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17. 本当に……

ユーリンの、一見すると篤実そうにみえる演説によって、虜囚の身から自由を回復した人民は、全員がエルマン率いる解放軍にひとまず同道することを選んだ。そもそもが非公式な掠奪行為に端を発するため、グラン帝国の正規軍による大々的な追手がかかる可能性は低いとみられるものの、グラン帝国軍の支配領域を不案内に単独行動するのは危険である旨を訴えるユーリンの説得に反対する声は皆無であった。解放軍のここまでの往路を辿ってグラン帝国軍の影響力の薄れる地域まで離脱することを目標とし、それ以降の展望は保留ということで場を納得させた。


「この砦の物資は余さず解放軍が接収してください」

「なに? いいのか? けっこうな量になるぞ」

「解放軍の皆様に活用いただくのが最も有益であるのは、この地に住む多くの人々が同意するところでしょう。もちろん運搬には私たちも与力させていただきます」


ユーリンは、帝国軍の貯蔵物資を惜しみなく解放軍に譲った。もともとの作戦目標である帝国軍の物資を容易く得られる見込みがたったことでエルマンは拍子抜けした態度を隠さなかったが、砦内の蔵に蓄えられた糧食や武具を確認すると、たちまち上機嫌になった。


こうしてエルマンはユーリンとの交誼を殊更に重んじるようになった。

行軍計画や野営地の策定など、今後の活動の詳細を詰めた。




「ユーリン、話がある」


エルマンとユーリンの打ち合わせに区切りがついたところで、関羽がユーリンに声をかけた。


「やあ、ウンチョー。みててくれたかい? ちょっとしたもんだろう? 『他人の財を勝手に分配させたら、ボクの右に出る者はいない』だよ」


「わかっていよう。そのことではない」


ユーリンの稚気を払うように、関羽がたしなめた。


「たしかにこれはそなた自身の戦いであると儂は言った。故にそなたが選んだ帰結を覆すような真似はせぬが、物申すくらいはよかろう。他に術はなかったのか?」


「説明の義務がボクにあることは認めるよ。とはいえ、ボクとして『自身の自信に微塵の不審』もない。ベストを選んだつもりさ」


ユーリンは非常に満足げであった。イタズラな笑みをたたえた口元を、真剣な眼差しが際立てた。

が、すぐに表情を暗く改めた。


「最初に言っておくね。事前に許諾を得るべきだった。ウンチョーにとって不名誉な風評に巻き込んだ。『本当にベストだけど、本当にごめん』。せめて誠意ある説明を償いの一部として認めてもらえないだろうか」


「むむむ」


唐突に関羽はユーリンの両眼の蒼天を覗き込んだ。青空の彼方にかすかな雲影を望遠するかのようだった。

ユーリンは驚いて仰け反りかけたが、堪えて真正面から関羽を見つめ返した。それが、今しがたユーリン自身が口にした誠意の裏支えになると感じたためだ。


「誠に反省しておるのだな」


「うん」


「ならばよい。もとより当地において儂の名は意味をなさぬ模様だ。なれば義兄上らの名を損ねるようなこともあるまい。故に儂に不都合はない。だがそなたは良いのか?」


「ボクにとっては最適解さ。第一に、男所帯に乗り込む上で安全に無用な気を『惹ける』とボクとしては動きやすい。第二に、ボクとウンチョーの間のことについては全て野暮で退けられる。ヘタにボクの出身成分を偽るよりも万事において安全だ」


「そうか。そなたとしては納得ずくであるのだな。ならば、その、この件については、もう何も言うまい」


「うん。ありがとう。やっぱりボクにとってイチバンは、ウンチョーだ。他の何を手放しても、ウンチョーからの信用だけは損なわないように心がける。誓うよ。さて、他に何か懸念はあるかい?」


「それ以外は、よかろう。儂にもそなたの意図が読めたわ。詭道に適っている」


「キドウ?」


「兵法における極意のひとつだ。勝敗を争う立場なれば常に虚実を敵に気取られぬように振る舞えとの教えだな。自軍が多いならばそれを少なくみせ、逆に寡勢ならば多勢を装う。能うならばそれを秘し、能わずならば得手を演じる。そうして局面を自らにとって有利に導くのだ」


関羽の言葉に、ユーリンは興味を覚えた。


「へぇ。ウンチョーの国では、兵法の研究が盛んなんだね。そうやって言葉にして考えたことはなかったよ。なるほど、詭道か。いい言葉だね。すーっとボクの頭が整理されたみたいだ」


ユーリンが、ハタと何かに気がついたような顔をした。忙しく視線を左右にし、思考を巡らせているのが見て取れた。

「……となると、ボクは甘いな。甘かった。でもまだ間に合う。よかった」


「何やら案じ事ができたようだな」


「なんとなくわかったよ。つまり、言語化された極意を絶えず意識することで、自分の選択の良し悪しを省みる尺度にできるんだね。有効で有力な思考の枠組みだ」


「うむ。兵法を諳んじるだけでは書簡の棚を増やしたのと何もかわらん。如何に実地で活かすかが肝要だ。その点、そなたに心配は無用だな。さて、かくなる上は、そなたの大望の成就に向け、共に歩んで参ろうぞ」


ユーリンは、不意に関羽に抱きついた。恋仲を装うものとしては、迫真の演技であった。


「本当にごめんね、本当にうれしいんだ。ウンチョーと出会うまでは、ボク独りで全部やるつもりだったからね。たまらなく、頼もしい」


顔を埋めて体臭をすり込むように、ユーリンは関羽の腰元にしがみついた。


関羽は、それを強いて振りほどこうとはしなかった。

代わりに、ユーリンの細い背中に手をかざし、なだめるように撫でた。




やや離れたところからその光景を見物していたエルマンは、やがて関羽とユーリンの逢瀬を見ていないフリに努めることになった。


ソフィーが呆れたようにエルマンを睨みつける。ソフィーは先刻まで斥候役として離れた場所に潜んでいたが、エルマンから招集の合図を受け取り、砦の中の解放軍の本隊に合流したのである。ソフィーが姿を現すなりエルマンを捕まえて咎めたてた。


「ちょっと、話、きいてんの?」


「あ、ああ。まあなんというか、見ての通りなんだ、そういう趣味の世界の連中らしい」


「趣味はどうでもいいわよ。それより本気なの?」


「おう。俺たちはアイツらと行動をともにする。準備ができ次第、根城まで連れていきたい。どうするか決めるのは、リョウケイに会わせてからだな」


「……アタシの考えを、言っても……いいかな」


ためらいがちなソフィーの態度に、エルマンは物珍しさを覚えた。

考えを述べることが稀なのではなく、2人の間の会話でためらいの生じることが稀なのであった。


「どうした? 珍しい」


「アタシ、アイツらを連れてっちゃダメだと思う」


「……理由は?」


「ないの。だから言わないほうがいいとも思ってる」


「オマエなぁ」


「ごめん。でも、ぜったいヤバイよアイツ。底が知れない」


斥候偵察として情報を握るソフィーは、軽々に私見を述べるべきではない。斥候の任にある間、ソフィーは見聞した通りの事実の報告のみに努めてきた。曖昧な根拠で私見を述べたことは、エルマンの記憶になかった。


エルマンは困惑しながらも、会話をあわせた。


「ああ、ウンチョウか。アイツはすげぇな、目を見ただけでわかる。ハンパじゃないのが伝わってくるぜ。アイツがうちの軍に入ってくれたら言うことなしなんだが」


「ウンチョウ? あのデッカイの? 違うよ。アレは強そうだけと、それは理解できる範囲でしょ。それよかヤバイのはアッチだよ。あの銀髪の子」


「ユーリンか?」


「あれ、遠くから観ていても、さっぱりわからなかった」


「ああ。そうだろうな。俺も最初は怪しんだんだが、話してみたらわかったよ。ありゃあ、すげぇ良い子だ。良い子すぎてちと心配だがな」


出会ってからのごく短時間で、エルマンはすっかりユーリンを信用しきっていた。

その豹変ぶりがソフィーの危機感をさらにあおった。


「アタシ、帝国軍に連行されてるあの子を、ずっと観てたんだ」


「……惚れたか? だがヤメとけ。ご覧のとおりユーリンはウンチョウと良い仲らしい。オマエじゃ趣味が永遠に合わん」


「そういう話じゃない! おかしいよ、なんか、雰囲気が普通じゃない。それにあの子、たぶんアタシのことに気づいてた。任務中のアタシに気づくなんて、そんなヤツいままでいなかったよ」


「そりゃ、オマエ。好きな子と目が合った気がして浮かれてるだけじゃ」


「絶対、違う。ね! お願い。アタシを信じて。あの子、ユーリンだけは信じちゃダメ。アレはぜったい危ないヤツだよ。嘘まみれのインチキ野郎だよ、きっと」


「ソフィー、あまり感心しねぇぞ。そう考える根拠を報告するってなら、もちろん聞くんだが、今んトコただ印象だけでモノ言ってんじゃねぇか。らしくねぇぞ」


ソフィーは言葉に詰まり、逡巡したのち、諦めたようにうなだれた。

エルマンを説得する材料に乏しいことは、ソフィーも認めるところであった。


「そだね。悪かった、言いすぎた」


「いや、いいんだ。そんなことは気にすんな」


エルマンはソフィーの懸念について、首を傾げるばかりであった。

(ユーリンが危険、ねぇ。さっぱりピンとこねぇな。あんな虫も殺せなさそうなボウズをつかまえて、ずいぶんとまた妙な心配を)




やがて出立の準備が整った。行軍に備えた糧食や装備に加えて、可能な限りの接収物資を携えたのである。

解放軍の300名と、即席の人民兵団100名で、合わせておよそ400名の所帯となった。

エルマン率いる解放軍が先行して砦から出立した。


人民兵団に向けて、ユーリンが朗らかに宣言した。

「それじゃあ、みんな! 出発しよう」







「やあ、オジサンたち。あまり元気そうじゃないね。大丈夫、すぐにどうでもよくなるよ」


「ボクの落ち度が発端だから、形式的には謝罪するよ。『ボクの不注意でした、今度からは気をつけます』てね。興奮して余計なこと口走っちゃったのは、ボクの未熟だ。『本当に』どうかしてた」


「ウンチョーからいい言葉を聞いたんだ。『へいはきどう』だって。それに照らしてみると、ボクが魔法を扱えることは徹底的に隠したほうが良さそうなんだ。だけどオジサンたち、もう知っちゃってるよね。それが『本当に』マズいんだ。ボクのことを知っているのは、ウンチョーだけでいい」


「最後だから告白するけど、ボク、最初はオジサンたちのこと嫌いだったんだ。でも何日か過ごした今は違う。オジサンたちがとっても大嫌いだよ。だからボクの良心は痛まない。でも予定ではここまでするつもりはなかったんだよ。でも予定は『本当に』変わりやすいものだからね。サヨウナラ」


「……」


「……うへ、やっぱ腕が疲れるな」


「……」


「それじゃあ、みんな! 出発しよう」

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