第六十二話 想うほどつのる思い
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「晴翔君は私にとって、世界一の最高の彼氏ですッ!!」
ハッキリと宣言する綾香の表情は、恥じらいで赤くなりつつも、本当に光を放っているのではと感じる程に輝いている。
彼女の魅力あふれる笑みを正面から直視した祖母は、数秒間フリーズした後に、ぐわっと晴翔の方を見る。
「晴翔や! なんて素敵な彼女なんだい! 綾香さんは!」
「う、うん。ばあちゃん、あんまり興奮すると体に良くないよ」
「綾香さんの素敵な笑顔を見たら、それだけで10歳は若返るよ」
「うふふ、ありがとうございます」
祖母の言葉に綾香は嬉しそうに笑みを浮かべ、その表情に祖母は再び目を奪われる。
ここまで上機嫌な祖母を見た事が無い。そう晴翔が感じる程、綾香の事を気に入った様子の祖母は、何かを思い付いたらしく、ポンと手を叩いて立ち上がる。
「そうだ綾香さん。晴翔の小さい頃のアルバム、見てみるかい?」
「ッ!? 見ますッ!! 見たいですッ!!」
祖母の提案に、間髪入れずに返事をする綾香。
よっぽどそのアルバムを見てみたいのか、彼女は目の前のテーブルに手をついて前のめりになり、若干腰も浮いている。
そんな綾香の様子に、晴翔が恥ずかし気に祖母に抗議する。
「ちょっとばあちゃん。変な事言わないでくれよ」
「とっても素敵じゃない! 小さい晴翔君、絶対に可愛いに決まってる!」
「うんうん、今持ってくるから、ちょっと待っててね」
「はいッ!」
孫の言葉には一切耳を傾けない祖母は、アルバムを取りに行くために一旦居間から出ていく。
晴翔のアルバムを心待ちにしている綾香は、ニコニコとはち切れんばかりの笑みを浮かべている。
「そんなに期待するほど大したもんじゃないよ?」
苦笑を浮かべて言う晴翔に、綾香はニコニコ顔のまま彼の方を向く。
「えぇ? 期待しちゃうよ。だって小さい晴翔君だよ? ミニ晴翔君だよ?」
「ミニって……そんなマスコットじゃないんだから」
「晴翔君マスコットがあったら私欲しいなぁ」
口調は冗談ぽく聞こえるものの、目が意外とガチな様子なのを見て、晴翔は引き攣った笑みを浮かべる。
「嫌だよ、自分のそんなグッズ見たくないよ」
「売れると思うけどなぁ」
「それなら、俺じゃなくて綾香の方をグッズ化した方が売れる気がする」
学園のアイドルと言われる程の美少女である綾香をフィギュアとアクリルスタンドにしたら、それこそ一財産築けそうである。
そんな事を晴翔が考えていると、綾香がジッと見つめてくる。
「晴翔君は、欲しいの? 私のグッズ」
「え? あ、いや、まぁ……でもほら、綾香は本物のアイドル並みに可愛いから、ポスターとかあったら部屋に飾りたいやつとか多いんじゃないかな?」
晴翔の『アイドル並みに可愛い』という言葉に、彼女は嬉しそうに口角を上げる。
「晴翔君も?」
「え?」
「晴翔君も私のポスターがあったら部屋に飾る?」
綾香の問いかけに反射的に『うん』と答えそうになる晴翔。しかし、彼女に対して素直にそれを認めるのは、あまりにも恥ずかしすぎる彼は、質問には答えず話題を逸らそうとする。
「そ、そういえば、学校でちょくちょく綾香は芸能事務所に所属してる、なんて噂を耳にするんだけど、実は本当だったりする?」
「えぇ!? 学校でそんな噂流れてるの?」
晴翔の言葉は彼女にとって寝耳に水だったらしく、驚きで目を見開いている。
「その反応は、噂はデマっぽいね」
「当たり前だよっ! 私がそんな芸能人みたいな人になれるわけないよ!」
「そうかな? 綾香って街歩いてたりしたらスカウトされたりしないの?」
「……たまに、なんかスーツ着てる人から名刺をもらう事はある、かな?」
「それ絶対に芸能事務所のスカウトだよ」
やはり、彼女レベルの美少女ともなるとそういう人達から声が掛かるのは当然だろう。
「綾香がその気になれば、人気アイドルとかに普通になれそうだけど」
晴翔がそう言うと、綾香がほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにしながら上目遣いで見てくる。
「私は……沢山の人から声援を浴びるよりも、たった一人の人に私の事を見て欲しいな」
「ッ……」
潤んだ様な瞳で見つめながら言われた晴翔は、彼女のあまりのいじらしさに言葉を失う。
綾香の瞳に吸い込まれるように、視線を逸らせないまま固まる晴翔。そんな彼に、彼女は柔らかい微笑みを浮かべる。
「私は……晴翔君さえ側にいてくれたら、それだけで幸せだよ」
まるで天使の様な笑みでそう言った後、恥ずかしさに耐えきれなくなった様に、綾香は真っ赤な顔で慌てて言葉を付け加える。
「ど、どうかな? 今のは凄く本物の恋人っぽく言えた気がするんだけど?」
「え? ……あ、あぁ! うん! 凄く恋人っぽかった!」
綾香の発言に、我に返った晴翔も彼女同様に少し慌てた様子で何度も首を縦に振る。
お互いに顔を真っ赤にしながら「うんうん」と頷き合っているところに、アルバムを取りに行っていた祖母が居間に戻って来た。
「待たせたね綾香さん」
祖母は腕に抱えていた三冊のアルバムをテーブルの上に広げる。
「ありがとうございます。見てみても良いですか?」
晴翔との気まずい雰囲気を払拭するかのように、綾香はいつもより明るい声を出すと、祖母が「勿論だとも」と頷いたのを確認して、アルバムに手を伸ばす。
「それは、晴翔が小学生の時のだね」
綾香が手に取ったアルバムを見て祖母が言う。
「わぁ! 小学生の晴翔君可愛いッ!! これ、運動会ですか?」
「そうだね。これはリレーでアンカーを走っていた時の写真だねぇ」
その当時を思い出しているのか、祖母は懐かしむように目を細めてアルバムに目を向ける。
綾香がアルバムを開くと丁度、小学生の頃の晴翔が紅白帽子を被ってバトンを片手に、トラックを走っている場面の写真が複数枚貼られていた。
「リレーのアンカーだったんだ。晴翔君足速かったんだね」
「この時はね。今は全然遅いよ」
「そうなの? 足って遅くなるもの?」
「陸上部の人に勝てる気がしない」
「陸上部の人と比べたら駄目だよ」
晴翔の言葉に綾香は「うふふ」と笑みと浮かべると、その後も楽しそうにアルバムをめくる。
時折、祖母に当時のエピソードなどを聞きながら飽きる事無く写真を眺めている。
「あ、学芸会だ。これは……桃太郎? サル役の晴翔君可愛い」
「晴翔はサル役が大好きだったみたいでね。学芸会が終わって家に帰って来た後も、語尾にウキキってつけて楽しそうに話していたんだよ」
「それ可愛過ぎませんか?」
「ばあちゃん……綾香に変な事話さないでよ」
祖母と綾香は何とも楽し気な時間を過ごしているが、晴翔にとっては羞恥に耐える時間となっていた。
綾香がページをめくり、新しい写真を見る度に「可愛い」を連呼し、晴翔はとても心がむず痒くなってしまう。
その後も、綾香と祖母は昔の晴翔の写真を通して意気投合したようで、幼き頃の晴翔の話題で大いに盛り上がっている。
祖母が持ってきた三冊のアルバムを見終わる頃には日が傾き始めていた。
壁に掛けられて時計を目にして、祖母が少し驚いた声を上げる。
「おや? もうこんな時間なのかい?」
「もう夕方になっちゃいましたね」
夕陽が窓から差し込み、オレンジ色に染まった居間を綾香が見渡す。
「あの、そろそろお暇させて頂きます」
名残惜しそうに言う綾香に、祖母がニッコリと笑みを浮かべる。
「綾香さん。楽しい時間をありがとうね。また、いつでも遊びに来てちょうだいね」
「はいッ!」
祖母の言葉に心から嬉しそうな表情を見せる綾香が大きく頷く。
「綾香、送って行くよ」
「うん、ありがとう晴翔君」
晴翔と綾香は立ち上がり玄関に向かう。その後に祖母も付いてくる。
玄関で靴を履き替えた綾香は、一度振り返って祖母の方を向いて頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方だよ」
「それじゃあ、さようなら」
「行ってくるよばあちゃん」
玄関で見送る祖母に、綾香は手を振って大槻家を後にした。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー
夕陽で赤く染まる住宅街を晴翔と綾香の二人は並んで歩く。
「今日は本当にありがとう。あんなに喜んでるばあちゃんを見たのは久しぶりだったよ」
「喜んでもらえて良かった。これで喜んでもらえなかったら偽の恋人を演じてる意味がないもんね」
「そう……だね」
晴翔は綾香の返事に、若干言葉を詰まらせる。
祖母はとても喜んでいた。
それは、晴翔が望んだものだ。
祖母を悲しませたくない、安心させてあげたい、喜んで欲しい。そう晴翔が望んだからこそ、綾香はその思いに協力してくれて、偽の彼女を演じてくれている。
綾香には、感謝してもしきれないくらいの恩を晴翔は感じていた。
しかし、それと同時に、罪悪感の様な胸の苦しみも感じていた。
「あ、晴翔君。ここまでで大丈夫だよ。送ってくれてありがとう」
「うん、じゃあ気を付けて帰ってね」
「うん。バイバイ!」
綾香は晴翔と別れた後も、何度も振り返って笑顔で手を振ってくる。それに対して晴翔も、彼女と別れた場所で立ち止まって小さく手を振り返す。
やがて、綾香が角を曲がって完全に姿が見えなくなったところで、晴翔は小さく溜息を吐く。
「今のままじゃ……ダメだよな」
綾香と祖母が一緒に居るところを見ると、そしてそれが楽しそうな雰囲気であればあるほどに、彼女が偽の恋人であるという事実が、晴翔の心に重くのしかかってくるような気がした。
祖母の笑みは自分の嘘で、自分と綾香の偽りの関係で出来ている。
その事が、晴翔の心を締め付けている。
「偽の恋人……か」
一人そう呟く晴翔の脳裏に、綾香の笑顔が浮かぶ。
隣にいる綾香は常に楽しそうな、嬉しそうな表情を浮かべている。そんな魅力的な彼女を思い返す度に、晴翔の中では同時に雫と友哉の言葉も蘇る。
『ハル先輩は女心がわからな過ぎます。フリとはいえ恋人ですよ? そんなの好きでもない人とやるわけないでしょ? それに恋人の練習? それは東條先輩がハル先輩に振り向いてほしくて頑張ってるんですよ』
『偽の恋人? 恋人の練習? そんなん好きな人相手じゃなきゃやらんだろ普通』
いつも眩しいくらいの笑顔を見せてくれる綾香。
そして、友人の言葉。
これが自分自身の事じゃなければ、きっと晴翔も思うのだろう。
さっさと告白して付き合えよと。
しかし、いざ我が身となると、なかなか決心がつかない。
もし綾香が本当の彼女になってくれたら、何の憂いもなく祖母の喜んだ顔を見る事が出来る。
そして何より、自分自身の彼女に対しての想いが実る。
それは晴翔にとって、とても素晴らしい事である。だからこそ、決心がつかない。強く望めば望むほど、叶わなかった時の事が怖くなってしまう。
結果として、今の状態に逃げて満足してしまう。
「……くそ、俺情けないな……マジでヘタレだ」
彼の力ない独白が、暗くなりかけている住宅街に寂しく漂う。
お読み下さり有難うございます。
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