表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/83

第15話 桜屋敷の会合

「東京へ下ります」


「……」


 鮮やかな青い羽織の中年男性がスッと口を開いた。


 そばにいるもうひとりの男性、年の頃は少し下であるが、その男は茶せんを動かす手を止め、言葉に耳をそば立てる。


 京都府京都市左京区、土地の名門・三千院家の屋敷。


 桜に囲まれていることから通称「桜屋敷(さくらやしき)」とされ、半分観光名所のようにもなっている。


 奥屋敷の上座に座っている剣神(けんしん)三千院静香(さんぜんいん しずか)は、着物のえりにかかる長髪を揺らし、茶の入れられた黒織部(くろおりべ)の器を手に取った。


 打ち身は2メートルに届く長身、年齢は50歳近くであるが、眉目秀麗なその顔立ちは、実年齢よりもゆうに20歳は若い印象を与える。


「静香さま、本当によろしいのですか? お体に障ることは明白でございますぞ?」


 控えて座っている濃緑の羽織の男は、主人が茶を飲み終えるのを待って顔を上げた。


 その眼光は爛々(らんらん)としていて、しかし光は当たっていない。


 三千院静香は器を置くと、おもむろに語り出した。


「重々承知しております。しかし、わが友・龍聖(りゅうせい)嫡子(ちゃくし)壱騎(いっき)くんたっての申し出とあれば、むげにすることもできないでしょう。彼は若いながら、すぐれた実力と武の精神を兼ね備えているもののふです」


「しかしながら静香さま、そのお体では……」


「このことを知っているのは霊光(れいこう)さん、あなたを含むごくわずかの人間です。決して壱騎くんに漏らしてはなりませんよ? 彼を苦しませるわけにはいきませんから」


 話を聴くその男、名は百鬼院霊光ひゃっきいんれいこう


 三千院静香に幼い頃からつかえており、主人には勝るとも劣らない剣豪である。


 しかし過去に、実践の場において負傷し、光を失っている。


 三千院静香はそっと、胸もとに手を当てた。


「わたしはもう、長くはない。後生です霊光さん、最期を迎えるそのときが来る前に、わが友・龍聖、そして壱騎くんの無念を晴らしてあげたいのです」


「静香さま……」


 百鬼院霊光は覚悟を決めた。


七本桜(しちほんざくら)よ、聴いてのとおりです。かの地にはおそるべき罠がしかけられているに違いありません。くれぐれも慎重にかかるのです」


 障子の向こうに複数の影。


 大きいものから小さいものまで、計6体ある。


 三千院静家の御庭番(おにわばん)、百鬼院霊光自身を筆頭とする武芸者衆・七本桜だ。


「霊光さん、お願いがあります」


「は、なんでございましょう?」


 三千院静香はかしこまって申し立てをした。


「かの地、朽木市(くちきし)へ、遥香(はるか)も同行させたいのです」


 障子の奥の影たちは代わる代わる顔を見合わせた。


「なんと、遥香さまを……? それはまた、なぜゆえにございますか?」


 百鬼院霊光は顔を傾けた。


「よい勉強になると思うのです。それに、わたしが遥香といっしょにいられる時間も、おそらく残り多くはない」


「なるほど……静香さまのお気持ち、深くお察し申し上げます。心得ました、周囲を固める者たちの選別も含め、すぐに手配いたします」


「申し訳ありません、わがままを言ってしまって」


「何をおっしゃいますか。遥香さまも鍛錬を重ね、日に日に腕を上げておられます。必ずや心強い存在となるでしょう」


 百鬼院霊光をはじめとする七本桜は退室し、あとには当主・三千院静香だけが残された。


「ぐ……!」


 ずっとこらえていたが、ついに抑えきれなくなって、口に手を当てた。


「ごふっ……」


 鮮血が手のひらを赤く染め上げる。


「ふう、ふう……」


 そばに忍ばせてあった布地で、彼は吐血をぬぐった。


 着物をはだけ、胸もとをのぞく。


 めりこんだ(こぶし)のあとが、心臓の位置にくっきりと浮きあがっている。


 しかもその傷跡は、なにやらもぞもぞとうごめいているのだ。


刀隠流体法とがくしりゅうたいほう、奥義・八代影王(はちだいえいおう)……」


 三千院静香は着物を直し、呼吸を整える。


刀隠影司(とがくし えいじ)、あの男をこのままのさばらせておいては、この国に、いや、世界にとって大きな災厄を招きかねない。加えて最古のアルトラ使い・魔女ディオティマまでもが……」


 彼は深く息を吸い、目を閉じた。


「しかし何よりも、何よりも……わが奥義・三千世界(さんぜんせかい)の継承を急がねば。正道であれば遥香ですが、あるいは、あるいは……」


 カッと見開いた目、その凛とした姿は、剣神の名に恥じることのない決然たるものである。


「とにかく、時間がない。早く、しなければ……」


 桜の舞い散る庭園、宿命を背負った男は眼光鋭く、しばらくその光景を目に焼きつけていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ