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家事代行のアルバイトを始めたら学園一の美少女の家族に気に入られちゃいました。【書籍化&コミカライズ】  作者: 塩本


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第六十三話 東條家とキャンプ

 目の前に広がる緑豊かな山々。

 肌を撫でる風は、真夏のこの時期にしては大分涼しく、強い日差しにさらされ暑くなった体に心地良く感じる。


「標高が高いから過ごしやすい気温になっているね」


 長距離の運転から解放された修一が、車から降り大きな伸びをしながら言う。


「運転お疲れ様あなた」

 

 助手席から降りた郁恵が、修一に労いの言葉を掛けながら水筒に入れていたコーヒーを手渡す。

 後部座席からは、スライドドアを勢いよく開いて、狭い車内から解放された涼太が飛び出してくる。


「キャンプだーー!」


 長距離ドライブで座りっぱなしだったストレスを開放するかのように、緑の草原の上を涼太は全速力で駆け抜けていく。

 そんな無邪気な弟の背中に、車から降りながら綾香が注意をする。


「涼太! あんまり一人で遠くに行っちゃだめよ!」


「はーいっ!」


 涼太は元気良く返事を返すが、ハイテンションのあまり耳には届いてはいない様である。

 そんな元気一杯な涼太を、綾香に続いて車を降りた咲が追いかける。


「涼太ー! 私と一緒に森を探検しよっか」


「うんッ!! 探検する!!」


 涼太は大きな声で返事を返すと、咲の元に駆け寄り彼女と手を繋いでキャンプサイトに隣接してる森の方に行く。

 そんな様子に、最後に車から降りた晴翔が穏やかな笑みを浮かべる。


「涼太君、楽しそうだね」


「あんまりはしゃぎ過ぎて怪我とかしないと良いんだけど」


 少し心配そうに言う綾香に、晴翔は涼太と一緒にはしゃぎながら、しかし、しっかりと手を繋いで面倒を見ている咲に視線を向ける。


「藍沢さん、面倒見がいいね」


「咲は涼太が小さい頃から相手してるからね」


「大槻君、車から荷物を下ろすのを手伝ってくれるかい?」


 綾香と晴翔が二人並んで涼太達の様子を眺めていると、修一が片手に荷物を抱えて話し掛けてくる。


「はい勿論です。荷物はどこに運びますか?」


「予約しているのはあそこの区画だから、そこまでお願いできるかな」


 修一はキャンプサイトの丁度真ん中あたりの区画を指差して言う。

 晴翔は「了解です」と返事を返すと、東條家のミニバンに取り付けられたルーフボックスからテントなどの荷物を取り出して運んでいく。


 先週、東條家でバーベキューをした時に、修一にキャンプに誘われた晴翔は、同じく誘われた咲と一緒に、東條家の人達とキャンプに来ていた。


 車で三時間ほど掛けてきたこのキャンプ場は、標高の高い山間部にある為、陽射しは夏の強さがあるが、気温の方は平地に比べるとやや低い様に感じられる。


 車から荷物を下ろし終わった晴翔に、修一がテント一式が入っている袋を指差して言う。


「大槻君、そっちのテントの組み立てを任せても良いかな? 私はこっちのテントを組み立てるよ」


「わかりました。任せて下さい」


 テントは、男性用と女性用で二つ用意されている。

 真ん中にタープテントを立てて、その両脇にそれぞれのテントを配置する予定である。


「えーっと、まずはポールをインナーテントのスリーブに差し込む……インナーテントね」


 晴翔は図が描かれている説明書に目を通しながら、テントを組み立てていく。

 彼はこれまで、なかなかアウトドアをする機会に恵まれず、実は今回テントを組み立てるのが、人生初だったりする。


「なるほど、これでポールを下のやつに差し込めばテントが立つのか、結構簡単に組み立てられるな。しかし、最初にテントを考え出した人は天才だな」


 初めてのテントの組み立てに、晴翔は軽い感動を覚える。

 その後も順調にフロントポールなどを設置してテント組み立てを進めていく彼の元に、綾香がやってくる。


「晴翔君、何か手伝おうか?」


「あ、じゃあこのフライシートを被せるから、そっち側持ってもらってもいいかな?」


「うん、おっけー」


 綾香は彼の言葉に頷くと、晴翔とは反対のフライシートを手に持つ。


「じゃあ被せるよ」


 晴翔の掛け声で二人は動きを合わせて、インナーテントの上にフライシートを被せる。

 その後、インナーテントとフライシートを接合して最後にペグを地面に差し込んでいく。


 晴翔がテントの張りを確認しながらペグダウンしていく反対側で、意外にも綾香は手際よくペグを打ち込んでいく。


「手際が良いね」


 晴翔がそう言うと、綾香は少し得意そうな笑みを浮かべる。


「キャンプは毎年家族と来てるからね。晴翔君は今回が初めてのキャンプだっけ?」


「本格的なのは、そうだね」


 晴翔は今まで、日帰りキャンプっぽいものは、友哉と一緒に何度かやった事はある。

 しかし、テントを張って一泊する様な本格的なキャンプは、今回が初体験である。


「初めてテント組み立てるのに、よく迷わなかったね」


「まぁ、説明書通りにやれば、そんなに難しくは無かったよ?」


「えぇ~、私が初めてテントを組み立てた時は、謎のオブジェクトになっちゃったよ?」


「謎のオブジェクト……ふふ」


 初めてのテント組み立てで、アワアワしながら組み立てて謎の建造物を作り上げて途方に暮れる綾香を想像して、晴翔は思わず笑いを溢す。


「あ! 晴翔君いま笑った! バカにしたでしょ!」


「いや全然。少ししかしてないよ」


「少しはバカにしてるじゃん!」


 綾香はぷくっと頬を膨らめせて、テントセットが入っていた空の袋で晴翔をペシペシと叩いてくる。


「ごめんごめん。いや、その時の綾香を想像したら、なんか可愛いなぁって思って」


「……んん~!」


 晴翔の言葉に、綾香は頬だけではなく、唇まで尖らせて激しく晴翔をペシペシ叩いてくる。

 一生懸命に攻撃力0の袋ペシペシをしてくる彼女の可愛らしさに、晴翔が表情を緩めていると、もう片方のテントを組み立てていた修一がやってくる。


「お、組み立て早いね。さすがは大槻君だ」


「いえ、綾香さんが手伝ってくれたので」


 少しむくれている表情を浮かべている綾香を見ながら晴翔が言うと、荷物の整理をしていた郁恵がニッコリと笑みを浮かべる。


「二人とも大分仲が良くなったみたいで、嬉しいわぁ」


 ニマニマとした表情で、少し揶揄うように言う郁恵。

 晴翔が家事代行で東條家に来た当初は、今みたいに揶揄われると、綾香は顔を赤くしながらすぐに抗議の声を上げていた。しかし、今は顔が赤くなるのは同じだが、以前の様に母の言葉を否定する事が無くなった。


「もう何回も家事代行で家に来てくれてるし、仲良くならない方がおかしいよ。ね、晴翔君?」


「え、あ、まぁ、そうだね」


「あらあら、良いわねぇ~。大槻君、これからも綾香をお願いね?」


「あ、はい」


 郁恵にお願いされた晴翔は、反射的に返事をする。そこに、タープの幕を持った修一が声を掛ける。


「よし、皆でタープをちゃちゃっと立ててしまおうか」


 修一はそう言いながら、組み立てた二つのテントの間に幕を広げる。

 今回東條家が用意したタープは四角形のレクタタープと呼ばれる種類のものだ。


「大槻君、私がこっちのポールを立てるから、向こうのポールを立ててくれるかい」


「分かりました」


 支柱となる二本のメインポールの片方を指差して言う修一に、晴翔は頷いて反対側のメインポールの元に移動する。

 修一がメインポールの支えとなるガイドのロープをペグで固定しているのを見て、晴翔もそれを真似して同じようにガイドのロープを地面に固定していく。


「じゃあポールを立てようか。大槻君の方は大丈夫かい?」


「はい、大丈夫だと思います」


「よし。それじゃあいくよ? せーの!」


 修一の掛け声で二人は同時にポールを立てる。

 バッと立ち上がるタープに、郁恵と綾香が四隅のロープをペグで地面に固定しタープを張る。

 修一と晴翔はガイドロープの張り具合を調整してメインポールがしっかり立っている事を確認する。


「よし! テントの設営完了だ!」


 数歩後ろに下がり、設営が終わったテントを眺めて満足そうに修一が頷く。

 そこに、咲と一緒に森の探検をしていた涼太が走って戻って来た。


「おにいちゃん! 見てこれ! 変な虫がいたよ!」


 元気いっぱいにはしゃぎながら、涼太は手に持った茶色い昆虫を掲げて晴翔に見せてくる。


「これは、蝉の幼虫だね」


「え!? これ蝉なの? 全然形違うよ?」


 晴翔は涼太が手に持っている昆虫を見て言うと、彼は何とも不思議そうな表情でまじまじと昆虫を見詰める。


「蝉はね、長い間土の中で過ごして、地上に出てくると羽化して蝉になるんだよ」


「うか?」


「羽化って言うのはね、この蝉の幼虫の中から、羽の生えた蝉が出てくることだよ」


「この中から蝉が出てくるの?」


 涼太は晴翔の説明に全くイメージが湧かないのか、先程からずっと首を傾げたままである。

 そんな様子に、晴翔は微笑ましい表情を浮かべる。


「もしかしたら、今夜その羽化が見れるかもしれないから、その蝉の幼虫をテントにくっ付けておこうか」


「うん!」


 晴翔の提案に、涼太は大きく頷くと手に持っていた蝉の幼虫をテントに放す。


「元気な蝉さんになってね!」


 テントに放された蝉の幼虫が、ゆっくりとした動きでテントを登っていくのを見ながら涼太が声を掛ける。

 そんな微笑ましい光景に晴翔が笑みを浮かべていると、修一が薪の束を解きながら、晴翔に言う。


「大槻君、ここのキャンプ場は森に落ちている枝とかも焚火に使っていいらしいんだが、少し拾ってきてもらってもいいかな?」


「分かりました。涼太君、一緒に焚火に使う枝を拾ってこようか」


「うん! 行くッ!」


「あ、晴翔君、私も一緒に行く」


 威勢よく頷く涼太に続いて、綾香も晴翔達に付いて行くと言う。


「咲も一緒に行く?」


「私はパス……ちょっと休憩……」


 綾香がテント横に置かれたクーラーボックスに腰を下ろしている咲に声を掛ける。

 しかし、彼女は若干息の上がった声で首を横に振る。

 どうやら、ハイテンションの涼太の相手をしていたおかげで、体力をごっそり持って行かれたらしい。


「咲ちゃん、お疲れ様。 ココア作ったら飲む?」


「飲みます! 頂きますッ!」


 労う様に言う郁恵に、咲は嬉しそうに頷きを返す。


「じゃあ、私達で薪拾い行ってくるよ?」


「うん、いってら~」


 ヒラヒラと片手を振る咲に見送られ、晴翔達は森に枝を拾いに行く。


「さっき森を探検した時、木の枝沢山落ちてたよ!」


「お、じゃあ沢山枝を拾って豪華な焚火をやろうか」


「ごうかな焚火やるッ!」


「あんまりはしゃぎ過ぎて火傷しない様に注意するのよ?」


 晴翔の言葉に、目をキラキラと輝かせる涼太に、綾香は苦笑を浮かべながら注意をする。


 これから始まる、人生初の本格キャンプに、涼太だけでなく晴翔も内心で胸を躍らせる。

お読み下さり有難うございます。

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[良い点] 甘い…2人共かわいい!更新ありがとう!
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