第三十五話 東條綾香の想い④
また長くなってしまいました。
すみません。
大槻君から体調を崩したとメッセージが来た後、私は悶々と悩み続けた。
お見舞いに行くべきか、それとも行かない方がいいのか。
私としては、今すぐにでも家を飛び出して大槻君の元に行って看病をしたい。
大槻君の体調が心配で居ても立っても居られなくなる。
そんな私の衝動を押し留めているのは、彼とのメッセージのやり取り。
私はもう何十回と見返した、大槻君とのトーク画面をまた見返す。
――お見舞い、行こうか?
――いえいえ。そんなに大したことじゃないので、大丈夫です。
――本当に?
――はい、心配してくれて有難うございます。
――何かあったらすぐに連絡してね
――わかりました。有難うございます
――うん
「はぁ〜……」
何度目かの特大溜息が私の口から漏れる。
私の頭の中では、熱にうなされて苦しんでいる大槻君の姿が浮かび上がる。
今すぐにでも駆けつけて、ずっと側で看病していたい。
「なんでお見舞いに行くってはっきり言わなかったんだろう」
大槻君の性格からして『お見舞いに行こうか?』なんて言っても、絶対に『大丈夫です』って返すに決まってるのに……。
私は寝起きの姿のまま、自分のベッドの上で大きく項垂れる。
あの時『お見舞いに行こうか?』じゃなくて『お見舞いに行くから住所教えて』ってメッセージを送れていたら……。
私は机の上に綺麗に畳んである大槻君のシャツに視線を送る。
昨日、彼から借りたシャツを着た時、いつもと違う香りに包まれて、まるで大槻君に抱きしめられている様で凄くドキドキした。
そういえば、男の子とぶつかって倒れた時も、大槻君に抱きしめられたなぁ……。
あの時のことを思い出すと、今でも顔が熱くなる。
ギュッと強く抱きしめられ、密着した時の大槻君の身体は、筋肉が感じられてすごく逞しかった。
「はぁ〜……」
私はまた溜息を吐く。
昨日はすごく楽しかった。
それだけに、今日、大槻君に会えないというのが、とても寂しく感じてしまう。
しかも、多分彼が体調を崩したのは、着替えを私に渡したせいで、ずっと濡れたシャツを着ていたからだ。
寂しさと、彼の体調への心配で満たされている私の心に、罪悪感も加わる。
今から大槻君にメッセージを送っても大丈夫かな?
『やっぱりお見舞いに行ってもいい?』て聞いたら迷惑かな?
でも、大槻君が体調崩したのは私のせいでもあるんだし、逆にお見舞いに行かない方が失礼なんじゃないかな?
「そ、そうだよね。私のせいなんだもん、やっぱりお見舞いには行かなくちゃ」
着替えを奪った私の責任だ。
むしろ付きっきりで看病しなくちゃいけない立場なはず!
そうと決めると、私はベッドから起き上がり顔を洗って気合いを入れ、着替えを済ましてからリビングへと向かう。
するとそこには、出かける準備をしてるママがいた。
「あれ? 会社に行くの?」
今日一日ママは、リモートで仕事をするから、ずっと家にいる予定だったはずなのに。
「そうなのよ。ちょっと会社に直接行かないといけなくなっちゃって。涼太の事、お願いしてもいいかしら?」
ママのその言葉に、私は湧き上がってきた活力が一気に萎んでいくのを感じた。
それが顔に出ていた様で、ママが首を傾げて聞いてくる。
「あれ? 今日何か予定あった?」
「……大槻君がね、体調を崩しちゃったみたいで、お見舞いに行こうかなって」
「あらっ? そうなの? えーと、どうしましょう……」
困った表情を浮かべるママ。
ママも大槻君のことは相当気に入ってるから、彼の事が心配みたい。
でも仕事の事もあるから、板挟み状態になっちゃってる。
そんな困っているママに、私は自分の気持ちを押し込めて言う。
「ママは仕事に行ってきて。涼太は私が見てるから」
「そう? でも綾香も大槻君のお見舞いに行きたいでしょう?」
心配そうに私を見てママが言う。
けど、こればかりはどうしようもない。社長であるママが、直接会社に行かないといけないという事は、かなり重要な事のはずだから。
ここは、私が我慢しなければいけない。
「そうだけど……明日は? ママ家にいる?」
「そうねぇ……うん、明日は大丈夫よ。リモートで対応できるわ」
ママはタブレットを鞄から出して、スケジュールを確認して言う。
「なら、明日お見舞いに行く」
そう言う私に、ママはとても申し訳なさそうな表情をする。
「じゃあ今日は会社に行くわね。ごめんなさいね」
「ううん。大丈夫」
私はママを玄関で見送った後、小さく溜息を吐く。
「はぁ、ごめんね大槻君。明日は必ずお見舞いに行くから」
自分に言い聞かせる様に、私は小さく呟いた。
その日の夕方、大槻君の代わりにきた家事代行の人は、中年の女性の人で、すごくベテラン感のある人だった。
すごくテキパキと掃除をして、料理も手際よくそして美味しく作ってくれた。
文句の付け所が一切ない完璧な仕事だった。
なのに私は、その人が完璧な仕事をするたびに、何故だか気分が落ち込んでしまう。
本当だったら、大槻君がしてくれるはずの仕事を何だかその人に取られちゃってる気がして。
涼太も、大槻君ではなくて違う人が家事代行できたから、少し戸惑っている様な感じで、大槻君がきた時に比べてかなり静かだった。
いつも『おにぃちゃん!』と言ってはしゃいでる姿が嘘みたい。
やっぱり東條家の家事代行は、大槻君じゃないとダメなんだって再認識した。
その日は気分が晴れないまま、悶々とした一日を過ごした。
頭の中は、大槻君のことで一杯になっちゃってる。
風邪、良くなってるかな? それとも悪化してるかな?
そんな事を延々と考え続ける1日だった。
そして次の日。
朝早くから目が覚めた私は、すぐ出かけられる様に身支度を済ませた後、ずっとスマホと睨めっこをしていた。
まだメッセージを送るのには早すぎるよね? 大槻君が寝てたら起こしちゃうよね?
そんな事を考えながらスマホを見ていると、ホーム画面に大槻君からメッセージが届いたという通知が表示される。
私は反射的にその通知をタップして、大槻君のメッセージ内容を確認する。
――すみません、やっぱり今日も体調が良くならないので、家事代行には行けないです。申し訳ありません。
最初と最後に2度も謝っている大槻君。
風邪を引く原因を作ったのは私なのに……。
そのメッセージを見て再び罪悪感を感じる。
私は昨日の失敗を踏まえて、メッセージを送る。
――やっぱりお見舞いに行かせて? 大槻君が風邪を引いたのは私のせいでもあるし
すると少し時間を置いてから返事が返ってきた。
――東條さんのせいじゃないですよ。自分の体調管理が出来てなかっただけです。東條さんは悪くないですよ。
やっぱり予想通り、大槻君からは私を気遣う優しい内容のメッセージが送られてきた。
私は昨日一日中考えていたメッセージ内容を大槻君に送る。
――でも、大槻君の体調も心配だし……お見舞いに行っちゃダメかな? 迷惑なら、行くのはやめるけど……
メッセージを送ったあと、私はドキドキしながら返事を待つ。
時間にして約1分。
大槻君から返事が来る。
とても長く感じた待ち時間を経て、私は大槻君のメッセージ内容を確認する。
――すみません、それじゃあお願いします。家の住所送りますね
メッセージの後に大槻君の家の住所も送られてきた。
それを見た瞬間、私はダッシュで部屋から出てリビングに向かう。
「ママ! 大槻君のお見舞いに行ってくる!」
かなりの勢いでリビングに突入して、結構大きめな声で言ったから、ママは少し驚いた顔をしてる。
「わかったわ。今日は私もちゃんと一日家に居れるから、大丈夫よ。大槻君にお大事にって伝えておいてね」
「うん! わかった!」
私は玄関へと向かいながらママに返事をする。
背後からママの微笑む様な笑い声が聞こえた気もするけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない!
私は家から出た後、半分駆け足になりながらまずはスーパーに向かう。
大槻君に差し入れをするためのフルーツやゼリーを買うためだ。
できる事なら昨日のうちに買っておきたかったけど、やっぱりフルーツは新鮮なものを大槻君に食べて欲しかったから、お見舞いに行く直前に買うことにした。
スーパーに着いて早速私はフルーツを吟味する。
林檎が赤くなると医者が青くなるって言うくらいだから林檎は絶対に買わないと。それと、桃も買っておこうかな? 葡萄とかもいいかも。
いくつかの種類のフルーツを買った後、私はお会計を済ませて袋詰めをする。
すると、足元に玉ねぎが一つ転がってきた。
「あれ? 玉ねぎ?」
首を傾げながらその玉ねぎを拾うと、少し離れたところで袋詰めをしていたお婆さんが私に頭を下げながら小走りで駆け寄ってきた。
「ごめんなさないねぇ、ネットが破けてしまって」
お婆さんの言葉に、私が辺りに目を向けると、いくつかの玉ねぎが床に散乱していた。
「大変! 大丈夫ですか?」
私は床に散らばっている玉ねぎを拾い集めると、それをお婆さんに手渡す。
「あらあら、ご親切に有難うございます」
お婆さんは丁寧にお辞儀をしながら、玉ねぎをエコバッグに詰めていく。
そのエコバッグを見て、私は少し首を捻る。
なんか、このエコバッグどこかで見た様な……。
淡いピンクの生地に、とても可愛らしいクマの刺繍が施されているエコバッグ。
なかなか珍しいデザインだから、一度見たらそうそう忘れる事はないと思うけど……。
何とも可愛らしいデザインのエコバッグについて思い出そうとする私の脳内にパッとある記憶が蘇る。
「あ! 大槻君のエコバッグだ!」
私がそう言うと、お婆さんが「おや?」と反応を示す。
「もしかして晴翔のお友達の方でしょうか?」
「あ、えと……友達というか、同じクラスメイトです」
私、大槻君と友達でいいのかな? でも映画にも行ってどうぶつの森公園にも行ってるから、友達ではあるよね?
悩む私に、お婆さんはとても丁寧なお辞儀をする。
「そうですか。いつも晴翔がお世話になっています。わたしは晴翔の祖母で御座います」
「あ、いえいえ! わたしこそいつもお世話になっています! 私、東條綾香と言います」
まさかの大槻君のお婆ちゃん!
私はびっくりしながらも慌てて頭を下げて自己紹介をする。
頭を下げた時に、スーパーの窓から差し込む日差しに少し目が眩む。
うぅ、眩しい。
日差しに目を細めながら顔を上げると、大槻君のお婆ちゃんが何故か驚いた様な、それでいて凄く嬉しそうな顔をしていた。
「あの、綾香さんは最近、晴翔と映画を見に行きましたか?」
「え? あ、はい。観に行きました」
私がそう返事をした後、大槻君のお婆ちゃんの表情がパァーと華開いたかのような笑顔になる。
わぁ、大槻君のお婆ちゃんの笑顔すごく可愛い!
そんなホッコリとした私の耳に、衝撃的な発言が飛び込んでくる。
「もしかして、綾香さんは晴翔とお付き合いをされてますか?」
「え? えと……はい」
あ……反射的に“はい”って答えちゃった……
よ、欲望が! 大槻君に対する想いが漏れちゃったよ……
早く誤解される前に、言い直さないと。
私は大槻君のお婆ちゃんに言い直そうとする。
でも、その前に大槻君のお婆ちゃんが、それはそれはとても弾んだ声で、ものすごく嬉しそうに言う。
「まぁ! まぁ! やっぱりそうだったのね! 晴翔から聞いてた特徴と一緒だもの!」
「え? 特長? え?」
「晴翔ったら! こんなにも可愛らしい彼女さんを作って!」
「あ、あの……すみません。実は私…」
「あぁ、ごめんなさいねぇ。おもわず興奮してしまって。晴翔から最近彼女が出来たって聞いたばかりのものですから」
「あ、そうなんですね…………っえ!?」
ど、ど、どういう事ッ!?
大槻君に最近彼女が出来たっ!?
嘘……私、失恋しちゃったのかな……?
突如、心の中に大きな穴が空いた様な、今までに感じたことが無い程の虚無感に私は襲われる。
大槻君、彼女出来たんだ……それも私にそっくりな……ん?
……私の特徴にそっくりな? ……んん?
「おとといは一日晴翔とお付き合いして頂いて、有り難うございます」
「あ……はい……はい?」
え? おととい?
おとといってどうぶつの森公園に行ってた日だよね?
大槻君は私とずっと一緒にいたよね?
……え? どういう事? え? もしかして大槻君の彼女って私の事? え? え!? えぇっ!?!?
パニック状態になってる私に、大槻君のお婆ちゃんが再び丁寧にお辞儀をしてくれる。
「改めまして、いつも晴翔がお世話になっています」
「あの……こちらこそお世話になってます?」
「本当に、お人形さんみたいに可愛い子ねぇ」
「あ、あはは……」
ニコニコと楽しそうに笑う大槻君のお婆ちゃん。
私も取り敢えず一緒に笑う。
……いつのまにか大槻君の彼女になっちゃった……?
……や、やったー?
て、喜んでいいのかな? え? 本当にどういう事? 大槻君のお婆ちゃん、私を誰かと勘違いしてる? ……でもそんな感じじゃないよね?
わ、分からない!
今の状況が全く分からない!!
私が大槻君の彼女ってどういう事なのッ!?
綾香の晴翔に対する想い: どう言う事なの大槻君ッ!?
お読みくださり有難う御座います。




