距離を詰めてきし…
映画の1シーン的な? 出来事です。
風が右から吹きつける。
髪がなびく。
田んぼに囲まれた一本道。
私は今、制限速度ギリギリで車を走らせている。
引き返すことはできない。
置いてきた彼には悪いが、悩んで、悩んできめたんだ。
巻き込むわけには行かない。
バックミラーがわずかに光った。
まさか、
予想外に早い。
いつもは鈍感なのに。
どうして、こういう時に限って。
だんだん大きくなる、人影。
あれは確実に彼が、自慢のロングティーンスタンダートのクリスタルブラックS型だ。
わけなわからない名前だが、彼が何度も語っていたので覚えてしまった。
こうしてはいられない。
引き返さないときめたんだ。
田舎道のサビかけた速度標識に、罪滅ぼしにでも、と頭をさげて、アクセルを踏む。
何度も走った道だ。
多少、速度を上げたぐらいで、事故らないだろう。
別の車も目にはいらないし。
しかし、その時にはもう彼がすぐ車の後ろに来ていた。
グングン、速度を上げて、グングン、距離を詰めて
そして、あいている窓に手がかけられた。
窓を閉めておけば良かった。
いや、それはわかっていた。
でも、ちょっと希望してしまっていたんだ。
私は観念して速度を落とす。
そして、道の端に車を止めた。まあ、道が細いから端でもないけれど。
「はい、忘れ物」
「えっ?」
えっ、私が逃げたのに気がついたのではないの。あなたを巻き込みたくないと。
「ほら、買い物だろ。
エコバッグとクーポンと 携帯」
「あ、ありがとう。忘れてた」
「あと、できれば、炭酸水買ってきて。梅シロップを炭酸割りしたいから」
「う、うん」
「じゃあ」
彼は、車から少し進んで、Uターン。
彼はやっぱり彼だった。
私自身でさえ隠せてないと思う、いつもとちがう雰囲気を、なにも感じなかったようだ。凄まじき鈍感。ちょっと寂しくもある。ちょっと期待してしまった。
ああ、気づいて欲しかった。
これが最後かもしれないのに。
「ま、待って」
車の前でターンし、再び窓を通り越そうとした彼を呼び止める。
勝手に口からでてしまった。
しかし、その後の口は続かない。
「えっと、行ってきますのハグも忘れ物したの。」
私は車をでて、彼にハグをした。
彼は転びそうになりながらも、そして、そんなものあったかと怪訝な顔をしながらも私をハグしかえしてくれた。
「いってきます」
多分、ハグしあった時間は一瞬だったのだと思う。
でも、焦ってでた、偽りには感謝だ。 最後に彼との幸せな思い出ができた。
バッグミラーに写る彼の姿が小さくなっていく。
時折、手を振ってくれているが、だんだんはっきりしなくなってきた。
ホロリと涙が頬を伝った。
「いってきます。そして、さようなら。」
生き残れる、可能性の方が低い、人と人の渦に巻き込まれようとしているのは心の底からわかっているが、なんとかなるかもしれない気もしてきた。
そして、もし生きていたら、彼と会える日がきたら、炭酸水を何十Lも持っていってやろうと思い、小さく笑った。
読んでいただきありがとうございます。