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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第一章 絶望の38歳

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新しい友だちがほしい

   *


「それで、新しい友だちってどうやって作ったらいいと思います?」


 年下の上司である亘理裕太(わたりゆうた)さんにぼやく。

 亘理さんは「大学までスポーツやってたっす!」という爽やかな顔で、えっ! と驚きつつカップ麺を勢いよくすする。なお、スポーツ経験はないらしい。

 余生のことや家を買ったことは言わず、「一番の友だちが海外移住すること」と「友達作り」について相談した。

 亘理さんは、よく言えば少年のような目でわたしを見る。


高邑(たかむら)さん友だちほしいんすか!」


「ま、まぁ……」


 いちいち声がでかいな……わたしは顔をしかめながら、小さい声で返す。

 お昼休憩中とはいえ、会社のオフィスなのだからやめてほしい。


「大人になるとさ、友だちって減るじゃない?」


「えー、減りますかね?」


 亘理さんはデスクに「メガサイズ! 豚キムチラーメン!」と大きな字で書かれている容器を置いた。三口くらいで食べ終えたのでは? という速度。それでも太らないどころか、高身長でシュっとしているのが憎らしくもある。

 わたしは、自分のランチボックスの中のかぼちゃの煮つけを差し出す。使い捨ての紙カップに入っているものだ。

 なんとなく、野菜のおかずを一品、毎日のようにおすそ分けしている。


「かぼちゃ! いただきます!」


 少年のように笑顔を見せた。紙カップから直で口に放り込み、かぼちゃを頬張る。朗らかな姿がまぶしい。


「……亘理さんは、友だち減らなそうだね……」


 男性は友だちが減りにくいと思う。結婚しても名字・住まい・仕事が変わらない人も多いのに対して、女性はそれらすべてが変わり、さらに妊娠出産がある。

 千尋も、生まれ育った町も仕事もすべて捨ててカナダに行くのだから。


「とはいえ俺も36歳なんで、たしかに付き合いは減りましたね……みんな結婚して、子育てに忙しいっぽくて」


 ふと、深刻そうな表情になる。

 くるくる変わる顔は見ていて飽きないけれど、36歳にしては少年すぎる。それなのに、上司ということはわたしより給料が多いはず。悔しいけど、2年前に転職したわたしは文句を言える立場にない。

 わたしが勤めるのは、おもにウェブメディア「まねきおかネコ」を運営しているモノガタリファクトリーという会社。わたしはファイナンシャルプランナー1級という資格を生かして、お金の悩み相談に答えたり、外注のライターさんからあがってきたお金にまつわるコラム記事を添削したりしている。

 定時で帰れる仕事。それでいてお給料は……まぁ、いい方。

 資格をとって転職してよかったーと思わずにはいられない。前の会社だったら、家を買う前に体を壊していたかも。学歴がない資格もない体力もないとなると、なかなか稼ぐ仕事にはつきにくい。


「友だち、みんなどうやって増やしてるんでしょうね?」


「わかんないすけど……。あ、高邑さん、俺と友だちになれば解決じゃないですか!」


「はい?」


 冗談で言っているのか本気なのかわからない顔。犬みたいに、キラキラした顔をしている。


「今度、食事行きましょうよ! ね! 手始めに、名字ではなく夏芽さんって呼んでいいすか!」


「上司と友だちはちょっと……わたしが想定する友だちって同世代の女性なので」


 亘理さんはいい人だけど、この調子で会話されたら疲れそうだな……と思ってしまう。それに、うかつなことを話したら会社の人に筒抜けになりそうだし。

 余生を謳歌するために一軒家を買った独身女って知られて、会社の人にひそひそされたらイヤだ。

 同僚とは仲良くならないでおくに限る。


「そんなぁ」


 どうせ本気で言ってないだろうに。しおらしくしている亘理さんは、ちょっとかわいい。


「とはいえ、この会社でわたしと一番仲良くしてくれるのは亘理さんなのは間違いないですけどね」


 わたしの言葉に、亘理さんはぱああと顔を輝かせる。


「まじすか、やったー!」


「でも、縁側の茶飲み友だちではないかな」


「えんがわ?」


「なんでもないです」


 亘理さんはいいひとだけど……気の置けない会話をするタイプかというと、そうでもない。元気はもらえるけど、縁側でのんびりお茶をするのは……はどうだろうか。


「あらー夏芽ちゃんに亘理ちゃん、とっても仲いいじゃない」


 顔をあげると、社長の玉木佳代子(たまきかよこ)さんがニコニコと近づいてきた。手には、キャラクターが描かれた小さな巾着が握られている。


「お疲れ様です。仲いいってわけじゃ……」


「仲いいっす!」


「仲良きことは良きことかな。亘理ちゃんお菓子食べる?」


 佳代子さんはメガネの奥の瞳をきらきらと輝かせ、巾着から個包装のクッキーを取り出した。神経質そうな見た目ではあるけど、中身はおおらかな人。佳代子さんいわく「神経質なのではなく、鈍感な人に比べて神経が細やかなだけ」とのこと。


「もらいます!」


 亘理さんがすぐさま手を出す。


「で、なんのお話?」


 興味津々といった様子で、佳代子さんがわたしと亘理さんの顔を交互に見る。


「あ、えっと……」


 亘理さんに話したことと同様のことを話す。佳代子さんは、へ~とあまり共感できなさそうな顔で頷いた。


「別に、無理して作らなくてもいいんじゃない? 友だちって自分の人生を彩ってくれるモブキャラじゃないんだし」


 う、と胸を突かれたようにうめく。痛いところを……。

 茶飲み友だちがほしいだなんて、自分の欲のことしか考えてない。


「……佳代子さん、友だちいます?」


「いないわね」


 クッキーを食べながら即答される。


「どうせ死ぬときはひとりよ。孤独死どんと来い!」


「どんと来いって……」


 離婚して現在独身である佳代子さん。お子さんはいないらしいけど、孤独死が怖くないのかな?

 わたしの疑問を察したのか、佳代子さんはふふっと微笑む。


「今は高齢者見守りサポートサービスがあるから、死んでもすぐ見つけてもらえるしね。お金があればなんとかなる!」


 最近、わたしも記事を監修した『高齢者見守りサポートサービス』は、入院時の保証人になってくれたり、24時間365日の見守りサービスがあったりと、おひとりさまや子ども・孫に迷惑をかけたくない高齢者に人気の事業だ。

 おひとりさまの高齢者が増えるこれからに向けて、きっとさらに人気が増すと考えられる。

 65歳以上で一人暮らしの人は3割を超える。今後もさらに増えると予測されているわけで……。

 独身のわたしにとっても、気になるサービス! とはいえ、50歳以上や60歳以上でないと加入できないものがほとんどなんだけどね。

 佳代子さん、ひとりでいることへの恐怖心はないらしい。50代で孤独に強いって、羨ましい。


「わたしも、佳代子さんみたいに強くなりたいです……」


 ぽつりとこぼす。亘理さんが、「唯一の友だちが結婚して海外に住むってなると、人間気弱になりますよね」と憐れんだような言葉をかけてくる。唯一ではなく一番だと言ったのに! 実際唯一だけど!


「今はオンラインでなんでも話せるからいいじゃない。私なんて30歳くらいから友だちと呼べる人はいなくなったわ! 結婚したからもう気の合わない友だちなんていらな~い、なんて思ってたけど離婚もしちゃって! あはは、孤独極まれり~!」


 佳代子さんがテンション高く笑う。こっちは笑えない。亘理さんとちらっと目くばせして、ははは……とあいまいに笑っておく。

 みんな、言うほど友だちがいないんだ。ホッとすると同時に……やっぱり、老後の茶飲み友だちがほしい気持ちは変わらなかった。それが誰かをわたしの人生のモブキャラにするとしても、その人の人生にとってわたしが「都合のよいモブキャラ」であればそれでいい。お互い利用しあえばいいんだもの。

 おしゃべりに夢中になっていたけど、腕時計を見て時間ギリギリであることを思い出す。


「わたし、保険会社で打ち合わせがあるからもう出ないと」


 のんびりランチタイムを楽しんでいる場合ではない。慌てて片づけを始める。

 昨日の千尋からの通告が衝撃すぎて、誰かに話さずにいられなかった。だから、亘理さんに話せてちょっとすっきり。


「俺がとってきたカメリア保険とのコラボ企画っすか。頑張ってください!」


 そういえば、営業の亘理さんが契約してきた企画だった。忘れてた。こう見えて持前の明るさとパワーで契約をもぎ取ってくるんだからすごい。


「来月の目玉記事になるから、気合をいれるように」


 佳代子さん、テンションが急降下して社長モードになった。オンオフの切り替えがすごい。


「ありがとうございます。今日はそのまま直帰しますので、それでは」


 わたしは荷物をまとめて、会社を出た。

 ひとりになり、ふぅと息をつく。

 友だちかぁ……。

 結婚相手はマッチングアプリや結婚相談所という手があるけど、友だちってどう作ればいいんだろう。


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