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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第三章 人生うまくいく……?

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え゛! デデデデートですって?

「車出してくるんで、高邑さんは正面エントランスで待っていてください」


 とのことで待っていると……。低いエンジン音を響かせながら、黒いセダンがロータリーに侵入してきた。

 一目見てわかる。高そう。よく見ると日本車のエンブレムがついているけれど、見かけたことがない。

 椎葉さんが、運転手側から颯爽と降りてきた。


「お待たせしました」


 そして、慣れた手つきで助手席側のドアを開けた。

 わたしはお姫様なのか? と錯覚してしまう。こんなエスコートされたことがない! 椎葉さんや車に似合わない服装である自分が恥ずかしくなる。今日は打ち合わせがあるから、比較的新しくてかっちりしたスーツを選んできたんだけど通販で買った安物の黒いスーツだ。


「あ、えと、すみません……」


「何を謝っているんですか」


 怯えてパニックになるわたしにも、椎葉さんは優しい。おどおどしながら、助手席に乗り込む。すんごいふっかふか。ソファが車の中にあるみたい。インテリアデザインは洗練されていて、指紋をつけることにためらいがある。シートベルトをしてバッグを抱きしめ、けしてどこにも触れないよう手を固定した。


「とりあえず走らせますね」


 ロータリーを出発し、あてもなく車が街中に飛び出していく。

 わたしは運転免許を持っていないけれど、それでも東京都心の道は怖い。車が多いし、車線も多いし、行先も複雑だし、なによりみんな殺気立っているし。

 椎葉さんはそんな中でもスムーズに、助手席にいるわたしになんのストレスもなく運転をする。


「なにか、食べたいものあります?」


 このままじゃ、テーブルマナーが必要なおしゃれレストランに連れていかれるのでは? という恐怖。もっとカジュアルな場所を提案したほうがいいかもしれない……。

 ここはどこ?

 信号にある案内標識を見てみると、どうやら銀座近辺らしい。

 わたしはいったん、目を閉じた。銀座にもカジュアルな店はあるけれど、それも違う。

 普通に、ハンバーガーが食べたい……安いファストフードの……そう言ったらダメかな。言うだけ言ってみようか。いやでも……。


「高邑さん、ハンバーガーがいいんですか?」


「え、わたし今言葉にしてましたか?」


「はい、思いっきり『ハンバーガーが食べたい、安いファストフードの』と」


 やばい。心の中の声のはずが、思いっきり漏れ出ていたみたい。でもこれはチャンスなのでは?


「マック食べたいなー、なーんて」


 照れ隠しで、ついへらへらしてしまう。

 安い女で構わない。マックでもモスでもなんでもいい。日常に戻りたい! ダメならここで降ろしてくれ! との叫びを「なーんて」にこめてすべて吐き出した。


「いいですね! せっかくならテイクアウトして、景色のきれいなところで食べましょう。秋晴れで天気もいいし!」


 そうと決まれば、と、椎葉さんは首都高の入り口に車を走らせた。

 ……首都高? 高速道路でどこに行くの?




 数十分高速道路を走って到着したのは、東京湾を眺めるベイエリア。駐車料金は一時間で八百円という恐ろしい場所だ。月で借りたらいくらなんだろう?

 近くのお店でハンバーガーをテイクアウトして、やたらおしゃれな公園のベンチで食べることに。

 ベイエリアだけあって、同じようにランチを楽しむ会社員や、若くてきれいなママとその子どもたちが遊んでいたりなど、洗練されていながら穏やかで平和な雰囲気だ。今日一日、ずっと洗練されているな……。

 朝、亘理さんがぜえぜえ言っていたのが遠い昔のよう。具合、大丈夫かな。


「たまには、太陽の元でハンバーガー食べるのもいいですね」


 小さな口で上品にハンバーガーを食べる椎葉さんは、さっきよりも明るく、無邪気に見えた。


「そうですね、あったかくてほのぼのします」


 口ではそう言っているけれど、いつものハンバーガーの味とは違うように感じている時点でぜんぜんほのぼのしていない気がする。


「いつもパソコンばっかり見てるから、遠くのきれいな景色を見ると目が喜んでいる気がします」


「ほんとに。遠くの景色をじっくり見たの、久しぶりな気がします」


 柔らかい光が包む公園、太陽の光を反射する東京湾、あちこちから聞こえる笑い声。

 食べなれたハンバーガー、隣にはイケメン。

 ふと、部屋に入ったときの裸を思い出して顔が熱くなる。いけない。

 慌ててハンバーガーを口にした。


「高邑さんて、お休みの日はなにをしているんですか?」


 ここで「休みの日は休みだから何もしていない。昼まで寝て、スーパーに行って、作り置きをしつつポッドキャストを聞いて、食べながらドラマを見る」と、正直には言えず「料理とか……友だちと会ったりとか」と言葉を濁した。


「趣味とかあるんですか?」


「あんまり、なくて」


 基本、お金のかかることも体力を使うこともしたくない。子どもの頃からお年玉を貯金するタイプ。

 つまんない人生だったなと思う。でもそのおかげで家を買えたわけだし、後悔はしていないけど。


「高邑さんて、素朴な感じですよね」


「そぼく?」


 頭の中で「素朴」という漢字が出てくるまでに時間がかかった。久しぶりに聞いた単語だ。


「高邑さんみたいに、穏やで素朴な人と一緒にいると、仕事に追われている日々を忘れられます。基本、僕は休みもないんで」


 誉められているのかな? たしかに椎葉さんのまわりにはきらびやかな女性が多そうだし、わたしみたいな地味な女は物珍しいのかもしれない。

 なんたって、ハンバーガーでいいって言うし。

 安い女だなとは思うけど、それがほっとするというなら意味もあるというものだ。

 せっかく質問してくれたのだから、わたしも質問してみよう。気になることはめちゃくちゃある。

 とりあえず、当たり障りのなさそうなところから聞いてみよう。


「お休みがないって言ってましたけど、他の社員を雇わずに、ひとりにこだわる理由ってあるんですか?」


 すると、椎葉さんはそうだな、と眉間にシワを寄せた。

 あれ、あんまり聞いちゃいけないことだったかな……。


「すみません、答えにくかったら……」


「いえ、大したことじゃないんですけどね。なんていうか……僕、あんまり人とうまくやるのが得意じゃなくて」


 椎葉さんはこれまで大人びた表情だったけど、少し崩して照れたように笑みを浮かべた。

 人とうまくやるのが苦手。もしかして、わたしと同じなのかも。


「わ、わたしもです!」


「高邑さんは、会社員として組織の中で働けているじゃない。でも僕は、組織の中で働けない。同僚とも上司とも部下とも、誰ともうまくやれないんです」


 それを言われると、何も言えない。わたしも、会社でうまく立ち回れている気がしない。でも、なんだかんだずっと会社員ができている時点で、人並にはうまくやれている、ということなんだろうか。


「でもわたし、友だちぜんぜんいなくて」


 ハンバーガーの残りを一気に頬張る。一口よりも大きなサイズだったから、むせそうになる。

 椎葉さんはわたしにすっとアイスコーヒーを差し出してくれた。いつかの亘理さん状態になってしまった。鼻呼吸をしつつ、アイスコーヒーでハンバーガーを押し流していく。


「高邑さんに友だちがいないなんて、信じられないな」


「ゼロではないんですけど……近々ゼロになるかもしれません」


 カナダに移住したあとの千尋と、どれくらい関係を続けられるかわからない。日本にいても、半年会わないような時期もあったくらいだし。


「不思議だな、こんなに魅力的な人なのに」


「いやいやいや……そうでも……」


 何を言ってもなにをやっても褒められるという不思議体験。幼児期でもなければ、こんなに褒められることはないんじゃないだろうか。


「ほんと、高邑さんといると落ち着くな」


 しばし、無言の時間が続く。

 何かしゃべったほうがいいのかな。でも、ぼんやりと海を見つめる椎葉さんを見ると、あんまり騒がしくしないほうがいいのかな、とも感じる。日々、お疲れなのだろうし。

 わたしも、目の前の海をただ見つめた。

 こうやって、ただ景色を見るだけの時間なんてほとんどなかった。贅沢な時間だな。このままぼんやりしていたいけれど……会社があるんだった。わたしは慌てて腕時計に目をやる。そろそろ戻らないと!

 わたしが時計に目をやったことに気付いたのか、椎葉さんが「会社までお送りしますよ」と言ってくれた。


「いやでも、申し訳ないです」


「高邑さん、こういう時は『お願いします』って甘えていいんですよ。誘ったのは僕ですから」


 そう言いながら、椎葉さんはハンバーガーの包装紙をまとめて紙袋に入れていく。

 追いつけない速度で、すべてがスマートにこなされていく。

 慣れてはいないけど、悪くない世界。


「高邑さん」


 椎葉さんは立ち上がり、わたしに手を差し伸べる。こ、これはわたしを立たせてくれるということ?

 慣れてないから、どう行動していいかわからない。

 手を取ってもよいものか悩みつつ、間違ったら謝ろう精神で椎葉さんの手にわたしの手を重ねた。椎葉さんの手は、わたしを優しく導くように軽くつかみ、自然に立たせてくれる。一瞬だけ、重力が消えた。


「また、ふたりで出かけませんか?」


 椎葉さんからの提案に、わたしは思わず「え゛!」と声をあげてしまった。いけない、過剰反応だ。椎葉さんにとってはこんなお誘いもよくあること……そうに決まってる。ここはスマートにさりげなくお返事をしなくては。


「ぜひ。わたしで良ければ」


 さらっと言えたかは、わからない。わたしが余裕で答えたところでなんのメリットがあるかわからないけど、なんとなくかっこつけたかった。

 また、こんな素敵なデートができるのかと思うと心が浮足立ってしまう。いや、デートとは言ってない。浮かれるな。笑うな。

 しかし、椎葉さんのほうは満面の笑顔になる。


「良かった! 高邑さんとデートですね!」


 で、デートだって!


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