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31. 光の使徒ユーリン(4) 幕間ちょろ仕事

「ウンチョー、何してるの?」

「薪を割っておる」

「……食べるの?」


ひと仕事を終えたユーリンが、関羽で遊び始めた。




ユーリンの仕事の始まりは、数刻前にさかのぼる


解放軍への新規参加を希望する者たちに、エルマンから簡単な挨拶と入隊の段取りについて説明がされた。ユーリンもそこに同席した。自然な流れで、ユーリンが新規参加者たちの取りまとめ役として任命された。


ユーリンは、特に不満でもなさそうな口ぶりで、形式的な不平をエルマンに鳴らした。

「ていうか、ボクも普通にご新規さんじゃん?」

「まぁ、そうなんだが。いまさらというか……お前なら何とかするだろ。いろいろ頼むよ」


その後、エルマンとユーリンの2人だけがその場に残った。翌日以降の行動計画について、協議を要したためである。


関羽の同席が必要ないことを認めたユーリンは、関羽に休息を勧めた。


「んじゃ、ウンチョー。しばしの別れとシャレこもう。……浮気しちゃダメだからね?」

「……生薬になりそうなものをわけてもらえぬか、散策に参る」


関羽はフラフラと去っていった。朝から心労の連続で、すっかり疲弊していたためである。


ユーリンは関羽が衰弱しているのを見てとり、

(イジメすぎたか)

とわずかに反省した。


が、すぐにエルマンに向き直って思考力を即物的な課題に割り当てた。


解放軍に参加する者についてはエルマンの指揮下に入ることになるが、参加せず故郷に帰る者たちについては、まだユーリンの責任下にあるのだ。


奴隷として(さら)われてきたことについては全員が被害者であるが、その全員が善性であるという保証はない。路銀もなく帰路に悩み迷ううちに、賊徒となって凶行に及ぶ者がないとは言えない。不幸の連鎖をつなげてはならない―――と、()()ユーリンは考えることができた。


「そうですね。宴を閉会するように『はい解散』とはいきませんね。えーとですね……」


ユーリンはその場にしゃがみ込んで、木の枝で地面にいくつかの数字を書きだした。それを眺めて口の中で何やら呟いて思考をまとめると、立ち上がって結論をつげた。


「帰路の方角でわけてグループをつくりましょう。北西方向と南方向ですね。それぞれムールブとミランゾの街を最終目的地として、そこで解散させます。北西側に該当するのは約60名で、3日の工程。南側は約20名で5日の工程ですね。北西側は、テジョさんにまとめ役をお任せしましょう。香料の商いを営んでおられるとのことなので、おそらくこの行路には馴染みがあるはずです、あとでご本人に確認してみましょう。南に向かう人たちは、ガストンさんにお願いしたいですね。20人の中では、最も指揮能力がありそうです」


地面の数字をときどき確認しながら、ユーリンはきっぱりと言い切った。

エルマンは唖然として言葉もでない。


「……っ……おま、まさか、全員の出身地把握してんのか?」


「ひととおり世間話をしましたので、おおよそは……といっても、数名はボクの推測で計上しちゃいました。が、それでも大勢に影響はないでしょう。この路線でご承諾いただけるようでしたら、あわせてご相談ごとが……必要な日程分の食糧と解散後の路銀を、グラン帝国からぶんどった物資から供出することをお許しいただきたいのです。すべて解放軍のモノと申した手前で、恐縮なのですが」


「あ、ああ。そりゃもちろん、かまわねぇが」


「ありがとうございます。では、ご裁可をいただけたということで、さっそくボクはフノーゼ村の村長さんと交渉してきますね」


「お、おう! ……ん? 待ってくれ、なんでお前が村長のとこにいくんだ?」


「グラン帝国の物資の中からこの村の生活に資するものを見繕って、買い取ってもらいたいのです。配慮はしますがそれでもだいぶ無理を強いることになるのが予期されますので、ボクが交渉にあたるのが適任かと思っているのですが……さすがに差し出がましいことでしょうか」


「あー、そうか。そうだな。うん。任せた。いいと思う……ぞ……」


エルマンは肯定したが、自信なさげな様子だった。

その理由が、ユーリンの判断の正しさを確信できなかったためではないのは、明らかだった。


ユーリンはエルマンに、抱擁感のある優しげな眼差しを向けた。


「リョウケイさんがボクに求めているのは、まさにこういう役回りのはずです」


自信に満ちた―――けれども若干の気恥ずかしさの混じった、誇らしげな照れ笑いでユーリンは応えた。


さまざまな天性の優越をあからさまにしても、年長者の反感を招かない体質であること―――ユーリンの対人能力の根幹を成す要素のひとつであった。


エルマンの感情のさざ波の方角を変えるために、精妙なタイミングをはかってユーリンは冗談めいた口ぶりで言った。


「エルマンさんの顔つきが交渉には向いてない、とまでは言っていませんよ?」


「そこまでは聞こえてませんよ!」


ユーリンのベタなからかいの言葉にエルマンは笑い、心の中で白旗をあげた。




ユーリンはまずフノーゼ村の広場に足を向けた。解放軍への参加を見送った人たちの処遇について、エルマンとの取り決めを伝えるためである。十分な配慮に基づいて故郷近くの街まで引率されることを知って、その場の多くの者が納得した。


「確かにムールブまで辿り着ければあとは何とかなる」「おれはミランゾのほうが近そうだ」「ありがとう、ユーリン。実はどうやって帰るか、途方に暮れていたんだ」

ユーリンを囲む人々の口から、次々と安堵の言葉が漏れた。


「詳細は改めてボクからお伝えいたします。まずはこのことをみんなに伝えてください。早くみなさんに安心していただきたいので」


吉報を届けることができた喜びを口元の綻びで表しながら、ユーリンは思案した。


(しまった……テジョさんとガストンさんに任せたほうが利得があったな)


人々の様子を見るうちに、ユーリンは自分の迂闊を悟ったのである。

この件は、自分の口から明かすべきではなかった、と。


風説を裏付ける権威として、ユーリン自身による説明の場は欠かせない。

しかし、この後の人々の集団行動の安定化を図るならば、直接の統率者から朗報を人々に伝える機会を奪うべきではなかった。

わずか数日の道のりであるが、ほんの数日前に知り合ったばかりの人々が混乱なく共に行動するためには、集団としてのまとまりが重要である。


ユーリンは、テジョとガストンを今後の2グループの統率者として務めてもらうことを期待している。

人々の信頼の向け先を、徐々にユーリンから彼らに移譲するためには、小さな演出の積み重ねが重要となる。

その貴重な機会のひとつが、この行動計画を告知する役目をテジョとガストンに任せることだったのだ。


(ボクもまだまだ甘いな)


小さなことではあるが、仕損じた、とユーリンは反省した。

ユーリンとしては、自分を信じてここまで付き従ってくれた80名余の人々が、これ以上の苦難を歩むことなく、健やかに家族の元まで辿り着けることを心底から願っている。

そのために自分ができることなら、どんな小さな工夫でも、労を惜しむつもりはなかった。


若干の傷心を引きずりながら、ユーリンは忙しく活動した。




ユーリンがテジョとガストンを連れ出して事情を伝えたところ、2人とも即座にそれぞれのグループに引率役を快諾した。


「もちろんです。お引き受けしましょう。たしかにその道程には馴染みがあります。みなさんをムールブまでご案内できると思います」

「わかった、任されよう。慣れねぇ話だが、おまえさんの前でそんな情けねぇことは言えねぇな。荒事には慣れてる。なんとかミランゾまで行ってみよう」


どことなく嬉しそうな様子であった。2人とも解放軍には参加せずに家族のいる故郷に帰ることを希望しているが、心情としては、解放軍の———というよりもユーリンに協力できない立場であることを、深く惜しんでいたのである。ユーリンに頼られて活躍の場を与えられたことを、誇りに感じたのだ。


「本当にありがとうございます。ボクとしても肩の荷が降りました。これで安心してみなさんを送り出せます。ではさっそく出立の準備についての段取りの話なのですが———」


グラン帝国から奪い取った糧食の配分や荷づくり、人々への告知方法やグループわけについて、ユーリンは丁寧に要点を2人に伝えた。

その甲斐あって、テジョとガストンを中心となって出立準備を差配できるようになり、人々も次第に2人の指示を受け入れることに慣れていった。




出立準備の進行を監督する役目をテジョとガストンの2人に任せて、ユーリンはフノーゼ村の村長と交渉に臨んだ。

グラン帝国から奪い取った物資を開封し、まるで露天商のように並べて、村で買い取り可能な物とその金額の落としどころを探っている。


「……といっても、ユーリンさん、この村が出せる現金にも限度がありましてな。確かにモノは悪くない様子ですが、ほかの買い付けの都合などもあって、あまり一度に現金を費やすわけにはいきませんで……」

「あんた! 何言ってるのよ! モノはいいんだから、今、ぜんぶ買っちゃいなさい。街で買ってくるよりもずっと安い買い物じゃないの……ごめんなさいね、ユーリンちゃん、いまこの人によく言い聞かせるわ、少しだけ待っててね、少ししかかからないから……」


ユーリンと村長……と村長の奥方様の3者会談は、主に奥方様の主導によって進められてしまった。


ユーリンが、フノーゼ村の長の宅を再度訪れたところ、不幸にして幸いなことに、村長を押しのける形で老齢の細君がユーリンを出迎えた。そこからユーリンの予定にズレが生じた。

ユーリンから事情を聞いた老婦人は勇ましかった。その剣幕に圧倒される村長を叱咤して引きずり出し、ユーリンに抱きつくようにして交渉の席に参陣したのである。

始まる前から劣勢においやられた村長に対して、さすがのユーリンも同情を禁じえなかった。


「まったく、あんたったら昔っから、そうなんだから! ぐずぐずとみっともなく、ユーリンちゃんに申し訳ないと思わないの!?」


「奥方様、くれぐれもご無理はなさらぬように。たしかにボクとしてはコレを全部買い取っていただけると嬉しいのですが、それで奥方様がお立場を悪くされてはボクとしては立つ瀬がありません。……ボクとしてはこれが解放軍に参加してのはじめての仕事なので、なんとしても成功させたかったのですが、それがこの村の負担となるようでは無理は通せません。目標金額に届かなくとも、ボクがエルマンさんに謝罪すれば……多少叱られはするでしょうが、なんとか……いえ、そんな、ご心配には及びません」


悲嘆に沈みつつあるのを気取られまいと健気(けなげ)に己を奮い立たせている()()()()()表情で、ユーリンは老婦人を気遣う()()()()()ことを言った。


形式的には老婦人の暴走をいさめているが、実際にはより一層老婦人を奮い立たせる()効果にしかならないことを、当然ユーリンは理解していた。


とはいえ、村長を破産させるわけにはいかない。もはや引き際こそがユーリンにとっての唯一の課題となった。

そして、ご活躍の奥方様に対しては、また十分な『お礼』をお伝えして『心地よさ』を提供しなければならない。


(なんだっけ、ウンチョー。たしか『水が勢いよく流れてるときは、とりあえずノッとけ』だったっけ。なんか違う気がする。まぁいいや、たぶんこういうことだよね、ソンシの兵法って……)


ユーリンは天を仰ぎ、雲のように心を空に泳がせた。




その後。

ユーリンは、しばらくほったらかしにしていた関羽を探し、村はずれの民家の庭で……どういう事情なのか薪割りに専念する姿を発見したのである。

関羽は古びた斧を一心に振るって薪を割っていた。ユーリンが背後に近寄っても、それに気がつく様子がない。鬼気迫るような集中力で、一心に薪を割っていた。


「ウンチョー、何してるの?」

「薪を割っておる」

「……食べるの?」

「……油で揚げて塩をまぶせば、酒の肴になるかもしれんな」


関羽は上の空で応えた。


「ボクとしては、ステキなカブトムシさんが薪を割っている理由を知りたいんだ」

「胃痛に効く生薬を求めたところ、この宅の老婆殿が煎じてくださるとのことでな。無償の施しを受けるも忍びなし、何か手伝えることはないかと尋ねたところ、薪割りの任を承ることになった」


関羽は勢いよく斧を振り下ろし、寸分過たず、木片を正中ど真ん中で二分した。斧の刃先はピタリと木片の根本で止まり、余計な勢いで台座をたたいて斧を消耗させることもない。割られた2つの木片が跳ね返った勢いで見苦しく散乱することもなく、まるではじめからその姿かたちであったかのように静かに台座に佇んでいた。


「鍛錬にもなる」

「わあ達人芸だ」


薪割りの務めは関雲長の用法としてあまり適切ではないという懸念を飲み込み、ユーリンは一応感嘆した。

一動作の中に込められた、関羽の武人としての修練の程を垣間見たためである。


「諸事せわしなく駆け回っていたようだな。そなたの務めは終わったのか?」

「ちょろ仕事をいくつかね。笑顔を偽造しすぎて筋肉痛だよ」


形の良い頬骨を手で揉みしだき、ユーリンは悪態をこぼした。

関羽は斧を地に降ろして腕を休ませ、正面からユーリンと相対した。


「げに見事な働きぶりであった」

「ウンチョーに認められると、はりきった甲斐があるね。どうぞ遠慮なく賞賛してくれたまえ。ボクは自分の仕事ぶりを褒められるのは、とても好きなんだ」

「無論だ。そなたの真価が発揮されておった。惚れ惚れするほどの将器だ。この……ここにきてからいくつもの驚嘆を覚えたが、今日のそなたには度肝を抜かれたぞ。改めて我が主として認めたい」

「……ちょっ! ま、待ってよ。いきなりそんな本気で褒めないでよ! 『不意打ちは情け無用で人のためならず』だよ? 」


ユーリンは意味不明なことを口走りながら、うろたえて耳まで染めて赤面した。あふれ出る照れを隠すために唇をすぼめて顔をゆがめた。


「……真顔でそれはズルくない?」

「そなたがそれを言うか。だが事実だ。我が賛辞、厳に受け止めよ、ユーリン。この関雲長、佞言(ねいげん)を口にしたことは、生涯で一度とてない」

「んー……うぅ、もう……、ウンチョーてば、朴念人みたいな態度してるくせに、たまにすごい攻めかたしてくるんだから……」


ジタバタと悶えて手で顔を覆い、沸騰しそうな熱気を全身から発散させながら、ユーリンは取り澄まそうと必死に試みた。

が、それが無謀な試みと悟って、開き直った。


「あー! もう、わかったよ! ……『キミの尊敬と賞賛を嬉しく思う。今のボクには過分な評だが、いずれそれに相応しき器量となることを約束しよう。その日までどうかボクを支えてほしい』……ほらっ、こんなもんで、いいかい?」

「上首尾だ。だが、名君の真似が務まるなら、名君の評は妥当ぞ」

「演劇だよ! こんなものは、どっかのベタな脚本の絵空事だよ! んーんーんー、もう……。あのね、一応、村長さんにも確認してみた。……『カン』も『ショク』も『ケイシュウ』も、聞いたこと……無いって」


ユーリンは苦し紛れに強引に話題を変えた。変えたあとで、それは軽々に話題にすべきではないと気づき、ユーリンは己の迂闊さを呪った。だが、当の関羽はあっけらかんとした様子だった。


「ふむ、左様か。致し方なし」


意外でもなさそうに、関羽はその報告を受け止めた。

関羽の心の水面には、そよ風のような波が立つのみだった。


報告した側のユーリンのほうが、関羽の反応を意外に思った。


「がっかりしないの?」


「そも、そなたが知らぬと明言したとき、それが難事であると覚悟しておる。それより、礼を申すぞ、ユーリン。そなたにとっても慌ただしき一日であったであろうに、よくぞそこまで気にかけてくれた」


関羽は正面から相対して、ユーリンの両肩に手を添えた。

それは、両肩にのしかかる重荷をこなした勇者に対する、関羽なりの労いであった。


こみ上げる嬉しさにはち切れそうになりながら、泣き出さんばかりにユーリンはあわてた。


「……っ! だからッ! やめてよ、そういうのは。いま、ボクは慣れないことやって、弱ってるんだから!」

「弱っておるゆえに力づけようと思ったのだが、うまくいかぬものだな。……儂もそなたのように、人情の機微に(さと)くなることができればよいのだが、ついぞ無理であったわわい」

「まーたウンチョーのご老体エミュレータが起動したね。『ついぞ』って何さ。ボクを置いて先に逝ってしまうつもりかい? そんなんとっても寂しいじゃないか」

「……ああ、そうだな。すまなかった」

「ウンチョーってば、人間的にはぜんっぜん老成してる感ないくせに、たまに下手ッピな老人ムーブ決めようとするよね。……飽きない?」


ユーリンの言葉は、関羽の急所にあたった。

効果は抜群だった。

関羽は目の前が真っ暗になった。


関羽はしょぼくれて急激に老け込み、力なくうずくまって、うなだれた。


「……ごめんて、ウンチョー。いまのはボクが悪かった。謝るよ。褒められすぎて恥ずかしくなっちゃったんだ。ごめんて。ウンチョー、ごめんってば。そんなカブトムシみたいなポーズで固まらないでおくれよ、ごめんよ」


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