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第6話 隠れ里へ

 ウツロはかの地、隠れ里へと足を運んでいた。


 父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)のもと、兄・アクタとともにはぐくまれた思い出の場所。


 自分のすべてがここにある。


 その気持ちはいまでも同じだった。


「……」


 何度となく訪れてはいるが、やはりここは落ち着く。


 はじめて来たとき、屋敷が焼き払われていたことには、ショックを隠せなかったが……


 おそらく、父さんが自分で火を放ったのだろう。


 魔道へ落ちていたとはいえ、この胸をかきむしられるような感覚は……


 ウツロは言葉を発せず、炭になってしまった家屋を少しずつ片づけていく。


 畑もすっかりと荒れはてているが、また耕す気にはなれない。


 まだだ、まだ時間が必要だ……


 すなわち、心を整理するための時である。


 彼は悶々としながら作業を進めた。


 当時の記憶がよみがえってくる。


 三人で過ごした厳しくも楽しい日々が。


 アクタといっしょに木登りをした。


 二人で父から鍛錬を受けた。


 四季折々の山をめで、そこで遊んだ。


 夏の暑さも、冬の寒さも、いまでは何もかもが懐かしい。


 取り戻せるものなら返してくれ、俺の人生を、俺のすべてを……


 ウツロの感情は鍋のようにかきまぜられた。


「父さん、兄さん、いいんだろうか……俺だけが、生きているなんて……」


 彼はしゃがみこんで、心を落ち着かせようと試みた。


「そこの方、そろそろ出ていらっしゃったらどうでしょう?」


 彼がつぶやくと、畑の奥の杉並木の一角から、ひとりの男性が姿を現した。


 ウツロも視線をそちらへと移す。


 背丈、大きい……


 柾樹(まさき)よりも身長が高いな。


 195センチ以上といったところか。


 体躯、一見細身に見えるが、あのカットソーを浮き上がらせる筋肉の形……


 特別な鍛え方をしていなければ身につかないだろう。


 そしてなにより、あの長刀……


 雅な鞘におさまっているが、見たところ古から伝わるもののようだ。


 5尺……


 いや、6尺はあるかもしれない。


 体躯に見合ったサイズと言えるだろう。


 このような分析を、ウツロはものの数秒で行った。


「アナリティクスは済んだかい?」


 男性は淡い橙色の髪の毛をしていて、ところどころバンドで止めて髪型を作っている。


 いかにもおしゃれな、チャラい感じの少年だった。


 しかしそれとは正反対に、突風のような闘気が伝わってくる。


 彼は革製のズボンを鳴らしながら、近づいてきた。


「ここは俺にとって大切なところなのです。踏み荒らすというのなら、ただではおきませんよ?」


 ウツロは正直な気持ちを伝えた。


「大切なところ? 殺人鬼のアジトじゃん」


 少年はクスっと笑った。


「貴様……」


「あれ、怒った? ウツロくん」


「なぜ、俺の名を知っている……?」


「なんでも知ってるよ、君のことはね。似嵐鏡月の息子ってことも」


「父を、知っているのか?」


「あたりまえだよ。なにせ、君のパパのお友達に、俺の父さんは殺されたんだからね」


「……」


「その男の名は、森花炉之介(もり かろのすけ)。君のお父さん、似嵐鏡月とはかつて、雪月花(せつげつか)という傭兵トリオを組んで活動していた」


「せつげつか……」


「おいおい、何も知らないのは君のほうじゃん? 君とお兄さんのアクタくんを生かすため、お父さんは森たちと結託して動いてたんだよ?」


「そう、だったのか……」


「まあ、いいや。とにかく、その森って男に俺の父さんは殺されて、俺の家が代々守っている三本の宝剣のうち、二本までもが奪われてしまったわけなんだよ」


「何が目的ですか?」


「協力してほしいんだ、ウツロくん。俺は森を探している。もちろん、父さんの敵を討って、その宝剣を取り返すためにね」


「俺に、何をしろと?」


「さあ、俺もよくわかんない。ただ、君といっしょにいれば、君のお父さんと関係の深い森にも、もっと近づける気がするんだ」


「……擬態ですね。ちゃらんぽらんなフリをしていますが、本当のあなたはもっと、頭の働く方だと見受けます」


「ふうん、やるじゃん。女の子にモテるわけだ」


「……」


「おっと、ヘンなことは考えてないよ? どうか俺を軽蔑しないでほしいんだ。俺はただ、森を倒したいだけなんだからさ」


「断ったら?」


「いや、君は断らないよ。そういう人でしょ? 君の情報を見るかぎりだけどさ」


「……やはり、擬態でしたか」


「ねえ、ウツロくん。俺と立ち会ってくれないかな?」


「立ち会う、とは……いったい、なんのために?」


「さあ? 強いやつを見つけたら戦いたい、普通じゃない?」


「もののふ、と言ったらよいのでしょうか。しかし、あなたは気取っているという雰囲気でもない」


「うれしいね、君とは仲良くやれそうだよ」


「あいにく手持ちぶさたですが?」


「またまた。虫さんたちに運んでもらってるんでしょ?」


「その口ぶり、あなたも……」


「持ってるよ、アルトラ」


「めんどうなことです。しかし、この状況では引くわけにもいきませんね」


「いいね、君こそもののふだよ。では……」


 少年は手にしていた太刀を垂直にかまえた。


姫神壱騎(ひめがみ いっき)、それが俺の名前だよ」


「では、姫神さん……」


 ウツロの影がうごめいて、黒刀がその姿を現した。


 そして姿勢を落とし、刀をかかえこむようなかっこうでかまえを取る。


「姫神一刀流、姫神壱騎、いざ尋常に、参る――!」


「似嵐流兵法、似嵐ウツロ、お相手つかまつる――!」


 杉林へ日が差した瞬間を合図に、二つの剣尖は激突した――

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