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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第四章 やっぱりうまくいくわけないよね!

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いちいちひっかかる

 すっかりわたしの家に入り浸るようになった千尋が、土曜日の夕方にふらりとやってきた。


「自分の家みたいね」


 へっへっへ、と千尋は子どもの頃のように笑った。


「急に来てごめんね。帰ってきたばっかりみたいだけど、買い物?」


「ちょっと、実家に行っててさ」


 わたしは今さっきスーパーで買ったものを冷蔵庫に入れながら、近況報告をする。


「お父さんの御用聞きでね。玄関回りが草ボーボーなのに放置してたり下着に穴が開いているのにそのまま履いてたりするから、いろいろ手伝ってて」


 ああ、疲れた。

 不足しているものはないか確認して買い出しをした。買い物をした後だというのに「やっぱりアレがない」と文句を言い、下着を買ってくれば「いいや俺はいらない。まだ履ける」の繰り返し。水回りの掃除も適当で水垢だらけで不衛生だし、お風呂も三日に一回しか入ってないと証言した。買い物に行くのが面倒だといって、ロクなものも食べていないみたい。ゴミ箱の中は、納豆パックとフリーズドライの味噌汁の空袋で構成されていた。

 引っ越して三ヶ月程度。たった三ヶ月で実家が荒れたように感じる。「お父さんはひとりで大丈夫、生活できる」と思っていたけど、現実は甘くなさそう。これまで無意識にわたしがサポートしていたんだと痛感する。

 このままさらに体が弱ったら……同居しないと、厳しいかもしれない。

 自分の余生よりまずは、親の余生を充実させないといけないとわかっている。でも、わがままを言われると、こっちもやる気がなくなる。わたしにとっても限られた時間なのに。


「そっかそっか、大変だね」


 他人事のような千尋の言葉に、わたしは苛立つ。自分は親を日本において、カナダで自分の好きな暮らしをするくせに。お姉ちゃんもそう。自分だけ好きな人と結婚して、こっちに帰ってこないのはずるい。

 わたしは、言葉をぐっと我慢する。言っても仕方ない、千尋には千尋の人生があるんだから。

 買った食料品は、冷蔵庫の中に入れ終えた。

 ひとつ呼吸をしてからリビングに移動し、千尋の隣に座る。


「ところで今日はどうしたの?」


 特に用はないけど、と言われると分かっていて、一応聞いた。いつものことだ。

 結婚の報告があるまで、半年ほどまともに連絡を取り合わなかったわたしたち。「家を買う」「婚活する」というそれぞれの目的を達成することで頭がいっぱいだったからというのもあるけれど……月に何度も会うなんて、社会人になってからはほとんどなかったように思う。


「んー、別に。一人暮らしの人がいると、気軽に集まれるなーって思って」


 千尋はこちらを見ずに、マタニティマークキーホルダーのついた大きなカバンをひざの上に載せる。その中から、卒業アルバムが出てきた。高校を卒業したときのものだ。


「懐かしい!」


「夏芽はまだ持ってる?」


「あー、実家にあると思う」


 自分のものは持ってこないとなと思いつつ、ついつい必要のないものは置いてきてしまう。ああ、実家じまいについても考えなくちゃ。結構、お父さんだけじゃなく、お母さんとお姉ちゃんのものも捨てずにためこんでいる。考えただけで寒気がする。わたしひとりで、やるの?

 アルバムを開くと、あの頃が匂いたつ。当時のヘアメイクは今の高校生とは違う。とがった毛先、細い眉、前髪を止めたピン。

 やっぱ千尋はこの時からきれい。でもそれを言うと、千尋はリアクションに困ったように苦笑いするだけだから言わないことにしている。「夏芽もかわいいよ」とはならない。千尋は正直だから。


「この時は、良かったよね」


 わたしがぽつりと言うと、千尋は「えー」と不満を口にした。


「そう? 私は窮屈だったかな。親の承諾がなければなにもできないなんてばかばかしいお年頃だったよ」


「確かに」


 わたしたちは今、自分の意思で家を買ったり結婚したりできる。そう思うと不自由なあの日々に戻りたくはないような気もする。


「けど、十代の肉体には戻りたい。最近、立ち上がる時に「よっこいしょ」って言うことが増えた」


「それはわかる。わかりすぎる」


「ちょっと、これから子ども産むのに大丈夫?」


「うーーーん……ま、気合で!」


 十代のときはお母さんもまだ生きていた。親はずっと生きていると思っていて、自分もずっと若いままだと思っていたあの頃。もう、そんな日々には戻れない。

 体育祭で、わたしと千尋とほかのクラスメイトが笑いあっている写真がある。この笑顔はもう二度とわたしからは出ない。

 きっと、十代のときもいろいろな悩みはあったはず。でも今となってはあまり覚えていない。

 美しい思い出だけが結晶となり、キラキラと光っていつまでも頭の上から降り注いでいるみたい。

 いつか死ぬときには、38歳の今もそんな思い出になるんだろうか。「家とか買っちゃって、カナダに移住して、わたしたち思い切ったよね」って千尋と笑いあえる日はくるんだろうか。

 そのために、わたしは余生を謳歌しなくちゃいけないんだ。

 また暗い気持ちになりそうになって、わたしは話題を変えることにした。


「そうだ、わたし友だちできたんだ!」


 大坪さんのこと、まだ千尋には話していなかった。アルバムを閉じて、千尋に返す。


「本当!? よかったね!」


 千尋はニコニコ聞いてくれた。


「へぇ、大手保険会社、カメリア保険の。身元もしっかりしてるし、夏芽と同世代の独身女性なら気が合いそうじゃない」


 独身女性、という言葉にひっかかる。自分はそうじゃないって無意識に思っているんだろうな。考えすぎなのはわかるけど、いちいちひっかかってしまう。やっぱり今日は疲れている。


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