第六十四話 マシュマロは焼き加減が意外と難しい
キャンプ場に隣接している森の中を晴翔と綾香、涼太の三人は地面に落ちている小枝を拾いながら歩く。
「涼太君の言った通り沢山枝が落ちてるね」
「おにいちゃん! この枝おっきいよ!」
涼太が両手に木の枝を抱えながら、満面の笑みで晴翔の元にやってくる。
「おぉ、大きいね。でもそれはちょっと大きすぎるかな? もう少し小さい枝を拾おうか」
涼太が引きずる様に持ってきたそれは、どちらかと言うと枝というよりは幹といった方が相応しい様な気がする。
一応、焚火用に薪は買っている。なので、いま晴翔達が集めているのは焚き付け用の細い木の枝である。
晴翔は丁度自分の足元に落ちていた木の枝を拾い上げて、それを涼太に見せる。
「涼太君、このくらいの枝を沢山集めようか」
「うん! 分かった!」
涼太は元気良く頷くと、手に持っていた木の幹をドンッと投げ捨て、再び走って木の枝をかき集める。
「涼太、なるべく乾いてる木を集めるのよ」
「はーい!」
綾香が森の中を走り回っている涼太に苦笑を浮かべながら声を掛ける。
この森は、キャンプ場が管理をしている為、木は綺麗に並んで生えていて、地面もある程度ならされて背の高い草や笹が無くとても歩き易くなっている。
「涼太一人で凄い量を集めそう」
そう言いながら、綾香は近くに落ちている枝をゆっくりと拾い集める。その隣で晴翔も枝を拾いながら笑みを浮かべる。
「あの体力はちょっと羨ましいよね」
涼太は先程から、全速力で走ってしゃがんで枝を拾い、立ち上がると直ぐに次の枝の所まで全速力で走るというロードワークを繰り返している。
「でも多分、夕方か夜くらいに、急に充電が切れたみたいに爆睡を始めると思うよ?」
「それはそれで可愛い」
「私の予想だと、温泉の帰りは眠いってぐずる」
「そうしたら、俺がおんぶして帰ってくるよ」
「寝てる子のおんぶは重たいよ~」
少しふざけて晴翔を試す様な口調で言う綾香に、彼は「大丈夫だよ」と笑みを浮かべる。
「涼太君くらいは平気だよ。そんなに長い距離でもないし」
今日の宿泊するキャンプ場には、徒歩10分程度の所に温泉施設がある。
夜にキャンプ飯を堪能した後は、皆でその温泉に行く予定になっている。
「なんなら、綾香だっておんぶして行けるよ」
幼少の頃から空手道場に通い、体力には自信のある晴翔が冗談まじりにそう言うと、綾香は少し恥ずかしそうに顔をほんのりと赤くする。
「そんな事言ったら本当におんぶをおねだりしちゃうよ?」
少し本気っぽく上目遣いで見てくる綾香に、晴翔は一瞬ドキッと心臓が高鳴る。
「え? あ~……綾香が眠くて一歩も動きたくないって駄々を捏ねたら、その時はおんぶしてあげる」
「う~ん、それはちょっと恥ずかしいかも」
内心の動揺を隠しながら、晴翔が冷静を装って返すと、綾香は少し難しそうな表情を浮かべる。
「でも温泉の後は気持ちよくなって眠くなると思うから、晴翔君のおんぶは便利で魅力的なんだけどなぁ」
「人をタクシーみたく言わないでよ」
独り言のように言う彼女の言葉に、晴翔が小さく笑いながら突っ込みを入れる。それに釣られる様にして、綾香も笑みを浮かべた。
「ねぇ晴翔君」
「ん?」
「晴翔君は本当の彼女が出来たら、こうやってアウトドアを一緒にしたい派? それとも家で二人でのんびりすごしたい派?」
「う~ん、そうだなぁ」
晴翔は丁度いい感じの枝をヒョイと拾いながら、綾香の質問に首を傾げる。
「どっちも魅力的ではあるけど……」
そう答える晴翔の頭の中では、この夏休みでの綾香との事が思い返される。
彼女の部屋で、恋人の練習や夏休みの宿題等の勉強をしている時間も、この前の様に、外に出てショッピングモールを見たりカフェでランチしたりと、街を一緒に歩くのもとても楽しかった。
「アウトドアもインドアも、両方一緒に楽しめる彼女が良いな。っていうのは我儘な回答でしょうか?」
「ううん、私も晴翔君と同じ考えだよ」
綾香はニコっと笑みを浮かべ、若干恥ずかし気に晴翔を見ながら言葉を続ける。
「私ね、部屋で晴翔君と一緒に居る時も、この前のアイス探しデートの時も凄く楽しかったし、今も凄く楽しいから……将来彼氏が出来たら、こんな風に一緒に居るだけで楽しいと思えるような人が良いなって最近よく思うんだ」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
綾香の発言に、晴翔は枝を拾おうと伸ばしかけた腕をピタッと止めると、戸惑いを含んだ返事を返す。
それに対して、綾香も恥ずかし気に俯いて小さく頷いた。
「えと……綾香が望むなら、彼氏とかすぐに出来ると思うよ?」
「……本当に?」
少し潤んだ瞳で晴翔を見詰める綾香。
その瞳からは、様々な感情が溢れているようで、その感情を読み取ってしまうのを躊躇う晴翔は、反射的に彼女から目を逸らす。
「綾香は、その……可愛いし」
「ふふふっ、ありがと」
「ん……」
照れた様に、はにかんだ笑顔をむける彼女に、晴翔は短い返事をするので精一杯だった。
と、若干気まずい様な雰囲気のところに、涼太が大量の枝を胸に抱えて二人の元に戻ってくる。
「おにいちゃん! これだけあれば、ごうかな焚火出来る!?」
「あ、ああ、うん。凄いね涼太君。こんなに枝を集めて偉いね」
「ふふ~ん」
晴翔に褒められて、涼太は得意な表情になる。
「それじゃあ、皆の所に戻って焚火をやろうか」
「うん! ごうかな焚火!」
枝を一杯抱えて大はしゃぎの涼太の後について、晴翔はキャンプ場へと戻る。そんな彼の頭の中は、先程綾香に言われた言葉がずっと繰り返されていた。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー
三人がキャンプ場に戻ると早速、焚火の準備を始める。
「沢山拾ってきたねぇ」
焚火用に買った薪の隣に、小さな山の様に積まれている枝を見て、咲が感心したような呆れたような表情を浮かべる。
「僕が一番多く集めたんだよ!」
枝の小山の隣で、涼太は咲に誇らしげな表情を浮かべる。
「そうなの? 涼太に負けるなんて綾香も大槻君も情けないなぁ~」
「涼太君の体力にはさすがに敵わないよ」
やれやれと両手を肩の所まで持って来て首を横に振る咲に、晴翔が弁解する様に言う。
そんな彼の言葉に、咲は「んん?」と顎に手を添え、綾香と晴翔を交互に見ながら言う。
「本当に体力の問題かなぁ? 実は枝拾いそっちのけでイチャイチャしてたんじゃないの~?」
「そ、そんな訳無いでしょ!」
咲の指摘に、綾香は慌てて否定する。
「本当かな? なんか綾香の顔が赤い様な気がするのは、私の気のせいかな?」
「そうだよ気のせいだよ! ね、晴翔君! 私達真面目に枝拾ってたもんね」
「だね。俺達は量じゃなくて質に拘って、吟味しながら枝を拾ってたから」
綾香に話を振られた晴翔は、敢えてふざけた様に答える。
そんな二人を見た咲は、ニヤッと笑みを浮かべる。
「そっか、まぁ、そういう事にしといてあげる」
「事実だってば。別に晴翔君とは普通に会話をしてただけだよ」
「綾香の普通は全然普通じゃない時があるからね」
「そんな事無いよ。私はいつも普通、常識人だよ」
「ほほう、言いますなぁ。なら綾香の天然エピソードを大槻君に披露しても良いのかね?」
咲の言葉に、綾香は焦ったように言う。
「ま、まって! どんな内容か、まずは私に話して」
「えぇ~それじゃあ面白くないじゃない」
「面白くなくていいから!」
揶揄うように話す咲に、綾香も恥ずかしがったり焦ったりと忙しそうだが、何だかんだ楽しそうに話をしている。
楽しそうに女子トークを始めた二人に晴翔が苦笑を浮かべていると、涼太が待ちきれないといった様子で彼の服の袖をツンツンと引っ張る。
「おにいちゃん。焚火はまだ?」
「そうだね。焚火始めようか」
晴翔は涼太にそう言って微笑むと、タープの下に椅子やテーブルを運んでいた修一に声を掛ける。
「修一さん。焚火を始めようと思うのですが、焚火台ってどこにありますか?」
「あぁ、え~っと……母さん。焚火台ってどこに入れてたっけ?」
「そこのグレーのボックスの中だと思うわ。開けて見てくれるかしら?」
修一が設営したテーブルの上に食器類を運んでいた郁恵が、プラスチック製の収納ボックスを指差して言う。
「分かりました。ありがとうございます」
晴翔は郁恵に礼を言った後、彼女に言われた収納ボックスの中を覗いてみる。
そこには、折りたたまれてコンパクトに収納されているお目当てのものが入っていた。
晴翔は早速焚火台を組み立てて、焚火の準備を始める。
そこに郁恵が、竹串の束とマシュマロの入った袋を持ってくる。
「火が起きたらこれを食べてちょうだい」
「わぁ! 焼マシュマロ! 郁恵ママ最高です!」
綾香と女子トークを繰り広げていた咲が、瞳を輝かせてマシュマロの袋を見る。
「うふふ、咲ちゃん、これもあるから焼マシュマロ挟んでたべてね」
そういって、郁恵はクラッカーの入った箱を咲に渡す。
「おぉ! スモアってやつですね!」
マシュマロを焼いてクラッカーで挟むだけで出来るお手軽スイーツに、咲は嬉しそうに表情を綻ばせる。
「大槻君! 一刻も早く火起こしせねば!」
「おにいちゃん! ごうかな焚火!」
「はいはい、じゃあ涼太君、着火剤を焚火台の真ん中に置いてくれる?」
ワクワクとした表情を向けてくる涼太と咲の二人に、晴翔は苦笑を浮かべながら涼太に言う。
「おにいちゃん、ここで良い?」
「うん。それじゃあ、その上に小枝を組んでいこうか」
晴翔は涼太と二人で拾ってきた枝を着火剤の上にピラミッドの様に組んでいく。
枝を組み終えると、晴翔はその隙間から着火剤に火を付ける。
ゆらゆらと頼りない炎が枝を撫でるのを見て、涼太は晴翔を見上げる。
「おにいちゃん。扇ぐ?」
「いや、扇ぐのはもう少し待とうか。枝に十分火が付いたら扇ごう」
「うん!」
涼太は真剣な眼差しでジっと火を見詰める。
やがて着火剤の火は細い枝に移っていき、頼りなかった炎が少し大きくなる。そこに晴翔は少し太めの枝を投入しながら涼太に言う。
「じゃあ扇いでみようか。火の粉が飛ぶかもしれないから少し離れて、初めはゆっくりと扇ごうね」
「分かった!」
涼太は晴翔から団扇を受け取ると、焚火から少し離れた所からゆっくりと風を送る。
「いいよ。上手上手」
「へへへ」
晴翔の誉め言葉に、涼太は嬉しそうに笑みを溢す。
その後も順調に火は大きくなっていき、買ってきた薪に火が移ったところで、待ってましたと言わんばかりに咲がマシュマロの袋を手に言う。
「大槻君、火起こし完了?」
「うん、もう大丈夫だと思う」
「咲おねえちゃん、僕も火起こししたんだよ!」
「えらいえらい! そんな涼太にこれを上げましょう」
咲は涼太の頭を撫でた後に、袋からマシュマロを一つ涼太に手渡す。
そこに綾香が竹串を持ってやってくる。
「涼太、これにマシュマロを指(刺して)して焼くのよ」
「こう?」
「そうそう、それを火に近付けて」
綾香の言葉を聞いた涼太は、竹串に刺したマシュマロを勢いよく燃える火の中に突っ込む。
するとマシュマロに引火して、真っ白だったのがみるみるうちに真っ黒に変貌していく。
「わわわッ!? マシュマロが真っ黒になっちゃった!?」
びっくりしたように、炭と化したマシュマロ見つめる涼太に、晴翔が自分の竹串にマシュマロを刺して、涼太にお手本を見せる。
「涼太君。こうやって火から離して回しながらじっくり焼くと上手に焼けるよ」
遠火でじっくりと焼かれたマシュマロは、表面がほんのりときつね色になっている。
晴翔は良い感じになったマシュマロを竹串から抜くと、クラッカーに挟んで涼太に渡す。
「甘くて美味しい!」
初めて食べるであろうスモアに、涼太は表情を輝かせる。
その隣では、綾香が弟同様に焼マシュマロを炭化させていた。
「あぁ……失敗しちゃった」
悲しそうな表情を浮かべる彼女は、助けを求めるかのように晴翔の方を見る。その視線を受けた彼は「ふふ」と笑みを溢しながら、綾香用のマシュマロを竹串に刺す。
「ちょっと火力が強すぎるかもしれないね」
一応彼女をフォローする様な事を言いながら、晴翔は良い感じに焼けたマシュマロを涼太同様にクラッカーに挟んで綾香に手渡す。
「ありがとう晴翔君」
満面の笑みでお礼を言う綾香。
その彼女の笑顔を見た時、晴翔の頭に、森での彼女との会話がフラッシュバックして、若干顔が赤くなるのを感じる。
焚火の熱で顔が赤くなっていると思ってくれるように祈りながら、晴翔は綾香のお礼に笑みで返す。
そこに咲が自分で作ったスモアを頬張りながら、何かを閃いたように言う。
「私最高の組み合わせ思い付いたかもしれない!」
咲はそう言って自分の荷物が入っているリュックをガサゴソとあさり、中からお菓子を一つ取り出した。
「これでスモア作ったら最高なんじゃん?」
そう言う彼女の手にあるのは、みんな大好き帆船模様のチョコが付いたビスケット。
それを見た瞬間に綾香もテンションを上げる。
「それ絶対に美味しいやつ! 咲、天才!」
「ふふふ~ん。もっと褒めたまえ」
腰に両手を当ててふんぞり返る咲に、綾香は「はは~咲様~」と大仰に頭を下げる。
「うむ、苦しゅうない。皆にもこのビスケットを分けてしんぜよう」
そう言いながら、咲は皆にお菓子を分けていく。
彼女からビスケットを受け取った綾香は、期待の籠った眼差しで晴翔を見る。
「晴翔君」
「了解、今焼くからちょっと待っててね」
「おにいちゃん僕も」
東條姉弟のおねだりに、晴翔は苦笑を浮かべながら、串にマシュマロを三個刺した。
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