前編
T駅前の『江戸時代に私財を投じて堤防を造ったが地元以外に誰も知らないお侍の像』の近くでおっきめのクーラーボックスに座った私は呆然と日傘を差していた。
午前9時8分。バスで来た。
荷物は釣具、あとリュック。服は帽子、適当なTシャツ、サマーキュロットだけど着替えも持ってる。
「···暑い」
夏休み。別に暇でもない。高校2年で部活はやってなくても予備校とバイトと家族行事的なのが詰まってて休みは貴重だった。
「鈴木〜。おはようです」
原付きで佐藤が駅前ロータリーに現れた。いいな原付き。そして佐藤、背、小っさ。すんごいコンパクトに原付きに収まってる。
「おはよ、佐藤」
「はい。駐輪場停めてきますね」
言って駅裏の方にバフゥーーンて音立てて言ってしまう。
佐藤は図書部でバイトと塾も軽めだ。専門学校志望らしい。
「鈴木〜、おはようさん」
高田が自転車で来た。ママチャリじゃない。シュッとしたヤツだ。ただし高田は180センチある! 筋肉もムキムキで、大きいのに乗ってるけど巨体が浮いてるようで、見てる方がヒヤヒヤする。
「おはよ、高田。自転車迫力あるね」
「ウチ、駅近いし、楽やで? 停めてくるわ〜」
高田も駅裏にGO。
レスリング部で結構強いけど、残念ながら夏の大会で敗れてしまい今は短い休みらしい。
身体休めた方がよくない?
なんて思ってる内に、2人が釣具とデイパックの姿で高架下をゆるゆる歩いてきた。
あたしも立ち上がった。
そう、ゆくのだ。花のJK3人組で! 川釣りにっ!!
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ことの発端は数日前、大会で負けてあちこち湿布と擦り傷用のガーゼまみれになってた高田を、あたしと佐藤が、あたしがバイトしてるカラオケボックスで労っていた時だった。
いやあたしはバイト中だから正確には店員割引のフード類を大食いの高田の為にせっせと運んでくる係なんだけど。
「鈴木。今、高田と暑いから水辺でスカッとしたいね。と話していたのですが」
「ふん? プールとか? 海はあたし、親戚とかと行くんだ」
山盛りポテトをテーブルに置き、空になった大盛りピラフの皿をワゴンに載せながら応える。
「プールはウチ、レスリング部のメンバーで行くねん」
「私は人混みも泳ぎも苦手です。川か湖に行きませんか?」
通な提案来た。
「···カヤックとか?」
この辺に電車とバスで行けるカヤックなんかができる川や湖あったっけな? 車ならいくつか思い浮かぶけど?
「いえ、スマホで調べた限りその種のレジャーは車がないと遠いです。私1人ではないので。しかし! 釣りなら近場で行けるじゃないですかっ」
「釣り···」
「ウチ、お爺やんと昔行っとったわ」
ポテトと残ってるミックスサンドイッチを交互に食べながら言う高田。
店の無線イヤホンからは「鈴木さん、A5ルームの団体、フード遅いってゴネだしてる。ちょっとキッチンに急いでくれる」と催促きた。
「私は父が釣り好きだったので小学生まではよく行ってたのです」
自身ありげに言って、大盛りからちょこっと取り分けたミートパスタを食べる佐藤。
釣りはあたしも兄が好きで小学生の頃は付いていってた。
「いいけど、道具、まだ使えるかなぁ?」
たぶん小6以来だよ。思案しつつ、また無線で催促されたから話の途中で、あたしはキッチンに急いでいった。
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F駅に到着。午前9時38分。各駅停車で来たさ。
スマホで調べてみると、遊魚券買える朝から開いてる釣具屋と、釣り場の川にいい感じに徒歩で動線取れる駅がT駅からだとここなんだよね。
「降りたの初めてだよF駅」
「試合で来たことあった気がするわ」
「原付きで普通に来れる範囲ですね」
そんなことを話しながらF川方面の国道に、あたしと佐藤は日傘を差して高田は麦わら帽子だけで済ませて歩いていった。
途中のコンビニでお茶系の飲み物を私と佐藤は『1リットル』高田は『1,5リットル』等を買いつつ、借りたトイレで全員長袖長ズボンに着替えて店から出てきた。
「あっつっ」
「急に秋のハイキングって感じですね」
「2人とも体操着にしたら結構涼しいで?」
「「···」」
拘りのない高田は冬の体操着に麦わら帽子。高田のキャラと恵体ならではの力技だよっ。
そしてここからは身体を慣らす為にあたしと佐藤も日傘を畳み帽子を被っていた。
日焼け止め塗ったけど日差し、つっよ···
とにかくさっさと先にある釣り具屋を目指した。
「1200円だよ。女の子が買うのは珍しいね。西F橋の降り口だろう?」
日焼けで真っ黒な店主さんが遊魚券を出しながら言ってきた。
「はい」
「あそこはいい釣り場だよ。浅いし、鮎なんかはあまり釣れないからそう釣り師は来ないし、川原が狭いからバーベキュー客も来ない。ビギナー向きだ。スマホの電波も効くしね」
「お父さんからもお勧めされました」
「お爺やんも『ええんちゃうかぁ』て言いやった」
電話で話したK県でさっさと就職しちゃったあたしのお兄ちゃんは「あそこか、ふーん」と薄い反応だったね。
「それでも川には気を付けるんだよ? 川に物を落としたら中に入ってまで取らない方がいい、橋が近いからね。橋脚周りは本当に危ない。底が抉れて逆巻いてるからね。引き込まれもする。物を流されたら神仏の物さ」
「「「はい」」」
ありがたい忠告を聞いて、高田に持ってもらってる大きいクーラーボックス用の氷や足りない釣り具を買い、あたし達は釣り具屋を後にした。
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ついにF川、西F橋降り口の釣り場が見下ろせる所まで来たっ。ここまで暑いから着てなかったそれぞれの古ぼけたライフジャケットを3人とも着て、立つ!
隣は細めの車道を挟んで延々田んぼで、稲の草いきれ凄いわ。蜻蛉飛びまくり。
「ここからは蚊、アブ、ヒル等の襲撃に備える必要があります。高田は身体が大きいので2人掛かりでスプレーしましょう。ちなみに効果はせいぜい2時間が限度であるはずです」
「ではっ」
佐藤に促され、あたしは佐藤と一緒にUVカットの虫除けスプレーを振り掛けまくり、続けて『圧倒的質量』の高田にスプレーを振り掛けまくった!
「ふぁーーっ!! 練習ん時のエアサ〇ンパスでもこんなせぇへんてっ。蚊取り線香でええんちゃうん?」
「線香は風向きによりますから、目は閉じて下さい」
「高田、覚悟ーっっ」
「ふぁーっ!」
血色良くて蚊が寄りそうだし、徹底的にスプレーしてやったさ。
よしっ、準備万端。あたし達3人は一応、たぶん近くの農家の方が刈ってくれてるけど、草だらけのスロープを降りていった。
降りた先のスロープの脇の一段高くなった所に苔むした水神様の祠がある。
『水』と彫られた楕円系の石が長方形の立てられた石箱に収められた物で、それはかなり古そうだけど祭壇には新しそうな欠けた空の茶碗と、お風呂に浮かべるプラスチックのアヒルちゃんが置かれていた。
「アヒルちゃんや」
「眷属ですね」
「違くない? まぁいいわ。お茶でも供えとこ」
あたしはペットボトルのコンビニ茶を畏み畏み、とくとくと茶碗に注いだ。
「二礼二拍一礼だっけ?」
「たぶん河童の祠もそれでよいのでしょうか?」
「河童なの??」
「二泊三日?」
「この降り口に言い伝えがあったような?」
「線香は? 蚊取りあるで?」
なんだかよくわからなくなってきたけど、取り敢えず神社っぽい礼をしておいた。
お邪魔しますよ? 水神様! さて···
さっきからザァーっと音が響いてちょっと泥臭いけど、ひんやりした川風が吹いてる、西F橋側のF川支流に私達は向き直った。
わりと浅く、川幅そこそこ。向こう岸のギリギリまで竹林になってる際にはウェーダー(防水ズボン)を着た玄人っぽいお爺さんが膝まで入って1人、じっと釣り糸を垂れてる。絵みたい。
橋脚の向こうでは白サギが2羽。橋脚周りは本当に逆巻いていて、流れて来た草を吸い込んで底に沈めていた···
水は私達から見て左へ左へ止めどなく流れてく。自然のリズムを感じると調律されてる気がしてきた。
「なんか懐かし、ホント涼しいじゃん」
あたしは思わず呟いた。