第九十九話 どこが好きなの?
水着姿で積極的な綾香の行動に、人生最大級のドキドキを味わう事になった晴翔。
その胸の高鳴りの余韻を引き摺りながら、晴翔と綾香の二人はお風呂から上がりリビングに向かう。
すると、トイレの為一足先にお風呂から上がっていた涼太の相手をしていた修一が声を掛けてくる。
「やぁ晴翔君。湯加減はどうだったかね?」
「はい、とても良かったです」
「それは良かった。我が家のお風呂場は母さんこだわりの場所だからね。満足してくれて嬉しいよ」
修一は涼太と戦隊ものの玩具で遊びながら笑みを浮べる。
「おにいちゃん! また皆でお風呂に入ろうねッ!!」
「そうだね。今度はちゃんとお風呂に入る前にトイレに行こうね涼太君」
「うんッ!!」
赤色の戦隊ヒーローフィギュアを手に持ち、ブンブン勢いよく頷く涼太。
そこに、郁恵がダイニングテーブルに料理を並べ始める。
「もうすぐご飯よ、みんな席についてね」
「すみません郁恵さん。ご馳走になります」
「うふふ。大槻君の為に沢山作ったから、遠慮しないで一杯食べてね」
「はい、ありがとうございます」
お礼の言葉と共に、小さく頭を下げる晴翔。
郁恵はニッコリと笑みを浮べたまま、彼の隣にいる綾香に視線を向ける。
「ちゃんと温まってきた?」
「うん」
「そう」
短い会話を交わす母と娘。
お風呂上がりの為か、ほんのりと頬を赤く染めている綾香に、郁恵は楽しそうに言う。
「うふふ、体も心もポッカポカになったみたいね」
「ッ……う、うん……」
郁恵の言葉に、綾香は恥ずかし気にモジモジと視線を泳がせるが、母の言葉を特に否定はしない。
少し前まで、晴翔との事で揶揄われると過剰な反応を見せていた娘の変化に、郁恵は嬉しそうに口角を上げる。
「良かったわねぇ~。私も今日は修一さんと一緒にお風呂に入ろうかしら」
「ママはしょっちゅうパパと一緒にお風呂に入ってるじゃん」
「好きな人と一緒にお風呂に入ると心も温まるのよ? 綾香も実感したでしょ?」
「それは……分かるけど……」
恥ずかしがる様子もなくサラッと修一の事を好きだという母に、逆に娘の方が恥ずかしそうに言い淀む。
「大槻君も、涼太と一緒にお風呂に入ってくれてありがとうね」
「いえ、自分も涼太君と一緒に楽しんだので」
そう晴翔が返事をすると、ダイニングテーブルへ駆け寄ってきた涼太が、満面の笑みを浮べて晴翔を見上げる。
「おにいちゃん! 今度は庭で水鉄砲やろうよ!」
「いいよ。天気のいい日に遊ぼうね」
「やった!! あ! 今日の夜ご飯、ごはんグラタンだッ!」
晴翔と遊ぶ約束をした涼太は、テーブルの上に並んでいる料理を見て更に喜ぶ。
ウキウキと自分の椅子に座る弟に、綾香が苦笑を浮かべる。
「涼太、これはごはんグラタンじゃなくて、ドリアっていうのよ」
「分かった! 僕ごはんグラタンドリア大好き!」
姉の注意を受けた涼太は、キラキラと輝く瞳でドリアを見詰める。
そんな幼い弟の様子に、綾香は「そうじゃないのよ……」と小さく呟きを漏らす。
そこに、修一も席につきながら、郁恵が作った夕食に笑みを浮べる。
「晴翔君の料理も素晴らしいが、母さんの料理も相変わらず美味しそうだね」
「夏休みは大槻君に甘えちゃったけど、私料理の腕にはそれなりに自信あるのよ?」
晴翔の方を見ながら、郁恵は少し得意げな表情を見せる。
確かに、東條家と一緒にキャンプに行ったときに、彼女が作ったシーフードパエリアは絶品だったことを晴翔は思い出す。
「キャンプで食べたパエリアが凄く美味しかったので、今日のドリアも凄く楽しみです」
「うふふ、お代わりもあるからね」
そんな会話を交わしながら、全員が席に着いたのを確認して、修一が手を合わせる。
「それじゃあ、いただきます」
修一に続いて晴翔達も『いただきます』と手を合わせてから、料理に手を伸ばす。
晴翔は早速スプーンを手に持つと、郁恵作のドリアを食べてみる。
表面のチーズはカリッと焼けていて、そこをスプーンですくうと中のチーズがトロリと伸び、ホワイトソースの絡まったご飯が姿を現す。
彼は、軽く息を吹き掛けてから口に運ぶ。
出来立てで熱々のドリアに、晴翔は口をハフハフとさせながらも、口に広がるチーズの適度な塩気、ちゃんと火が入っているが固くなっていない鶏肉、そしてホワイトソースが良く絡んでいて噛むほど美味しさが増していく米の旨味に、自然と表情を綻ばせた。
「郁恵さん。このドリアすごく美味しいです」
「大槻君に褒められると、なんだか照れちゃうわね」
晴翔の賞賛の言葉に、郁恵はニッコリと微笑む。
隣では東條姉弟がいつも通りな会話を交わしている。
「涼太、これ熱いからちゃんとフーフーしてから食べるのよ」
「うん。ふ~~! ふ~~!」
頬を膨らせて一生懸命に息を吹きかけている涼太の姿に、晴翔は癒されたようなほっこりとした気持ちになる。
その後も、晴翔は東條家と団欒をしながら夕食を楽しみ。
夕食を食べ終わった後は、リビングで涼太と一緒に今流行っている戦隊ヒーローの玩具を使って遊ぶ。
そして、気が付けば外はすっかり暗くなり、寝る時間となる。
「大槻君、前にも言ったけどこれからは涼太の部屋を自由に使ってね。いまお布団持ってくるから」
「はい、ありがとうございます」
この先、晴翔が東條家で寝泊まりする際は涼太の部屋を使う事になる。
涼太はまだ寝るときは両親と一緒に寝ている為、現状だと涼太の部屋は空き部屋同然となっている。
晴翔は郁恵が持って来てくれた布団を敷き、寝る準備を整えていく。
するとそこにパジャマ姿の涼太がやって来た。
シーツを出したりタオルケットを準備したりと、涼太の部屋で晴翔の手伝いをしていた郁恵が、涼太を見て小さく首を傾げた。
「あら? どうしたの涼太?」
「僕、今日はおにいちゃんと一緒に寝る」
少し眠そうに目を擦りながら涼太が言う。
「大槻君と一緒に?」
「だめ……?」
「う~ん」
郁恵は晴翔に視線を向けて首を傾げる。
対する彼は、頷いた後に涼太に声を掛ける。
「いいよ。一緒に寝ようか」
「ですって。良かったわね涼太」
「やったぁ」
涼太は、眠気で日中に比べると幾分か覇気の無い喜びの声を上げる。
「ありがとうね大槻君」
「いえいえ。ほら涼太君、お布団に入ろうか」
「うん」
晴翔が涼太に声を掛ける。すると涼太は嬉しそうに晴翔の布団の中に潜り込む。
「大槻君。暑かったら遠慮なくエアコン使ってね。枕元にリモコン置いておくわね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、大槻君も涼太もおやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみぃ」
郁恵が部屋から去り、部屋には晴翔と涼太の二人になる。
涼太は瞼を重そうにしながらも、ニコニコと同じ布団にいる晴翔の方を向く。
「ねぇ、おにいちゃん?」
「ん? 何だい?」
「おにいちゃんは、おねえちゃんのどこが好きなの?」
眠そうにしながらも、無邪気に質問してくる涼太に、晴翔も笑みを浮べて答える。
「全部が好きだよ」
「おねえちゃんの全部?」
「そう、全部」
迷いの無い晴翔の答えに、涼太は少し首を傾ける。
「おにいちゃん、全部は欲張りだよ」
「あははは、そうだね欲張りだね。でも、そうやって欲張りになっちゃうくらい、俺は綾香の事が好きなんだよ」
晴翔は涼太の反応に、思わず笑い声を上げながら言う。
「おねえちゃんもおにいちゃんの全部が好きなのかな?」
「どうだろうね? そうだったらいいけど」
「僕、今度おねえちゃんに聞いてあげる!」
グッとやる気に満ちた瞳を向けてくる涼太。
そんな彼の頭を晴翔はそっと撫でてあげる。
「ありがとう涼太君。じゃあ、その聞いた事を今度こっそり教えてね」
「まかせておにいちゃん!」
強い意気込みを見せる涼太。
晴翔は、弟から尋問されてタジタジとなる綾香の様子を想像して「ふふ」と笑いを溢す。
「おにいちゃんとおねえちゃんは、そうしそうあいだから早くけっこんして家族になれるといいね!」
「そうだね」
ウキウキと話す涼太の頭を撫でながら、晴翔は優しく返事を返す。
その後も、晴翔と涼太は他愛もない話をする。
そうするうちに、やがて涼太は眠気に抗えなくなったらしく、寝息を立て始めた。
晴翔はスヤスヤと眠る涼太にタオルケットをかけてあげると、自身も枕に頭を横たえる。
「結婚か……まだまだ先の話だろうけど、修一さんも郁恵さんも良い人だし涼太君も可愛いし、東條家と家族になれたら最高なんだろうな」
綾香達と家族になった時の生活を想像し、晴翔はむず痒い様な恥ずかしい気持ちを抱きつつも、どこか心が温かくなる様な感覚も同時に覚える。
彼の脳内に、先程の涼太の言葉がよぎる。
――おねえちゃんもおにいちゃんの全部が好きなのかな?
綾香が晴翔の事をどれだけ思っているのか、正確には分からない。
だが、これから恋人として共に過ごしていく事で、お互いの気持ちを理解しあって共有していく事が出来れば、その先の未来は明るいものになると晴翔は考える。
「綾香がウェディングドレスとか着たら、ヤバいくらいに可愛いんだろうな」
自分の彼女が、純白の衣装に身を包んでいる場面を想像し、願わくばその隣に立つのは自分である事を望みながら、晴翔はゆっくりと瞼を下ろし、夢の中に落ちていった。
お読み下さり有難うございます。
GA文庫様にて、大変ありがたい事に本作の特設サイトを作って頂きました。
特設サイトでは、晴翔・綾香・咲・友哉・雫のキャラデザを見る事が出来ます。その他にも、作中に収録されている挿絵も一部見る事が出来ますので是非覗いてみてください。
因みに、本作の略称は『かじがく』となりました。
Xでぜひ『#かじがく』でポストしてみて下さい。




