第四十九話 東條家主催BBQ
晴翔がリビングに入ると、そこでは綾香と咲、そして郁恵が談笑していた。
「久しぶりね〜咲ちゃん」
「ですね! 相変わらず郁恵ママは綺麗だね!」
「あら! ですって綾香」
「良かったねママ」
晴翔はチラッと綾香の表情を伺うが、いまは特に変わりなくいつも通りの様に見える。
「あ、大槻君いらっしゃい。花火持ってきてくれたんですって? ありがとう」
「いえいえ」
リビングに入ってきた晴翔に気が付いた郁恵が、彼にニッコリと笑いかける。
「いま修一さんが中庭で火を起こしてるから、それまでゆっくり休んでいてちょうだい」
「あ、なら自分も火起こし手伝います」
「あら、良いのよ。今日の大槻君はゲストなんだから、ゆっくりしてちょうだい」
「いえ、実は火起こしとか好きなんですよ」
「あらそうなの? 大槻君も男の子なのねぇ。じゃあお願いするわね」
郁恵は「涼太もコンロに付きっきりなのよね」と笑いながら言う。
リビングから中庭に出ると、そこにはバーベキューコンロの中にうちわで空気を送っている修一と、それを横でワクワクしながら見ている涼太がいた。
「お! いらっしゃい大槻君!」
ずっと炭の近くでうちわを扇いでいたからか、若干顔を赤くした修一が、片手で汗を拭いながら挨拶をする。
「こちらこそ、今日は誘ってもらってありがとうございます」
「咲ちゃんも来たんだね。こういうのは人数が多い方が楽しいからね」
リビングに咲の姿を確認した修一が楽しげに言う。
「お父さん、炭の赤いところが小さくなっちゃったよ?」
「おっと」
涼太に言われて、再びうちわを扇ぎだす修一に、晴翔が交代を申し出る。
「修一さん、火起こし代わりますよ」
笑みを浮かべて申し出る晴翔に、修一は手を振る
「今日の大槻君はお客さんだから、バーベキューが始まるまでゆっくりしていて良いよ」
「いえ、自分火起こし好きなんです」
郁恵と全く同じことを言う修一に、晴翔も先程と同じ言葉を返す。
「おや? そうなのかい? じゃあお言葉に甘えてちょっと代わってもらおうかな?」
修一はそう言うと、手に持っていたうちわを晴翔に渡して、コンロ横の折り畳みテーブルの上に置いてあった飲み物をグイッと飲む。
彼が飲んだ茶色い液体に、晴翔は一瞬それがビールだと思い警戒する。
先日、修一がお酒を飲んだ時、物凄く上機嫌になり綾香との結婚式プランを語っていたことを思い出す。
「ふぅ〜、喉が渇いてる時に飲むキンキンに冷えた麦茶は別格だね」
しかし、それがただのお茶だと知り、晴翔はほっと胸を撫で下ろす。
晴翔は修一から譲り受けたうちわで、炭と炭の間の隙間に優しく風を送り込む。
すると次第に炭に火が広がっていく。
「あ! おにぃちゃん! だんだん炭が赤くなってきたよ!」
「よーし、ちょっと涼太君、コンロから離れてくれるかい?」
晴翔の言葉に、涼太は素直に「うん」と頷くと数歩退がってコンロと距離をとる。
涼太が離れて安全な場所にいるのと、周りに燃え移りそうなものがないことを確認した晴翔は、優しく扇いでいたうちわの動きを一気に激しくし、勢いよく風を送り付ける。
途端に、積まれた炭からボォ! と炎が上がり、同時にバチバチバチと火花が飛び散る。
「わぁ!! 花火みたい!」
「ふむふむ、やっぱり火起こしは男のロマンだよね」
腕を組み、うんうんと頷く修一の隣で、涼太は目をキラキラと輝かせ、しきりに「すごいね!」と連呼してはしゃいでいる。
「涼太君、そこの箱から新しい炭を何個か取ってくれるかい?」
「うん! え〜と、ちっちゃいの? 大きいの?」
「大きいやつが欲しいな」
晴翔がそう伝えると、涼太は真剣な眼差しで箱の中の炭を吟味する。
自分も火起こしのお手伝いがしたくて堪らないのだろう。涼太の真剣な眼差しを見て、晴翔はどこかホッコリしたような気分になり、自然と顔に笑みを浮かべる。
「はい、おにぃちゃん! これでいい?」
「うん、ありがとう」
晴翔の礼に涼太は得意げな表情を浮かべる。
炭に十分火が付いたことを確認した晴翔は、組まれている状態を崩し、白く熱を発する炭をコンロ全体に広げる。
そして、その上に涼太が取ってくれた新しい炭を乗せる。
「いい感じになったね。そろそろ食材を持ってこようか」
コンロの中を覗き込んだ修一がそう言って一旦リビングへ向かう。
「母さん、火起こしが終わったから、食材を運んでもらえるかな?」
「分かったわ。綾香と咲ちゃんも手伝ってくれるかしら?」
「はーい! 食材は冷蔵庫の中ですか?」
郁恵に頼まれた咲は威勢よく返事をする。
「そうね。あと冷凍庫の中にもいくつか入ってるわ」
「了解でーす」
早速、咲は冷蔵庫へ向かい、その扉を開けて感嘆の声を上げる。
「おぉ! お肉が一杯!!」
「大槻君と咲ちゃんが来るから、いつもより多めに用意したのよ」
肉が満載されたトレーを取り出しながら、咲が瞳を輝かせる。
「牛だ!! 牛がこんなに沢山!!」
さすが夫婦共働きかつ、ともに会社経営者なだけあり、東條家で準備されている食材は、一般庶民である咲の目に、まるで宝石のように輝いて映る。
「なんか今回の食材は結構気合い入れて奮発したみたいだよ」
咲が冷蔵庫から取り出したトレーを両手に持ちながら、綾香が涎を溢しそうになっている親友に言う。
「咲と晴翔君が来るから、いつもより豪華にするぞってパパが張り切っちゃって」
「修一さんマジ神!」
綾香は、ウキウキとした表情を浮かべる咲と一緒に、バーベキューの食材を中庭に運ぶ。
折り畳み式のテーブルの上に次々と並べられる食材達。
それを見て、涼太と一緒に火の面倒を見ていた晴翔が目を見開く。
「すご……牛肉がこんなに沢山……」
咲と同様に一般庶民な反応を見せる晴翔。
そんな彼の反応を見て、綾香はクスッと笑みを溢す。
「晴翔君、沢山あるから遠慮しないでいっぱい食べてね」
「う、うん……でもいいのかなこんな高級な……」
晴翔はきれいなサシが入った肉を目の前にし、少し気圧される。
そんな彼に、修一が念を押すように言う。
「綾香の言う通り、遠慮は無しだよ? みんなで楽しむために奮発したんだからね」
「イエッサーです修一さん! いただきます!」
晴翔よりも修一との付き合いが長い咲は、彼のノリを熟知しているようで、敬礼のポーズを取りながら返事を返す。
それに倣って晴翔も「本当にありがとうございます」と頭を下げる。
「野菜もあるからこっちも食べてね」
そういいながら、郁恵がカボチャや玉葱、ジャガイモに茄子などの野菜を乗せたトレーを手に持って中庭にやってくる。
全員が中庭に集合したところで、修一はバーベキュー開始の音頭を取る。
「よし、みんな揃ったね。それじゃあ始めようか。とその前に大槻君、ちょっと手伝ってもらっていいかな?」
「はい、もちろんです」
修一は晴翔と協力して、バーベキューコンロを中庭の中央に移動させると、コンロの周りに取り付けるようにテーブルをセッティングする。
「ぼくおにいちゃんの隣に座る!」
セッティングされたテーブルに、涼太が晴翔の手を引きながら座る。
「へぇ~、涼太、大槻君の事大好きじゃん」
「うん!」
咲は面白そうに二人を見ながら、テーブルに着く。
その隣に綾香も腰を下ろす。
「綾香、可愛い弟が大槻君に取られちゃってるよ?」
「まぁ、晴翔君は魅力的だからね。しょうがないよ」
親友の言葉に綾香は苦笑で返す。
すると咲は、ニヤッと笑みを浮かべて綾香にだけ聞こえるような小さな声で、若干揶揄うように言う。
「東條姉弟をメロメロにしてしまうとは、大槻君も罪な男だねぇ」
「メロメロって……」
「あら? 違う?」
「ち、違わないけど……」
顔を赤くしてモゴモゴと言い返してくる綾香に、咲はとても楽しそうな表情をする。
そこに、全員が席に着いたのを確認した修一が声を上げる。
「みんなまずは飲み物を準備して、乾杯といこうじゃないか」
「はいみんな、好きなのを選んでね」
郁恵が何種類かのジュースが入ったペットボトルをテーブルの上に並べる。
「涼太君は何を飲む?」
「オレンジジュース!」
晴翔が涼太のコップにオレンジジュースを注いでいる間に、咲はアップルジュースを手に取って自分のコップに注ぐ。
「綾香は何飲む?」
咲が手に持っているアップルジュースを少し掲げて「これ?」と尋ねる。
「ん-と、晴翔君は何飲む?」
綾香は少し迷った後に、ちょうど涼太にオレンジジュースが入ったコップを手渡している晴翔を見る。
「俺は、ジンジャーエール飲もうかな」
「ん、じゃあ私も同じのにしちゃお」
そう言うと、綾香は自分のコップにジンジャーエールを注いだ後に、晴翔のコップにも同じものを注ぐ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そんなやり取りをしている二人を見て、咲が「ほほう」と顎に手を当てる。
「今のやり取り、まるで夫の晩酌にお酌をする妻のようですな」
「ちょっと咲、変なこと言わないでよ」
「ごめんごめん、ついね」
「みんな飲み物は大丈夫かな」
全員の手に飲み物が行き渡ったのを確認した修一が、自身のビールが入ったグラスを掲げる。
「それじゃ、今夜は存分に食べて楽しもう! 乾杯!!」
修一がそう言うと、皆も「乾杯!」とグラスを掲げて、東條家主催のバーベキューが幕開けた。
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