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家事代行のアルバイトを始めたら学園一の美少女の家族に気に入られちゃいました。【書籍化&コミカライズ】  作者: 塩本


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第百九十二話 新たな始まり

更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

 早朝の涼風が、開け放たれた窓から訪れ晴翔の頬を撫でる。

 彼の視線は、その風を辿るように窓の外へ。

 静かな住宅街は、柔らかな陽射しで色づき始めていた。


「そろそろ朝ごはんを作るか」


 参考書をたたみ、シャープペンを筆箱にしまった晴翔は、一つ大きな伸びをして立ち上がる。


「今日の朝ごはんは、何にしようかな」


 彼は、東條家の人達が喜んでくれそうな朝食の献立を思い浮かべながらキッチンへと向かう。


 冷蔵庫の中には、先日釣ったアジとイワシの切り身がまだ残っている。


「う〜ん、イワシはつみれ汁にしようかな。アジは……よし、ハンバーグにしよう」


 何を作るかイメージが固まったところで、早速調理の準備に取り掛かる。


 アジとイワシの切り身を冷蔵庫から取り出し、それと一緒に大根、ニンジン、ネギなどの野菜もキッチンに並べる。

 そして、イワシの切り身を細かくするのにフードプロセッサーを取り出したところで、綾香がやって来た。


「おはよう晴翔」


「おはよう」


「今日は早く起きたんだね」


 寝起きのふんわりとした雰囲気を纏いながら微笑む綾香。

 彼女は晴翔の隣に来ると、愛おしそうに彼の背中に腕を回し、緩く抱きつく。


「ありがとう。朝ごはんを作ってくれて」


「うん。なんかもう、ここで朝食を作るのが俺の中で日課になってるから」


 綾香から伝わる温もりに晴翔は微笑む。

 それと同時に、彼女の密着具合に鼓動が少し早くなり、先日言われた『あなた』という甘い響きが耳に蘇る。


「私も手伝うね。えーと……つみれ汁?」


 エプロンを身に付ける綾香の姿に視線を引き寄せられながら、晴翔は小さく相槌を打つ。


「うん、イワシのつみれ汁とアジのハンバーグにしようかなって」


「じゃあ、私がつみれ汁を作ってもいい?」


 先程出したフードプロセッサーに視線を向ける綾香に、晴翔は頷く。

 彼女の料理スキルは、清子の教えによって日々上達している。つみれ汁もきっと美味しく仕上がるだろう。

 綾香に任せた晴翔は、アジのハンバーグ作りに取り掛かった。

 切り身を包丁で細かく叩きミンチ状にしていく。隣では、綾香がつみれ汁に入れる野菜を切っていく。


 二人の包丁の音が混ざり合い、小気味良いリズムが刻まれている東條家のキッチン。

 そこに、修一が起きてやってきた。


「おはよう二人とも」


「おはようパパ」


「おはようございます……義父(とう)さん」


 まだ、ぎこちなさと照れ臭さが混じった晴翔の『義父さん』呼び。それでも修一は心底嬉しそうに相好を崩す。


「朝ごはんを作ってくれてありがとう晴翔君。綾香もね。今日の朝食はつみれ汁と……」


 晴翔は、自分の手元にワクワクとした視線が向けられているのを感じて口角を上げる。


「アジのハンバーグにしようかなと」


「おぉ! それは美味しそうだね。食べるのが楽しみだよ」


 上機嫌でダイニングテーブルに座る修一。

 綾香はスプーンでイワシの団子を作り終えると、父に尋ねる。


「ご飯ができるまでもう少しかかるけど、コーヒーとか飲む?」


「お願いしようかな」


「わかった」


 彼女は鍋に野菜を入れて煮込みつつ、電気ケトルでお湯も沸かす。


 晴翔はミンチ状にしたアジに、微塵切りの玉ねぎ、大葉を加えると、さらにそこに豆腐、おろし生姜、味噌、片栗粉を加えてこねる。


「へぇ、お豆腐を入れるんだね」


 修一のコーヒーを準備しながら、綾香は興味津々に覗き込んでくる。


「うん、豆腐が入ってた方がふんわり仕上がるんだよね」


 豆腐の粒がなくなるまで丁寧にこねた晴翔は、それを五つに分け大葉を巻きフライパンで焼いていく。

 ふわりと立ち昇る爽やかな香りに微笑む晴翔。隣でつみれ汁に味噌を溶かしていた綾香も「いい香り」と口元を緩める。


「お味噌はこのくらいでいいかな? ねぇ晴翔、ちょっと味見してもらってもいい?」


 そう言いながら、彼女は小ぶりなスプーンにつみれ汁をすくって晴翔の口元に運ぶ。


「あ、ちょっと熱いから冷ますね」


 『ふ〜ふ〜』と息を吹きかける綾香に、晴翔は自然と視線が釘付けになる。

 清子に料理を教わる時、彼女は言っていた。

『晴翔君の胃袋を掴んじゃうんだから』と。

 その未来は遠くないのかもしれない。そんなことを思いながら、晴翔は綾香が冷ましてくれたつみれ汁を味見する。


「うん、美味しいよ」


「ふふ、よかった」


 頷く晴翔に綾香はとても嬉しそうにはにかむ。

 とても可愛い反応を見せてくれる彼女に、晴翔は無性に照れ臭さを感じてしまい、視線を逸らす。


 そこに、娘が淹れてくれたコーヒーを飲んでいた修一が「ふむふむ」と満足げな表情を浮かべる。


「いやぁ、まさに新婚生活って感じだね」


「っ!?」


 修一の言葉に晴翔はピクッと反応する。

 

 晴翔と綾香の二人は、互いに支え合って人生を歩んでいくと決意し、それを修一と郁恵に伝えた。

 年齢の関係でまだ籍を入れることはできない。そのため、現状婚約という形ではあるのだが、修一の言ったことは、あながち間違えでもない。


 だからなのか、いつもは顔を赤くして「ちょっとパパ!」と文句を言う綾香も、恥ずかしそうに頬を赤くしているが、特に何も言わずに黙ってつみれ汁をお椀によそっている。


 晴翔は修一が放った言葉に「あはは」と笑みで応えると、大根をすりおろし焼き上がったアジのハンバーグにかける。そして、最後にポン酢を垂らして完成させた。


 ちょうどそこで、郁恵が涼太の手を引きながらリビングへやって来た。

 まだ眠たそうに目を擦っている涼太。しかし、キッチンから漂う朝ご飯の香りにパッと表情を輝かせる。


「いい匂いがする!」


「今日の朝ごはんは、イワシのつみれ汁とアジのハンバーグだよ」


「ハンバーグッ!? やったぁー!」


 大はしゃぎする涼太を郁恵が優しく鎮める。


「はいはい、早く顔を洗ってご飯を食べましょうね」


「うん!」


 涼太は弾丸の如く大急ぎで洗面所へと向かう。その小さな背中に郁恵が声を掛ける。


「ちゃんと綺麗に洗うのよ?」


「わかったー」


 すでに遠くから聞こえる声に、郁恵が「あの子ったら」と苦笑する。


「涼太君はいつも朝から元気ですね」


 リビングの雰囲気を一気に賑やかに変えた涼太。いつも明るく元気な彼の姿に晴翔はほっこりとする。その言葉に郁恵は「ふふ」と微笑むと、食卓に並べられた朝食に目を向けた。


「晴翔君、綾香。朝ごはんを作ってくれてどうもありがとう。とっても助かるわ」


「いえいえ、もう、その……皆さんも自分の家族ですので、家族にご飯を作るのは普通のことです」


 少し照れながら言う晴翔に、郁恵はにっこりと笑顔を向けた。


「そうね。私達はもう家族よね。だから、いつでも私や修一さんに甘えていいのよ?」


「それは……えと、大変な時や辛くなった時は、甘えさせていただきます」


 若干視線を泳がせながら答える晴翔に、郁恵は「遠慮しないでね」と茶目っ気たっぷりにウィンクする。


「もう、ママ。晴翔を朝から困らせないで」


 ご飯をダイニングテーブルに運びながら、綾香が母に文句を言う。


「あら、これは親子の大事なコミュニケーションよ?」


「はいはい、わかったから。ママもご飯運ぶの手伝って」


「うふふ、はーい」


 郁恵は娘の言葉に素直に頷いて、楽しそうな表情で朝食を運ぶのを手伝った。


 涼太が洗面所から戻って来て全員が揃ったところで、朝食を食べ始める。

 早速涼太はアジのハンバーグに箸を伸ばし、一口食べると「おいしっ!」と目を輝かせ次々と口に運ぶ。

 まるで、ひまわりの種を口に目一杯詰め込んだハムスターのようになっている涼太。

 アジのハンバーグが大好評で良かったと晴翔が喜んでいると、つみれ汁を飲んでいた修一が話し掛けてきた。


「そういえば晴翔君。清子さんの仕事とちょっと関係する話になるんだが」


「はい」


 真面目な話になりそうだと、晴翔は一旦箸を置いて修一の方を向く。


「今日君が朝食を作ってくれたのはとても嬉しいし、朝からこんな美味しいご飯が食べられるのは幸せだよ。けど、もし清子さんが入院している間の代わりを務めようとしてくれているのなら、そこは気を遣わなくてもいいからね」


 修一は優しく柔らかい表情で晴翔を見る。


「君が、私達の家族の一員として家事を手伝ってくれるのは本当に嬉しいし助かる。しかし、我が家の家事をこなすことを義務だとは思わないでくれ。さっき郁恵も言っていたが、いつでも私達に甘えてくれていいからね?」


 修一に続いて郁恵も晴翔に言う。


「私も晴翔君や綾香に頼りっぱなしだと、料理の腕が鈍っちゃうわ」


「ということだから。ま、ここを本当の自分の家だと思って、気を遣ったりせずに肩の力を抜いて生活して欲しいと思っている」


 そう締めくくる修一に、晴翔は込み上げる嬉しさで口角を上げる。


「ありがとうございます。では、勉強などが忙しい時などは甘えさせてもらいます」


「うむ。無理はしないようにね。綾香もね」


「うん、ありがとうパパ」


 晴翔は改めて、東條家の優しさを感じ、この家族の一員になれたことの幸せを噛み締める。

 

 朝食を終え、晴翔が綾香と一緒に洗い物をしていると、スーツに着替えた修一がリビングに戻って来た。

 普段よりも早く仕事に行く準備をしている父に、綾香が首を傾げる。


「あれ、もう会社に行くの?」


「今日は朝から大事な会議が入っていてね。それの確認を会社でしたくて」


「そうなんだ。お仕事頑張ってね」


「うむ。綾香と晴翔君も学校を楽しんで。涼太も保育園で目一杯遊んできなさい」


 それぞれの家族に言葉を掛ける修一に、晴翔は一旦皿洗いの手を止める。


「いってらっしゃい義父さん」


「いってらっしゃーい!」


 涼太も手をブンブン振って全力で父親を仕事に送り出す。

 最後に、郁恵が修一の鞄を手渡す。


「いってらっしゃい。あなた」


「うん、行ってくるよ」


 修一はスッと郁恵の腰に手を回し、軽く口付けをしてから「それじゃ」とリビングから玄関へと向かった。

 そのやり取りを見ていた晴翔は、やはり東條夫妻は仲が良くて理想の夫婦像だなと思いつつ、隣の自分の婚約者の方にチラッと視線を向ける。

 すると、綾香は皿洗いのスポンジを手に持ったまま、ジッと郁恵のことを見詰めていた。そして、ジャーという蛇口から流れる水音に交じって「一般的な夫婦は……」などという呟きが聞こえてきた。


 皿洗いを終えると、晴翔は制服に着替えて学校に行く準備をする。

 綾香も少し遅れて制服姿になってリビングへやって来た。


「じゃあ、ママ。私達も学校に行ってくるね」


「はーい。気を付けていくのよ」


「おにいちゃん、おねえちゃんいってらっしゃい!」


 郁恵と涼太に見送られ、晴翔と綾香は玄関へ向かう。

 そして、晴翔が靴を履いていると、ふと名前を呼ばれた。


「ねぇ、晴翔」


「ん?」


 彼が足元から視線を持ち上げると、そこには若干頬を赤くした綾香がモジモジとしていた。


「その、婚約したってことは、私達は夫婦になるんだよね?」


「そう、だね」


「なら、夫婦らしいことをするのは普通だよね?」


「……そう、だね」


 恥じらいを含んだ様子で話す綾香に、晴翔は強い既視感を覚える。

 あれは、まだ二人が出会った夏休みの頃、偽の恋人を演じることになった時。

 彼女がよく口にしていた言葉。

 『普通の恋人なら……』。

 恋人の練習で、散々理性を苦しめられたフレーズ。

 それが『普通の夫婦なら……』にバージョンアップして再来するのでは。

 そんな予想が晴翔の頭をよぎる。


「それなら、お出掛け前の挨拶をしないといけないよね。それが普通の夫婦だもんね」


 見事予想的中。

 そして晴翔は「……だね」と頷く。


「修一さんと郁恵さんもしてたしね」


「だよね!」


 自分の意見に賛同を得られて、綾香はぱっと表情に花を咲かす。


「じゃあ、その……いくよ?」


「う、うん」


 不意打ちも心臓に悪いが、事前告知もなかなかに心臓に負担がかかることを知った晴翔。

 そこに、綾香がスッと身体を寄せてきた。


「い、いってらっしゃい。あなた」


「っ……い、いってきます」


 昨日に続いて二度目の『あなた』呼び。まだまだ慣れる気配がない晴翔は、早まる鼓動を感じつつ、可愛過ぎる将来の嫁から視線を逸らす。が、綾香は晴翔に身体を寄せたまま動こうとしない。

 どうしたのかと、視線を彼女に戻す。


「……ん」


 少し顎を持ち上げ、何かを求める視線を投げ掛ける綾香。

 晴翔は瞬時に何を求められているかを察し、同時に顔を真っ赤にする。だが、これをしないときっと彼女は動かないだろうと、彼は心を決める。


 さっと晴翔は綾香の腰に手を回し、軽く口付けを交わす。


 その瞬間、綾香は幸せに満ちた表情を見せる。

 晴翔は照れ臭さが上限に達し、少し上擦った声で綾香を急かす。


「ほら、綾香も靴を履いて。早く行かないと遅刻するよ」


「うん」


 晴翔に手を引かれ、彼女は嬉しそうにしている。

 その笑顔を見て彼は思った。


 どうか、綾香のイメージする『普通の夫婦』が世間一般的でありますように、と。

お読み下さりありがとうございます。


修一と郁恵のまるで呼吸をするかのような『いってらっしゃい』

晴翔と綾香のぎこちなさの塊のような『いってらっしゃい』

まだまだ先は長いですね。

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― 新着の感想 ―
インスリン投与が必要な方はいらっしゃいますか?
あぁ、これはクラスに無糖珈琲の自販機(料金東條家持ち)設置しないと駄目なやつだ。綾香が我慢できるはずがないから、みんな砂糖まみれ確実だね。
幸せがあふれてますね.女子のきゃぁぁぁぁぁーなシーン来るかな.楽しみです. 天使君の味覚すごいな.園児でアジバーグいけるってなかなかですよね.食育しっかりしてたんだなぁと感心してます. 作者さま 今更…
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