第百七十四話 それぞれの想い
一通り人気アトラクションに乗り終えた晴翔達は、遊園地の中央広場で、次どうするかを話し合う。
「またジャイアントスパークマウンテンに乗る?」
「私はもう一度アクアマウンテンに行きたいかもです」
咲が全員に問い掛けると、雫が自分の要望を言う。
「うーむ、綾香達はどうする?」
「あ、私達はちょっと涼太を連れて、キッズワールドに行こうかなって」
綾香はそう言って晴翔と目を合わせる。
晴翔達が来ている遊園地は、エリアごとにアトラクションの特徴がある。そして『キッズワールド』は子供向けのアトラクションが集められたエリアとなっている。
綾香に対して小さく頷いた晴翔は、石蔵の方を向く。
「カズ先輩達はどうしますか?」
「まぁ、俺らも一緒に行っても良いが……」
キッズワールドには、大人も乗れるアトラクションがあるにはある。しかし、子連れを想定したアトラクションとなっているので、石蔵達には少し物足りないものとなってしまう。
「一旦別行動をして、また後でこの広場に集合しますか?」
そう晴翔が提案すると、石蔵が頷く。
「だな。そっちの方がいいか。みんなはどうだ?」
「賛成でーす」
「いいんじゃないっすか」
「ふむ、子豚耳カオス大魔神の面倒は私がみておきましょう」
別行動に全員が賛成したところで、晴翔は綾香と一緒に涼太を連れてキッズワールドに向かうことにする。
「じゃあ、また後で」
涼太を挟んで並んで歩く晴翔と綾香。その後ろ姿を眺めて、雫がボソッと呟く。
「幸せ家族の光景」
「もう確実にあの二人は結婚までいきそうだよなぁ」
雫の呟きに、友哉が確信めいた言葉を重ねる。それに咲が笑う。
「修一さんも郁恵ママも大槻君を気に入ってるしね。もう、東條家が大槻君を逃さないよね」
「晴翔のやつ、完全に外堀が埋まってるな」
苦笑しながら石蔵は小さくなった晴翔の背中を眺める。
晴翔と綾香の将来が確実なものだという意見が一致したところで、咲が話題を自分達のことに切り替える。
「さて、それじゃあ私達はどうする? ジャイアントスパークマウンテン行く?」
「咲先輩はそんなにジャイアントスパークマウンテンに乗りたいんです?」
「あれ好きなのよね私。雫ちゃんはアクアマウンテン派?」
「です。でも待ち時間的に両方乗るのは難しいですし……カズ先輩はどっちがいいですか?」
ジャイアントスパークマウンテンかアクアマウンテンか。二つのアトラクションで悩む咲と雫は石蔵に意見を求める。
「俺はどっちでもいいが、友哉はどうだ?」
「俺もどっちでもいいっすね。てか、それなら俺らも別れて乗りたいやつに乗ればいいんじゃないっすか?」
「それもそうか」
「てことで藍沢さん。一緒にジャイアントスパークマウンテン行こっか」
にっと笑みを浮かべて言う友哉。
咲は一瞬だけ警戒するように身構えるが、雫と石蔵が並んで立っているのをチラッと見て「そうね」と頷いた。
「その方が合理的ね。じゃあ私は赤城君と一緒に行くから、雫ちゃんは和明先輩とアクアマウンテンね」
「む……分かりました。では、後でこの広場集合ですね」
「だね」
雫は一瞬無表情で固まる。そしておもむろに首を縦に振った。
こうして友哉と咲、石蔵と雫の二組に分かれ、それぞれのアトラクションに向かった。
友哉と咲から別れ、並んで歩く石蔵と雫。
「雫はアクアマウンテンが好きなのか?」
「最後の落ちるところのふわっと感がやみつきです」
雫は無表情のまま前を見つめて答える。石蔵はチラッと彼女を横目で見たあと、同じように前を見つめたまま、落ち着いた声音で言う。
「なぁ、雫」
「なんです?」
「今日の、デート……楽しいか?」
「……楽しいです」
「そうか」
「はい」
短い言葉を交わす二人。
そして、わずかな沈黙を挟んでから雫が石蔵を見上げた。
「カズ先輩は楽しいですか?」
相変わらず無表情のままの彼女の問い掛けに、石蔵は口元を柔らかく曲げる。
「お前と一緒なんだ。楽しいに決まってるだろ」
「む……言っときますが、そんなやっすい口説き文句は全然効きませんよ?」
「別に口説き文句のつもりで言ってねぇよ。俺の率直な感想だよ」
「……涼太君バリア発動です」
雫はそう言うと、涼太からもらったハート型のキーホルダーの片割れをまるで十字架のようにグイッと石蔵の方に押し出した。
「それ、バリアになってんのか?」
「なってます。涼太君の純粋無垢で神聖な心が、カズ先輩の邪悪な強面を封じ込めてくれます」
「邪悪な強面って、お前なぁ……」
石蔵は呆れたように苦笑すると、自分も涼太からもらったキーホルダーをポケットから取り出し、それを見詰める。
「まぁ、涼太君からのプレゼントだからな。なにかしらのご利益はありそうだ」
「幼子からの供物を見詰めて怪しく笑うカズ先輩。ふむ、まるで魔王そのものの凶悪さです」
すかさずイジってくる雫を石蔵は慣れたように「おうおう、そうだな」と軽く受け流す。
せっかくのイジリを流された雫は、ほんの微かに唇を尖らせた。
「でも、こういう人の多い場所では、カズ先輩と一緒にいるととっても楽です」
「そうか?」
「はい。カズ先輩を見た人達が自動的に避けてくれるので、ストレスなく人混みを突っ切れます」
「……ちゃんと俺に感謝しとけよ?」
「感謝感激です」
そんな会話を交わしながら、二人はアクアマウンテンに乗るための行列の最後尾に並んだ。
「180分待ちか、長ぇな」
「日曜日なのでこんなもんですよ」
かなり長い待ち時間を全く気にした様子もなく、雫は行列に並び石蔵の方を見る。その表情は、いつも通りの無表情でありながら、ほんの少しだけ目元が柔らかく笑っているように見える。
「180分もあれば、カズ先輩を余裕で討伐できそうです」
「討伐するな」
石蔵はそう言い返し、彼女の隣に立った。
「やっぱり何度見ても、カズ先輩のぶーちゃんカチューシャは圧倒的に似合わないですね」
「うるせ」
「それに比べて私のカチューシャは絶対的可愛いです」
「はいはい、そうだな。お前はいつでも可愛いよ』
「涼太君バリア発動!」
二人はとても長い行列の中、賑やかにゆっくりと進んだ。
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石蔵、雫ペアと別れた友哉と咲は、ジャイアントスパークマウンテンの行列に並ぶ。
「しっかしまぁ、本当に人が多いな。一体どこからこんなに人が集まってくるんだか」
「そりゃあ全国各地からでしょ。ここはいちばん有名な遊園地なんだから」
延々と続く人混みをぼんやりと眺めながら言う友哉に、咲も隣で同じ方向を見ながら答える。
友哉は「ふーん」と相槌を打ってから、違う話題に切り替える。
「和明先輩と雫ちゃんは上手くいくかな?」
「どうだろ。あの二人はこれまでの距離が近すぎよね」
「距離が近いのは良いことじゃん?」
「基本的にはね。でも、恋愛だとそうじゃない場合もあるかもしれないのよ」
少し進んだ行列に合わせて、数歩だけ前に進みながら咲が説明をする。
「ずっと親友の様な距離感でいて、その関係がすごく心地よくて、そんな相手がいきなり好きですって言ってきたら戸惑っちゃうでしょ?」
「ん〜? そうか?」
いまいちピンときていない友哉に、咲は「うーん」と少し悩んでから例を挙げる。
「例えば、私が赤城君と幼馴染だったとする。で、小さい頃からまるで兄妹のように接してきたとする」
「ふむふむ。なるほど?」
「そんな兄妹同然の私が、急に告白してきたら戸惑っちゃうでしょ?」
「いんや? YESっ! って即答するけど?」
咲の例え話に、友哉は首を傾げる。
「藍沢さんみたいな子が幼馴染で、しかも告白してくれるって、それもう人生勝ち組じゃん?」
「っ」
「戸惑う要素ゼロじゃね?」
「……ごめん、私の例えが悪かったわね」
咲は咄嗟に友哉から顔を逸らし、片手で口元を隠しながら早口で言う。
「?? まぁ、雫ちゃんと和明先輩は一筋縄ではいかないってことか」
「そゆこと」
とりあえず納得したようなことを言う友哉に、咲は短い言葉とともにコクコクと頷いた。
友哉は再び「そっか〜」とのんびりと呟いた後、ゆるく話題を変える。
「藍沢さんはさ? ハルと東條さんを見てると彼氏欲しいとか思ったりする?」
「なんで?」
友哉の質問に、咲は少し表情を引き締め、慎重に言葉を返す。
そんな彼女の雰囲気とは対照的に、友哉はまるで天気の話をするかのように、気楽に話を続ける。
「あの二人、常にニコニコじゃん? なんつーか、幸せオーラに包まれてるって言うかさ」
「あぁ、まぁ確かにそうね。大槻君の隣にいる綾香は常に幸せ一杯って感じよね」
「でしょ? なんかそんなのを間近で見せられるとさ、恋人っていいなぁ〜って、寂しい独り身の俺はそう思っちゃうわけですよ」
「そうね。あの二人を見てると、恋人がいるっていいなって思っちゃうわね」
「でしょでしょ?」
同意を示す咲に、友哉は嬉しそうに相槌を打つ。
「でも、それで彼氏欲しいと思うのは、ちょっと違うかも」
「というと?」
「綾香にとって、大槻君はドンピシャで理想の彼氏だったわけでしょ? こう言うとなんか恥ずかしいけど、綾香にとって大槻君はまさに『運命の人』だったわけよ」
「ほーん。確かに東條さんはハルにベタ惚れだもんなぁ」
晴翔と綾香の二人の様子を思い出しながら、友哉は頷く。
「今の綾香が羨ましいとは思うけど、それは厳密に言うと恋人がいることに対してじゃなくて、あそこまで心底好きになれる相手と出会えたことが、羨ましいって思ってる」
「なるほど。だから藍沢さんは、その辺の男を適当に捕まえて彼氏にしようとは思わないってわけか」
咲の言葉に、友哉は腕を組んで「ふむふむ」と頷き理解を示す。そんな彼に、咲が軽くツッコミを入れた。
「いやいや。適当に男を捕まえてとりあえず彼氏にしようだなんて、そんなことは今までもこれからも微塵も思わないし、できないから。そもそも、私は綾香ほど人気もないし、そんな簡単に彼氏なんてできないわよ」
「え? そっかな? 藍沢さんは普通にモテそうだけど?」
「はいはい、ありがと」
咲は友哉の言葉に適当に相槌を打ち、少し進んだ行列に合わせて前に進む。
その後を追いながら、友哉がポケットからハート型のキーホルダーを取り出し、咲に見せる。
「でもさ、涼太君からコレを貰ったから、近いうちに最高の恋人ができるかもしれない」
ニカッと笑いながら言う友哉に、咲は目を細める。
「……赤城君さ、このキーホルダーの意味、ちゃんと把握してる?」
咲も自分のポケットからキーホルダーを取り出し、友哉とペアになっているそれを彼に良く見えるように少し掲げて言う。
友哉は彼女の言葉の意図を汲み取れずポカンとした表情をした。
「え? 意味? 恋愛運上昇的な感じじゃないの? 恋愛成就のお守りみたいな」
「……はぁ、赤城君って軽そうに見えて案外ちゃんとしてる、と見せかけて実はただのアホだったり?」
「お? いきなりの罵倒? さては……ご褒美ですか!?」
「違うわよっ! 何よご褒美って! 変な性癖を暴露すなっ!」
「あははははは」
咲のツッコミに友哉は楽しそうにケラケラと笑う。そんな彼に「あはは、じゃないわよ」と咲は呆れながら、涼太からもらったキーホルダーを見詰めた。
「というか、こんなのはただの子供騙しよ」
「それ、涼太君が聞いたら悲しい顔しちゃうぜ?」
「涼太の前では口が裂けても言わないわよ」
「藍沢さんはジンクスとか縁起みたいなの信じないタイプか。リアリストってやつ?」
「そんな大袈裟なもんじゃないから。ただ、恋愛でのゲン担ぎとかはあまり信じてないだけ」
「そっか〜。でもさ、涼太君がくれたこのキーホルダーは、なんかご利益ありそうじゃん?」
友哉は無邪気な笑みでそう言うと、両手でキーホルダーを握り締め、それを掲げて祈りを捧げ始めた。
「天使涼太君よ! 哀れなこの俺の恋愛運を爆上げしてください!」
「なにしてんのよ」
咲は友哉の奇行に呆れながらも、面白そうに笑みを浮かべる。そして、彼とペアになっているハート型のキーホルダーをポケットに戻し、そのままきゅっと握り締めた。
「こんなの、ただのキーホルダーだって言ってるじゃない……」
ふんわりと笑みが浮かぶ咲の唇から漏れた言葉は、誰に聞かれることもなく人混みの中に溶け込んだ。