孤独ばかりが人生じゃない
お昼休憩、いつものようにお弁当箱を備え付けの電子レンジであたためて食べる。
隣の亘理さんは、コンビニで購入したらしいサンドイッチを広げていた。
いつも、あれやこれやと話しかけてくれるのに、今日は無言で食べている。なんでわたしが怒られるのかよくわからないんだけど……。今日は、おかずのおすそ分けはやめておこう。
「夏芽さん」
寂しそうな声色で、亘理さんが話しかけてきた。
「えっ、何?」
「……今日は、お野菜くれないんすか」
「では、きんぴらごぼうを……」
紙カップに入ったおかずを差し出す。いつもなら、紙カップを持っておかずを口に放り込むのだけど……今日はそれをジッと見つめるだけで行動はしていない。
「きんぴらごぼう、苦手ですか?」
好き嫌いやアレルギーはないと思っていたけど、なにかあるのかも?
きんぴらごぼうを自分のお弁当に戻そうとすると、亘理さんはわたしの手を掴む。
椎葉さんに続き、また手を掴まれた。
どういうつもりかと、亘理さんを見る。亘理さんは切実に訴えるような瞳でわたしを見た。
「あーんしてください」
意味がわからなくて、脳が言葉を処理するまでに数秒かかった。
あーん、とは? わたしが箸でおかずをとり、亘理さんの口に運ぶという、あれのこと?
ここは会社で、今はお昼休みの時間なのだが?
「それはちょっと……」
亘理さんの真意がわからず、わたしは及び腰になる。
でも、亘理さんは諦めない。
「俺、箸が無いので」
「箸がなくても、いつもどうにか食べてるじゃないですか」
「もうやめます! 今日からやめます! お行儀悪いので!」
真剣な表情でなにを言っているのやら。
同僚に会社内であーんしてもらうのも相当お行儀が悪いと思われる。
「俺、明日からお弁当作ってきます! ジャンクフードやめます!」
「どうしたんですか一体」
たしか、亘理さんはお酒もタバコもやらないかわりに、甘いものやジャンクフードが大好きだと言っていた。それをやめるというのは、よっぽどな気がする。
「俺、ちゃんとした大人になりたいんです」
「36歳はすでに大人ですよ」
亘理さんは36歳という年齢にウッとノドをつまらせた。でもすぐに気を取り直し、わざとらしくゴホンと喉を鳴らす。
「人間、いつからでも変われます!」
「それはそうですね」
よくわからないけれど、亘理さんは変わりたいらしい。その気持ちは、わたしもよくわかる。
わかるけど、あーんはできない。
わたしはデスクの引き出しから、箸を忘れたとき用に備えてある割りばしを取り出した。
「よかったら使ってください」
「ありがとうございます。夏芽さんは準備がいいですね」
亘理さんはすんなり割りばしを受け取ると、豪快に割ってきんぴらごぼうを一本ずつ口にしていく。本当に、あーんしてほしいわけではなく、箸を使いたかっただけなのか……?
それにしても、上品さをはき違えている気がする……!
でも、おもしろいから何も言わないでおこう。あまりに早食いで心配だったから、たまにはゆっくり噛んで食べるというのも身体にいいだろうし。
きんぴらごぼうをもそもそと食べながら、亘理さんはこちらを見ずにぼそっと呟いた。
「椎葉さんとのデート、楽しんできてくださいね」
さっきまでの敵対心はどこへやら。亘理さんはしょんぼりとした雰囲気で言った。
「それと……いつもお野菜ありがとうございます」
余計なお世話だと思っていたから、喜んでくれているとわかってうれしい。
「いえ、少しは栄養のあるものを、と思ってわたしが勝手に持ってきているだけなので」
亘理さんにおかずを提供するようになったのはいつからだろうか。ここ半年くらいかな。おかずを多く持ってきてしまった日にあげるようになり、いつの日か亘理さんにあげるために多めに持ってくるようになっていた。さすがに、毎日ジャンクフードだけは目に余る。余計なお世話だとは思うけれど、見ているだけでこっちの数値が悪くなりそう。
「そういうお礼もしたいんで! 絶対、日光行きましょうね!」
そうか。亘理さんとしては、いつもしてもらってばかりのお礼をしたかっただけなんだ。その気持ちを無碍にして、用なしとばかりに放置してしまった。
「お弁当のおかずって、夏芽さんが毎朝作っているんですか?」
紙カップを持ち上げて、しげしげと眺めている。
「まさか。一度にたくさん作って紙カップにわけて、冷凍しておくんです。朝お弁当箱につめて、お昼にレンジで温めるだけです。楽だし節約できますよ」
「えー! 頭いいんすね! ……じゃなくて、効率的ですね」
どうやら、言葉遣いも改めようとしているらしい。
これまでの話し方も、亘理さんらしくていいと思うんだけど。
「ぜひ、夏芽さんの節約術を教えてください!」
「もちろんです。本業ですからお任せください」
節約術の紹介は、まねきおかネコでもよく取り上げる。
そこへ、佳代子さんがやってくる。
「あら~モテ女の夏芽ちゃん! お元気?」
テンションが高い。手には、椎葉さんにもらった個包装のバウムクーヘンがあった。
「やめてくださいよ~」
わたしもまだ、バウムクーヘンを食べてなかった。デザート替わりに食べよう。
「あの、佳代子さん。取引先の人と、こう……個別に会食をしても良いものでしょうか」
デートという言葉を使うのが恥ずかしくて、湾曲した表現となってしまった。実際、これはデートなのか? という思いもある。
佳代子さんはバウムクーヘンをもぐもぐと咀嚼しつつ、「いいわよ~」と答えた。
「ただし、トラブルだけは避けてもらって。お互い独身なら問題ナッシング!」
過去のインタビュー記事でも答えていたけれど、椎葉さんは独身であるらしい。それはわたしも調査済みだ。
仕事と同じで、誰かと生活することができないらしい。でも、いつか心穏やかに生活を共にできる人が現れたら、いずれ結婚はしたい、と。
心穏やか……。ベイエリアでハンバーガーを食べたときに、椎葉さんは「高邑さんと一緒にいると落ち着く」と言ってくれた。
もしかしたら、わたしみたいな地味な女を求めていたのかもしれない……?
「やだ~夏芽ちゃんたら妄想してる~妄想だけならフリーダムだけどねぇ」
うふふ、と佳代子さんが笑う。
「あ、いや……」
やだもう、恥ずかしい。いい年して、浮かれすぎ!
だってさ。インタビュー記事の『心穏やかに生活を共にできる人が現れたら、いずれ結婚』と、『高邑さんみたいに、穏やで素朴な人と一緒にいると、仕事に追われている日々を忘れられます』がリンクしていて。一目ぼれされるようなことはないけれど、でも感性があうっていうなら、受け入れてもいいんじゃないかなって。顔がかわいい、って言われたらウソだって思っちゃうけどね。
え、てことは結婚? 一度は諦めたウェディングドレスが着れるかも?
やたら美化された自分のドレス姿が思い浮かぶ。
なんてこったー! そんなイベント、まだわたしに残されているの?
余生楽しすぎる!
そんなわたしを見て、亘理さんは鼻息荒く、力こぶしを握った。
「俺はもう、夏芽さんを応援するだけっすー!」
「ありがとうございます!」
千尋のことはずっと気になるけど、会社ではこうしていろんな人に気遣ってもらえてよかった。孤独ばかりが人生じゃない。




