもんね……。

 早起きに頭を悩ませるわたしに対し、佳代子さんは、声のトーンを落として真面目モードでわたしに告げる。


「ところで高邑さん、新しい仕事の話があるから午後イチで私の部屋に来てくれる?」


「あ、はい」


「じゃ、またあとで」


 この前言っていたことだろうか。保険会社とのコラボの他にも新しいプロジェクトが進行するとなると、忙しくなりそう。


「夏芽さん! いつごろなら予定空いてますか?」


 すでにソーセージパンを食べ終えた亘理さんが、スマホ片手に目をキラキラさせて話しかけてきた。


「えっと……とりあえず、来週末くらいで……」


 今更、めんどくさいとも言えず……。来週末なら保険会社とのコラボは終えているだろうから、少しは気持ちの余裕があるはず。


「おっけーです! 俺がいろいろ調べておくんで、夏芽さんは気軽に来てください! 普通のスニーカーと動きやすい服装と、できれば両手が空くリュックで来てくれれば!」


「本当に、ラフな感じなんだね」


「小さな子でもぜんぜん平気なところなんで! 余裕す!」


 その言葉を聞いて、ほっとした。

 頭の中で、整ったゆるやかな傾斜道をのんびり歩く映像が再生された。お茶屋さんで休憩しながらのんびり登るのも悪くないんじゃない?

 秋の日差しを浴びながら、健全な汗を流す。悪くない。

 そう思うと、楽しみが増してきた!




 午後の業務が始まり、わたしは佳代子さんの部屋へ向かった。

 社長室とオフィスはガラス張りになっていて、イマドキのおしゃれなオフィスという感じ。

 佳代子さん、派手ではないけれどよく見ると仕立ての良いスーツを着ているおしゃれさんだ。バッグも、丁寧に作られた革製品を大切に使っている様子。いろいろこだわりがあるのが見て取れた。


「失礼します」


 普段から開け放されたドアをくぐる。わざわざ呼びだしたということは、まだ他の社員には知られたくないことだと思って、ドアを閉めた。


「座って」


 佳代子さんのデスク前に置いてある柔らかい椅子に座る。


「まだ他の人には話していないプロジェクトなんだけど、ファイナンシャルプランナーの高邑さんには言っておこうと思って」


 ひとつの雑談もなしに、仕事の話を始める。真面目な顔つきはお昼休みにダル絡みする人には見えない。


「『まねきおかネコ』のアプリを作ろうと思っているの」


「アプリ、ですか」


「今までのウェブメディアの記事もアプリから読めるようにして、さらに『直接ファイナンシャルプランナーに相談できる』っていうサービスをメインにするつもりなの」


 なるほど、だからわたしが一番に相談されたということか。


「それって、リアルタイムで回答するってことですか?」


 佳代子さんは、うんと頷いた。


「基本は、チャットのやりとりになる予定。相談に乗った分、給与に反映します。どうでしょう?」


「やります!」


 給与が増えるなら、やらない理由がない。余生を謳歌するための資金はいくらだってほしい。

 佳代子さんは、にっこりした。


「そう、じゃあ計画を進めますね。実はあなたを雇ったのも、この計画があったからで。外注のファイナンシャルプランナーじゃできないことをしてもらうつもりだったんです」


「結構、長期計画だったんですね」


「二年待たないといけない理由があったのよ」


 ふふ、と佳代子さんは笑ったが、理由は教えてくれなかった。

 佳代子さん、先を見据えて会社を経営しているんだ。わたしにはできそうもない。経営者になる人って、やっぱり特別なんだと感じる。


「ところで高邑さん、最近住所変更したみたいだけど、もしかして一軒家を買った?」


 真面目な表情でありながら、愉快そうに佳代子さんが尋ねてくる。


「え、わかりました?」


「やっぱり! 夏芽ちゃん最高よ~!」


 佳代子さんはランチタイムのテンションになりかけて、スンと真面目な顔に戻った。


「戻っていいですよ。保険会社とのコラボよろしくお願いいたしますね」


「はい、お願いいたします」


 社長室を辞すと、わたしはニヤニヤしてしまう。

 社員の誰でもなく、わたしが一番に相談された。頼りにされているってことだよね。わたしにも、承認欲求的なものがあったんだなとびっくりする。

 転職してからというもの、人生が少しずつ楽しい方向に動いている!

 この楽しい気持ちが、あと十二年で終わったら嫌だなと、初めて思った。

 これまでは、大して面白くない生活なんて早めに終わってくれても構わない、なんて思っていた。現状子どもはいないし、ひとりで年老いてまで生きるのはきっと大変だもの。


 でもやっぱり、健康に長生きしたい気がしてきてしまう……。


 少し気分が落ち込みながら、デスクに戻る。


「なんの話だったんすか」


 興味津々といった様子で、亘理さんが声をかけてきた。


「秘密です」


 えーなんすかーとぼやく亘理さんを横目に、わたしは自分のパソコンの電源を入れた。


 とにもかくにも働かなくては。


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