第三十話 草食動物にはご注意を
どうぶつの森公園に着いて早々、まさか愛について語るとは思ってなかった晴翔。
彼は先程の自分の発言を思い返し、内心で羞恥に悶える。
(結婚するのには愛が必要って……うがあぁ……)
表面的には平静を保ちながらも、心の内は悶絶してのたうち回っている。
涼太を納得させるためとはいえ、思春期ど真ん中の高校男児が愛について語るのには少しメンタルダメージが大きかった。
しかも、その内容を同じクラスメイトの女子に聞かれるという、オプション付きである。
(東條さんはどう思ってるんだろ……?)
晴翔はすぐ隣を歩く綾香をチラッと横目で見る。
パッと見た感じでは、不快そうにしている感じでは無い。
どちらかと言うと、先程から笑みを絶やすことなく、楽しそうにしている。
彼女の内心は計り知れないが、取り敢えず表面上は特に何とも思ってはいない様だ。
その事に、晴翔は少しだけホッと安心する。
と、そこに少しイタズラっぽい表情を浮かべた綾香が、ニッと笑いながら晴翔に言う。
「大槻君は、私と結婚……したいんだね」
「あ、いや、その……あれは、涼太君を説得するためで……」
綾香が冗談で言っていると分かっていても、それでも晴翔は言葉に詰まってしまう。
そんな彼の様子に、綾香は嬉しそうに笑う。
「ふふ、うん。知ってる」
そう言い、再びイタズラっぽい笑みを浮かべる綾香。
少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、とても楽しそうに笑う。そんな彼女を可愛いと思ってしまう晴翔。
今日の綾香も、相変わらずの美少女っぷりを発揮していて、道ゆく人達の視線を集めている。
前回の映画デートの時の女の子らしい服装と違って、今回はジーンズにTシャツという動き易さ重視のボーイッシュな服装をしている。
その服装もとても彼女に似合っていて、逆に似合わないファッションなんてないんじゃ無いかと思ってしまうほどである。
そんな、夏の日差しに負けないくらいに可愛らしい綾香から、少し視線を逸らして晴翔は苦笑を浮かべる。
「まぁ、俺は綾香さんとは釣り合いませんしね」
愛なんてものを語ってしまった気恥ずかしさも紛わす様に、少しおどけた様に晴翔が言う。
すると、思いの外強い反発が綾香から返ってきた。
「そんな事ないよ! 大槻君は掃除も出来るし、料理だって凄く美味しいし! それに、優しくて気遣いもできて、普通に旦那さんにしたいなって思うくらい魅力的だよ!」
「……えと……有難うございます」
急に力説し出す綾香に、晴翔が戸惑いがちに礼を言う。
すると、彼女は今度は顔を真っ赤に染めながら、視線を逸らして言う。
「あの……旦那さんにしたいって言うのは、別に私がとかじゃなくて……その、世間一般的にと言うか、女性目線から客観的に大槻君を分析した結果というか……」
綾香の言葉は、段々とか細く小さくなっていく。
そんな彼女に、晴翔は優しく笑いかける。
「ありがとうございます。綾香さんにそう言われると何だか自信が持てます」
「うん……うぅ……」
晴翔の言葉に、綾香は更に顔を赤くして俯く。
すると、姉の様子を心配した涼太が、心配そうに綾香の顔を覗き込む。
「おねぇちゃん大丈夫? 顔赤いよ? はい、これ水筒」
両手で水筒を持ち、綾香に差し出す涼太。
「あ、ありがとう」
綾香は弟から水筒を受け取り、気持ちを落ち着かせるために、グイッと水筒の冷たいお茶を飲み込んだ。
―…―…―…―…―…―…―
晴翔達はどうぶつの森公園で、最初に動物触れ合いエリアに向かった。
「おにぃちゃん見て! ウサギだよ!」
ネットで囲われた柵の中をピョンピョンと跳ね回っているウサギ達を見て、涼太が目を輝かせる。
その隣では、同じく目を輝かせた綾香が、手にウサギの餌を持ってはしゃいでいる。
「あ! こっちに来たよ! うわぁ! この白い子すごく可愛い!」
「確かにモフモフしてて癒されますね」
手渡しの餌をムシャムシャと食べている白ウサギの背中を撫でながら、とろける様な笑顔を浮かべる綾香。
美少女と小動物。
最強とも言えるその組み合わせに、晴翔は大きく頷きながら答える。
「おにぃちゃん! これ見て! ずっと鼻をヒクヒク動かしてるよ!」
視線を動かせば、そこには複数のウサギに取り囲まれて餌をせがまれている涼太の姿。
無邪気な子供と小動物。
その光景もまた、心がホッコリする様な尊いものである。
「ほら、涼太君。餌を欲しがってるからこれをあげて」
晴翔は自分が持っていた餌を涼太にあげる。
「見て見て大槻君! この子、私の後についてくる! 可愛いぃ! 連れて帰りたい」
先程撫でていた白ウサギが、移動する綾香の後ろをピョンピョンとつけている。
その様子に、彼女はメロメロになって再びしゃがみ込み、餌をあげながら白ウサギの背中を撫でる。
あの白ウサギは世渡りが上手なタイプだな。
そんな事を考えながらも、晴翔はウサギ達と戯れる東條姉弟に心の底から癒された。
動物触れ合いエリアには、ウサギの他にもポニーやミニ豚、ニワトリやモルモット、そしてヤギなどと触れ合うことができる。
モルモットエリアでは、白と茶色のモコモコしたモルモットを綾香が抱っこしてメロメロになり、ニワトリエリアでは、涼太が雄鶏に追いかけ回されて半べそをかいた。
そうやって、ひと通りの動物との触れ合いを堪能し、晴翔は大いに癒される。
「結構見て回ったね」
柵越しのポニーに人参をあげながら、綾香が言う。
「ですね。涼太君は楽しんだかい?」
「うん、楽しかった」
晴翔にそう返事をしながらも、涼太はチラチラと鶏エリアにいる雄鶏に警戒する様な視線を送る。
その雄鶏が「コケコケコケェッーー!!」と鳴き声を挙げると、涼太はすかさず晴翔の後ろに隠れる。
「次は芝生エリアに行って遊びましょうか」
「うん、そうだね」
晴翔は、自分のズボンの裾を掴んでいる涼太の頭を撫でながら言う。
晴翔の意見に綾香は頷くと、ポニーへの餌やりを終えて、リュックからどうぶつの森公園のパンフレットを取り出す。
「えぇと、ここが触れ合いエリアだから、芝生エリアは……」
パンフレットの地図を見ながら、綾香は向かう方向を確認する。
すると、パンフレットを餌と勘違いしたヤギが「メェ〜」と近付いてくる。
「おとと、これは餌じゃないよ」
綾香は慌ててヤギに背中を向ける。
「芝生エリアで遊んだら、そのままそこでお弁当を食べましょう」
「そうだね。そういえば、遊具の貸し出しにはフリスビーとかもあるみたいだよ」
「良いですね。バドミントンとかもありますね」
晴翔も綾香が広げているパンフレットを覗き込む。
「ね。涼太も次は芝生エリアでいいでしょ?」
「うん! 早く行こ!」
涼太の興味は既に芝生エリアでの遊びに移っているらしく、晴翔と綾香の手を掴んで軽く引っ張る。
「はいはい、分かったから」
綾香は苦笑を浮かべながら、広げていたパンフレットを畳む。
すると彼女の背後から再び「メェ〜」と鳴き声が聞こえてくる。
その鳴き声に、晴翔が視線を向けると、そこには綾香のTシャツの裾を何とも美味しそうに食べているヤギの姿があった。
「あ! 綾香さん! 服食べられてますよ!」
「え? あ!」
晴翔の言葉に綾香も後ろを振り返り、そこでヤギに服をしゃぶられている事に気がつく。
「ど、どうしよう」
綾香は軽く服を引っ張ってみるが、ヤギが服を離す気配は無く、相変わらずムシャムシャと彼女のTシャツの裾を食べ続ける。
そこに涼太が、姉を助けるためにヤギに近付く。
「こら! おねぇちゃんの服はご飯じゃないぞ!」
そう言いながら、涼太はヤギの口元の服をグイッと引っ張る。
するとヤギは、涼太を鬱陶しく思ったのか、綾香のTシャツを咥えたまま、顔を大きく逸らす。
「きゃっ」
グイッと服を引っ張られた綾香は、大きくバランスを崩して晴翔の方に倒れ込む。
「おっと……大丈夫ですか?」
晴翔は倒れる綾香を慌てて抱き抱える。
「う、うん……大丈夫……」
綾香は驚いた様に目を見開き、自分を覗き込む様に見下ろす晴翔をジッと見つめてしまう。
無言のまま抱き合う様な形になった2人をよそに、満足したらしいヤギは「ウンメェ〜」と鳴きながら去っていく。
「おねぇちゃん、服べしょべしょになっちゃったね」
「へ? あっ……そ、そうね」
涼太に言われた綾香は、ハッと我に返り抱き着いていた晴翔から慌てて離れる。
「服、着替えた方が良さそうですね」
少しだけ気まずそうに、晴翔が綾香のTシャツの裾に視線を向けて言う。
ヤギに食べられたところには、ベッタリと涎がついていて、クシャクシャとした皺にもなっている。
「確か、芝生エリアの近くに更衣室もあったはずなんで、ついでに着替えもしていきましょうか?」
「うん……そうしようかな」
もともと水遊びもする予定だったので、着替えは持ってきている。
晴翔達一行は、綾香の着替えも兼ねて動物触れ合いエリアを後にして、芝生エリアに向かう事にした。
お読み下さり有難うございます。
更新が遅くなり申し訳ありません。




