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家事代行のアルバイトを始めたら学園一の美少女の家族に気に入られちゃいました。【書籍化&コミカライズ】  作者: 塩本


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第百八十三話 もう、大丈夫

 目を覚ました清子のその後の回復は順調だった。

 意識を回復した次の日には、ICUからHCUへ移され、その2日後には一般病棟での入院となった。


 清子の意識が回復してからは、いつも通り学校に通っていた晴翔。

 しかし、今日は祖母の入院に必要な荷物を届けるために、昼で帰ることになっている。


 賑わう昼休み。

 晴翔が帰り支度をしていると、綾香がそっと近くにやって来た。


「私も、学校が終わったらお見舞いに行くね」


「うん、ありがとう。ばあちゃんに伝えておくよ」


 晴翔がにこやかに笑みを浮かべて言うと、綾香も同じように笑って頷く。

 そこに、心配そうな表情を浮かべた友哉と咲がやって来た。


「大槻君、1人で大丈夫? 私達に何かできることある?」


「ありがとう藍沢さん。でも大丈夫だよ。ばあちゃんの容態も、もう安定しているし平気だよ」


「そう、何か私達にできることがあったら言ってね」


 晴翔を気遣う咲に続いて、友哉も口を開く。


「なぁ、色々落ち着いたら俺もお見舞いに行ってもいいか?」


「もちろん。きっとばあちゃんも喜ぶよ」


 良き友の言葉に、晴翔は表情を綻ばせながら学校を後にした。

 

 清子の入院の荷物を持って病院に来た晴翔は、そのまま祖母の病室へ向かう。


 現在清子は、四人部屋の一般病棟にいる。

 晴翔は他の人の迷惑にならないように、少し声を落として祖母に声をかける。


「ばあちゃん、荷物持って来たよ」


「ありがとうね」


 清子は晴翔が来ると、ベッドから上体を起こしてにっこりと笑った。


「体調はどう? 変わりない?」


「大丈夫だよ。お医者様の検診でも、問題無しって言われたよ」


「そっか、それは良かった」


 晴翔は持って来た荷物をベッド横の棚にしまいながら、安堵の笑みを浮かべる。


「学校が終わったら綾香も来るって」


「そうかいそうかい、ありがたいねぇ」


 綾香がお見舞いに来ると聞いて、清子はとても嬉しそうにする。


「今回の件、東條さんには大変にお世話になってしまったね。落ち着いたらしっかりとお礼をしないとね」


「そうだね」


 晴翔は頷きながら、そっと清子の方を見る。

 一時は、いなくなってしまうかもしれないと思っていた、何よりも大切な人。

 集中治療室のベッドで眠る姿は、胸が締め付けられる光景だった。

 でもいまは、こうして言葉を交わし、笑顔を見ることができる。


「ばあちゃんが目を覚ましてくれて、本当に良かった」


 少し頬が痩せてしまったが、以前と変わらぬ祖母の姿に、晴翔は心の底から安堵の言葉を漏らす。

 その様子を見て、清子は孫を安心させるように、静かな声音で言う。


「まだまだ、晴翔を独りにはしないよ。大丈夫だよ」


 顔の皺を深くして言う祖母。


「ばあちゃん……」


 自分のために、必死になってくれる祖母。

 常に柔らかな笑みで、晴翔の居場所になってくれている。彼に残された唯一の家族として、心の拠り所になってくれる。

 腰が悪くなっても、大学に行かせると体に鞭打って働いてくれている。

 間違いを犯してしまった時は、厳しく叱ってくれる。

 無条件に愛情を注いでくれる、偉大な存在。


 晴翔は心の底から願っている。

 いつまでも、ずっと元気でいて欲しい。別れの時なんて来てほしくない。


 しかし、今回の一件で彼は痛感した。


 その時は必ず来ると。


 そして、どれだけ覚悟をしていても、どれだけ心を強くしようとも。

 どれだけ『独りでも大丈夫だと』自分自身に言い聞かせても。

 それは、晴翔にとって耐えられるものではない。

 それが、今回の件で分かってしまった。


「俺は、ばあちゃんにいつまでも元気でいて欲しいよ。冗談抜きで不老不死になって欲しいくらいだよ」


「何を馬鹿なことを言っているんだい」


 晴翔の言葉に、清子は笑う。


 いま目の前にあるこの笑顔も、いつか思い出の中でしか見れなくなる時が来る。

 そう思うと、晴翔の胸は苦しいくらいにぎゅっと締め付けられる。


 しかし、それと同時にその苦しさを受け入れることも、いまの晴翔にはできる。


 以前までは、恐ろしい未来を想像して途方もない気持ちになるしかなかった。

 必死に『大丈夫だ』と自分自身を騙すように言い聞かせることしかできなかった。

 いつか来る『別れ』を拒絶し、目を逸らし、遠ざけようと必死だった。

 しかし、そうしようとすればするほど、逆に意識してしまい、その状況をどうにかしようと抗いもがき続けていた。


 晴翔はそっと手を伸ばし、ベッドにいる祖母の手を握る。


「ばあちゃんには長生きしてほしい。ずっと、側にいて欲しい……」


 晴翔にとって、清子を失うということは、途轍もなく恐ろしいことである。

 彼の心を蝕むその恐怖は、依然として心の中心にあり続けている。

 いままでは、それを必死に無くそうとしていた。

 心の外に追い出そうとしていた。


 しかし、それは間違いだったことに、晴翔は気付いた。


 いつか必ずおとずれる『別れ』と、それに対する恐怖。

 それは、拒絶するものではない。それも、自分自身の一部なのだと。


 その時はまだまだ先なのかもしれない。それとも、すぐそこまで迫っているのかもしれない。

 いつ『別れ』が来るのか、それは誰にも分らない。


 もし、その時が来たら、きっと自分は泣き崩れるだろう。

 涙が全て枯れ果てるまで、泣き続けて悲しみのどん底に落ちるのだろう。

 でも、それでいい。


 晴翔はこれまで、強くならなくてはいけないと自分に言い聞かせ続けていた。独りで生きていけるようにと。


 しかし、いまは違う。

 強くなくても、大丈夫だと思えた。


 『別れ』が来たら泣いてもいい。悲しみにくれて、起き上がれなくてもいい。

 大切な家族である清子との『別れ』に対して、強くある必要なんてない。

 弱いままでも、しっかりとそれを受け入れられる。


 そんな、弱いままの自分でいられる強さを晴翔は得ることができた。


「俺は、いつまでも、ばあちゃんと一緒にいたいよ」


 いつか必ずくる『別れ』の時。

 それがいつなのかと、ビクビクしながら時が過ぎるのに怯えるのは、あまりにも勿体ない。

 限られた大切な家族との時間。それを笑顔で過ごすためにも、晴翔は自分の心の中にある恐怖を包み込むように受け入れる。

 これも、自分の人生の大切な一部なのだと。


 そして、笑顔で言う。


「でもね……俺は、大丈夫だよ」


「晴翔……」


 少し驚いたような表情をする清子。

 その表情に、晴翔は笑みを向ける。


 清子との『別れ』は怖い。

 でも、悲しみに包まれても、独りにならない。

 側にいてくれる人がいる。一緒に悲しんでくれる人がいる。

 心を共有して、寄り添ってくれる人がいる。


 そして、一緒に立ち上がり、歩んでくれる。


 だから晴翔は、心の底から、清子に言葉を掛けることができる。


「もう、大丈夫」


 いつか来る『別れ』。

 その最期の瞬間まで、きっと笑顔で一緒に過ごせるから。


お読み下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いい話だなーと思っても、この人、倫理観ないんだよなあ…
今回の事で人の死について色々と考えさせられましたね... おばあちゃんがいずれ亡くなったとき、晴翔はある程度の心構えは出来たと思いますが、問題は涼太くんがどれくらい塞ぎ込むか?が少し気になりましたね …
復帰後の家事は気になりますね。ハルさんが代わりにというわけにもいかないでしょうから。続きをまちます。ところで天使君は空手始めたりしませんか?
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