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29. 光の使徒ユーリン(2) 大義への道

関羽とユーリンは、解放軍の勢力圏であるフノーゼの村の村に到着し、解放軍指導者であるリョウケイと対面した。その会談の最中、ユーリンは意識を失って昏倒したのである。関羽は村の空き家を借りて、ユーリンを横に寝かせた。


(過労か、寝不足か? ……その兆候はなかったように思うが)


ユーリンは脈も呼吸も安定しており、意識がないこと以外は健康そうに見えた。関羽はユーリンの傍らに腰を下ろし、様子を見守った。

途中、エルマンが見舞いを兼ねて2人分の食事を差し入れに持ってきた。関羽は述べてそれを受け取り、枕元に並べた。ユーリンの回復後に口にするつもりだった。


ユーリンが目を覚ましたのは、その日の夕暮れ時だった。


「……あれ? ウンチョー?」

「 久方ぶりに肝を冷やされたわ。身体の具合は如何か」

「ふわふわとして気持ち悪い。けど頭ははっきりしてる。なんていうか『気持ちの大掃除』をしたみたいだ。なんだったか忘れちゃったけど、なにがひどいものを全部まとめて捨てたみたいにポッカリととしている。まるで一度死んで生まれかわった心境だね。ボク、死んだことはないんだけど、たぶんきっとそう」


ユーリンの乾いた小さな笑声が、空き家にむなしくこだました。関羽は応えず硬直していた。


「ごめん。不謹慎だった。ホントに心配をかけたみたいだね」

「身体はおそらく何事もないはずだが、油断はできん。記憶は確かか? 今日のことはどこまで思い返せるのだ?」

「まだボケる歳じゃないよ、自称高齢者のウンチョーと違ってね。記憶は全部あるよ、膝が抜けて気絶する直前まで。ウンチョーが近くにいたからね、落ちていくのは怖くなかったよ」

「儂は十分に恐怖した。二度と御免被る」

「善処する。ボクも怖くはないが愉快でもなかった」


関羽はユーリンに食事を勧めた。

ユーリンは旺盛な食欲を示して、皿を空にした。

それを見届けて、関羽は安堵した。


(身体の不調はなさそうにみえる。どうやら本当に心気を損ねただけのようだな)


関羽の全身から張り詰めていたものが抜け落ちた。弓矢や剣による加害からはユーリンを護れても、魔法を用いた害意に対して関羽は全くの無力である。先刻の対面において、ユーリンの不穏な精神に応ずるかのように、リョウケイからも怪しげな気配が起こったのを関羽は感じ取っていたが、ユーリンを害するものではないというリョウケイの釈明を受け入れる気持ちになった。


———それにしても、なんと遼遠な前途であることよ。

関羽はため息をつきたい心境であった。ユーリンの怨念の矛先がリョウケイに向けられていることは明らかであるが、それが成就する見込みはほとんどないものと思われた。無暗な凶刃が刺さる程度の格ではなく、正面から打ち倒せるような人物でもない。関羽には、ユーリンが想いを遂げる光景が想像できなかった。


関雲長の根底には、侠客としての矜持がある。血の報復を否定することはない。

身命を賭してでも貫かねばならぬ血潮(ちしお)の筋道があることを、関羽はよく知っていた。

怨恨による殺人など、健全でもなく、有意義でもない。されど断じて無意味にはならない。

仇と己の屍が相絡み合い朽ちて滅びる様相を胸に抱く陶酔のみを生きる気力とし、幽鬼のごとき末路を自ら望み願うこともあるのだ。

ユーリンが、次を生きるために次の目的を得るためには、いまある怨念を必ず晴らさねばならない。


どのような事情がユーリンとリョウケイの間にさし挟まっているか、関羽は把握していない。

ユーリンが自ら明かそうと態度を示すまで、関羽からそれを訊ねることもしない。

故に、この件に限っては、関羽はユーリンに助力も否定もできなかった。

()()()()()として、かたくなにユーリンを守護する———その矛盾を受け入れることのみが、関羽にできる精いっぱいの情けであった。


だがそれでも、

———もしもユーリンが自分を求めるのならば。

———もしも自分の助力を請うのであるならば。


(どうせ偶さか得た酔狂の時間よ。儂は気ままに生きて、朽ちればよい)


関羽は空き家の周囲に偵察の気配がないことを確認してから、ユーリンの耳元に口を寄せて囁いた。


「それで、そなたの『目的』とやらが叶う見込みはあるのか? あのリョウケイと対面したわけだが……」

「目的って……うん、そうだね。満足さ。ずっと憧れだったリョウケイさんに、やっとご挨拶できたんだ。ボクとしては感無量だよ」


潤んだ瞳で、至福の一時の記憶を反芻するように、うっとりとユーリンが応えた。


関羽は、耳を疑った。

それは、たとえ首元に(まさかり)をつきつけられて強いられたとしても、ユーリンが絶対に口にはしないであろう言葉であった。

関羽は手早く空き家の周囲に気力を張り巡らし、何者の気配もないことを検めた。己が見落としている気配をユーリンのみが察知しているわけではないことを、確認したのである。


「ユーリン、どうしたのだ? 何かを警戒しておるのか?」

「……どうしたの? ウンチョー、何か心配ごとでもあるのかい?」

「そなたがここに来ることを望んだ、その『目的』についてだ。そなたは何を望んでリョウケイとやらの解放軍に身を投じる決意をしたのだ」

「ウンチョー? もしかしてホントにボケる歳になっちゃったのかい? ボクはそんなに永い間、眠っていたのかな。ここにきた目的って、そんなの『大義のため』に決まってるじゃないか」


関羽は、耳が痛くなるのを感じた。

胸に冷ややかな怖気が走り、動悸が激しくなった。


そんな関羽に気がつかず、ユーリンは天使の微笑を湛えた。


「ボクは尊敬するリョウケイさんのもとで、解放軍の一員として貢献したいんだ。ボクの念願だったからね」


関羽は掌で眼を覆い、天を仰いだ。

気を取り直して再度ユーリンを覗き見たが、やはりにわかには信じられなかった。

関羽の目には、どうみてもユーリンがいま本心を語っているように見えたのである。

互いを謀り偽ることは、決してしない。それはあの日に結ばれた二人の誓いの約定である。

どうしても他者を巻き込んで嘘をつくときは、ユーリンは関羽にのみそれとわかるように嘘を作ってきた。それにより結果としてユーリンが関羽を騙すことは一度もなかった。それがこれまでの暗黙の取り決めであった。


いまもユーリンは、そのルールを固く守っている。嘘をついていないのだ。「いま自分は真実のみを話している」と関羽にだけは間違いなく伝わるように、表情で、目線で、声音で、雄弁に身の潔白を物語っている。

———そのため、いまユーリンは関羽以上に困惑していた。

ユーリン自身としては一切の偽りなく本心を語らっているにもかかわらず、これまで全てにおいて自分を信頼してくれた関羽に、いま疑いの眼差しを向けられているのである。


自分に何が関羽の疑念を招いているのか———事情がわからない不安と焦燥で、次第にユーリンの狼狽が色濃くなった。捨てられた子犬のように哀れみを誘う悲し気な光が空色の瞳に広がり、いまにも涙を降らせそうな雨模様である。


「ウン、チョー……? ボク、何か……しちゃった……?」


挿絵(By みてみん)




「気は確かであるのだな」

「うん? もうすっかりキッチリ元気だよ」

「そなたは、解放軍とやらを、どのように解する?」

「……うーん、いろんな人が気ままに噂して勝手な期待を寄せたりしているけど、どれもたぶん違う。だから、ボクの理解している解放軍の目的を言うね。『グラン帝国の域内影響力を減らして人々が戦役になるべく巻き込まれないように抵抗しつつ、資本をちゃんと社会基盤として投資し、みんなの生活の質を向上させて、精神的に緩やかな独立圏を保って、グラン帝国の体制に綻びが生じるのを、幾十年でも待つ。その過程で今を生きる多くの人々の人生を、少しでも良きものにできる道が拓ければよい。ゆくゆくは合法的な民間互助組織として解放軍を地域に根付かせて、圧政に対抗できる保険として武力機構を保存する』だね。少なくともリョウケイさんには、その未来が視えているはずなんだ。こう解釈すると、解放軍の活動は理解できる」


「ふむ。そなたの予想を正とするならば、リョウケイの構想は『侠』に通じるものがあるな」


「キョウ? それはウンチョーの国の概念だね。わからないけど、きっと似てるんじゃないかな。……勇ましく『打倒グラン帝国』を叫ぶ声もアチコチで聞こえてくるんだけど、ムリムリ。打倒できるはずがないし、グラン帝国に倒れられても困る。少なくともグラン帝国は人間の生存を目的にした国家だからね、この世界の中じゃまだ相当マシなほうなんだ。もっとヤバイ連中が勢力を伸ばすと、ホント人間が滅びるよ。隙あらば冬神ムルカルン地上に降ろそうとしたり、水神ダナリンの悪夢を海中から呼び起こそうとしたり、アガレスのニュクス界に通じる道をこじ開けようとしたり……ホントろくでもないのがわんさかだからね」


膨大な知識を気ままに弄ぶように、奔放にユーリンは言葉をつないだ。

関羽にとって未知の単語が頻出したが、それでも話の大筋を見失うことはなかった。ユーリンの言の趣旨が明快であったためだ。


「そなたは、ぐらん帝国を敵と定めているわけではないのか」

「んー……敵ではあるけど『定めて』はいない。真の敵はボクたちの現実のほうさ。これ以上敵を増やすべきじゃない……とボクは思っているけど、リョウケイさん次第だね。きっと何か考えがあるはず」


ユーリンはしばらく言葉に迷うように視線を彷徨わせた。


「でも『そうは言っても、とはいえ、だからとはいえ』今この地で生きている人たちの苦しみをそのままにはしておけない。グラン帝国という大きな枠組みのなかで、ボクたちはボクたちの未来を少しでも良くするために、もっと努力できるはずなんだ。ただし、努力の循環を支える社会基盤がすでに衰退しすぎた。治安治水も民情人心も……善いものは枯渇した、やみくもに行動しても何も芽吹かないだろう。解放軍が社会基盤を部分的に代行しないと立ち行かないだろうね。ボクはぜひともそこに貢献したいんだ。『大義のため』だよ、ウンチョー。ボクの願いはいつだってソレだけさ。……以前に話さなかったっけ?」

「……いや、具体的なことは初耳だ」

「そう? 聞きたくなったら、いつでもそう言ってね。何度だって話すとも。いやぁ、自分の夢を語るのって、けっこう楽しいもんだね! また聞いてね、ウンチョー」


関羽は頭痛と寒気を堪えながら、震える身体を押しとどめてひとりで家屋を出た。



日が沈み、薄暗さが訪れつつある時刻だった。

関羽はユーリンを家屋に残し、フノーゼの村を彷徨った。


リョウケイを討つつもりであった。


ユーリンの異変の原因として考えられるのは、リョウケイが発した不穏な気配以外にない。

あれがマホウという理力の作用であるというのならば、ユーリンの不気味な変性も説明ができる。

表面的には友好を装いながら裏では策謀を張り巡らし、奸計を以て他者を貶めるのがリョウケイの目論見であるのならば、いかに怨恨ある仇であってもユーリンに譲るわけにはいかなかった。それは、関羽にとって最も許しがたい裏切りであるためだ。


膂力に耐えられる武器もない状態では、関羽の勝機は僅かしかない。それでも関羽には勝機の大小を理由に退くつもりはなかった。いま関羽は軍を率いる立場ではない。将としての務めは何もないのである。ならば一介の侠客として望むままに振舞えばよい。筋を折ってでも生きながらえるほどの情熱が、関羽には残っていないのである。


(朽ちるもよし、いざ尋常に参ろうぞ)


そこにエルマンがやってきた。

「おう、ウンチョウ! ……ユーリンはどうなった?」

「意識を回復した、もはや心配無用。……リョウケイどのはいずこか!?」

「そうか、そりゃあ安心だな。ってリョウケイか。アイツはちと用事があるとかで、帰っていっちまった。出立前に、グラン帝国から逃げてきた連中にひととおり解放軍(うち)の紹介と勧誘をしてからな。フットワーク軽いんだ、うちの頭目は」

「……左様か。相わかった」


関羽としては、振り上げたコブシの降ろし先を失った。そして、次第に冷静さを取り戻した。


(……リョウケイを疑うのは早計にすぎるか。考えてみれば、あの場で不穏な気配を発していたのはユーリンも同じ。それにリョウケイが我らを謀っているとするならば、あの場でマホウの行使のあったことを自白する必要もない)


関羽は反省した。


(いかんな。血の気の多さまで、若い頃に戻っておるようだ)


関羽は、自身の若々しい腕に目をやり、引き締まった足腰を見下ろした。気力に満ちた頑健そのものの、若かりし日の肉体そのものである。顔に手をやると、頬の張りが瑞々しく、やはりアゴに髭はない。青年期のころの、肉体そのものである。

関羽が罪を得て故郷を出奔したのは、20代半ばのころである。塩商人と結託して不正な蓄財に励む汚職役人を義憤にかられて斬り殺し、追っ手から逃れるために各地を彷徨った。風貌を変えるために髭を伸ばし始めたのが、美髯の始まりであった。


「老境を気取るには、儂もまだまだ未熟だな」


それは自戒ではあるが、喜びでもあった。

関羽は、自身が未熟であることを、なぜか愉快に思った。

あわせて、ユーリンの初々しい危うさを好ましく感じ、それを支えてやろうとも決意したのである。

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