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絶望したので、38歳で余生を謳歌することにします。   作者: 武田花梨
第三章 人生うまくいく……?

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未来が見えない!

   *


 翌々日、さっそく椎葉さんのオフィスへと出向くことになったのだけど「榛葉(しんば)ってヤツのオフィスについて行く!」とやる気十分だった亘理さんは当日の朝、出社してデスクについた時点でぜえぜえと呼吸が荒く、息苦しそうだった。マスク越しに荒い息遣いが聞こえてこっちまで苦しくなる。


「帰った方がいいんじゃないですか?」


「いや、でも今日は椎葉のヤツのオフィスに……」


「こんな体調の人が来たら迷惑です。あと、椎葉のヤツはやめましょう」


 亘理さんは大きな体を縮こませ、しょぼんとうつむく。


「だって……」


「だってじゃなくて。すぐ病院に行って、家帰って寝てください」


「はい……」


 亘理さんがオフィスを出ようと立ち上がるが、ふらりとしてそのままわたしのもとに崩れ落ちてきた。


「えええええ」


 どさりと、大きな体がのしかかってくる。このまま、2人して倒れこんだら大けがをしてしまう。熱い身体を必死に支えて、自分も倒れないよう足で踏ん張る。

 想像以上にがっしりした体型。スーツ越しでも熱を持っていることがわかる。


「大丈夫ですか?」


 大丈夫なわけないだろうと思いつつ、そう声をかけることしかできない。亘理さんも、デスクに手をついて身体を支えているが、プルプルと震えている。


「行きます……夏芽さんを……守らなきゃ」


「何言ってるんですか、悪い夢でも見てます?」


「……すみません、明日はハイキングだったのに……」


 少し顔をあげ、わたしの顔を見つめる。え、近い。マスクしてなかったら、吐息が顔にかかってきそうな距離感。

 明日土曜日は、以前から計画していた通り日光へ行くつもりだった。でも、この調子じゃ無理だ。


「今日はわたしひとりで行けますから……お出かけはまた計画しましょう」


「でも……」


 うるんだ瞳で、わたしを見つめる。どどどうしよう、思ったよりいい匂いが花をくすぐってきて困る。香水……じゃないな。柔軟剤?

 ダメだ、恥ずかしくて耐えられない!

 近くにいた男性社員を呼び、亘理さんを起こしてもらった。ふっと離れ、熱が解き放たれると寂しさを感じた。


「タクシー呼びますから、ね」

 ソファに寝かされた亘理さんは、力なく「お願いします……」と呟いた。

 まったく、頼りになるんだかならないんだか。元気のない亘理さんがちょっと、かわいらしく見えてしまった。




 タクシーに乗った亘理さんを見送ったあと、わたしは椎葉さんのオフィスに向かった。

 1階ロビーにて受付をすませ、指定された階層につくと……高級ホテルの一室のような門構えに驚く。オフィスビルの最上階にあるにもかかわらずいくつかドアが並んでいるだけで、ビジネスっぽい雰囲気はない。


 会社といってもアプリ制作をするのは椎葉さんひとりらしい。経理やマネジメントはいるらしいけれど、基本的には個人事業主として活動している……と、ここ2日で見漁ったインタビュー記事に書いてあった。


 アプリ制作においての才能がすごいのはもちろん、それでいて見た目がいいからメディア露出が多いみたい。『椎葉亮が作ればアプリは成功する』と言われているんだって。もちろん仕事の依頼は多く、椎葉さんが面白そうな内容だと判断したアプリだけが制作され、なおかつ年単位で待たなくてはいけない。


 佳代子さんが「二年待たないといけない理由があったのよ」と言っていたけど、その理由は椎葉さんの働き方にあったみたい。

 時計を確認してから、黒い扉の隣にあるインターフォンを押してみる。こういう企業、初めてだからこれで合ってるか不安……。


『はい』


 落ち着いた声の男性。


高邑(たかむら)です」


『どうぞ、部屋まで入ってください』


 かちり、とドアの鍵が開く音がした。本当に、人の家に来たみたい……。


「失礼します」


 おそるおそる扉を開く。ドアをあけた先は廊下が続いているだけで、人の姿はない。

 入っていいのか、と思いつつ、少し待ってみても誰かがやってくる気配がないので行ってみることにした。

 土足のままでいいんだよね……? と怯えつつ、廊下の先のドアをノックする。


「どうぞ~」


 ドアを開けてみると……着替え中の男性がいた。上半身が裸で、今まさにワイシャツをはおろうという状態。


「すすすすっすみませ……!」


 急いでドアを閉める。初対面の男性の裸は刺激が強い……! てかすっごい筋肉! 細身なのに!

 ばくばくとうるさい心臓を落ち着かせる間もなく、無常にもドアは開けられた。


「すみません、初対面の女性に」


 ワイシャツのボタンをしめずに大胸筋があらわになった姿の椎葉さんが出てきた。いや、ちゃんと着て。


「僕は見られるのぜんぜん平気なんで、気にしないでください」


 そのまま、オフィスの中に入っていった。

 ……なんか、気にしているわたしがヘンみたいじゃないか!

 たしかに若い女性ならまだしも、それなりの年の女がいちいち上半身裸の男にドキドキしているのもちょっとな……と思い始めてきた。いやでも、この状況は誰だって驚くよね?

 ひとつ息を吐き、心を落ち着かせてオフィスに入った。

 大きなデスクの上に三つのディスプレイが並んでいるだけの、広い部屋。おしゃれで豪華なオフィスを想像していたけど、中はいたってシンプルな作りだった。部屋の端にはソファがあり、そこには脱ぎ散らかしたスエットが置いてあった。


「申し訳ないです、さっきまで寝てて。あ、約束を忘れたわけではなく、僕はこういう睡眠のとり方をしているだけですので」


 着替えをしながら、わたしを気づかうように話してくれる。さわやかな笑顔。優しい物言い。これはちょっと、ときめいてしまう!

 そういえば、インタビュー記事やプロフィール記事には年齢は書かれていなかった。アラサーにも見えるしアラフォーにも見える。若いのに落ち着いた人なのか、大人なのに若々しいのか、渋い人なのかぼやっとした人なのか掴めない。


 スーツに着替え、部屋の端からコロコロと椅子を持ってきた椎葉さんが、どうぞ~、と座るよう促した。

 デスクの隣、椎葉さんに並ぶように座る。机の上に置かれた大きなモニターに圧倒されてしまう。電源の入っていないモニターにうつるわたし、やっぱり冴えないな……。


「まともな会議室とかなくて申し訳ないです。でも、このほうが会話しやすいんで慣れてもらって」


「はい、問題ないです」


 椎葉さんは、缶コーヒーをぐい、と飲んでふぅーと息を吐いた。コーヒーの香りが鼻先まで届く。きれいな横顔に、コーヒーの匂いって似合うんだなとまじまじ見つめてしまった。


「高邑さん、さっそくこれ見ていただいて」


「あ、はい!」


 榛葉さんは、パソコンをスリープ状態から起動させる。それと同時に、モニターもあかりが灯り、思わず目を細める。

 慌ててディスプレイに目をやると、そこには『まねきおかネコ』のロゴの入ったアプリの画面があった。これまでウェブに乗せていた記事や画像が配置されていて、まるでもうリリースされたものみたいに完成されているように見えた。


「え、もう作ったんですか?」


 わたしの言葉に、椎葉さんは苦笑する。


「これはサクッと作ったもので大したものじゃないです」


「もう完成品みたいです! すごい!」


 ついはしゃいでしまう。

 しばらく、部屋に沈黙が流れる。まずいことでも言ったかな、と思って椎葉さんを見る。


「高邑さんて、なんかかわいいですね」


 ……え。びっくりしたわたしを見て、椎葉さんはほほ笑んだ。

 …………え? かわいい?

 固まっているわたしをよそに、椎葉さんは「それでここなんですけど」と話を続けている。

 ……またわたしが、気にしすぎているということか。かわいいなんて、よく言うワードってことだよね。よし、気にしない。椎葉さんはこういう人なんだ。


 その後は、ファイナンシャルプランナーに相談できるシステムについての説明や、チャットボットの設置について提案された。チャットボットとは、AIが利用者からの質問に回答してくれるもの。チャットボットがあればわたしの負担が軽減されるらしい。

 あとで佳代子さんに相談しなくちゃ。

 アプリ制作について知らないことが多かったから事前の勉強は大変だったけど、すごく面白い。椎葉さんは話も面白く、わかりやすいから。

 必死でメモをとっていくけれど、知らない世界のことでもあるから何かもれていそうで怖い。ああ、やっぱり亘理さんがいたら良かったかも……。急に心細さが顔を出す。


「高邑さん、手書きメモ派なんですね」


 小さなノートにボールペンを走らせるわたしを見て、椎葉さんは優しい笑顔を見せた。


「こっちのほうが早くて」


 スマホで打つよりも、汚い字でも思いのままにペンを走らせた方が早いし、あとで読み返したときに思い出しやすい。


「ノートもペンもかわいいなぁ」


 ……この人の言うかわいいに意味はない。慌てない。


「僕からのご提案、今日のところは以上です」


「ありがとうございました」


 ノートを片付ける。予定していた一時間半のうち、一時間で打ち合わせが終わってしまった。これならゆっくりランチができそう。


「それでは……」


 あいさつをしようとしたわたしの手を、椎葉さんが掴んだ。え????

 戸惑うわたしを見て、椎葉さんはふふっと笑った。嫌味のない、キラキラの笑顔だ。


「高邑さん。この後、お時間あります?」


「午後1時までに戻ればいいので……2時間ほどありますけど……」


「良かったら、ランチしません? ごちそうしますよ」


「え、でも……」


「ひとりでごはんを食べるのもアレなんで」


 こ、こんなお誘いがあるなんて!

 掴まれた手のぬくもりに頭が冷静になれない。ただのランチのお誘いなのに、なんだか妙に浮き足立ってしまう。

 だって、手を握られているわけで……!

 わたしの視線に気付いたのか、椎葉さんはゆっくりと、指を一本一本剥がすように開いて、解放してくれた。

 断る理由もないし……いいのかな。


「では、ぜひご一緒させてください」


 椎葉さんは、にこっと笑って「決まりですね」と立ち上がった。

 ごちそうするって、おごりってこと? いや、だめでしょ。ちゃんと自分で出さないと。

 といいますか、これ、何? デート? 打ち合わせ? 何? 誰か教えて! 未来が見えない!


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