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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第四章 やっぱりうまくいくわけないよね!

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なんなんすかー!!!!!!!

   *


 千尋と連絡を取らず、大坪さん、椎葉さんからの連絡も特にないまま週が明ける。


 体が重い。あまり眠れていない。それでも月曜になれば会社に行かなくてはならない。


 わたしは、一体何がしたかったのだろう。なにを浮かれていたのだろう。

 けれど、千尋にはわたしの将来の不安なんてわかるはずもない。こうして仲たがいをすることは、遠からず訪れることだったのではないだろうか……そもそも人間なんてのはどうあがいたって孤独からは抜け出せないのかも……なんて、アテもないことを思考し続けて、すっかり疲弊している。


 よろよろとしながら、自分の席につく。


「おはようございます。あれ、なんか元気ないすね」


 いつもの通り声をかけてくれる亘理さん。それだけで、涙が出そうになるくらい嬉しかった。でもここで泣くわけにもいかないので、ぱっと目をそらしてまばたきをする。


「おはようございます。ちょっと、いろいろあって……」


 へへへと笑い、大したことないようにふるまう。

 実際、何があったかなんて言えない。千尋の怒りの要因のひとつが「亘理さんへの不義理」だから。


「なんすかなんすかー、俺で良ければいつでも聞きますよ!」


「ありがとうございます、大丈夫です」


 ここで亘理さんに頼ったら、ますますイヤな人間になりそう。こういう時だけ利用するなんてできない。


「……俺って頼りないですけど、話くらいは聞きますよ?」


 飼い主に置いて行かれた犬みたいなしょんぼり顔で、わたしを見ている。

 わたしは思い切り首を振る。これ以上誰かを傷つけたくなかった。


「まだ、自分の中で整理がついてなくて……。話せるときがきたら、聞いてほしいです」


「いいですよ! いつでも!」


 亘理さんは、パッと光るような笑顔を見せてくれた。

 コミュニケーションって大変だ。亘理さんはきっと、頼られるのが好きなんだろう。でもただの同僚に頼りすぎたらよくない。それを分かってもらうのは難しい。

 ここで深く考えずに亘理さんに甘えられるような人だったら。わたしはどんな人生を歩んでいたんだろうか。

 今よりいい人生だった……とは、思えないけど。どう生きたって、わたしはわたしでしかない。


 「甘えていいんですよ」という椎葉さんの声がよみがえる。


 普通に、人には甘えて生きていると思う。頼って頼られて。でも、わたしの思う甘えと周りが言う甘えは違うのだろうか? 甘える、って難しい。

 そろそろ始業だ、とパソコンを起動させようとしたそのとき、オフィスのどこからか「わぁ」「榛葉さんだ」という抑えた声が聞こえてきた。顔をあげると……椎葉さんが颯爽とオフィスに入ってきた。


「椎葉さん、どうして」


 わたしは立ち上がって、椎葉さんのもとへ向かう。今日、アポはなかったはずだよね、と頭の中のスケジュールを確認するけれど、そもそも椎葉さんがここに来る予定など一日もなかったはず。


「高邑さん!」


 まばゆいほどの笑顔で、手をあげる。同僚が一斉にわたしを振り返る。

 途端に、心がそわそわした。

 他のだれでもなく、わたしが椎葉さんに認められているのだと思うと優越感があった。

 わたしは立ち上がって、榛葉さんのもとへ歩み寄る。


「今日はどうなさったんですか?」


「近くに寄ったので、ご挨拶がてら」


 椎葉さんは、手にしていた紙袋を持ち上げる。袋に書かれていたロゴは、有名なバウムクーヘンのお店のものだ。お値段が高いし行列が絶えないため、なかなか買えない代物。


「よかったらみなさんで!」


 遠巻きに見ていた他の社員も、椎葉さんとバウムクーヘン目当てに近寄ってくる。


「あらっ! 椎葉さん!」


 佳代子さんが、いつもの巾着を握りしめたまま駆け寄ってきた。


「佳代子社長、お久しぶりです」


「あらあらこの度は……わざわざおいでくださって」


 佳代子さんは不思議そうに榛葉さんを見ている。普段自分のオフィスから出ない榛葉さんがわざわざ訪問するということが理解できていない様子だ。


「業務委託という形で仕事をしていると、ときたま寂しくなってしまうんです。さしずめ、人恋しくなって山から下りてきた野生動物です」


 照れたように、椎葉さんが笑う。それすらも、なんだかかわいらしかった。

 そういえば、亘理さんは……と思ってデスクを見ると、まんじりともせずに椎葉さんを睨みつけている。男の勘、とやらで、まだ気に入らないままなんだろうか。

 あんなヤバい社員がいると知られるのはよくない。わたしは亘理さんが椎葉さんの死角になるよう身体を移動させる。しかし、椎葉さんは背が高いから、わたしごときでは隠せないかもしれない。


「立ち話もなんですから」


 佳代子さんが、応接室代わりにもしている社長室へ案内しようとする。しかし、椎葉さんは首を振った。


「すみません、このあと予定があって。本当に顔を出しただけですぐにお暇しますんで」


「あら、そうですか……」


 佳代子さんは、これでもかと落胆する。やっぱり佳代子さんも、椎葉さんのファンなのかな。2年も待ってアプリ開発を依頼するくらいだし。


「それじゃあ、お仕事のお邪魔してすみません」


 椎葉さんはすぐに帰ろうとして……立ち止まり、振り返った。


「高邑さん、金曜日の夜空いてますか?」


「え、ああ、はい」


「仕事終わりに、迎えにきますね」


 それだけ言って、椎葉さんは帰っていった。

 ええと……。

 今のは……。


「なんなんすかー!!!!!!!」


 亘理さんの絶叫にも似た声がオフィスに響き渡る。その後ほかの社員の色めき立つ声がさざ波のように押し寄せる。その圧でわたしは足がもつれてよろめきそうになる。

 優越感を通り越して、穴があったら入りたいでしかない状況はその後もしばらく続いた。




 仕事をしていても、同僚の目線が気になってなかなか集中できない。逃げるようにトイレに向かう。

 個室にこもり、スマホを開く。


 トーク一覧にある千尋の名前に胸が痛む。


 一度目を閉じて開いてから、千尋のひとつ上に名前のある大坪さんとのトーク履歴を開く。3日前の、なんてことないやりとりが出てくる。

 大坪さんあてに、椎葉さんが会社に来たこと、みんなの前でデートに誘われたことを書いて送信する。大坪さんには、榛葉さんとハンバーガーを食べた件は話していた。

 相変わらず有給消化中で時間があるのか、すぐに返信が来る。


『えー! すごい展開ですね!』

『今度詳しく聞かせてくださいね!』

『高邑さんちの縁側、楽しみですー』


 短い文章をぽんぽんと返してくるあたり、感覚が若いなと思ってしまう。わたしも千尋も、言いたいことは一回の送信で済むようにしている。メールのように。

 わたしは「ぜひまたお話聞いてください」と返信して、やりとりを終わりにした。

 デスクに戻ると、ずっと不機嫌な亘理さんが猫背でパソコンのキーボードを打っている。亘理さんにイライラされる筋合いはないんだけど、と思いつつ、最初から椎葉さんに対してあまりよい印象を持っていないようだから仕方ないのかもしれない。


 たしかに、椎葉さんがわざとらしくわたしを誘ったことには違和感があった。


 特別扱いされてうれしい! などと浮かれるほど、わたしは若くもバカでもないと思う。思うけども、どうしたって浮かれてしまう。

 なにを着ていこうか。新しい服を買おうかな。顔をパックしたほうがいいかもしれないから、ドラッグストアに寄って見てみようかな。

 久しぶりに、購買意欲が湧く。最近は数年前に買った服を着続けているし、スキンケアもオールインワンジェルで済ませがち。家のために節約し続けているから。でも、たまにはいいよね。

 亘理さんのイライラを浴びないよう左半身をシャットダウンしつつ、ライターさんからあがってきた記事の添削に入る。



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