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前編

びゃーっと書いたので後々修正いたします。

エリーザ・アルメンティア。

今やこの名を、知らない者はいない。


エリーザはアルメンティア王国国王と、第二王妃との間に産まれた子供だった。

エリーザが不運だったのは、同時に産まれた弟の息があまりに弱々しく、心臓の鼓動も小さかった事だろうか。

長らく男児に恵まれず、ようやく産まれた第一王子を死なすまいと、城は上から下まで大騒ぎになった。

エリーザは身体に特に問題も無かったので、第二王妃から取り上げられてすぐに使用人の手に引き渡された。

そして第三王女誕生の記録の走り書きだけが残った。


身を清められたエリーザは、複数人の使用人の手をたらい回しにされ、最終的に城内にある教会のシスターの手に委ねられた。

その頃にはこの赤子がこの国の第三王女だとは、完全に忘れ去られていた。

名前すら与えられなかった赤子を憐れんだシスターは、伝説の大聖女エリザベスから名前を貰い、エリーザと名をつけた。


さて、エリーザと名を貰った赤子は、シスターの元ですくすくと成長した。

美しい金髪に、澄み渡る青空のような水色の瞳。

雪のように白い肌に、ふっくらとした桃色の唇。

天真爛漫に明るく笑い、歳を取って足を悪くしたシスターを献身的に支えるエリーザは、いつしか教会を訪れる人々から聖女と呼ばれるようになっていた。

そしてエリーザがシスターに預けられてから十五年が経ったその日。

アルメンティア王国の南にあるヴァンヘイル帝国の皇帝から、一通の手紙が届いた。


『アルメンティア王国の姫を、ヴァンヘイル帝国の皇后として迎えたい』


手紙を読んで、アルメンティア国王は頭を抱えた。

第一王女は西の隣国へ嫁に行き、第二王女は公爵と結婚して今は妊娠中。

国王の姉の子供は男であり、弟の子供は僅か九歳。

アルメンティア王家には、結婚適齢期の姫がいなかったのだ。

しかし、皇帝からの手紙を無視する訳には行かない。

大陸で最も古い歴史を持つアルメンティア王家と、最強の軍事力を持つヴァンヘイル帝国は、昔から友好関係を築いてきた。

関係が悪くなれば関税は高くなり、魔物討伐のために貸与されている軍事力は全て引き上げられるだろう。

そうなれば、国の危機である。

国王は苦肉の策として、一度でも王家と繋がりのある貴族を集め、その中から養子を取ろうと考えた。

そして会議は三日三晩続く事になった。

様々な事が話し合われ、候補に残ったのは僅か三人。

そのうち二人は既に婚約者のいる身であり、国王の養子となって帝国に嫁ぐためには、婚約破棄をせねばならない。

そしてもう一人は、幼い頃の病気の影響で、子供が望めないかもしれぬとの事だった。

国王を始め、大臣たちが頭を抱えていると、王家の記録を辿っていた宰相が一行の走り書きを発見した。


【○月✕日、〇時✕分 第三王女殿下誕生】


その走り書きのすぐ後には、第一王子の出産の記録と、今にも命を落としそうな彼の治療の記録が荒々しく記されている。

宰相はたった一行のその走り書きを見て、雷に撃たれたかのような衝撃を覚えた。

そう言えば確かに、第二王妃は双子を妊娠しており、先に産まれた赤子の元気な産声が、廊下に響いてはいなかっただろうか。

その後に続いて産まれた赤子の泣き声が無く、待望の第一王子を死なすまいと大騒ぎになったのではなかろうか。

宰相は震える手で記録を国王に差し出した。

訝しげな顔で記録を読んだ国王は、あまりの驚きに立ち上がり、王妃たちを呼ぶように大声で言いつけた。

そして思い出すことになったのだ。

母に抱かれることも無く、父に名をつけられることも無く、存在自体を忘れられた、憐れな三番目の姫のことを。


その後、城の中は皇帝の嫁探し所では無くなった。

先ず、第二王妃の出産に立ち会った人間が集められた。

城には、産婆やその助手は常駐していない。

基本、生まれる予定の数週間前に王立病院から派遣される。

出産の後の王妃や赤子の世話は、城に常駐する医師達や使用人の仕事だ。

つまり、彼らは第三王女の存在を知っていたが、その後どうしているかは知らなかった。

呼び出された理由を知り、産婆とその助手は青ざめた。

特に何も問題なく取り上げた元気な姫が、その後忘れられて行方不明になっていようとは思わなかったのだ。

そしてその後のてんやわんやを思い返した。

第一王子に産声を上げさせる為に、その場に居たものが全員必死だったのだ。

第三王女はとりあえず、廊下に待機していた使用人に預けたと助手の一人が思い出した所で、産婆と助手は帰宅を許された。


次に呼び出されたのは、城に常駐する医師たちである。

しかし彼らは、第二王女の存在を完全に忘れていた。

今にも死にそうな第一王子の治療、そして精魂付き果てた第二王妃のケアに手一杯だったのだ。

そして、医師の一人がおくるみを抱えた使用人と廊下ですれ違ったことを思い出し、彼らも解散を許された。


そして今度は、城中の使用人が集められた。

上級の使用人から下級のメイド、洗濯婦やお針子、庭師の見習いに至るまで、全ての人間に第三王女の行方を尋ねた結果、既に城を辞したメイドが、その日一人の赤子を城内の教会に預けに行ったと言うことが分かった。

その教会は城の中にあるものの国とは独立した組織であり、そこに務める人々は使用人ともまた違うので、今回は呼び出されていなかったのである。

そう言えば教会では数人の孤児を保護しており、最近その中の一人がまるで聖女のようだと評判になっていなかったではなかろうか。

教会の人間を人をやって呼びつける訳にもいかず、ひとまず宰相が様子を見に行くことになった。

そして、宰相は見た。

第一王子に顔立ちのよく似た少女が、神の像に向かって跪き、祈りを捧げている姿を。


突然声をかけてきた初老の男を、エリーザは戸惑った顔をして見つめた。

仕立てのいい服を着て、オールバックにした灰色の髪が少し乱れている。

彼は銀色の瞳いっぱいに涙を貯め、エリーザの前に崩れ落ちた。

オロオロと伸ばされたエリーザの手を取り、額に押し抱きまるで神に祈りを捧げているかのようだ。

そしてこの日からただのエリーザは、第三王女エリーザ・アルメンティアになった。


初めて会う父の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。

母だという人は少し前に倒れ、床に伏しているらしい。

弟だという少年は、びっくりするくらいに美しい顔立ちで、びっくりするくらいに自分とよく似ていた。

あぁ、この人達は本当に、自分の家族なんだ。

様々な感情が、エリーザを揺さぶる。

再会できたことの喜び。

なぜ自分が捨てられたのかという悲しみ。

突然迎えが来たことへの戸惑い。

一緒に来てくれたシスターが、よろめいたエリーザの背をそっと支えた。

エリーザに愛をくれた、皺の刻まれた細い手。

細い、暖かな手。

その手がエリーザに勇気をくれた。


「話を…伺ってもよろしいでしょうか」


こうしてエリーザの物語は始まったのだ。

名も無き赤子から、ヴァンヘイル帝国に大聖女エリーザありと世界に名を轟かす、忘れられた王女の物語が。

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