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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第二章 独身を謳歌するしかない

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努力からは逃れられない

 カメリア保険とのコラボ記事、無事外注に依頼できた。初稿があがってくるまでは、他の仕事もしなくちゃ。

 ランチタイムは作り置きで作ったお弁当を食べつつ、頭の中でスケジュールを組んでいく。

 そうだ、年末に向けて、今からスケジュールを前倒しにしなくちゃ。それと、あの件についてライターさんに連絡しておこう。それと……。


「夏芽さん、友だち作りの件どーなりました?」


 カップ焼きそばをもぐもぐと口いっぱいに頬張りながら、亘理さんが話しかけてくる。

 わたしは箸を止めて、口の中の食べ物を飲み込んだと確認してから口をひらいた。


「えーと、最初に確認したいんですけど、夏芽さん呼びですか?」


 先日まで高邑さんと呼んでいたはずだが? そういえば、何日か前に夏芽さん呼びをしたいと言っていたような。

 亘理さんは照れくさそうにカップ焼きそばの麺をごくりと飲み込んだ。


「勇気を出して言ってみました」


 えへ、と言う亘理さん。いくら清潔感があって見た目の良い亘理さんでも、30代後半のえへ、はきついものがある。


「まあ、どっちでもいいんですけど……」


「で、夏芽さん。友だち作りはどうなりました?」


「あー……思いっきり頓挫しています」


「あれま」


 亘理さんは、大きな口で焼きそばを口に放り込む。見ているだけでお腹いっぱいになりそうな、わんぱくな食べっぷり。


「婚活より厳しい戦いだなって思っちゃった」



 その瞬間、亘理さんは椅子をギシっと鳴らして立ち上がる。


「え、婚活したことあるん……うぐっ!」


 立ち上がった勢いで焼きそばを噛まずに飲み込んでしまったようで、亘理さんは目を白黒させている。わたしは亘理さんのデスクの上にあるペットボトルの蓋をあけて渡してあげる。

 大きい声で婚活ってワードを出すんじゃない。

 苦しさのあまり涙目になりながら、ペットボトルを飲み干した。強炭酸って書いてあるのに気づかず渡しちゃったけど大丈夫かな。

 ごくごく飲み干し、ぷはーと息をつく。


「夏芽さん、優しい~!」


 ……大丈夫そう。

 亘理さんが着席したのを見て、わたしは小声で話を続ける。他の同僚に聞き耳をたてられている気がしないでもないけど……。


「5年くらい前にマッチングアプリとか、街コンとかに参加しました。でも、あんま向いてなかったです。まるで面接官になった気持ちで査定してしまって。悪いところばかりが目についてイヤになったんです」


 思い出しても、会ってくれた男性たちに申し訳ない気持ちになる。相手の良いところを見つけられる人だったら、きっと結婚していただろうに。


「もう、ひとりで生きていこう! と思って資格とって、キャリアアップして今に至ります」


 しみじみと思い出す。頼れるのはお金! 自分! と思って、行動した。おかげで家を買えたから、婚活をしたことはプラスには働いている……かな。


「ひとりで生きていこうって、決めつけなくてもよくないですか?」


 亘理さんの言葉に、わたしはうーんと悩む。


「それはそうなんですけどね。でも、子どもが欲しいわけでもないのに、わざわざ婚活して相手を探すのもなって思って」


 それに、一応わたしはあと12年の余生……の予定。だったら、婚活で消耗するよりも自分らしく生きたいと思った。

 12年なんて、あっという間。26歳から38歳まで、一瞬で過ぎていったもの。


「とりあえず、俺と友だちになったらいいじゃないすか!」


「それ、前も言ってましたね」


 同僚と友だちはなぁ……異性だしなぁ……と眉をひそめる。

 そこへ、社長の佳代子さんがやってきた。


「夏芽ちゃんに亘理ちゃん、どうしたの難しい顔して。糖分足りてないんじゃない? ラムネ食べる?」


「いただきます!」


「あ、わたしもいただきます……」


 佳代子さんが、個包装のラムネを手のひらの上に載せてくれた。淡いピンクの丸いラムネで、すごくかわいらしい。ホッとする見た目だ。


「そーいや、佳代子さんも独身すよね!」


 大きな声で切り込む亘理さん。基本いい人だけど、デリカシー面はどうかしてるとしか思えない。

 わたしはうつむいて、ラムネの封を切って口に入れた。口の中で優しく溶けるラムネ。大人になってから、あんまり食べなくなっていたから懐かしい気持ちになる。

 佳代子さんは気にするそぶりも見せず「そうよー、今はね!」と明るく言った。隠しているどころか離婚や独身をネタにしているくらいだから別に傷つかないだろうけど、ヒヤヒヤしてしまう。


「ほら! 夏芽さん! すてきなロールモデルが目の前にいるじゃないすか! 大丈夫!」


 どうやら、励ましてくれている?


「なになに、夏芽ちゃんも独身を謳歌しちゃう?」


 空いていた別の人の椅子をコロコロと引き寄せ、佳代子さんもわたしたちの目線に合わせた。


「独身を謳歌っていうか、余生を謳歌っていうか……」


「ん? 何?」


「なんでもないです、独身を謳歌するつもりです」


 つい、余生を謳歌する件について口をついて出そうになった。デリカシーのない亘理さんに知られたら、なにを言われるか。いや、何か言うというより、大きな声で「死なないで!」って言われそう。


「独身を謳歌って言っても、ひとりだと飽きるから対策しないとねぇ」


「飽きる?」


 佳代子さんはうんとうなずいて、ラムネを口の中で溶かしてからまた口を開く。


「ひとり暮らしって、飽きるのよ。家の中に人がいると、こっちが想定していないことがイヤでも起きるじゃない? やることも考えることも常にイレギュラーだから飽きないけど、ひとりだとまぁー飽きる! 自分の思ったように行動できるって、どんなにひとりが好きでも飽きが来るの。これはガチです」


「ガ、ガチなんですね……」


 たしかに最近、何年も聞いているポッドキャスを聞いていても、好きなドラマを見ていても、おもしろくないと思うことが増えた。

 家を買うという大きな経験をしたから、与えられるエンタメでは刺激が足りないのかも、とも思ったけど……。

 たしかに、ひとり暮らしだとイレギュラーな何かが起きない。肯定も否定もされず、自分の心の中で消化するだけ。日々、自分の思考の中だけで生活している感覚。同じ道を通って通勤して、同じスーパーで買い物して、同じベッドで決まった時間に眠る。

 安定はしているけど、何が楽しいのかと聞かれたら、答えられない。


「結局、誰かといる不自由さがあってこそ、ひとりの良さも再確認できるんじゃないかな。だからね私、バスツアーに参加したり習い事をしたりして、知らない人と交流してんの。で、家に帰ってやっぱりひとりってサイコー! ってなる」


 うんうん、と佳代子さんはひとりで頷く。


「ひとりの良さを知るために、努力……」


 頑張りたくないからひとりを選んでいるのに、ここでもまた努力なのか。


「どんな人生を選ぼうとも、努力からは逃れられないのよねー!」


 アハハ、人生楽しー! と言いながら、佳代子さんはふたつめのラムネを口に入れて立ち上がる。そして、今までの朗らかな表情を一変させて冷静な顔つきになった。


「ところで高邑さん、来週から新しいプロジェクトの計画を進めるので、そのつもりで保険会社とのコラボもスケジュール通り遅れずお願いしますね」


「あ、はい」


 新しいプロジェクトとは。初耳だ。佳代子さんの後ろ姿を見ながら、どんな内容だろうと想像してみる。テキストばかりのまねきおかネコだけど、動画も出すとか?

 安定が好きでイレギュラーが苦手なわたしだけど、あまりにも人生に波風が立たないと「新しいなにか」がはじまるというだけで心が躍るようになった。

 考えるわたしの前では、亘理さんが目を輝かせていた。


「佳代子さんの言うとおりっす! とりあえず、俺と友だちになる努力をしましょう!」


 たしかに、飽きとはほど遠い友人にはなってくれそうだな、亘理さん。


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