観覧車の偽婚約破棄
まるですべての動きが、舞台の上で行われてるよう。
それくらい、芝居がかった台詞でした。
うつくしく整った声量で、たしかに、あなたは言ったのです。
「すまない、君との婚約を破棄する。」
とてもとても滑稽な喜劇。いいえ、悲劇かしら?
あなたの後ろから、夕日が、もうすぐ沈む間際で、最後の光を当ててるから、シルエットになって。
ねぇ? 可笑しくないかしら?
遊園地にふたりで遊びに来て。
最後の最後に、大事な話があると言って。
この観覧車に乗ったのではないでしょうか。
最近、時間が取れなくて、久しぶりに会えて嬉しいと、言ったのはあなたではないでしょうか。
仕事に、会社の人との人間関係に。飲み会が増えた話も、電話で聞いてはいました。
「ポーン。現在、頂上です。」
思い出したようにアナウンスが鳴りました。
音楽も届かなく、静まり返った中で、建物の向こうに沈みゆく太陽の橙が、青から紺色に変わる空の色が、シルエットになっていたあなたの目が、わたしとようやく合って、思い出したのです。
「婚約破棄、承りましたわ。……殿下?」
ここの遊園地は、どこかあの国に似ていましたね。
特にこの観覧車は、王城を模したかのようなデザインで、懐かしい気持ちになりました。
「いつ、思い出したの?」
「ここに、君と初めて来た時に。」
付き合って間もない頃のことでしょう。
「何か衝撃的な出来事を再現すれば、もしかしたら、と思った。その上で、考えて欲しい、と。」
あなたはガサゴソと鞄から、プリザーブの薔薇と、腕輪ほどのオモチャのダイヤのリングを取り出しました。
「結婚してくれないか? 前世のようには、決してしないから。」
不思議と、前世の殿下の顔があなたに重なり、どうしてだか、さまざまな感情ーー初恋のときめき、どうしようもない愛しさ、嫉妬、失望と諦めーーが入り混じり、息をつきました。
そして、今世でのあなたとの思い出が、前世を上書きするかのように、生き生きと塗り替えていきました。
パッと、イルミネーションが点灯します。
音楽が戻ってきました。
ワルツが流れ、思わずわたしは、
「ええ、喜んで。」
と答えました。