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21. 茶の冷めないうちに

「さてと。じゃあ一人分でいいぜ。首、置いていきな。それで手打ちにしよう」


さも当然のように放たれた一言は、解放軍の面々を瞬時に凍てつかせた。


「……は? 俺たちを見逃すんじゃ……」

エルマンが呻いた。


「こっちにも体面てもんがあるんでな。パンピーが逃げるぶんにはいいんだが、叛乱軍に横ツラ叩かれてそのままサヨナラとはいかねぇんだ。とはいえ事情は理解できる。ここは首ひとつで手打ちにしようぜ」


ことも無げにリンゲンが言い放った。


真実、リンゲンとしては、穏当かつ妥当な当然の措置であるつもりだった。


そして、首を差し出せと要求された側である解放軍のエルマンとしても、それは認めざるを得なかった。リンゲンはたしかにこの場で解放軍を全滅させるだけの武力を有している。それを実行しないのは、グラン帝国軍の悪事が発端であるという負い目による、いわばリンゲンの感情的な理由でしかない。


リンゲン・ハクソク。

累代に渡って『英雄』を輩出するグラン帝国屈指の武門ハクソク家に産まれ、激戦区であるグラン帝国北方戦線で武功を積みあげた若き戦士――― 一騎当千に値する天空の王者飛竜に乗って戦場を縦横に駆け、物理戦闘における三種の神器とされる『肉体魔法』『生命魔法』『呪符魔法』を最高練度で行使し、全マナに対して普遍的な対魔耐性を有する。神代のアーティファクトと目される不瑕の朱槍を保有し、百戦錬磨の戦闘経験による無窮の武錬を誇る―――紛うことなき当代の英雄の一人である。


そのリンゲンとの直接戦闘を回避する対価としては、首級ひとつは破格の安さであった。


「さすがに拠点いっこ占領されて略奪されて後の報復何も無しってのはグラン帝国(うち)の体質的にムリなんだわ。とはいえそもそもコッチが悪いってのは、おれはわかってる。だから責任もって見逃してやる。その代わり、叛乱軍の中から誰かひとり、首をくれ。それでおれの身内はおれが責任もって納得させる」


「……わかった。その条件、呑もう」


エルマンが、残る生命を振り絞るように、掠れた声で応えた。


「俺が……」

「……儂が、後を引き受けよう」


関羽が、前にでた。


「っ! ウンチョー、ダメっ……!」

ユーリンが外聞なく絶叫した。関羽とリンゲンの間に立ち、まるで関羽を護り庇うかのような位置で、関羽にすがりついた。はちきれて泣き出さんばかりの剣幕である。


リンゲンも困ったように頭を掻いた。


「そういう予定じゃなかったんだがな」

「致し方なし。予定とは移ろい易きものゆえ」

「そいつは、まぁ、そうなんだが。聞くとこによると、あんた、叛乱軍の一員じゃねぇんだろ?……おれはマジであんたを買ってるんだ。あんた、こんなトコで死ぬ看板じゃねぇよ」


リンゲンは、惜しみもなく関羽を惜しんだ。


リンゲンと関羽は出会ってまだ間もない。またお互いの名前を交わした程度の交流である。しかし2人の間には、確固たる相互理解に基づいた縁があった。関羽はリンゲンの器量を高く評価し、リンゲンもまた関羽の尋常ならぬ漢気を認めていた。それはたしかに紡がれた朧な絆―――いとも不確かな友情であった。


「儂が引き受ける。引き受けるとは言ったが、死ぬことを承諾したわけではない」


関羽は不敵な笑みを隠さなかった。


「この首を所望とあらば、奪い取るが筋というもの。貴公にそれができるのならば、の話だが」


「……あんた、サシでおれと闘う気かい?」


「貢物の数と質を勲章として誇ってよいのは、力無くか弱い美人のみであるぞ。御身はひとかどの武人とお見受けするが、よもや貴公は敵方から自ら差し出される首級を己の武勲として数えるのか?」


「言ってくれるねぇ。気に入った。だからこそ取りたくねぇんだが、だからこそ価値があるな。その首もらい受けよう。死んでおれを恨んでいい」


リンゲンが快く応諾した。


「いいぜ、のってやる、そのハナシ。つまりあんた以外に手を出すな、首が欲しくば力で奪え、そういうこったろ? いいじゃねぇか。気色悪いジメジメした話よりよっぽどいい。おれはのった。それでいこう。ソッチで話がまとまったら声かけてくれや」


リンゲンは飛竜ネヴィエルに身を預けて腕を組み、待ちの姿勢を示した。

関羽の提案の是非を検討するのは、いまや解放軍側の役目であることを態度で表したのである。




関羽は、解放軍を統括するエルマンに声をかけた。

エルマンは忘我して身体を棒にしていたが、関羽の声で辛うじて意識を戻した。


「エルマンどの、このまま軍を進められい。先刻定めたとおりの地点に今夜の陣を張るがよかろう。それと、軍内の武具をいくつかお貸し願いたい。儂の膂力でも砕けぬ、頑健な鍛えのものを見繕って」

「あ、ああ。そりゃいいんだが、その、アンタはほんとに良いのか?」

「是非もなし。儂が、自らを由としたのだ」

「すまねぇ。……ほんとに、すまねぇ」


振り絞るように詫びを口にし、将としての務めに戻った。動揺を隠しきれない解放軍と人民たちを取りまとめ、叱咤し、激励して行軍を促した。




ユーリンは、関羽に懇願した。


「ウンチョー、ここは逃げよう。いろいろ出直しになるけど、そんなの惜しくない。ボクはウンチョーがなによりも大切なんだ。他のものはすべて捨てて行ってもいい、でもウンチョーはダメだ。どうか……お願い……」


「ユーリンっ!」


関羽が、有無を言わさぬ強い口調で、わめくユーリンを宥めた。


「ここであれなる将を討ち取ることは、そなたにとって、有利か否か?」


言外に、ユーリンの『秘したる大望』の都合を尋ねた。

ユーリンの表情が陰り、閃き、慌ただしく明滅した。


「……わからない。両面どちらにも作用する。……でも! これはそういう状況じゃない! お願いだウンチョー、ここは退いてほしい。ウンチョーが命を賭ける局面では断じてない」


ユーリンの目元にためられた涙の雫が、足元の草花を麗しく潤した。

蒼天の瞳に雨が滴り、落雷の如き悲痛がこだましている。


「アイツは、リンゲンはとてつもなく強い……!」

「うむ。それは見て取れる。げに見事な益荒男ぶりである」

「全系統の魔法に適性があって、特に近接戦闘では超人級だ。武具も、あの槍だって聖カイロリンの由来とも言われてる。運動性能も武具の扱いも、次元が違うんだ。伝承を結晶にしたような戦士だよ」

「然り。遥かな高みに立っておろうな」

「あんなものと闘う理由が、そもそも無いんだ。あれは災害と同じだよ、組み合えば、人は負ける。いかにアレを避けるかが肝要なんだ。山火事や洪水と殴り合うようなもんさ、逃げることを考えよう」

「ユーリン、そなたの懸念は理解した。ゆえに、告げよう」


関羽の宣言には、有無を言わさぬ強さがあった。


関羽はエルマンから借り受けた大槍を握りしめて、その鍛えを(あらた)めた。太く武骨な構造の重みのある大槍である。関羽が長年愛用した重量82斤(約18kg)の青龍偃月刀に比べれば厚みに乏しくひ弱に感じられたが、武具としての質は上々であり、関羽の剛撃にも容易く砕けることはないと見込まれた。


「……ただ今よりこの関雲長、真の武を用いようぞ。そなたは儂の凱旋を待ち、あれなる将の首級(みしるし)を受け取るがよい。……我が『(あるじ)』よ」


関羽は『主』という言葉をわざとらしくことさらに強調した。


ユーリンの明敏さは、それだけで関羽の言わんとする結論を手繰りよせた。

そして理解した。

これは関羽にとっての試練なのではなく、ユーリン自身に対する試練なのである———と。


———『仮初(かりそめ)の主従関係』とはいえ、この関雲長を従者とするならば、主を称する側にも相応を求める


疑うな、と関羽は告げているのである。

『この関雲長の武に疑念を抱くこと、ゆめ罷りなぬ』と関羽はユーリンを試しているのである。


ユーリンはとめどなく溢れる涙を指で拭い、懸命に笑みをつくった。

己のすべきこと、とるべき態度を決意したのである。


「ん。いいよ。遅くなっちゃダメだからね。馬はここに残しておくから、忘れずに連れてくるんだよ」


関羽は、ユーリンの健気な気丈さを好ましく思った。


———慰めの言葉をかけてやりたいが

と唐突に年長者としての責任感に芽生えたが、何も浮かばない。関雲長はその生涯で多くの逸話を成し、様々な風評を得たが、その中で『人情の機微に卓越している』という評だけは、一度も手にしたことが無いのである。


———せめて務めを与えてやるべきか

将としての『仁』の施しが、関羽のできる精いっぱいの優しさであった。


「ときにユーリンよ。昨晩の酒はまだ残っておるか?」


「ざんねん。『出尽くしの出がらし』さ。『すっからかんのからっきし』だよ。お茶ならあるけどね」


「ふむ。ならばそれでよい。エルマンらと、このまま先に進み、野営の仕度を整えよ、そこで茶を温めておくがよい」


「……冷めないうちに、来てね?」


「しかと心得た。この関雲長、酒と茶を冷めさせぬことにかけては、かねてより定評がある」


関羽は冗談めかして言い、ひとりで笑った。


それだけで、ユーリンにとっては、十分な励ましとなった。関羽に背を向けて、行軍する解放軍の最後尾に加わった。

約束だからね、と最後の言葉をユーリンは発しなかった。

それは無用の一言であり、それを堪えて関羽を信じるのが、関羽の(あるじ)を務める自分の度量であり、義務であると理解していたためである。


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