1. 悔恨
身を圧し潰すような失意と悔恨だけが、その男を裡を満たしていた。拘禁され、跪き、なお傲岸さを微塵も損なわぬ不敵な表情の裏には、ひたすらに己自身を呪う言葉が渦巻いていた。
(儂は、なんという愚か者だったのだ……)
己の死を目前にすることだけが、その男の蒙を啓く道筋であったのだ。故に、全てが遅すぎた。
その男は、今は、己の処刑の号令を待つ立場であった。そしてその刻は、すぐに訪れた。
「末期である。何か言い遺すことはあるか?」
冷ややかな、形式ばかりの情けがかけられた。真実、遺したい想いの言葉は泉のように男の胸中に湧き出ている。しかし、その雫の一滴たりとも、周囲の敵どもには聞かせたくなかった。
「……ない」
その男の声には、地を震わせる威厳が備わっていた。鍛え抜かれた鋼のような巨躯は、血と泥に塗れてもなお健在であった。全身から気力を振り絞り、その男は見栄を保った。辺りを睥睨する眼光は鋭く輝き、口元には危難を歓迎する余裕ある笑みが浮いており、その男の寂寞たる心境を覆い隠すことに成功していた。見事な虚勢であるが、それを称賛する者は無論この世のどこにいなかった。
「見事である。なれば、さらばよ。……斬れ!」
傍らに剣を振りかぶる気配が起こった。まごうことなき、死の気配であった。
男は目を瞑り、最後の思案に沈んだ。
……何処で、道を誤ったのか。考えを挙げれば終わりが見えないほどだ。過去の己の判断、言動を振り返れば、そのことごとくに破滅の兆しがあるではないか。何故、己はそれに気づかなんだか。道半ばにして斃れるこの結末を、何故己で招き寄せるようなことを繰り返したのか。
その男は、己の天命が明確であることを信じて生きてきた。輝かしく駆け抜けた生涯であった。ただ、晩年を誤った。天命に手を伸ばし、掴みかけ、それを無惨にも取りこぼして砕いてしまった。
男は天命をすでに失い、そして命を終えようとしていた。
数多の命を刈り取ってきたが、己の命を奪われるのは初めてである。奇妙とすらいえない無益な非対称に、男は虚しい感慨を懐き、すぐに捨てた。
命を終えたら、命はどうなるのか。
さして興味もないことを、如何にも興味深げに考察した。しかし興味は持続しなかった。あらゆる命は必ず散るときがくるものである。道理を受容してわきまえたようなことを胸中でうそぶいた。
いまさら男が何を想っても、全てが、手遅れであった。故に戯れた。まるで童子の悪ふざけのように、益体もないことを声に出さずにつぶやいた。
(もしも、もしも仮に、次の命があるのならば、それがどのようなものでもよい———今度こそ己が天命を全うしたいものよ)
同時に、首に灼熱が奔り、無が訪れた。失意も悔恨も、天命も残らなかった。その男は、終わりを終えた。
その男の最後のつぶやき———
それはまるで願いであるかのような、しかし諦めであるはずだった。