第三十九話 東條綾香の恋①後編
私の説明を聞いた咲は「なるほどねぇ〜」と頷きながら納得してくれた。
「まぁ、綾香にとっては初恋だからね。理想を追い求める気持ちは分からんでもない」
「本当に?」
「うん、だけど。もったいない事をしたなって言いたいのも確かだね」
咲は少し身を乗り出して私に言う。
「前にも言ったと思うけど、大槻君はクラスの女子の人気が結構高い。だから、あんまり欲張ってると、その間に取られる可能性もあるわよ?」
「や、やっぱりそうだよね」
「そうならない為にも、さっさと付き合っちゃって、正式に彼女のポジションを手に入れてから、大槻君を攻略するって方法もあったかなって」
咲にそう言われて、私は一気に不安になってくる。
「それにさ、綾香は大槻君の嘘についての罪悪感を払拭して、正式にお付き合いをしたいんでしょ?」
「うん」
「でも綾香が偽物の彼女をやってる限り、大槻君はその嘘を忘れられないよね? ていうか、綾香に彼女のフリをしてもらう度に、罪悪感が増してくんじゃない?」
咲の言葉がグサッと私の胸に突き刺さる。
その通り、私が大槻君の彼女を演じれば演じるほど、彼は私に対しての負い目を増していく。
そうなれば、いつまで経っても私は大槻君に告白する事ができなくなってしまう。
昨日家に帰って、冷静になって考えた時にその事に気がつき、慌てて咲に連絡したのだ。
「咲〜、助けて〜、私はどうすればいいの〜」
泣き付く私に、咲は「やれやれ」と溜息を吐いて肩をくすめる。
「まったく……つい最近恋に落ちたかと思えば、気付けば恋人のフリって……あんたはラブコメのヒロインかっての」
若干呆れたような感じでツッコミをしてくる咲に、私はひたすらに潤んだ瞳を向け続けた。
咲はまた「はぁ〜」と溜息をついたあと、少し考えてから口を開く。
「ちょっと整理するけど、まずは大槻君は綾香のことが好き、もしくは好意を寄せている可能性が高い」
「……だと思う」
「でも、嘘をついた事に罪悪感がある。だから綾香が好意を示したとしても、それは嘘に付き合ってもらう為と勘違いされてしまう」
「うん」
「でも綾香は大槻君に純粋に愛を伝えたい」
咲のその言葉に、私は顔がカッと熱くなるのを感じる。
「……う、うん」
「そこ! モジモジしない!」
「だ、だってぇ……」
「だってじゃない!」
咲は相変わらず恋愛スパルタ教師だ。
その恋愛スパルタ教師は、腕を組んで目を瞑り、しばらく考えに耽る。
その間、私は不安な気持ちで待ち続ける。
やっぱりあの時告白しておけばよかったのかな?
でも、あの時の大槻君はすごく落ち込んでたし、なんか弱みに付け込んでる気もして、やっぱり気が引けちゃう。
うぅ……咲様、助けてください!
対面に座る親友に祈りを捧げていると、やがて咲が目を開ける。
「うん、やっぱりこの方法しか、私には思いつかないわ」
「方法、あるの?」
期待で思わず私の口角が上がる。
「まぁ、これが正解かは分からないけどね」
苦笑を浮かべながら言う咲。
正解じゃ無くてもいい! 私は昨日一日中考えても、碌な考えが浮かんでこなかった。
でも、咲なら。
恋愛経験ゼロの私よりも断然に良いアドバイスをくれるはず。
「綾香、前に私が恋愛に大切なのは駆け引きって言ったの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ?」
「そっか、じゃあ……それはもう忘れて」
「え?」
咲の言葉に、私はキョトンとする。
「駆け引き、しなくていいの?」
「まぁ、もう綾香の恋愛は普通とはかけ離れちゃってるからね。そうそう、恋愛漫画とか恋愛小説を参考にするなって言ったのも忘れた方がいいかも。どっちかっていうと、今の綾香は創作物の恋愛に近いからね」
どこか吹っ切れたかのような笑顔を見せる咲。
「わ、私の初恋ってそんなに変?」
「変っていうか……ぶっ飛んでるというか……まぁ、取り敢えず大槻君の攻略法だけど……」
「うん」
咲の次の言葉に、私は全神経を集中させる。
「大槻君の方から綾香に告白するように仕向けるのよ」
「え? 大槻君から告白してもらうの?」
私が大槻君に告白するんじゃなくて?
大槻君から告白してもらう?
「綾香は大槻君と、純粋な"好き”って感情だけで交際をスタートさせたいんでしょ?」
「うん、そうだけど……大槻君から告白して貰うのは難しいような……」
彼はすでに私に嘘をついたという負い目がある。
それがある以上、告白という行動に出るのは簡単じゃないと思う。
「そうよ。きっと大槻君は簡単には告白してこないでしょうね。でもね、だからこそ、大槻君からの告白に意味があるのよ」
咲はニヤッと笑みを浮かべて私に言う。
「今の大槻君は綾香に対して罪悪感がある。だからきっと『こんな俺が告白だなんて、失礼過ぎて出来ない』とか思って告白してこないでしょうね」
「うん、私もそう思う」
相槌を打つ私に、咲は「だがしかし!」とテンションを上げて説明を始める。
「そんな彼が綾香に告白するってことは、つまり! その罪悪感すらも凌駕するほどに綾香のことが好きになってる状態ってことよ!」
「罪悪感を凌駕するほど、私が好き……で、でも、どうやって、その……そこまで私のことを好きになって貰えばいいの?」
恋愛経験ゼロで、尚且つ私は男子を今まで避けてきていた。
そんな私が、そこまで大槻君を魅了する事ができるのかな? ……不安しかないんですけど……。
「綾香は今、大槻君の偽の彼女なんでしょ?」
「うん、そうだけど……」
「大槻君のお婆ちゃんの前では彼女を演じないといけないんでしょ?」
「う、うん」
「それよ! それを使うのよ!」
ピシッと咲は私に指差して言う。
「綾香は今まで男性と付き合った事がない。だから大槻君のお婆ちゃんの前で、彼女のフリをする為には練習が必要。そう大槻君に説明するのよ」
「恋人の練習ってこと?」
「その通り! そしてその練習を口実に、大槻君に甘えたり、逆に甘えてもらったり、取り敢えずイチャイチャしまくって彼の認識を曖昧にさせちゃうのよ。嘘の彼女と本当の彼女との認識をね」
そう言って笑う咲の笑顔は、ちょっと悪いことを企んでいるような顔に見えなくもない。
「だからさっきも言ったけど、綾香は駆け引きのことを忘れて、ただひたすらに大槻君に猛烈プッシュしまくればいいのよ。何たって、フリとはいえ綾香はもう彼女なんだしね」
「大槻君に猛烈プッシュ……わ、私にできるかな……」
少し弱腰になる私に、咲が力強く言う。
「中途半端だと、彼女のフリの関係が長引いて拗らせちゃうかもしれないわよ?」
「それはやだな……」
「なら! もう大槻君に押し倒されるくらいの勢いで攻めないと」
「お、押し倒される……」
咲にそう言われた瞬間、私の脳裏にどうぶつの森公園の水遊びエリアでの出来事がフラッシュバックする。
途端、頭から湯気が上がるのではないかと言うくらいに私の顔が熱くなる。
「まぁ、それは冗談だけど。でもちょっとは攻めた感じで接した方がいいかもね」
そう言った後に咲は「あと、これも大事なことだけど」と説明を付け加える。
「大槻君を落とすのはお色気だけじゃ無くて、彼の理想の彼女像になる必要があるわね。気配り上手だとか、お淑やかさだとか。まぁ、大槻君の好みを私は知らないから何ともいえないけど」
確かに、大槻君は少し真面目というか、誠実であろうとする姿勢が強いような気がする。
そんな彼が抱いている罪悪感を凌駕して、私のことを好きになって貰う為には、それ相応の努力が必要になってくるはず。
「うん、私、頑張って大槻君の理想の彼女になって、そして……告白されるように頑張る!!」
決意を込めていうと、咲も頷いて笑顔を送ってくれる。
「色々と大変だろうけど、理想の初恋を手に入れる為に頑張ってね。私も何か協力できる事があればいつでも手を貸すからね」
「うん、ありがとう咲」
私は親友の心強い言葉に、笑みを浮かべる。
その後、私達は大槻君から告白して貰うための作戦、題して『恋人の練習作戦』について話し合った。
―…―…―…―…―…―…―
咲との相談も終わって、カフェから帰ってきた私は、自分の部屋のベッドに座り込む。
「大槻君に告白してもらう…….」
改めて言葉にしていうと、自分の心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
きっと簡単じゃない。
でも……大槻君も、少しは私のことを意識してくれているはず。
だから、私が頑張ってアピールすれば、大槻君の理想の彼女に近づく事ができれば、その時は……
「よし! 頑張るぞ!」
私はグッと手のひらを握って気合を入れる。
まさか、夏休みが始まる前はこんな事になるとは思っていなかった。
人生で初めて気になる人ができて、その人を好きになって。
初恋をして。
そしてその人の恋人のフリをするなんて。
咲が私の恋愛がぶっ飛んでるって言ってたけど、あながち間違ってないのかも……?
でも、これが私の恋だから。
大事な初恋だから!
大槻君にとって魅力的な彼女になって、偽物の彼女じゃ無くて、いつかきっと、絶対に本物の彼女になるんだ!
綾香の晴翔に対する意気込み: 絶対本物の彼女になるぞ!




