第四十八話 え? もしかして……嫉妬?
晴翔はエコバッグを手に持ち、少し日が傾きだして影が長くなった住宅街の路地を歩いて東條家を目指す。
今日、家事代行は休みである。
したがって、綾香との『恋人の練習』も今日はないので、いつもよりは少しだけ遅い時間に東條家に伺う事になる。
「涼太君、喜ぶかな?」
そう言って、晴翔はエコバッグの中に目を向ける。
そこには、色んな種類が詰め込まれた花火セットが入っている。
バーベキューが終わった後に、涼太達と遊べると思い買ってきたのだ。
花火を見た時の涼太の喜ぶ顔を想像して、晴翔は自然と表情を綻ばせる。
と、少しニヤニヤしながら住宅街を歩いていると、十字路のところで1人の人物とばったり出くわす。
「あれ? 藍沢さん?」
「んん? あ、大槻君。やっほ〜」
晴翔に名前を呼ばれた咲が、彼に手を振って陽気に挨拶をする。
「今日は宜しくね」
「こちらこそ宜しく」
事前に綾香から、咲もバーベキューに参加すると聞いていた晴翔は、にこやかな笑みを浮かべる彼女に、笑顔を返す。
お互いに挨拶をした後、2人並んで東條家を目指す。
「綾香から聞いたよ。大槻君、綾香の家の家事代行やってるんだって?」
「そうなんだよね。最初は俺もビックリしちゃって」
晴翔は笑いながら「まさかクラスメイトの家事代行をするとは思わなかったよ」と明るい口調で言う。
「わたしも綾香から聞いた時は驚いたよ。それにしても大槻君、料理上手らしいじゃん」
「まぁ、そこそこにはって感じかな?」
少し謙遜して言う晴翔に、咲はニヤッと笑みを浮かべる。
「お? それは自信のある人の台詞ですなぁ?」
咲の言葉に、晴翔は苦笑を浮かべながら言う。
「自信がなかったら家事代行のアルバイトは選ばないからね」
「まぁ、それもそうか。ところでそのエコバッグの中には何が入ってるの?」
咲がエコバッグに視線を向けると、晴翔は中身が見えるように少しエコバッグを広げながら答える。
「花火だよ。涼太君が喜ぶと思って」
「おぉー! 良いじゃん! 確かに涼太、大喜びしそう!」
咲は「グッジョブ!」と晴翔に向けて親指を上げる。
「藍沢さんは、色々と荷物が多いね?」
咲は少し大きめのリュックを背負っている。
「わたしは今日、綾香の家に泊めてもらうから着替えとか色々とね」
「なるほど、そうだったんだ。その袋の中身は?」
晴翔と同じく、咲も袋を手に持っている。
その中身が気になり晴翔が尋ねると、咲は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。私が持ってきたのはこれです!」
咲は「じゃじゃ〜ん」と言いながら袋に入れていたものを取り出して、晴翔に見せ付ける。
「それは……バナナ?」
「そう! バナナ!」
咲は満面の笑みでバナナを掲げている。
「これを焼きバナナにして、チョコレートシロップとかを掛けて食べたら絶品な訳ですよ」
「確かに、それは美味しそう。そっか、スイーツ系か……バーベキューでその発想はなかったなぁ」
晴翔の中でバーベキューといえば、肉か海鮮しか思いつかなかった。
その後も2人は他愛もない会話を交わしながら歩き、東條邸に到着する。
東條邸の門に辿り着くと、咲は躊躇する事なく慣れた手つきでインターフォンを押す。
『はい』
「綾香〜来たよ〜」
『咲〜今開けるね』
インターフォンから聞こえてきた綾香の声は、親友の到着に少し弾んでいる。
すぐに玄関の扉が開き、そこから綾香が顔を出す。
「あれ? 晴翔君も一緒?」
「さっきそこでばったり藍沢さんと会って」
少し驚いたような表情を見せる綾香に、晴翔が説明をする。
「あ、そうだったんだ。2人とも何を持ってきたの?」
綾香は、晴翔と咲がそれぞれ手に持っている袋に目を向ける。
「わたしはね〜、ほれバナナだよ。後で焼きバナナにしてチョコかけて一緒に食べよう」
「わぁ! それ美味しそう! それで、晴翔君は?」
「俺は花火を…」
「おにぃちゃんだ!」
晴翔の言葉の途中で、リビングの方から玄関に向け涼太が凄い勢いで突進してきた。
涼太は廊下の途中で、晴翔の隣に咲がいる事にも気が付き、さらに表情を輝かせる。
「わぁあ!! 咲おねぇちゃんッ!!」
「涼太〜! 久しぶり〜!」
咲は突撃してくる涼太をしゃがんで迎え入れ、クシャクシャと彼の頭を撫でる。
「ちょっと見ない間に背が伸びたんじゃない?」
「本当!? ぼく、背伸びた?」
キラキラと瞳を輝かせる涼太に、咲は「うんうん、伸びた伸びた」と何度も頷く。
咲の言葉に上機嫌な涼太は、晴翔が手に持っている袋を見る。
「おにぃちゃん、それなぁに?」
「これは、花火だよ。ほら」
晴翔がエコバッグの中を見せると、涼太は喜びを爆発させる。
「いやったー!! 花火だッ!! おねぇちゃん花火だよ!! みんなで花火出来るよ!!」
「良かったわね涼太」
「うん!! ありがとうおにぃちゃん!」
「どういたしまして。あとで皆で遊ぼうね」
「うん! お父さんとお母さんにおにぃちゃんが花火持ってきてくれたって言ってくる!」
そう言うと涼太は、再び凄い勢いでリビングへと走って行ってしまった。
まるで嵐のような涼太のお出迎えに、咲が面白そうに笑う。
「相変わらず涼太は、慣れてる人に対しては元気いっぱいだね」
「ね、逆に慣れてない人が近くにいると、まるっきり別人みたいに大人しくなるのにね」
「え? 涼太君ってもしかして人見知り?」
綾香の言葉に、晴翔は少し驚いたような表情をする。
晴翔のなかで涼太は、常に元気いっぱいなイメージで、人見知りというのがいまいちピンとこない。
晴翔が初めて涼太と会った時は、泥棒に間違われてしまったが、そのあとすぐに打ち解けて仲良くなった。
だから、てっきり誰に対してもそういうものなのかと晴翔は思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
晴翔が驚いている事に、綾香は楽しそうに笑みを溢す。
「そんなに酷い感じじゃないけど、でもどっちかというと涼太は人見知りするタイプだよ」
「へぇ、そうだったんだ」
「だから、涼太が晴翔君にすぐに懐いた時はちょっと驚いちゃったんだよね」
「大槻君ってさ、謎に子供に好かれたりするタイプ?」
咲が少し興味深く晴翔を見ながらいう。
対する彼は、軽く首を捻りながら答える。
「いや……特にそんな事はないと思うけど」
「駄菓子屋とかに行ったら気づいたら園児達に取り囲まれてた経験とかは?」
「そんなイベントには遭遇した事ないかな」
「大型ショッピングモールに行ったら、必ず迷子に遭遇して迷子センターに連れて行ってるとか?」
「それは子供に好かれるとか関係無くない?」
「ん? あそっか。ま、大槻君はたまたま涼太キラーだったって事ね」
少しの間首を捻って考えていた咲だったが、すぐに思考を放棄して自己完結する。
「玄関で立ち話もなんだし、上がっていい?」
「あ、うん。どうぞ」
綾香に断ってから咲は外靴を脱いで上がり、リビングに向かう。
この家には何度も遊びに来ているからなのか、その足取りに迷いはない。
「晴翔君も上がって」
「うん、お邪魔します」
晴翔も靴を脱ぎ、綾香の隣を抜けてリビングに向かおうとする。
しかし、彼が綾香の隣を通り抜けようとした時、晴翔の腕の袖が彼女によってチョンと摘まれる。
「ん?」
袖を掴まれた晴翔は、視線を綾香に向ける。
「咲とは最初から友達口調……なんだね」
少し唇を尖らせ、いじけた様な表情を見せる綾香。
普段あまり見ないその表情に、思わず晴翔はドキッとする。
「……え?」
予想していなかった綾香の発言に、なんと答えればいいのか分からず、晴翔は言葉に詰まる。
困った様子を見せる晴翔に、綾香はハッとした表情をしたあと、慌てた様に摘んでいた晴翔の袖を離す。
「ご、ごめんね! 今のナシ! 忘れて!」
「え? でも……」
「変な事言っちゃってごめんね! 全然気にしなくていいから! うん、本当に気にしないで。お願い、忘れて……」
早口で言葉を吐き出した綾香は、顔を俯かせたままリビングに向かってタタタッと走って行ってしまった。
晴翔は廊下に立ち尽くしたまま、綾香の背中をボーッと見詰める。
「……え? いまのって、もしかして……嫉妬?」
そう呟いた瞬間、晴翔は自分の胸がドクンと高鳴ったのを感じた。
綾香との場合は学校での接点がほとんどなく、まともに話したのが家事代行という仕事だった。だから初めは敬語で接していた。
それに対して、藍沢さんとはもともとクラスメイトとして面識があった為、初めから友達口調で話していた。
しかし、それがどうやら綾香にはお気に召さなかった様だ。
それは何故か……。
その理由を考えて、晴翔は自然と口角が上がってしまいそうになるのをひっしにこらえる。
「都合よく解釈しすぎか?」
晴翔は自問する。
しかし、その答えは出るはずもなく、彼はゆっくりと歩きながらリビングへと向かった。
あれがもし、本当に嫉妬だったら……。
そんなことを考えながら。
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