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第9話 武闘大会の提案

皇女の婚約がすでに決まっていたため、礼儀として、私は皇太子の名において、莫大な価値の贈り物を携え彼女を訪ねた。贈り物の目録は殿下が下書きしたものであり、実際にどんな品を買うかはすべて私に一任されていた。彼女の一生に関わる大事なことだと思い、私は精巧で華やかな衣装を多く選んだ。

思えば、私があの離宮を訪ねるのはこれが初めてだった。普段は彼女が侍女たちとともに馬車で王宮に来て行事に出席するが、私は滅多にこのように宮を出る機会がない。しかし、前回の御花園での会合以来、彼女と二人きりで会うのも久しくなっていたし、加えてあの祝宴の夜の彼女の妙な様子、そして私が偶然聞いてしまった言い争いのこともあり……

私は、どう彼女に顔を合わせればいいのかわからなかった。

たとえ気まずくても、腹をくくって行くしかない!

これは皇太子妃としての務め、逃げるつもりなど毛頭ない。

いつものように、心の中で言葉を予行演習し、形式的な挨拶を思い描いてから、私は出発した。

皇女の婚儀が近いせいか、噂では寂れていると言われていたその離宮は、今や温かく祝福の空気に満ちていた。前の間の贈り物はすでに小山のように積まれ、壁という壁に緋色の絹が飾られ、炉火も盛んに燃えている。

すべてが新しいように見え、年月の痕跡は少しもなかった。もし故女公爵もかつてここに住んでいたのなら、もっと生活の跡が残っていてもいいはずだ。

もしかして皇女を迎えるために改装したのかしら? そうだとしたら、殿下も随分と手を尽くしたものだわ。

「誠に申し訳ございません!皇太子妃様がはるばるお越しくださいましたのに、皇女様は本日体調が優れず、ただいまお召し替えの最中でして……殿下からは、まず茶室でお菓子など召し上がりお待ちいただくようにとの仰せです。いかがなさいますか?」

「皇女様にもお気遣いいただいて……それでは、しばらく待たせていただきますわ。」

執事風の侍従が軽く頭を下げ、私を一階の廊下奥の部屋へ案内した。

「皇女様はあの茶室をとてもお好みで、普段もよくお一人で本を読んだり、お茶を飲まれたりなさるのですよ。」

「まあ、それはぜひ拝見してみたいですわ。その茶室にはどんな魅力があるのかしら。」

私は微笑んで答え、本か読書室のようなものを思い浮かべた。

体調不良、ですって……

前もって手紙で今日伺うと知らせていたけれど、もし風邪でもひいているのなら仕方がない。

侍従が入れてくれた熱いお茶を手にしながら、私は近くの書棚から何冊か本を取ってページをめくった。

ここにある書物は、どうやら帝国内各地の風土や風習をまとめたものが中心のようだ。ただ、使われているのは帝国の公用語で、以前学んだ北方語系の言葉は出番がなかった。

数ページも読まぬうちに、扉の外から急ぐ足音が聞こえた。

そして扉が開くと同時に、少し青ざめた顔のセモニエが、淡い青色の上品なドレス姿で勢いよく入ってきた。

「ごめんなさい、ヘローナ様!」

彼女は眉をひそめ、少し気まずそうに謝った。

「昨夜は頭痛がひどくて……ヘローナ様がお越しになるのは明日かと思っておりましたの。」

「あはは……こちらこそですわ。本当は午後に伺うべきでしたけれど、あまりにも早く贈り物をお見せしたくなってしまって……」

形式的な挨拶を交わしたあと、セモニエは「二人きりでお話ししたい」と言って侍従を下がらせた。部屋には私たち二人だけが残り、彼女の顔にあった警戒の色も少し和らいだ。

扉の外に人の気配がないのを確かめ、窓の外にも誰もいないと確認すると、彼女は突然私の手を取って、ひどく神妙な声で言った。

「ヘローナ様……お見せしたいものがございますの。」

彼女は中央の書棚の前へ歩み寄ると、慣れた手つきで一冊の本を抜き取り、それを内側に軽く押し込んだ。すると、書棚全体がゆっくりと横にずれて開き、背後の壁が現れた。さらにセモニエは壁のどこかを押したようで、その壁が内側へと動いた。

隠し部屋の扉だった!

私は思わず口を手で覆い、外の侍従に気づかれないようにした。セモニエも「静かに」と言わんばかりに唇に指を当て、卓上の燭台を手に取ると、私の手を引いて中へと進んでいった。

最初は狭い通路が続き、十歩ほど進むと、さらに狭い下り坂の通路が現れた。大理石で造られた離宮とは違い、この地下室の内部はほとんど煉瓦や土塊で築かれている。空気のこもったその空間に、私は不安を覚えずにはいられなかった。

「どこへ行くのですの……?」

盗み聞かれる心配がなくなったと思い、私は小声で尋ねた。

「もう少し下に行けば、普通の声で話せますわ!」

セモニエはすっかり慣れた様子で答えた。彼女が最初にここを見つけたとき、いったいどんな気持ちで下りて行ったのだろうか。恐怖よりも、自由への渇望の方が勝ったのかもしれない。

「大丈夫、見てください、何もありませんの。」

はっきりとは見えなかったけれど、空気の流れでここが少し広い空間だとわかった。セモニエは地下室の中央まで歩いて行き、一回りして言った。

「ここなら十人ほどは入れる広さかもしれませんわね。最初は出口や遺骨でもあるのかと思いましたけれど……本当に何もありませんの。ただの空き地のような場所ですわ。机も椅子もありませんし。おそらく、昔ここに住んでいた人たちが避難に使っていた場所なのかもしれません。」

セモニエは淡々とそう言って燭台を壁の隅に置いた。私は床にいくつか黒ずんだ痕跡が広がっているのを見たが、それが何なのかを考えるのは怖くてやめた。

「ここなら皇兄の目も耳も届きませんわ。わたくしがヘローナ様をこんな場所に連れてきたのはそのためなの……許してくださいませ。」

揺れる灯りとともに響くセモニエの無力で優しい声は、この黒い空間の中でいっそう儚く感じられた。

本当は「こんな薄気味悪いところより他にないの?」と言いたかったけれど、そう言われてしまっては言葉を失ってしまった。

これほどまでに警戒して話すということは、これから語られる内容がそれほど重要なのだろう。

「ええ、わかりましたわ。」

私は彼女の手をしっかり握り、この暗闇の中で道を見失わぬようにした。

「お話が済んだらすぐに戻りましょう。侍従に怪しまれたら困りますもの。」

セモニエはこくりと頷き、もう一方の手でも私の手を包んだ。安心させようとしているのか、それとも自分を落ち着かせるためか――そんなふうに見えた。

「これからお話しするのは、わたくしの本当の素性についてですの。」

「皇兄は外には“陛下の長年行方不明だった私生女”と触れ回っていますけれど、それは事実ではありません。陛下はわたくしの父ではなく、叔父にあたるお方です。そしてわたくしの本当の父は、すでに亡くなったキャストレイ国王ですの。」

やはり――彼女の言葉は、私が以前から抱いていた予想と一致していた。

「そうでしたのね……」

「ヘローナ様はきっと、どうしてあの戦争でわたくしが生き延びられたのか、気になっているでしょうね。それもこれからお話しする……わたくしの愚かな過ちのことなのです。」

「かつて皇兄は、わたくしがキャストレイの王位を取り戻すために力を貸すと約束してくれました。わたくしはその言葉を信じ、戦争のさなか、彼に有利な情報を漏らしてしまったのです。けれど最終的に彼は裏切り、わたくしを捕虜にしました!彼は部下に命じてわたくしを帝都へ連れ帰り、身分を隠して、政略結婚の駒にしようとしたのです……」

「けれど、戦勝一周年の祝宴で、セモニエ様は自ら護國卿を選ばれたのではありませんか?」

「リオ・ランスヴィル。」

セモニエは歯ぎしりするようにその名を吐き捨てた。

「あの男は、わたくしの父を殺した仇なのです。」

「な、何ですって?!それなのにどうして……」

「もともと逃げる機会を探していたのですけれど、皇兄の兵はいつもすぐ傍にいて離れなかったのです……そんなある日、皇兄は提案しました。ランスヴィルと婚姻を結び、彼を暗殺しろと。彼は言いました、“ランスヴィルは軍権を独占しすぎている。帝国の誰も彼を抑えられない。だからお前が妻となって奴を始末しろ”と。」

私は息をのんだ。

エドワルド様は普段ランスヴィルと非常に親しい。まるで兄弟のように見える。それなのに、暗殺だなんて……

だが、あの夜、二人が書斎で話していた内容を思い出し、「暗殺」というのは皇女を婚姻に同意させるための口実にすぎなかったのでは、とも思えてきた。

エドワルド様は、皇女が簡単にランスヴィルを殺せないと確信していたのだ。だからこそ、あの危険な策を取ったのだろう。

「それで、セモニエ様は婚姻を承諾なさったのですか?」

「最初はそうでした。けれど今となっては、あの粗野な男の傲慢な顔を見るたびに、一刻も早くここから逃げ出したくてたまらないのです!後悔しています……わたくし、人を殺したことなどありませんし、成功させる自信もなかったのです。それにあの男は、すでに幾多の命を奪ってきたではありませんか。あんな男と結婚なんて、できるものですか!……!」

「ですが……」

「ヘローナ様……わたくしにはあなたしかいないのです!どうか助けてくださいませ。皇都を離れたい……皇兄もあの男も、すべてを忘れて、誰もわたくしを知らない場所で生きたいのです……」

淡い黄色の光がセモニエの頬を照らす。その清らかで強い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、闇の中に消えた。

「はあ……」

私は手を上げて、そっと彼女の涙をぬぐった。

「お気持ちは、わたくしにもわかりますわ……。わたくしの人生もセモニエ様と同じく、ずっと他人に押し流されてきたのですもの。けれど、この牢獄のような世界から逃げ出すなんて、簡単なことではありませんわ。――その後のことを、お考えになりましたの?」

「逃げる方法については、よく考えましたの。ただ、ヘローナ様にはひとつだけお願いがございますの。」

「わたくしにできることでしたら、喜んでお手伝いしますわ。」

「――皇兄とランスヴィルを説得して、近いうちに“武闘大会”を開くよう進言していただきたいのです。」


薔薇色の朝陽が王宮大殿のステンドグラスを透かして射し込み、エシュガードの紋章が縫い取られた巨大な青い帷幔を照らしていた。精緻な彫刻が施された紅木の大扉がゆっくりと開き、今日の客人――ランスヴィル卿が姿を現した。

私はエドワルドに提案して、正式にランスヴィルと面識を持ちたいと申し出た。最初「必要ない」と言ったけれど、「護國卿の名声を高めることにもつながります」と説き伏せ、ようやく許可を得た。

「皇太子様、皇太子妃様にご挨拶申し上げます。」

稲穂のような金髪を持つ長身の青年は、私たちに一礼した。うつむいた彼の顔は、ふわりとした髪と黒い眼帯に隠れている。

「かたくるしい挨拶は抜きにしよう。今日は友人同士の食事ということでな。座ってくれ。」

深紅の葡萄酒が銀の杯に注がれ、晩餐が始まった。料理は一皿ずつ丁寧に運ばれ、主菜は黄金色のローストチキンと、東方の海域で獲れたサクサクのタラのフライ。色も香りも見事で、見ているだけで食欲をそそった。

ランスヴィルはエドワルドの正面に座った。宮中作法に疎い私でも、それが通常の臣下には許されない席次であるとわかった。侍者が彼に運ぶ料理の量も私たちより多い。おそらく、エドワルド様があらかじめ彼の好みに合わせて手配したのだろう。

「ごきげんよう、ランスヴィル様。改めて自己紹介をさせてくださいませ。わたくしはヘローナ、ヴァレン公爵の義妹であり、南部ファインケン家の末裔でございます。」

私はゆっくりと家系を述べながら、心の中では別のことを考えていた――

どうやって二人に“武闘大会”の提案を切り出すか、ということを。

あの時、セモニエは自身の過去を簡潔に語ってくれた。

私はすでにおおよその事情を知っていたけれど、涙ながらに訴える彼女の姿に胸を打たれ、結局、彼女の逃亡を助けることに同意してしまったのだ。

セモニエの話によれば、ランスヴィルは非常に負けず嫌いな男だという。

彼の関心を惹くものは、戦争か、さもなくば――“武闘大会”。

“武闘大会”とは、帝国皇室の古い伝統行事である。

かつて数年ごとに皇帝陛下自らが主催し、優勝賞品を掲げて帝国中の有能な武人を皇都に集めた。それは皇室が才覚ある者を登用する重要な手段の一つでもあったが、近年の動乱により次第に姿を消していた。

しかし今や情勢は安定している。

もし大会を開けば、新たに皇室に忠誠を誓う者も増えるだろう。

それに、もしランスヴィル卿が噂どおりの実力者であれば、優勝は当然のこと。

彼を快く思わない派閥も、その力を見せつけられれば黙るに違いない。

そして何より、ランスヴィル卿自身も戦いを楽しむはずだ。

さらにもう一つの目的――

比武大会の警備に宮廷の兵士たちが動員されれば、セモニエの離宮を守る兵の数は減る。

そうすれば、彼女に逃亡の機会が生まれるかもしれない。

まさに、“調虎離山の策”――!

「なるほど。皇太子妃様のご出身も、なかなか由緒正しいのですね。」

ランスヴィルはそう言って、礼儀正しく一言褒めた。

「俺のことは、もう殿下から聞いておられるだろう。……となると――」

話の流れを変え、彼は正面のエドワルドをからかうように見た。

「独立領の最後のヴァレンまでも婚姻で手中に収めたんだ。しばらくは戦も起こりそうにないな。まったく……そうなると、俺は“用済みの臣”ってやつだ。」

「ランスヴィル卿は自分を過小評価しすぎだ。君がいなければ、国境の独立を夢見る領主たちは結束して――ふふ、どうなることやら。」

エドワルド様は、いつもこうして軽い口調で恐ろしいことを言う。

だがランスヴィルはその言い回しに慣れているらしく、怯えるどころか皮肉を返した。

「連中が結束する前に、お前がまとめて片づけちまうんだろ。」

「まあ、そこまで残虐でもないつもりだが。」

「……こほん。国境のことといえば、ランスヴィル閣下は他の臣下よりずっと詳しいのでしょう?」

私は話題を変えるように尋ねた。

「殿下にとって最も近しいお方とも言えますわね。」

「皇太子妃様は、国境の情勢を案じておられるのか?」

ランスヴィルは肉を切りながら私に見せて言った。

「心配ご無用。帝国軍とあんな烏合の衆とでは、この通り――包丁と魚の関係ですよ。」

「それも護國卿のご指揮が卓越しておられるからこそですわ。僭越ながらもうひとつ伺ってもよろしいかしら?……手強い敵に出会ったことは?」

「うーん……あえて言うなら、南部の貴族反乱の時だな。あの時は敵の数が多すぎた!この目も、その時に失ったんだ。」

「私たちはあの時、初めて戦場に立ちましたからね。若く、経験不足で判断を誤ったのは私の方です。」

その話題に触れた途端、エドワルド様の表情がかすかに陰った。まるで触れたくない古傷を暴かれたかのように。

「いや、俺の方が過信してたんだ。巷戦に慣れてたから、戦場でも通じると思っちまった。あれはまさに背水の陣だったな……。だが経験を積めば、どんな敵も木の葉みたいに散るもんさ。」

ランスヴィルは小さな高脚杯で飲むのが性に合わなかったのか、侍者に丸ごとの酒瓶を持って来させた。そしてコルクを抜くや否や、瓶の口を直接口に運び、数秒も経たないうちに一本を空にした。

彼の機嫌は上々のようだった。

古傷を恨むでもなく、それを糧にさらに前進している。

――さすがは護國卿と称される男だ。

「最近は帝国が平和すぎて、体がなまっちまいそうだぜ。」

……今だ!

餌を投げるタイミングは、今しかない。

「平和の時代にこそ、血を流さず犠牲もなくして帝国の力を示せれば、民にとっても喜ばしいことではありませんか?……いっそ、この機会に盛大な“武闘大会”を開かれてはいかがでしょう、殿下?」

エドワルド様は一瞬驚いたように目を瞬かせた。まさか私の口からそんな提案が出るとは思ってもいなかったのだろう。

「武闘大会、だと?」

「おお? そいつは面白えな。」

ランスヴィルは少し酔いの回った様子で、にやりと笑いながら手を打った。

私は自分の目的を悟られないよう、焦る気持ちを抑えながら、慎重にエドワルド様の顔色をうかがった。

「いかがなさいますか?」

「……今年はすでにキャストレイ戦争の一周年記念式典を開いたばかりだ。

加えてランスヴィル卿の婚儀も控えている。これ以上は行事続きで注目が集まりすぎる。それに“武闘大会”などもう十年近く開かれていない。今すぐでなくとも、数年後でも遅くはあるまい。」

「ならば“狩猟大会”はどうです?たまには体を動かしたいんですよ。……まあ、殿下がよろしければの話ですけどな。」

ランスヴィルはどこか子どものように笑って肩をすくめた。

「いえ、でしたら――」

私は必死に折衷案を探し出そうとした。

「小規模な“武闘大会”というのはいかがでしょう?皇宮の近衛のみを対象にした、訓練を兼ねた催しですの。近衛たちは貴族子弟が多く、実戦を知らぬ者も少なくありません。この大会を通じて怠け者には喝を入れ、努力する者には誉れと士気を与えることもできましょう。」

「……ふむ。それなら予算の面でも問題なさそうだ。」

殿下は少し考え込んでから続けた。

「ただ、私は近頃内政に追われていて、企画に時間を割く余裕がない。この件、君たち二人に一任してもよいか?」

「もちろん、殿下のご期待に沿う結果をお見せいたします。」

ランスヴィルは胸を叩いて快諾した。

「承知しましたわ、殿下。では、開催は来月の初めということで……」


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