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12. 自覚なき岐路

「お、おい。アンタたち、探してたんだ! なぁ、俺たちこれからどうすりゃいいんだ?」


息を切らした1人の男が、悲壮な面持ちで駆け寄ってきた。解放された虜囚の1人であることが、その様子から、わかった。


ユーリンは僅かに記憶をたぐるような間をとり、すぐに慌てることなく朗らかに挨拶した。

「……やあ、おはよう、……ニエルさん。みんなお目覚めのころかな」

「ボウズ、それからニーチャン、アンタら、なんか考えあるんだろ? この先どうなっちまうんた? 俺たち家に帰れるのか!?」


男は40を過ぎた年齢にみえた。取り立てて特徴もない平凡な外見と体型であった。自分よりも遥か歳下のユーリンに、恥も外聞もなく、鬼気迫る勢いで取り縋った。


それは関羽のよく知る、圧倒的な力による運命の変転に晒され苦しみ惑う、いわゆる民衆の典型的な姿であった。武も智もなくただ日々を生きることに懸命な人々が、危難に際して自らの運命の手綱を握り続けることは稀である。ごく僅かな才人のみが嵐の中で眼を開き道を示し、大多数の罪なき人々はそれを救いと信じて付き随うのである。


この場合、縋られた側の人間は、己の天命を問うことになる。世状乱れる時代において、才人が世に出るための通過儀礼のひとつである。


関羽は目をつむり、過去を振り返った。そして、関羽の場合においてその岐路を迎えたあの日、盃を交わした義兄弟たち頼もしき姿を瞼の裏に浮かべた。


而して、今まさに岐路を迎えつつあるユーリンは、天命の導きを実感する様子もなく、いつもの調子を崩さない。


「他のみんなはどんな調子? 朝ごはんは元気に食べられそうかな?」

「っ! それどころじゃねぇんだ。とにかくすぐにきてくれ」


ユーリンと関羽は、人々の集まる砦の中庭に出た。





声なきどよめきが意思なき喧騒となって、立ち込める混乱の渦を加速させていた。


「俺たちどうなっちまうんだ」「ここはどこなんだ」「すぐに逃げるんだよ」「そんなこと言ったってどこに逃げるんだよ」「いまから謝って許してもらうってのは」「あのまま連れられていきたかったのかテメェは」「帝国軍と戦うのか?」「誰か助けてくれぇ」「どうすりゃいいんだ」


中庭を遠巻きにしつつ、観察するユーリンが漏らした。


「……まいったな。恐慌が広まりつつある」

「我らが解放軍とやらに身を投じるとして、彼らは如何とするつもりであるか? 彼らも含めて身を寄せる腹積もりであるのか?」

「配慮はするさ。ボクには彼らを庇護する義務はないけれども、ボクの都合の犠牲にはしない程度の義理はあるからね。『なるだけ、なるべく、成るように』はする」


ユーリンは、すべてを受容するかのように首肯した。


「目先の話をしておくと、ここに置き去りには無論できないし、帰路の途中までは脱落者なしで団体行動を心がけたい。ここで散開して帝国軍に再捕縛されちゃうオマヌケさんから情報をオモラシされたくない。いずれは全部バレるにしても、後始末のリスクは解放軍どもと共有したいからね」


数日間は約100名の虜囚たちを統率し、安全な地までたどり着かなければならない。

訓練された軍兵ならばいざ知らず、ただ連行されてきただけの民衆を統率するのは難儀であった。


関羽はしばし黙考し、考えをまとめた。


「これも縁か。『帥』は儂が引き受けよう」


砦に集められている虜囚たちは、関羽の部下の荊州兵ではない。関羽にとっては見知らぬ土地の領民であり、昨日まで縁故のなかった存在である。

しかし、奴隷として売買されるために捕縛される憂き目にあった人々を見捨てることは、関羽の掲げる大義の道に反することであった。


「そうだね、ウンチョーが先頭で指揮してくれれば混乱は避けられそうだね。でもみんな大人しく話を聴いてくれるかな。いきなりウンチョーとーじょーは、なかなか刺激がステキじゃない?」


昨日の血煙立ち込める関羽の大暴れは、いまだみなの記憶に新しい。

今も関羽の姿を認めた者たちは、みな一様に関羽に対して最大限の畏敬を込めて、遠ざけるような怯え方を隠さなかった。


「懸念はそれだ。……ユーリン、みなの意をひきつけられるか?」

「魔法で? 残念ながらボクの魔法力でこの人数相手だと、もってほんの数秒が限界だよ。一瞬注目を集めるくらいが関の山さ」

「構わん。儂の声が自然な雰囲気で行き届く場が得られればよい。後のことは請け負おう」

「うーん、そういうことなら、できる限りは」


ユーリンは自信なさげな思案顔で頷いた。不安そうに騒ぎ立てる群衆のなかに、おずおずと歩み行っていく。そのユーリンの歩みを通すように、誰も声を発するでもなく、無言で人波が割れて道が開けた。


(やはりか。しかし、これほどとは)


関羽は感嘆し、唸った。ある程度は予想していたが、それをはるか凌駕するユーリンの天性の人気(ジンキ)を目の当たりにしたためである。


魔法の発動に備えて一心に精神を整えているユーリン自身は気がついていないが、すでにユーリンはその場に群がる人々の興味を、一身に集中させていた。

誰かが指図を与えるでもなく、ユーリンの挙措は人々の自発的な視線を違和感なく集めていた。

まるで親しみ慕われる高貴の血筋の行幸を見守るように、誰もがまるでそうするのが極めて自然なことであるかのように、ユーリンの姿をぼんやりと眺めていた。


関羽にとってはよく見慣れた光景———人を惹きつける天性の才器の顕現であった。


ユーリンは心ここにあらずといった調子で、ゆったりと群衆を左右に割りながら歩み進む。関羽はそんなユーリンの後方を少し下がってついていった。


ユーリンは約100人の虜囚たちを縦断して通貫し、振り返って、彼らと向き合った。全員と視線を重ねる。一斉に注がれる視線を、それが当然のものであるかのように、こともなげに受け止めた。


小さく肩で息を吸って心気を整え、ユーリンは右手を高く掲げ、人差し指1本で天を指した。


「はいっ! 全員、注目! こっち向いてー!」


怒鳴るでも叫ぶでもなく、人々の耳に心地よく行き渡り響き伝わる、聴く者の鼓膜を調律するかのような音色の声質である。

すでに全員が、ユーリンに注目していた。


「いまから! これからの! ボクたちの進路について、発表します!」


高らかに宣言した後、傍らの関羽に囁いた。


(じゃ、いまから魔法を発動するね)

(否。すでに不要である。素晴らしき手腕であった)

(……ふぇっ?)


肩透かしをくらったユーリンが、きょとん、と不思議そうに関羽を見つめた。

関羽は微笑みでそれに応えると、ずい、とユーリンの前に歩み出て、その場を引き継いだ。


関羽の声が、天地をどよもした。


「皆の者! 昨日の記憶新しき者は、儂のことを覚えていよう。改めて名乗らせてもらう。儂は姓は関、名は羽。字は雲長。かねて遠方の国において、一軍を率いる立場にあった」


大地の底を銅鑼の腹のごとく叩き鳴らすかのような大音量であった。間近でそれを聴いたユーリンは、足裏の痺れと膝の震えで身をよじり、思わず耳を手で塞いだ。


「儂は故あって皆の者に合力いたす! 必ずや皆を故郷に連れ帰ると約束しよう。・・・今我らは危機的状況にある。敵軍さなかに孤立し、救援の見込みなく、頼むはココに集う我ら自身のみである!」


関羽はあえて、ここで言葉を区切った。

どよめきが広がり、不安の囁きがあちこちで立ち上った。人々に暗い表情が伝搬して蔓延するのを、関羽はじっくりと待った。そして、それをかき消すかのように次の言葉をついだ。


「皆の者! この儂が共にあることを思い返していただきたい! それでもなお去るという者を止めはせぬ。だが儂と帰路を共にするというならば、この関雲長、皆の者を決して見捨てはせぬ。万夫不当と謳われたこの武を、惜しみなく皆のために奮おうぞ! 今よりしばし猶予を与える。身の振り方を定めるがよい。去る者は、好きにすることだ」


関羽は砦の出入り口を鷹揚に示した。

人々の間にざわめきがおこり、互いの顔を見合わせながら協議する声が入り混じった。


慌ててユーリンが囁く。


「ちょっと、ウンチョー、帰しちゃダメだって。ひとまず全員連れて行きたいんだってば」


「承知しておる。心配無用だ、みておれ。『奪わんとするならば、まず与えよ』だ。選択を皆にあえて委ねることで、後々の集団の規律を得るのだ。それにこの状況から1人で逃げようとする者は、まずおらん」


「なるほど、ね。どこにグラン帝国の目があるかもわからない状況で、群れから離脱できる勇気のある人はいなさそうだね。というか、いないや。ボク、全員と会話したし。いないよ」


「そなたの方技は人の性質をも看破するのか。頼もしい限りだ」


もしもそれがあの時にあれば、と関羽の妄想が拡がりの兆しをみせたが、すぐに頭を振って打ち消した。


(糜芳、傅士仁。否、今更悔いても詮無きこと。それに、大本の原因は)


人の機微がどれほど繊細で得難いものであるのか、関羽は取り返しのつかない支払いの末にそれを学んでいた。


「ねぇ、ウンチョー。くれぐれもボクの魔法を過信しないでね。あくまでを会話したら表面的な性格がわかる程度だと思って欲しい。使い勝手は『無いよりはだいぶマシ』程度だよ」


「謙遜は無用だ。まことに得難い」

(おそらくは全員の顔と名前も、その会話内容までも記憶しているのだろう。人の信頼を得るための秘奥をよく実践している)


ユーリンはさらりと言ってのけたが、それはつまりこの場の全員と会話をしたということである。他の企図が裏にあったにせよ、まずその前提条件を容易く成している事実が非常な卓越を意味しているのだ。


しかし、ユーリンは煮えきらない態度で不平を鳴らした。


「あのさ、あのね、ボクの魔法はヘボいんだからあんまり褒めなくていいよ。ボクは褒めてほしくないことろを褒められるのは、あんまり嬉しくないんだ。それよりウンチョー、もしかしてホントに将軍みたいなことやってたんじゃない? すごく貫禄あったし。人望厚くてみんなから信頼されてそうだったよ」


関羽は落胆した。心的外傷を揉みしだくようなユーリンの言葉に気落ちし、そんな己にさらなる嫌悪を重ねたためである。


「……たしかに、すまなかった」


「どしたの?」


「たしかに、褒めてほしくないことろを褒められるのは、あまり愉快なものではないのだな」


ユーリンの岩清水のように澄んだ蒼目に、犀利な光と剣呑な影が差した。ユーリンの直感と優れた洞察力は、関羽の心境の複雑さの根源をおおよそ究明していた。


「ふうん、ウンチョー、『そう』なんだ。そっか、それならあまり触れられたくないよね」


成功を確信したイタズラの仕掛けを紐解くように、ユーリンが甘えるように耳元で囁いた。


挿絵(By みてみん)


「でも、頼りにはしても、いいんだよね?」

「期待には応えよう」


関羽は不敵に笑って、ユーリンに応えた。

関羽の胸の疼痛が、緩やかになった。


やがて人々のざわめきが収束し、全員がその場に残った。去る者はいなかった。

それは、関羽の指揮の下で、ユーリンの進路に従うという、全員からの意思表明であった。

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