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前編

 公爵令嬢エリーゼは呆れた表情で学園の中庭を見つめていた。

 視線の先では複数の男性と一人の女性が仲睦まじく過ごしている。

 中心に居る男性はこの国の第一王子エルマー。エリーゼの一歳年上の婚約者でもある。

 彼に寄り添い楽しそうに会話をしている女性はエリーゼと同学年の男爵令嬢ジェーン。

 ありふれたブラウンの髪と目を持つ平凡な少女。

 それなりに可愛らしい容姿をしているものの幼い頃から磨き上げられてきたエリーゼ達高位貴族には遠く及ばない。男爵家の庶子であり、数年前までは市井で生活していたそうで、普通の貴族とは異なる感性の持ち主であった。

 そんな見た目も中身も貴族らしくない素朴な少女だが、それが返って学内の男性陣の興味を引いたらしい。

 入学当初からよく男子生徒に声を掛けられると思っていたら、徐々に高い爵位を持つ者達と親しくなっていき、2年生に上がる頃にはとうとう第一王子であるエルマーまで落としてしまった。


 肌が触れ合いそうになるほど顔を寄せ合い、何か囁いては楽し気に笑い合う。

 これでよくも「彼女はただの友人だ」などと言えたものだ。

 ジェーンの手作りだと言うクッキーを全員で一緒に食べているのも信じられない。

 一度、エリーゼはエルマーに苦言を呈したことがある。


『王族が誰が作ったかも分からない手作り食べ物を安易に受け取ってはなりません。

 ましてやそれを食べるなんて……常識的に考えてありえませんわ』


 それに対するエルマーの反応は冷たかった。


『渡されたお菓子は側近の者が毒見してくれている。お前にとやかく言われる筋合いは無い!

 ジェーンは真面目で心優しい娘だ。義務感だけで嫌々贈り物をするお前と違って、真剣に私のことを考えて好みに合わせた物を贈ってくれる!

 常に人を見下し、心遣いもできない冷たい女が彼女を侮辱するようなことを言うな!』


 婚約者と言えど王家への贈り物には色々としきたりや規則があるのだ。平民のように好みだけで選んで良いものでは無い。

 何より、相手の好みを考えない心のこもらない贈り物なら自分だって同じだろうに……

 そんな自分のことを棚に上げて罵ってくるエルマーにエリーゼはすっかり呆れ果て、それ以上何も言う気にはなれなかった。

 一応ジェーン本人に忠告した事もあったが、口先ばかりで態度を改めようとはしなかった。

 最初はジェーンも遠慮しているように見えたので高位の貴族や王族に迫られて困っているのかと思ったこともあったが、どうやらそれは表面上だけの演技だったようだ。


 その後もエリーゼをはじめ周囲の人間が度々忠告を行ったが、どれも対して意味は無かった。

 エルマーはジェーンといる時は常に側近も一緒に居り、二人きりではないのだから不貞などでは無いと言い張っているそうだ。

 しかし、その側近達もあたりまえのようにジェーンの手を取ったり肩に触れたり、一緒に出掛けたりと婚約者でもない男女とは思えない距離感で接しているのだから説得力の欠片もない。


「兄上は相変わらずですね」

「オリバー殿下……」

 

 エリーゼに話しかけてきたのは、エルマーの弟で第二王子であるオリバーだった。

 彼は不愉快そうな表情を隠しもせず、遠くの兄を見つめている。


「あなたのような素晴らしい婚約者が居ながらあのような場所で恥ずかしげもなく……本当に兄が申し訳ない」

「そんな! オリバー殿下が謝罪する必要なんてありませんわ」

「そんなことはありません。聞けば最近は婚約者としての最低限の交流も怠っているそうだとか」


 オリバーの言う通りだ。

 以前は王妃教育の傍ら定期的にお茶会をしたり手紙や贈り物をしていたのだが、ジェーンと関わるようになってからそれらの回数は徐々に減っていき、現在では完全に無くなってしまった。


「婚約者への対応や他の女性との付き合い方は王家が教育すべきことです。

 その教育が行き届かなかったばかりにエリーゼ様に不快な思いをさせてしまったのですから、謝罪をするのは当然です」


(オリバー様は昔から本当に誠実な方だわ。この方が国王になればきっと国は安泰でしょうに……)


 オリバーは非常に優秀な人物である。

 エルマーもけっして無能では無かったがどうにも凡庸で、幼少期から二人の才能の差は歴然だった。

 オリバーの母親は身分の低い側室であった為、正妃の子どもであるエルマーを抜かして彼が王位に就くなど本来ありえないことだ。しかし、年齢が僅か一歳差ということもあってか彼を次期国王にした方が良いのではないかという声は少なくなかった。


「私だったらこんな思いはさせないのに」

「殿下、そのようなことをおっしゃってはいけません! これは国王陛下が決めたことなのですから……」


 苦々しく呟く彼を慌てて諫めつつ、エリーゼもまた顔を伏せた。


(本当に……オリバー様が婚約者なら良かったのに)


 そう何度思ったことか。

 エリーゼとオリバーは幼馴染だった。幼い頃から大変仲が良く、一時は婚約の話が持ち上がったこともある。

 それが白紙となり代わりにエルマーとの婚約が結ばれたのは、無用な王位継承者争いを防ぐ為であった。

 オリバーを推す者が増えるにつれて、彼が命の危機に晒されることも増えていった。正妃とその実家が裏で手を引いていると思われたが明確な証拠は得られなかった。

 そのような状況でオリバーがエリーゼと婚約して公爵家の後ろ盾を得ようものなら、本気で王位を狙っていると思われ、これまで以上に第一王子派から命を狙われることは目に見えていた。

 正妃が息子の地盤を盤石にする為にエリーゼとエルマーの婚約を強く推していたこともあり、国王は争いを避ける為にも二人の婚約を命じたのだった。


 本音を言えば彼女は昔からエルマーが苦手だった。

 由緒ある侯爵家出身の正妃を母親に持つ第一王位継承者、と言う恵まれた身分でありながら、エルマーはいつも弟のオリバーのことを敵視していた。

 オリバーが些細な事で父親である国王に褒められる度に、不機嫌になっては彼を睨みつけているのを何度も目にした。

 エリーゼとの婚約が決まった時だってオリバーの仲の良い令嬢を奪えたことに対する優越感が隠しきれておらず、エリーゼを気遣う気持ちなど欠片も感じなかった。

 それでも、国の安寧の為、そして何よりオリバーを護る為に自分の気持ちを押し殺してエルマーとの婚約を受け入れた。

 勿論、婚約後はオリバーとは距離を置いた。厳しい王妃教育にも耐え、エルマーに対しても婚約者として尽くしてきたつもりだ。

 それなのに……


「……ゼ様? エリーゼ様?」


 つい考え事にふけっていたエリーゼだったが、不思議そうにオリバーに名前を呼ばれて慌てて顔を上げた。


「申し訳ございません! 少し考え事をしておりまして」

「いえ、何もなければ良いのです」


 安心したような笑みを浮かべたオリバーだったが、不意にこれまで見たことが無いくらい真剣な表情を浮かべた。


「オリバー殿下……?」

「エリーゼ様は……兄のことをどう思っていますか?」

「それは……」

「私から聞いた質問です。どのような答えでも不敬には問わせません」

「……恐れながら今のエルマー様の言動は王族として問題があるかと。他の生徒達からも苦情が多く寄せられておりますわ」

「それだけですか?」

「えっ?」


 男爵令嬢にかまける兄を横目に何かを決心したような雰囲気を漂わせたオリバーが真っすぐエリーゼを見つめて告げた。

  

「エリーゼ様、先ほど兄との婚約は国王陛下が決めたことだからとおっしゃいましたが……それなら陛下が認めてくだされば婚約者が代わっても受け入れてくださいますか?」

「……!?」


 聡いエリーゼはこの言葉でオリバーが何を言いたいのか察したのだろう。

 彼女の頬がかすかに赤く染まる。

 それだけでオリバーにとっては十分だった。


「エリーゼ様、私は用事ができたので失礼します」

「はい! ご、ごきげんよう」


 動揺しつつも完璧な挨拶で見送るエリーゼに、立ち去るオリバーが呟いた言葉は聞こえなかった。

 

「兄上……やはり私の最愛は返して頂きます」



***


 オリバーとの会話の後も、エルマーやその側近達とジェーンの仲は相変わらずだった。

 最近は堂々と二人きりで出かけたり贈り物をし合っている始末である。


「あの方、学内で堂々と花束を渡していたのよ! 私には薔薇の一本も贈ったことが無いくせに!」

「私の婚約者もブローチを贈っていらっしゃったわ。注意したらなんて言ったと思う?

『あれはアンティークの古い物だ。新品を贈ろうと言ったのに申し訳ないからと遠慮されたんだぞ。そんな慎ましい彼女と比べて嫉妬深く騒ぐお前の何と浅ましいことか』

ですって!」

「私たちが注意してもすぐにエルマー殿下達に泣きつくし、困ったものですわ」


 エリーゼにより開かれた茶会で怒りを爆発させているのはエルマーの側近を始めとしてジェーンに篭絡された男子生徒達の婚約者である。 

 通常、公爵令嬢主催の茶会でこのような姿を晒すなどあってはならないのだが、今回は特例としてエリーゼが許可を出している。

 普段から淑女の嗜みとして感情を顕わにできない彼女達だが、ジェーンの非常識な行動によりストレスが限界に達していそうだった為、発散する機会を用意したのだ。


「皆様、申し訳ありません。本当なら率先して規律を正さなければならないエルマー様までジェーン様の擁護に回ってしまったせいで余計に注意しづらくなってしまって」

「エリーゼ様が謝罪されることなんてありませんわ!」

「そうですわ、何度も忠告されたのに態度を改めなかったあの男爵令嬢や男性達が悪いのです!」


 婚約者を正せなかったことを詫びるエリーゼを令嬢達が力強く止める。

 どうやらジェーンとその取り巻き達に対して相当鬱憤が溜まっているようだ。


「そもそも市井出身とは言え引き取られてからすでに数年は経っているのですよ。いい加減貴族の常識を覚えるべきですわ」

「というか市井の者でも婚約者や恋人が居る男性にあれほど親密には接しないのでは? ましてや贈り物を平然と受け取るなんて……」


 自分の言葉で婚約者が美しい花束を平然と他の女性に贈っている光景を思い出したのだろう。付け直した淑女の仮面が再び剝がれそうになっている。

 それをきっかけに再び愚痴の言い合いが開始された。

 そんな様子をエリーゼはただ無言で見つめていたのだが……


「ねぇ皆様、実は今日はおしゃべり以外にも一つ提案したいことがあっておよびしたの」


 令嬢達が言いたいことを全て吐き出して落ち着いた頃を見計らって、エリーゼは微笑みながら本来の目的を切り出したのだった。



***


 エリーゼは父親である公爵と共に王城に呼び出された。

 人目につかないように案内された部屋には国王陛下とオリバーがいた。

 エルマーの姿はない。

 父親も呼ばれていた時点で薄々察していたが、やはり話し合いの内容はエリーゼとエルマーの婚約に関するものだった。


「この度は愚息が迷惑をかけてすまなかったな」

「勿体ないお言葉です、陛下」

「まったく。要らぬ争いが起きぬようにと公爵令嬢であるエリーゼとの婚約を結ばせたというのに、そなたを大切にするどころか男爵令嬢と浮気に走るとは……我が子ながら呆れて物も言えんわ」


 国王は眉間に皴を寄せて深くため息を吐いた。


「正妃に強く求められたこともあってエルマーとの婚約を結ばせたが、これ以上、エリーゼ嬢に負担を強いる訳にはいくまい。二人の婚約はエルマーの有責で解消とする」


 エルマーとジェーンのことは今や学園内にとどまらず、貴族どころか平民にまで知れ渡っていた。

 皆、表立っては言わないものの身持ちの悪いジェーンを傍に侍らせるエルマーに対して不満や不信感が募っていたのだ。

 もし正妃が婚約解消を聞きつけて邪魔しようとしても、激しく非難されるだろう。

 だが、それでも安心はできない。多少評判は落ちることは覚悟の上でなりふり構わず婚約継続を強行してくる可能性もある。

 だから……


「もしエリーゼ嬢が承諾してくれるのであれば、このオリバーと新しく婚約を結んで王妃教育で培った知識を貢献して欲しいのだがどうだろうか?」

「娘が望むのでしたら、私はそれに従いましょう」

「慎んで、お受けします!」


 喜びに舞い上がりそうになる気持ちを抑えつつ、エリーゼは努めて冷静に返事をする。

 そんな彼女の手をオリバーが優しく取る。


「エリーゼ様、いや、エリー。今度こそ必ずあなたを幸せにします」

「オリバー様……」


 懐かしい愛称で呼ばれ、涙がこぼれそうになる。

 幼少期のエリーゼとオリバーは本当に仲が良く、お互いを想っていた。そんな幼い二人を大人の事情で引き裂いてしまったことに国王も公爵もずっと罪悪感を抱えていたのだ。

 一度は引き裂かれた者達が再び結ばれるのを、二人の父親達は微笑ましく見守っていた。


 話がまとまった後、エリーゼとオリバーは二人でお茶をしていた。

 表向きは蔑ろにされている兄の婚約者の相手を弟が代わりに務めているように見えるように。

 実際、エルマーがエリーゼとのお茶会をすっぽかして、オリバーが代わりに相手をすることはこれまでにも何度もあったので怪しまれることは無いだろう。

 なるべく表情に出ないよう気をつけているが、いざ正式に婚約者となった彼を前にすればつい笑みが零れてしまう。

 そんなエリーゼを見て、ようやく自身の最愛を取り戻したことを実感したオリバーもまた、心からの笑みを浮かべるのだった。


 エリーゼは気づいていた。

 今回の騒動はオリバーが裏で手を回していたことに。


 そもそも、王家や公爵家が本気を出せばたかが男爵令嬢(・・・・・・・)ひとり、簡単に排除できたのだ。

 それを本人達への忠告程度で済ませ、二人の仲が噂されるようになっても手を出さなかったのはエルマーに瑕疵をつけ婚約解消の口実を作る為だった。

 オリバーはジェーンがエルマーに狙いを定めた時から、密かに彼等の仲が深まるように根回ししていた。

 本気でジェーンを排除しようとする者が居れば裏から手を回して止めさせた。

 エルマーは周囲が強引に自分達を引き離そうとしないことを、なんだかんだ言いつつ仲を認めてくれているのだなどと都合よく考えていたようだが、実際は彼が致命的な失態を犯すまで泳がされていただけである。


 予想外のこともあった。

 複数の男性を取り巻きにしているジェーンだったが、意外にも身持ちが固く身体の関係はおろか口づけの一つも交わさなかったのだ。

 また、男性陣からの贈り物も高価すぎる物は遠慮して受け取らなかった。

 エルマーが調子に乗って高額の物を大量に貢いでくれていればそれを理由に責めることもできたのだが、実際にジェーンに贈られた物は庶民からすれば高価だが貴族にとってはそれほどでもない値段の装飾品やお菓子、香水など、一応友人への贈り物と言えなくもない物ばかりだ。


 想定よりジェーンの立ち回りが上手かったこともあって決定的な不貞・不正の証拠が得られず焦ったが、粘り強く監視したおかげで友人とは言えない距離で接する様子を数えきれないほど記録できた。

 水面下で少しずつ彼らの悪い噂を広めていたのもオリバー率いる第二王子派であった。

 エルマーはジェーンとの時間を優先するあまり王子としての執務や学業を疎かにするようになっていたし、不貞の状況証拠も合わされば彼を失墜させることはほぼ確実だったが、念には念を入れた。


 オリバーは幼い頃からずっとエリーゼだけを想ってきた。この歳になっても婚約者を持たなかったのも、彼女を忘れられなかったからだ。

 それでも、エリーゼとエルマーが心を通わせお互いを大切にするようであれば、自分は彼女の幸せの為に兄夫婦に生涯尽くそうと心に決めていた。

 しかし、肝心の兄は自分からエリーゼを奪っておきながらいつも彼女に冷たい態度をとっていた。

 決められたお茶会ではいつも不機嫌そうにして彼女に気を遣わせ、成長すれば出席すらろくにしなくなった。

 贈り物も最初は自分で選んでいたようだが、次第に面倒くさがるようになり使用人に丸投げするようになった。

 挙句の果てにはどこの馬の骨ともしれない下級貴族の令嬢にうつつを抜かす。公爵令嬢であるエリーゼを侮辱するにも程がある。

 身分の高い母親、第一王位継承権、そして両親から与えて貰ったエリーゼ。

 自分では何一つ努力することなくオリバーには無い多くの物を手にしておきながら、それらを少しも大切にしようとしない。

 何時だって不満そうにオリバーに敵意を向けてくる。

 だから……そんなに不満があるのならば、彼の物を奪ってやることにした。

 その為に陰で努力して力をつけた。

 エリーゼが婚約者となったことで正妃側は安心したのかオリバーに関心を示さなくなった。

 お陰で裏で色々と動けた。

 そうして、準備をしながら長年機会を伺っていたところに転がり込んできたのが男爵令嬢ジェーンだった。


 オリバーは察していた。

 エリーゼもまたこうなる事を望んで密かに行動していたことを。


 オリバーが自分の野望の為に動いていた頃、エルマーとの婚約に不満があったエリーゼもまたジェーンの存在に希望を見出していた。

 オリバーほどはっきり行動していた訳では無いが……

 エルマーとジェーンが親しくしていれば、わざとエルマーが反発するような言い方で注意をして彼を煽った。

 交流が乏しいとはいえ、彼とは長年婚約者として過ごしてきたのだ。自分の発言に対して彼がどんなふうに反応するかなど簡単に予想できた。


 ジェーンに対しては何度も忠告して態度を改めさせるべき……という考えに学園内の雰囲気を誘導したのもエリーゼだ。

 第一王子の婚約者且つ、公爵令嬢という彼女の行動は学内の令嬢の手本となる。

 彼女が強引にジェーンを引き離そうとするそぶりを見せていれば他の生徒もそれに習い、ジェーンはもっと早くに消されていただろう。

 それをエリーゼが忠告程度に抑えていた為、他の生徒も率先して手を出そうとはしなかったのだ。

 ジェーンがエリーゼの思惑に気づいていたかは不明だが、忠告されるだけで直接手を出す気が無いことは察していたのかもしれない。

 最初は比較的話を聞いていたのに、次第に行動が大胆になりエリーゼの忠告も聞き流すようになったのだから。


 二人の計画に人知れず力を貸していたのが他でもない国王と公爵であった。


 残酷なことだが、エルマーとオリバーのどちらが国王に相応しい才覚を持っているかは一目瞭然だった。オリバーならば必ずや歴史に名を遺す名君となるだろう。

 国王から見ても正妃の子どもという点以外にエルマーを次期国王に押す理由がない。

 その身分の差すら、オリバーは時間をかけて国内外の有力貴族や王族と繋がりを持つことでカバーしてしまった。

 引き離してしまったエリーゼとオリバーへの罪悪感もさることながら、より国を繁栄させる為にはオリバーに国王になってもらう必要があったのだ。


 彼らに、ジェーンを利用することに対する罪悪感は無かった。

 今回の計画を進める上でジェーンの事情が調査されたが、彼女は男爵家の当主とメイドとの間にできた子どもだったらしい。

 母親は貴族のいざこざに巻き込まれることを恐れて一人でジェーンを育てていたが、彼女が幼い頃に病で亡くなってしまった。

 ジェーンは自分が貴族の血を引くことも知らぬまま孤児院で育ったが、男爵家の者が偶然その孤児院を訪れて、件のメイドと瓜二つだった彼女を見つけたことで話を聞いた男爵に引き取られることになったそうだ。

 男爵がジェーンを引き取ったのは情からではなく政略結婚の駒を欲していたからだった。最低限のマナーを無理やり詰め込み、なるべく優秀な男を落としてこいと言い含めて彼女を学園に送り出したそうだ。


 エリーゼ達から見てジェーンは良くも悪くも物事を深く考えない単純な少女だった。

 男爵に言われたから男にすり寄る。

 本気で怒られないから態度を改めない。

 エルマーの『仲の良いお友達』という言葉を真に受けて不貞状態になっていることを理解しない。

 自分の行動がどういう結果につながるか想像できない。

 元孤児で教養が無いせいなのか、元々の性質のかは不明だが、孤児から貴族令嬢になれたのだから貴族令嬢からお姫様にもなれるはず……というお花畑のようなことを本気で信じているようだった。

 男爵家など上の者の指示一つで簡単に消されてしまう。だからこそ生き残る為には必死に考えて身の振り方を考える必要がある。

 それを怠り、たかが男爵令嬢(・・・・・・・)が立場も弁えず不用意に公爵家や王家に近寄ったのだから、どんな目にあっても自業自得としか言えないだろう。



***


 エリーゼは自室で一人、これからのことに思いをはせていた。

 エルマーが卒業パーティーでエリーゼに婚約破棄を突き付け、同時にジェーンとの婚約を宣言しようと画策していることはすでに聞いている。

 オリバーはエリーゼに瑕疵がつくことを心配して止めようとしていたが、エリーゼはあえてこの婚約破棄をさせましょうと提案した。

 卒業パーティーと言う公の場で勝手に婚約破棄を宣言した挙句、許可なく男爵令嬢に求婚など、廃嫡させるのに十分すぎる失態。

 これはオリバーに王位を継がせたい者にとって好都合なのだ。

 エルマーは表向きは最後のチャンスとして本人が心を入れ替えるか様子見をする……ということになっているが、誰も止める気がない以上、彼がこのチャンスを活かせることはきっと無いだろう。


 エルマーの側近達もまたこれまでの行動に加えて、婚約破棄計画を止める素振りが無いことからすでに実家や婚約者達から見限られている。

 周囲がもっと早くジェーンの問題に対処していれば、側近達はあれほどジェーンに溺れることはなかったかもしれない。

 そう意味では若い彼らは被害者と言えなくもないだろう。

 だが、規律を乱し婚約者を蔑ろにしたのは彼ら自身だ。

 各自の婚約はすでに見直されている。これに関しては自分達の計画に巻き込んでしまったお詫びも兼ねて公爵家も力を貸していた。

 自分達がすでに婚約を解消され、跡継ぎ候補からも外されていることを知らないのは本人達だけである。


 これまでの事例や法例を考えれば、身勝手な婚約破棄を告げた後のエルマーは恐らく廃嫡されて、監視付きで辺境の地へと送られることとなるだろう。

 その際、ジェーンも責任を負う形で一緒に連れていかれるはずだ。


「巻き添えになるジェーンさんには少し同情するけど、普段からあれだけべったりしている相手と一緒になれるのですもの。きっと文句は無いでしょうね」


 エリーゼは一人微笑む。

 国王は身勝手な理由でオリバーを亡き者にしようとしてきた時から内心正妃を疎んでいた。

 エルマーのやらかしの大きさを考えれば、正妃にも母親として責任を問い、その力を削ぐこともできるだろう。

 そうすれば邪魔者は全て居なくなり、今度こそ安心してオリバーの隣に立つことができる。


「ありがとうジェーンさん。貴方のおかげで私の望みは叶いそうだわ」


 愚かな男爵令嬢に感謝しつつ、エリーゼは婚約破棄される日を指折り数えて待っていた。





 





















 しかし、彼女が望んだ卒業パーティーでの婚約破棄は起きなかった。

 それを告げるはずだった第一王子エルマーが毒殺されてしまったからだ。

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