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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第五章 絶望は続く

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20/25

住宅ローン、早く返したい

   *


 家を買って、もう3ヶ月。

 リフォームしたばかりの水回りなども汚れが目立ってきた。汚れってどうしてすぐにやってくるんだろう。

 明日は、大坪さんが来る。

 千尋以外の人を招き入れるのははじめて!

 どきどきとわくわくのおかげで苦手な掃除も苦じゃなかった。


 でも……千尋のことを思い出して、また胸がきしんだ。元気にしているんだろうか。それだけでも知りたいけれど、千尋はSNSをやっていないから直接連絡する以外の手段がない。

 お腹を押さえて立ち上がった千尋の姿が脳裏に焼き付いている。

 大丈夫、じゃなかったらどうしよう。いやでも、最初にケンカをかけたのは千尋だし……。

 何度も何度も、同じことを考えてしまう。聞けばすぐわかることなのに、聞くことが怖くてしかたない。


 そして日曜日。大坪さんを招く準備を進める。

 着替えてメイクして、お菓子やお茶の準備。寒くなってきたから、縁側で使えるブランケットも用意してそれから……。

 忙しくしていると、千尋とのことを忘れられる。忘れたいわけじゃないけど、でもずっと考えているのも辛い。

 準備を終えてそわそわしながらソファに座っていると、インターフォンが鳴った。

 画面越しに大坪さんであることを確認してから玄関のドアをあける。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは~! 良かった、迷わず来れました」


 笑顔の大坪さん。カメリア保険で会った時より、いくぶん柔らかい表情になっていた。大企業をやめて、精神的に落ち着いたのかもしれない。


「どうぞ、おあがりください」


「お邪魔します」


 スリッパを履き、大坪さんが手土産を渡してくれる。おいしそうな豆大福だった。


「お茶入れますね。コーヒー紅茶緑茶あります」


「では、コーヒーお願いします」


 座布団とブランケットを用意した縁側に案内し、コーヒーを入れに行く。

 だれかのためにコーヒーを入れる時間は久しぶりだった。

 和菓子屋さんで購入してきたであろう豆大福を、お皿の上に載せる。和菓子屋さんで購入すると、透明なプラスチックのパックの上から包装紙をかけてくれるけど、独特の匂いがするのはなんでだろう。クセになる匂いだ。


「お待たせしました」


 コーヒーと豆大福を持っていく。縁側は普段はガラス窓をしめているけれど、今日は開けっ放しにしている。

 あたたかくて風もなく、縁側日和だ。


「縁側、いいですね。ほんと落ち着きます」


 ウェットティッシュで手を拭き、豆大福を食べる。

 豆大福のまわりの片栗粉に注意しつつ口に入れると、あんこの甘さと塩気が口に広がる。


「久しぶりに食べたけど、豆大福って美味しいですね」


「ねー。案外コーヒーにもあうし!」


 縁側で、のどかなお茶会。これぞ、わたしが余生で謳歌したかったことのひとつ。

 ああ、よかった。勇気を出して連絡先を聞いて。

 わたしの欲しかったものを手に入れた。


「大坪さん、あたらしいお仕事が軌道に乗ったんですか?」


 わたしの問いかけに、大坪さんは少し戸惑ったあと、ああ、と頷いた。


「実は……ちょっと仕事を休もうかと思って。ずっと働きづめだったし、まだ先の人生は長いから頑張りすぎないようにしようかなって」


「それは、そうですね」


 失業手当は、自己都合で退職した場合は二ヶ月以上は給付されない。でも二ヶ月くらいなら、貯金等でどうにでもなるだろう。


「人生って、長いのか短いのか……悩みませんか?」


 わたしは、余生については触れず、あくまで一般論として話題を振った。大坪さんは、うんうんと頷く。


「老後の人生について、今から考えないとですよね。私は医療保険の他に、個人年金保険とがん保険と就業不能保険と……とにかくいろいろ入っているんですけど、保険料の負担がきつくて」


「保険って、あれこれ入っておきたくなりますよね。保険会社勤務ならなおさら」


「でも、必要な保険なのかな~ってあとあと悩みますね。でも備えていないと不安だし」


「わかります。備えたいけど、備えるためにはお金がいるんですよね」


「老後二千万円問題ってありましたけど、二千万円じゃ足りない気がします」


 ねぇ、とわたしたちはしんみりした気持ちになった。

 わたしはあと十二年で終わるつもりだけど、終わらない可能性もある。

 中年以降の生き方は、不透明すぎて計画を立てにくい。死なないまでも、病気になるとか、親の介護とか予期せぬことはきっとたくさんある。

 対応、できるかなぁ。


「あ、高邑さんはファイナンシャルプランナーだから、老後資金の貯め方の相談させてくださいよ! 私、保険以外のことはあんまり知らなくて! 不動産とかも詳しいんですよね?」


 大坪さんの提案を聞いて、瞬時に「イヤだな」と思った。

 ほんとうは、無料で自分の知識を使いたくない。お金の相談に乗ることを仕事にしている以上、安売りしてしまうのは会社にも悪い。千尋には、相談させてほしいなんて一回も言われたことはなかった。

 でも嫌われたくなくて。せっかく、友だちになってくれたんだから。


「いいですよ」


 作った笑顔で、わたしは了承した。

 縁側でお茶できる相手を、失いたくない。相談くらい、なんてことない。


「それにしても、椎葉さんとは残念でしたね」


「あの日の夜は、いろいろお話聞いてくださってありがとうございます。おかげで、もう吹っ切れました。椎葉さんとは、これからもお友だちとして仲良くできそうです」


「そうなんですね。まったく、女心をもてあそんで!」


「ほんとですよ~!」


「高邑さんの良さがわからない人なんて、こっちからお断りですよ、ね」


 冗談めかして、わたしたちは笑う。

 コーヒーを口にしながら、青空に浮かぶ白い雲を見上げた。

 なんとなく、上っ面の会話。表面だけをなぞる。

 友だちになったばかりだから仕方ない。


 でも、わたしの良さを、大坪さんもわかってくれているのだろうか。わたしの良さって、なんだろう。


 ……だめだ、またこじらせた思考。なぐさめるために言ってくれているのに。深い意味なんてない。

 千尋と言い合った日のことを思い出す。感情的になって、言いたいことを言いあって。それが、ふたりの関係を終わらせた。もう、あんな思いはしたくないから、思ったことは口にしちゃだめ。


「きれいになって、椎葉さんを見返してやりましょうよ」


 大坪さんは、目をらんらんと輝かせてわたしを見つめる。


「え? いえ、そこまでは……」

 椎葉さんに対して、もう恋心はない。あんなにしっかりしたパートナーから奪ってやろうなんてまったく考えていない。そもそも、わたしは榛葉さんのことを好きだったわけじゃなく、素敵な男性に浮かれていただけなのだし。


「えー、もったいないですよ。もう一押しすればいけるかもしれませんよ?」


「いやいや、そんなつもりはないです……」


「きれいになったら、榛葉さんも友だちじゃなく女性として見てくれるかもしれませんよ」


「いえ、ほんとに」


 大坪さん、ちょっと盛り上がっちゃったのかな。わたしにそのつもりはないのに、しばらく「見返してもいいのに」と不満げだった。


「きれいになると言えば」


 ウェットティッシュで手を拭き、大坪さんは自らのバッグに手を入れた。

 なんだろう?

 バッグの中から、パンフレットが出てきた。ピンク色を背景に、きれいな女性が写っている。

 『美肌』『キレイに』『美しく』といった単語が目に入る。


「この美顔器、すっごいいいんですよ! ちょっと高くて、20万円なんですけど、ローンでも買えるんです。私も実際使ってて、日々お肌の調子が良くなったんですよ。化粧水とかにお金かけるより、この美顔器だけでケアすればトータルでお安くなります。それから」


 立て板に水のおしゃべりに、わたしの頭はついて行けなかった。


「えっと……美顔器?」


「そう、すっごく良いものなんですよ! 芸能人も愛用していて」


 パンフレットには、著名なモデルや俳優の写真と「わたしの美しさの秘訣はコレ!」といったようなセリフが並べられていた。

 中には、有名美容家電のイメージモデルをしている人も。そんな人が、こんなよくわからないメーカーの美顔器を使うわけなくない? 無断使用なのでは……とすぐに疑う。

 わたしの疑いをよそに、大坪さんのトークは止まらない。


「それとですね、この商品をいろいろな人におすすめして買ってもらえば、月100万円の収入も夢じゃありません」


「100万円……」


「そうです。私もこれのおかげで旅行三昧です!」


 この1ヶ月の、旅先の写真が頭を流れていく。退職金とか貯金とかを使っているのかと思っていたけれど、どうやら資金源はコレだったようだ。


「住宅ローン、ありますよね? 早く返したいですよね?」


 大坪さんの目が、ギラギラに光っていた。

 穏やかでやさしくて上品なイメージの大坪さんは、そこにはいない。

 新しい事業も、後悔のない人生も全部、適当なことを言ってわたしに近づいてきただけなんだ。最初から、これが目的だったんだ。頭では理解した。

 頭では理解したけれど、体は言うことを聞かない。

 楽してお金を手に入れようなんて思わない。そんなうまい話はない。でも、「縁側でお茶飲み友だち」を失いたくはなかった。


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