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4/4

4.生殺しからの・・・

それから修治の中で何が変わったのかはわからない。

ただ、大学で見かけることも増えたし、前みたいに意識高い系学生のコスプレみたいな恰好をすることもなくなった。

また、ギラギラした光を放つことはなくなり、まだ弱々しかったが前みたいな淡い優しい光が見られるようになって少し安心した。


わたしにも少しずつ声をかけてくれるようになった。

最初は「今さらどの面下げて来やがった!」と思い、思いっきりジト目でにらんでやったが、シュンとしながら「ごめんね。すみれの言葉で目が覚めた。」とか「やっぱりすみれと一緒にいると一番自分らしくいられるって気づいた。」とか言われているうちに、わたしもほだされて、なんとなく許してしまった。


そのうち、どちらからともなく誘い合って、また一緒に遊びに行くようになった。


この頃の修治はまだ元気がなく、光も弱々しいままだったので、自然と触れ合った方が良いと思い高尾山に連れて行ってあげたり、海を見せに連れて行ってあげたりした。そのおかげか大学2年生になるころには以前のような、あの心地よい淡くて優しい光が戻ってきた。


しかし、修治が元気になると、わたしの悩みも戻って来た。

二度あることは三度ある。だから、また期待させられるだけさせられて、急に距離を置かれたりしないだろうか?もし付き合うことになっても、すぐに気が変わって捨てられたりしないだろうか?


もうあんな切ない、やるせない、辛い思いをするのはイヤだ!でも修治といると楽しいし、自分から距離を置くのもどうか・・・。悩んだ結果、わたしは3つの誓いを立てた。


まず、もし今度修治に他の女の影が少しでもチラついたら、迷わずわたしから距離を置こう。先制攻撃ならダメージも少ないはずだ。


それから、わたしに修治以外に好きな人ができたら絶対にそちらを選ぶ。その時、いくら修治がすがってきてもきっぱり縁を切ろう。


あと、修治から告白されても絶対に断る。何度告白されても断固拒否する。


つまり、どう転んでも恋愛に発展しない友人としての関係だ。こう考えたら変な期待なんかせずに、疎遠になってもダメージはない。

これで純粋に今の関係を楽しむことができるようになるだろう。

わたしは安易にそんな風に思っていた。これが地獄の始まりとも知らないで。


予想に反して、その後、修治に女の影がチラつくことは一切なかった。それは別にいい。


わたしも他に好きな人ができることはなかった。これも巡りあわせだし、しかたないだろう。ちなみに前に話した趣味の合う同級生は別に彼女ができたらしい。


ただ、関係が落ち着いてからも、むしろ「やっぱりすみれと一緒にいるのが落ち着く」とか、「彼女なんかいなくてもすみれがいればいい」とか気を持たせることをさんざん言ってくるのに、告白だけは一向に気配がなかった。


そこまで言ってなぜ告白してこないんだ?いや告白してきても、もちろん断るよ。断るけど、本当はどう思っているのか気になるじゃん。

それに告白してこない限り、この中途半端な関係がずっと続いてしまう・・・。


ある日、所属しているサークルのたまり場に顔を出したところ、女子の友達が数人で集まってキャンプの計画を立てていた。


「え~!キャンプ?わたしもいきた~い!」

オタクなのに自然が好きな希少種であるわたしとしては、キャンプと聞いて聞き逃すわけにはいかない。しかし、そんなわたしに対して、みんな一様に申し訳なさそうな顔をしていた。

「実は他校の男子も来るんだけど・・・すみれちゃんは彼氏もいるし、心配しないかな?」

「えっ?わたしに彼氏なんていないよ?」

キョトンとして事実をありのまま伝えると、そこにいる全員が「えっ?」と驚き、わたしをじっと見つめてきた。

「いつも一緒にいる優しそうな人いるじゃん。彼氏じゃないの?」

「ああ、修治のこと?違うよ。」

「でも、この間一緒に泊りがけで新潟まで行ってたじゃん。」

「ああ、確かに聖地巡礼のために一緒に登山に行って、温泉に寄ってきたけど、彼氏じゃないよ。」

「よく家に泊まりに来るって話してなかった?」

「ああ、ゲームしに来るだけだって。あと、ご飯作ってもらったかな。でも彼氏じゃないよ。」

気づけばわたしの説明に友達がみんなドン引きしてる。

「あ、あのさ・・・。二人のことだし、あんまり立ち入ったことを言うのよくないと思うんだけど、すみれちゃんのこと心配だから言わせて。それで彼女じゃないとすると、すみれちゃん、もしかして都合よくキープされてるんじゃない?」

サークルの中で一番仲が良かった子が、おずおずと遠慮がちにつぶやいた。周囲の友達も一様に心配そうな表情をしている。

「えっ?わたしが修治にキープされてる?そんなことないって~!ハハッ・・・?」

わたしは一笑に付したが、みんなの不安な表情は晴れない。

「じゃあさ、すみれちゃんとの関係を真剣に考えているかどうか確認したほうがいいよ・・・。いつまでも彼女にしてもらえなくて、都合のいい女扱いされる場合もあるって聞くし・・・。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!わたしはそんなんじゃないから!むしろ、もし修治が告白してきても断るって決めてるくらいだから!そうだ!わたしもキャンプに行って、そこでちゃんとした彼氏を見つけようかな~!」

「・・・・・・。」

本心で言ったのに周囲はわたしが強がっているように見えたらしい。みんなの同情に満ちた視線が痛かった。なお、そのキャンプには誘われなかった。


こうなってくると修治がなかなか告白してこないことにイラついてきた。修治のせいで、こんな風評被害を受けるなんて・・・。

そろそろちゃんと告白してくれないかな・・・。一回は断るけど・・・。


そうこうしていたある日、雑誌で千葉にある縁結び神社の特集を読んだ。神社の境内からカップルで朝日を見ると結縁のご利益があるらしい。

「よし、これだ!」

わたしはある作戦を思いついた。縁結びのパワースポットに修治を連れ出す。修治は当然その意味を理解して気持ちが盛り上がるだろう。それで雰囲気に流されて告白され、きっぱり断る。これで完璧だ。


「ねえねえ!千葉に朝日がきれいな神社があるらしいよ!これから始発電車に乗って行けばちょうどいいし、一緒にいこうよ!」

ある日、うちに遊びに来て徹夜でゲームに興じていた修治にそれとなく持ちかけてみた。

「え~!これから?もう眠いよ~。」

修治は、なんやかんや言ってたが、結局いつもわたしの頼みは断らない。最後は黙って一緒に出掛けてくれた。

誤算があったとすれば、その日がその年一番の寒さだったこと、それからわたしたちが千葉の海沿いの寒さをなめていたことだ。軽装で夜明け前の神社に着いたわたしたちはガタガタ震えて身を寄せ合って暖を取りながら朝日を待ち、ちょこっと太陽が出たタイミングでほうほうの体で逃げ出した。幸い近くに朝風呂をやっている日帰温泉があったので助かったが、もはや告白どころではなかった。


次の作戦は、舞浜にある有名なテーマパークを使うことにした。

「あ~!舞浜行ってみたいな~。」

マンガ喫茶のペアシートで、寝っ転がりながらこれ見よがしに雑誌を広げて独り言を言っていると、隣に座って、わたしが薦めた鋼の錬金術師を読んでいた修治が話にのってきた。

「じゃあ、こんど行く?」

「ん~・・・でもな~。」

ここが作戦の肝である。演技力が大事。

「わたし、初めての舞浜は彼氏か彼氏になる人と行くことに決めてるからな~。やめとく!」

修治はあっさり引き下がったが、うまく餌をまくことはできた。

ここからわたしは、ことあるごとに修治の前で、舞浜に行きたい、行きたいと繰り返すことにした。それで修治に誘われたら舞浜に行くことにする。そうすればさっきのセリフが効いてくるはずだ。きっと勘違いした修治はわたしに告白してくるに違いない。最後の花火の時間とかに・・・。


しかしこれ、断るのがもったいないシチュエーションだな・・・。一回はOKして、後日、考え直したいとか言って断る方法でもいいかも・・・。


その後、修治はわたしの作戦通り舞浜に誘ってきた。朝から一緒に行ってテーマパークを隅から隅まで満喫した後、夜に花火も見た。夢の国は楽しかった。

でも、修治は告白してくれず、あっさり帰った。あんなにきれいな花火なのに、こいつは感性が死んでるのか・・・?


その後もわざわざムードを作ろうとクリスマスに会ってイルミネーションを見に行ったのに、交換したプレゼントがお互いゲームコントローラーだったせいでそのまま徹夜でゲーム大会になったり、修治が好きな恋愛小説の舞台に行って同じシチュエーションを試そうとしたのに、「原作のヒロインのイメージにノイズを入れたくない」とか失礼なこと言われてムードがぶち壊されたり・・・。

色々なことがあったが修治は全然告白してこない。


いい加減告白してくれないかな・・・今だったらちょっとは考えてもいいから・・・。


そして大学4年生になり、わたしは就職活動が忙しくなり、なぜか就職をあきらめていた修治は司法試験の勉強に力を入れるようになった。連絡は取っていたけど、一緒に遊ぶ機会は少し減った。


「修治とは恋人じゃないし、いつ会えなくなっても不思議じゃないんだよな・・・。」

さみしさからそんな感傷を覚えるようになった。


無事に第一志望の保険会社から内定をもらい、修治も一番の難関の予備試験に合格したようで、また会う時間をとれるようになった。

ただ、わたしには不安があった。どうやらわたしが入社する保険会社の新入社員は、ほとんどが地方勤務になるらしい。そうなると遠距離恋愛?いやそもそも付き合っていないから、ただ二人の距離が離れるだけ・・・。


「多摩動物公園に狼を見に行こう!」

修治を誘ったのは卒業式まで1週間もない頃だった。もうここで告白してもらえなかったら、あきらめよう。二人が出会ったきっかけになった狼の前だったら、修治もその意味を感じ取ってきっと告白してくるはずだ。そう期待して。

わたしの気持ちを知ってか知らずか、修治はのんきに動物を見て楽しそうだ。


この人はわたしのことをどう思っているんだろう。そういえば出会ったころから皆目わからなかった。何度も勝手に期待して裏切られて・・・。もしかして今回もわたしが勝手に期待しているだけかもしれない。告白してくるどころか、わたしが告白してもフラれるかもしれない。

そう思うと怖気づいて狼のところへ向かう足も鈍った。ふと目の前を見ると、猿山があった。


「社会人になったら猿をぼんやり眺める時間もなくなるから、ちょっと見て行こうよ。」

わたしは、結論を少しでも先延ばししたいがため、適当なことをいって猿山の前で足を止めた。

猿たちはキャッキャッしてる。のんきそうでいいな・・・。


「そういえば、すみれは保険会社に入社するんでしょ?希望する部署とかあるの?」

わたしの気持ちを知ってか知らずか、隣のボンクラは、目の前の猿と同じくらいのんきな質問をぶつけてくる。今その質問する必要ある?


「研修終わった後の最初の配属先は地方支店だと思う。」

わたしは猿山をぼんやり見ながらうわの空で答えた。この後二人の関係はどうなっちゃうのかなとか思いながら。

「保険会社って地方勤務多いらしいね・・・。」

こいつは何でそんなに他人事みたいこと言うんだろう?わたしが北海道とか九州とか遠くに行っちゃうかもしれないのに・・・。


「しょうがないよね。事情がある人以外は配慮してもらえないみたいだよ。家族の介護で東京を離れられないとか・・・。あと、近々結婚する予定があるとか。」

まだ誰とも付き合ったこともないのに、結婚なんてありえない話だけどね・・・。


「じゃあ結婚しようか。」

「え?」

空耳が聞こえたのかと思い、修治の方を勢いよく振り向いてしまった。そこにはいつものように淡くて心地よい光を放つ修治がいた。ただ、表情はいつもの優し気な笑顔ではなく、明らかに驚愕してひいていた。まるで修治がわたしから結婚しようって言われたみたいに。お前が言ったんだろうが!


「本気?」

冗談だったら承知しないぞ!というニュアンスをこめて、つい口調が厳しくなってしまったが、修治は優しくうなずいてくれた。


そっか、そっか・・・って、さすがに予想外過ぎて反応ができない。視線をそらすために猿山に目を移すと、目の前の猿と目が合ってしまった。その猿がちょっとニヤついたように見えた。


「イヤだ・・・。」

「そっか、じゃあしょうがない・・・。」

隣を見ると修治が落ちこんでる。あれ?今、わたしプロポーズ断っちゃった?

やめて今の無し!!


「こんな猿が見てる前でのプロポーズなんてイヤって意味だけど・・・。」

なんとかうまく言い訳できたと思いながら修治の方を見ると、修治はホッとした顔をして、優しくわたしの手を握ってくれた。

「じゃあ、今日のは予告編ということで改めて・・・。」

「ん・・・。それなら・・・。じゃあ本編ではハガレンのラストみたいなやつ期待してるから。」


そう言うのが精いっぱいで、あとは修治の顔を見ることもできず、かといって猿を見るのもイヤなので下を向くしかなかった。

「予告編でもせめて狼の前でロボとビアンカの話をしながらとか、もっとあったと思うんだけど・・・。猿の前だったか・・・。」

わたしは照れ隠しに、わけのわからないことをブツブツつぶやくしかなかった。


ここまでがわたしが修治と結婚することになった馴れ初めだが、振り返ってみて気づいたことがある。

わたしは、修治の淡く優しい光に惹かれて、初めて恋をして、初めて失恋し、初めてデートし、初めて告白されて、初めて付き合って・・・。

淡い光が優しく、心地よすぎたせいで気づかなかったが、結局、わたしも同じだったのだ、あの子どもの頃に見た、光に引き寄せられ身を焼かれてしまった同じ団地の紗代ちゃん、そしてさんざん祖父に苦労させられたけど、ついに祖父が亡くなるまで離れられなかった祖母と・・・。

いつの間にか、わたしは身を焼かれながらも光から逃げられない夜の虫になってしまっていた。


こうなるともう逃げられない。だったらもう開き直って、これからは修治に思いっきり甘えて笑わせてもらうつもりだ。その光にジリジリと焼かれ続けて、いつかわたしが灰になる日まで。


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