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家事代行のアルバイトを始めたら学園一の美少女の家族に気に入られちゃいました。【書籍化&コミカライズ】  作者: 塩本


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第百八十二話 包まれて

「晴翔は独りにならないよ。私がずっとそばにいるから。あなたの隣に”家族“として」


 真っ直ぐに晴翔の瞳を捉えて、真剣な顔で告げられた言葉。

 その言葉に、晴翔は自分の心が優しく包み込まれるのを感じた。


 いままで心を蝕んでいた孤独や恐怖が、ふっと和らいだ。


「綾香……」


「大丈夫、私が隣にいるよ。明日も、これからも、ずっと……いつまでも」


 綾香の言葉には確かな力が込められている。

 彼女の言葉が嘘偽りのない、心からの言葉だということが晴翔にはわかる。


「ありがとう」


 独りじゃない。

 独りにならない。


 幼い頃に両親を亡くし、中学に上がるときに祖父を亡くし、そして今、唯一の家族になってしまった祖母すらも居なくなってしまうかもしれない。

 そんな恐怖に駆られている晴翔にとって、綾香の言葉は、とても大きなものだった。


「明日もちゃんと一日、清子さんが目を覚ますのを待っていられるように、ちゃんと寝ておこう?」


「そうだね。うん」


 綾香に言われて、晴翔はやっと布団の上で体を横にすることができた。


 しかし、瞼を下ろすとその先に広がる闇に、飲み込まれてしまいそうな恐怖を感じる。


 その時、布団に横たわる晴翔は、優しく柔らかい温もりに包まれた。


「側にいるからね。大丈夫だよ」


 耳元で囁かれる綾香の声。

 彼女は晴翔と一緒に布団に横になると、両手を広げて彼を抱き締める。

 ぎゅっと彼女の胸に抱き寄せられた晴翔は、温かい安心感に包まれる。


 幼い頃に両親を亡くした晴翔は、母に抱き締められた感覚を忘れかけていた。

 しかし、布団の中で綾香に抱き締められ、遠い記憶の奥底に埋まっていた、僅かしかない貴重で大切な母との触れ合いの記憶がほんのりと蘇る。


「独りじゃないからね。ずっと一緒にいるよ」


 耳の届く、柔らかく優しさに溢れた声。

 触れ合う身体から伝わる安心感。

 そして、彼女の胸から伝わる確かな鼓動。


 綾香から与えられるそれらは、晴翔の中にある恐怖を優しく和らげ、そっと眠りへと誘う。


 晴翔は、綾香の胸の中でやっと目を閉じ、眠りにつくことができた。


 綾香は、腕の中で眠る最愛の人を慈愛に満ちた眼差しで見つめ、やがて彼女自身もゆっくりと夢へと旅立った。


 翌朝、晴翔はカーテン越しに朝日が差し込むのを感じ、ゆっくりと瞼を上げる。


 すると、彼の視界一杯に、愛しい恋人の寝顔が広がった。

 綾香は、晴翔を包み込むように抱き締めながら静かに眠っている。


「綾香……ありがとう」


 晴翔の心は、孤独に囚われてしまいそうだった。

 しかし、綾香がずっとそばで寄り添っていてくれたおかげで、彼は自分自身と向き合うことができた。


 以前から晴翔の心の奥に巣くっていた恐怖。それは清子が倒れた瞬間、その時を待っていたかのように一気に増大し、あふれ出てきた。

 彼は飲み込まれそうになるのを必死に耐え、恐怖を押し退けようと必死だった。


 そんな時、東條家の優しさに触れ、綾香の愛情に包まれ、晴翔は恐怖を受け入れることができた。

 あまりにも巨大過ぎる恐怖に抗おうと必死になるあまり、彼にはその恐怖しか見えていなかった。だが、それを受け入れたことで、心にゆとりができた。

 唯一の家族を、清子を失うという恐怖の他に、彼女が無事に目を覚ますという希望を持つことができた。

 再びみんなで食卓を囲み、笑顔あふれる時を過ごしたいと望むことができた。


 そんな強さをくれた最愛の恋人。

 晴翔はそっと隣で眠る綾香を抱き締めた。


「んぅ……晴翔?」


「おはよう綾香」


 晴翔がそっと声をかける。

 綾香は、まどろみの中で何度か瞬きを繰り返す。そして、布団の中で晴翔に抱き締められ、また彼女自身も彼を抱き締めているという状況に、さっと頬を赤らめた。

 しかし、それはほんのわずかの瞬間で、すぐに綾香は気遣う視線を晴翔に向ける。


「おはよう晴翔。よく眠れた?」


「うん。綾香のおかげでちゃんと眠れたよ」


「よかった」


 綾香は安堵の微笑と共に、うれしそうな表情になる。

 晴翔は、自分のことを心から心配して寄り添ってくれる彼女に、感謝の気持ちと愛おしさを込めて、もう一度抱き締める。

 抱き締められた綾香は、少しくすぐったそうに目を細める。


「ん……じゃあ、起きて清子さんのところに行こ」


「うん。そうだね」


 二人は布団から起き上がると、身支度をして病院に向かう準備をした。


 病院へは、再び修一が車を出してくれた。

 晴翔に対して息子同然のように接してくれて、なおかつ仕事よりも優先してくれる修一に、晴翔は心からの感謝を伝える。


「修一さん。ありがとうございます」


 運転席に向かって言う晴翔に、修一はハンドルを握りながら微笑む。


「晴翔君も清子さんも、もう家族同然だからね。仕事よりも家族を優先するのは、当たり前のことだよ」


 晴翔の感謝に、修一は当然のことのように言葉を返す。

 それに対して綾香も大きくうなずく。

 彼女も「そばにいたい」と言って、晴翔と一緒に学校を休んでくれた。

 

 晴翔は心から思った。

 夏休みに家事代行のアルバイトをしてよかったと。

 初めてのお客さまが東條家でよかったと。


 病院についてからは、集中治療室の面会時間まで待合室で時間をつぶす。

 そして、お昼の一回目の面会の時間になる。


 再び訪れた集中治療室の面会室。

 清子は変わらずガラスの向こうで、たくさんの医療器材に囲まれて眠り続けていた。

 晴翔はゆっくりと、面会室と治療室を隔てているガラスへと近づいた。


「ばあちゃん……」


 静かに目を閉じている清子。

 晴翔の耳に、無機質なモニター音が響き続ける。


 そこに、そっと綾香が隣に寄り添って、晴翔の手をぎゅっと握り締めた。


「清子さん、目を覚ましてください。みんな、待ってますよ」


 ガラス越しの祖母に声をかける綾香。


「私、まだ清子さんに教えてほしいことがたくさんあるんです。お料理だって、編み物だって、まだまだ一杯教えてほしいんです。だから、お願いします」


 切実に話しかける綾香。

 そんな恋人の横顔を見た晴翔は、彼女と一緒に清子に視線を向ける。


 返事をくれない。反応のない祖母の姿に、晴翔の心の恐怖が暴れだそうとする。

 しかし、それは東條家がくれた温もりが優しくなだめてくれた。


 やがて、面会時間の終了を伝えに看護師がやって来た。


 晴翔はもう一度、ガラスに手を添え清子に伝える。


「また来るからね。ばあちゃん」


 面会室を後にした晴翔たちは、再び待合室に戻って来た。

 清子が目を覚まさなかったことに、晴翔がショックを受けていないか心配している修一は、彼を励ますように言う。


「高齢な方の手術だと、術後の麻酔から意識が回復するのが遅れるのは、よくあることらしいんだ」


「そうなんですね」


「うむ。だからきっと清子さんも大丈夫だよ」


「はい、そうですね」


 昨日までの晴翔は、誰から何を言われても、心は恐怖と不安、孤独感で一杯だった。

 しかし、修一の頼もしさに支えられ、郁恵の優しさに抱き締められ、涼太の想いと願いに救われ、綾香の愛情に包まれたいま。

 晴翔は、しっかりと心の中の、恐怖の中にある希望を見つめることができる。


「きっと……きっと、ばあちゃんは目を覚ましてくれます」


 笑みを浮かべてはっきりと断言する晴翔を見て、修一も力強く頷いた。


 その後、コンビニで買ってきた昼食を少し食べながら、静かな時間を待合室で過ごす。

 時折、修一は会社に電話をするために待合室から出て行くが、それ以外に大きな動きはない。


 晴翔は、隣で寄り添ってくれている綾香と一緒に、次の面会までの時間を数えていた。

 とその時、部屋の外から少し大きな足音が聞こえてきた。そしてすぐに、看護師が一人待合室に入って来た。

 看護師は待合室をぐるっと見渡すと、晴翔を視界に捉え、そしてニコッと笑みを見せた。


「お祖母様の意識が回復しました」


「っ!! 本当ですかっ!!」


 看護師の報告に、晴翔は座っていたソファから勢いよく立ち上がる。


「はい、面会室にご案内します」


「は、はい! お願いします!」


 晴翔は隣の綾香と顔を見合わせてから、逸る気持ちを抑えて案内をしてくれる看護師の後をついて行く。

 そして、面会室に入りガラスの向こうに目を向ける。

 そこには、医師と看護師に囲まれバイタルチェックを受けている清子の姿があった。


「ばあちゃん!!」


 晴翔は面会室に入るや否や駆け出し、少しでも祖母の近くに行こうとする。

 そして、ガラスに両手を添え、もう一度大きな声で言う。


「ばあちゃんっ!!」


 今まで何度も声を掛けても、何も反応することなく、静かに眠り続けていた清子。

 しかし、今回は晴翔の呼びかけにしっかりと反応した。

 医師の方を向いていた彼女は、ガラス越しに微かに聞こえる晴翔の声に応え、ゆっくりと顔を動かす。

 そして、愛する孫と目が合うと、顔の皺を深くして微笑んだ。


 大切な家族の笑顔を見た瞬間、晴翔の心は安堵で満たされた。そして、それは喜びとなって彼の瞳からあふれ出した。


「よかった……よかったよ……」


 溢れ出る涙を手の甲で拭う晴翔。

 そこに、少し遅れてやって来た綾香が優しく晴翔を抱き締めた。


「やった! やったね晴翔! またみんなで一緒に暮らせるよ!」

「うん! うんっ!!」


 晴翔は綾香を抱き締め返し、彼女と喜びを分かち合う。

 そんな二人から一歩離れたところで、修一は安堵の息を吐きながら、微笑とともに呟いた。


「これで、ちゃんと”家族”全員が揃ったね」



 

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― 新着の感想 ―
清子さん目を覚ました ほんとによかった 次回も楽しみにしてます‼️
2025/09/04 18:50 コーヒーを飲まねば
よかった(T ^ T)
清子さん目を覚まして本当に良かった。 皆の想いが通じた結果と清子さん本人の強い意志が生還したのだと思いますよ。やっぱり孫の顔をみるまでは長生きするという気持ちも強くしたのかもしれませんね。 晴翔君がこ…
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