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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第六章 絶望から希望へ……

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あんた、何してんのよー!

 会社を休んだのは一日だけ。休んだ理由を知っているのは亘理さんだけ。

 翌日からは、いつも通り働いた。働くしかないんだ、わたしは。


 『千尋とゆっくり話がしたい。』


 勇気を出してメッセージを送ってみた。ブロックはされておらず、既読にはなった。でも、なかなか返信のメッセージは返ってこない。

 何か言ってくれよー! と思いつつ、待つしかないことに歯がゆさを感じる。ああもどかしい。


「夏芽さ~ん、また顔がおっかないですよ」


 亘理さんに言われ、わたしは慌てて作り笑顔を浮かべる。


「怖くないですよ~あ、メニューありがとうございます」


 金曜日の終業後、わたしは亘理さんと定食屋さんにいた。お昼の時間に話すのはちょっと気が引けたので、わたしが誘ったわけだけど……。亘理さんのおすすめのお店ということでついてきたところが、昔ながらの素朴な定食屋さんだった。

 店内は、帰宅前に夕食をとるスーツ姿の男性や現場仕事を終えた作業着の男性ばかりで、女性客はわたしだけだった。でも居心地が悪いということはなく、適度な賑やかさに落ち着く。


「夏芽さん何します?」


 周囲の客のテーブルを見ると、だいぶボリュームがある。メニューを見ると、量のわりに値段は安いみたい。


「わたしはハンバーグ定食にします」


「じゃ、俺はからあげ定食で。おねーさん!」


 店員の女性を呼ぶ。年の頃は、わたしの親世代だろうか、曲がった背中でひょこひょこと歩いてきて、注文をとって戻っていった。


「で、話ってなんです?」


「話ってわけじゃないんですけど……」


「あ、俺と話したかったって感じですか?」


 嬉しそうに言われると、素直にそうだと頷けない。でも、ここで素直にならないと千尋にもちゃんと向き合えない、よね。


「はい、お友だちの亘理さんにいろいろ聞いてほしくて」


 奥歯をギリギリ噛みしめながら、ようやく言葉を発する。30過ぎたあたりから、寝ている時の噛みしめ癖があるから夜寝るとき用のマウスピースをつけたほうがいいと歯科医師に進言されているのだけど、寝つきが悪くなりそうで断っていた。50歳まで生きるなら歯も持つだろうけど、70歳まで生きるとしたら……やっぱり歯も大事にすべきか。


「亘理さんがウチに来てくれた日の次の日の火曜に、千尋にメッセージを送ったんです。でも、金曜日の今日まで返事が来なくて。不安なんです」


「ブロックされてるってわけじゃ……」


「ないです。既読はついたので」


 亘理さんはほっとしたようにほほ笑み、水をぐびぐびと飲んだ。


「じゃ、待つしかないですね。返事してーなんて送ったらイライラされそうですし」


「そうですよねぇ」


 調理場で鍋と五徳が当たる音。働く人たちのしゃべり声。そして、ボリューム満点の定食。

 職種は違えど、みんなそれぞれの人生がある……ということを常々考えるようになった。自分ばっかり不幸な顔をしないためにはどうしたらよいのか。


「亘理さんには散々お世話になったので、ここはわたしがごちそうします」


 かなりリーズナブルなお店だから、これでおごったというのも物足りないけれど。


「マジすか! やったー。じゃあビールと餃子も頼んじゃおう」


「いいですよ」


「夏芽さんは飲まないんですか」


 飲めるけれど、すぐに酔ってしまって何もできなくなるのがイヤだった。お風呂に入るのも面倒、お弁当箱を洗うのもイヤ、メイクを落とさず寝る……という感じになって、真夜中に目が覚めて重い腰をあげなくてはならなくなるから。


「明日は土曜日ですし、ちょっとくらい飲んじゃいましょうよ!」


 亘理さんの勧めに心が動く。久しぶりに、飲んじゃおうかな。あれこれ考えすぎて疲れてしまったし、お酒の力を借りて悩みをぼんやりさせるのも悪くないかも。


「そうですね。じゃあ、わたしはハイボールにします」


 注文してしばらく経つと、料理とともにアルコールも運ばれてきた。あの腰の曲がり方で、どうして落とさずに運べるのか。もはや曲芸の域。年齢を重ねても、働いて人の役に立っている人もいる。


「かんぱーい!」


 気分よく、グラスをあわせる。口に含むと、ウィスキーの苦味と炭酸が身体に染みわたる気がした。


「おいしい!」


 アルコールを口にしたのはいつ以来だろうか。ブラック企業でへとへとになり、現実逃避をしたかったあの時かな。

 ハンバーグ定食に目をやる。ケチャップがたっぷりかかっている、昔ながらのハンバーグ定食といった風情。イマドキのデミグラスソースやチーズがたっぷりのものとは違い、給食を連想させた。

 口にすると、肉のうまみと甘味が口に広がる。硬派な見た目と違い、ふわふわで柔らかかった。

 ハイボールがあう!

 わたしは、ついぐびぐびと飲んでしまう。


「夏芽さん、いい飲みっぷりすね!」


 亘理さんも、餃子やからあげをツマミにビールを飲んでいく。わたしも、餃子が食べたい。からあげも食べたい。


「わたしにも、ください」


 いいですよ、と言われる前に箸をつける。ああ、餃子ってお酒にあう。もっと食べたい。もっと飲みたい。


「すみません、餃子とハイボール追加で」


 腰の曲がった女性店員を呼び、追加注文。今日はわたしがお金を出すんだから、気兼ねなくたくさん注文できる。


「夏芽さん、ペース早くないすか」


 心配そうに言われるけれど、何を言っているのかわからない。だってこんなにおいしくて楽しいんだから。やめられるわけがない。

 無心で飲んで、食べて。途中、泣きごとをいったような気がする。

 そして。



「あんた、夏芽に何してんのよー!」


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