第百七十二話 トリプルデート開始
遊園地の入場ゲート前でレジャーシートを敷いて待つ晴翔達一行。
やがて、開園時間が近づいて人が多くなってくる。
「そろそろレジャーシートを片付けようか」
「だな」
周りがガヤガヤと賑やかになり、他の人達の邪魔にならないようにと晴翔は立ち上がって言う。
それに倣って石蔵も立ち上がって頷く。
いつの間にか自分たちの後ろに形成されている長蛇の列に、友哉は「ほえ〜」と間の抜けた声を上げた。
「マジで人凄いな。これ1番後ろの人とか開園しても入れないんじゃね?」
「日曜日だしね。今日は入場制限かかりそうね」
「さっすが夢の国」
友哉と咲の会話に、綾香は涼太に帽子を被せながら言う。
「人がすごく多いから。一人で離れちゃダメよ? わかった?」
「うん! おねぇちゃん手繋ご! おにいちゃんも!」
涼太は綾香と手を繋ぐと、空いているもう片方の手を晴翔へ差し出す。
晴翔は微笑みながら差し出された手を握り返した。すると涼太は、嬉しそうに繋がれた両手をブンブン振る。
微笑ましい光景を作り上げている晴翔達に、雫が「ふむ」と頷きながら言う。
「これからあの二人はハルパパとアヤママと呼ぶことにしましょう」
「あんまイジリ過ぎると、また怒られっぞ?」
二人のイジリネタを考えている雫に、石蔵は呆れながら注意する。
そうこうしているうちに、園内から楽しげな音楽が流れ始めた。それを聞いた瞬間、涼太はワクワクと瞳を輝かせて晴翔を見上げる。
「おにいちゃん、もう遊園地入れる?」
「そうだね。もうすぐ入れるよ」
晴翔がそう答えたタイミングで、入場ゲートの向こう側に遊園地のマスコットキャラクター達が手を振りながら登場した。その姿を見た瞬間、開園待ちをしていた人達から歓声が上がった。
大勢の人達が作り出す楽しさで溢れた空気は晴翔達一行を包み込み、皆の表情も自然と笑顔になっていた。
「まず初めはジャイアントスパークマウンテンに直行で良いんだよね?」
「うん。多分そことアクアマウンテンの待ち時間がいつも長くなるから、最初に行っちゃったほうがいいと思うんだよね」
咲が最初に向かうアトラクションを確認し、それに綾香が答える。
今日は日曜日ということもあって、人気のアトラクションはかなりの待ち時間が予想される。そのため、開園直後の待ち時間が少ないうちに人気アトラクションに乗っておこうという作戦である。
「パレードはスルーですよねアヤ先輩?」
「うん。場所取りとかしてると動けなくなっちゃうしね。パレードの時間はアトラクションの待ち時間が少し短くなるから、そっちを狙った方が効率がいいと思うの」
「りょ、です」
その後も園内の立ち回りを入念に再確認する女子三人。対する男子達は園内マップを覗き込んで食べ物の話で盛り上がる。
「おいハル! チキン食べようぜチキン! 美味そうじゃん」
「これも行列じゃないのか? 買うのに結構時間が掛かりそうだぞ?」
「ほぅ、ここの店はベイクドチーズケーキが食べられるのか。こういうところのケーキはどんな感じなのか気になるな」
食べ歩きできるパークフードにテンションを上げる友哉に、晴翔は冷静に待ち時間のことを指摘する。そんな二人の隣では、石蔵が真剣な表情でパーク内レストランが提供するスイーツに興味を示していた。
男女別々の方向で盛り上がっていると、ついに遊園地の入場ゲートが開いた。
「おにいちゃん! 入れるよ!」
「開園したね。よし、じゃあ早速アトラクションに向かうよ!」
「うんッ!!」
ぞろぞろと動き出した人混みの中で、晴翔は涼太の手をしっかりと繋いで歩き出す。
そのすぐ後ろで、咲が他の人達の動向を見て言う。
「やっぱりみんな、ジャイアントスパークマウンテンかアクアマウンテンに向かってるわね」
「やっぱり考えることは皆同じなんだな」
「む? あっちに向かっている人達は何です?」
「多分ギャラクシーマウンテンに向かう人達じゃないかな?」
「マウンテンって名前が付くアトラクションが多いな」
咲の言葉に友哉が人混みを眺めながら言い、雫は自分達とは逆方向に向かう人達を指差して首を傾げる。それに綾香が答えると、石蔵は「マウンテンって名前は使いやすいのか?」と顎に手を当てていた。
入場ゲートから解き放たれた大勢の人達は、晴翔達と同じように人気アトラクションに少ない待ち時間で乗ろうと、それぞれ目的のアトラクションの場所に急いでいる。中には走り出す人達もいて、パーク係員に『走らないで下さい』と声掛けをされていた。
綾香はそんな周りの様子を確認すると、晴翔へ目を向ける。
その視線を受けた晴翔は一度頷くと、涼太を見下ろす。
「涼太君、肩車しようか」
「本当?」
「うん。おいで」
晴翔は腰を落として涼太を手招きする。そして涼太が肩に乗るとグッと立ち上がる。
「よし! じゃあ目的地まで超特急で行くよ。しっかりと掴まってててね」
「あははは! おにいちゃん特急ゴーッ!」
涼太は楽し気に笑い声を上げながら前方を指差す。
それを合図に晴翔は走り出さないギリギリのスピードで歩き出す。
晴翔の後ろを付いて来ている石蔵は、あちこちで全力の早歩きをしている人達を見て、苦笑を浮かべていた。
「まるで競歩の大会だな」
「どうです? 夢の国を破壊したくなりました? 大魔王の血が騒ぎます?」
石蔵の発言をしっかりと拾った雫が無表情を向けて言う。
「大魔王の血なんざ流れてねぇよ。てかちゃんと前向いて歩いてないと逸れるぞ」
「カズ先輩の圧倒的威圧感を目印にすれば迷子になんてなりません」
「お前なぁ……」
そんな会話を交わしながら、最初に乗る予定のアトラクション『ジャイアントスパークマウンテン』に辿り着いた。
「よし涼太君。目的地に到着ー!」
「とうちゃく〜! お兄ちゃん特急早かったね!」
晴翔の肩から降りながらニコニコとはしゃぐ涼太。
それを横目に見ながら、綾香はアトラクション入り口に設置されている待ち時間の表示を確認する。
「よし、待ち時間20分だからすぐに乗れる!」
全力早歩きで少し息が上がっている綾香が嬉しそうに言う。そんな彼女とは対照的に、友哉は『待ち時間20分』という言葉に「え?」と目を見開く。
「20分ってすぐなの?」
「え? うん」
友哉の驚きに、綾香はキョトンとした表情で返事をする。そこに、咲が友哉に説明をする。
「この夢の国では、基本的に待ち時間が60分以下だったら、待ち時間は無しに等しいわね」
「いやあるよ!? 待ち時間60分もあるよ!? 60分って1時間だよ!?」
「トモ先輩。ここは夢の国ですよ? 現実とは時間の流れが違うんです」
「ここは魔境か……」
さも当然というように語る雫に友哉は口元を引き攣らせる。
晴翔たち一行が最初に乗る『ジャイアントスパークマウンテン』は、巨人の住むと言われる雷が轟く山脈をトロッコに見立てた観測列車で猛スピードで駆け抜ける、という設定のジェットコースターになっている。
順番待ち通路の近くを轟音を立てながら通り過ぎて行くジェットコースター。乗客たちの悲鳴が余韻を残していく中、晴翔は手を繋いでいる涼太を見下ろす。
「涼太君は大丈夫? 怖くない?」
「うん。こわくないよ」
猛スピードで通り過ぎていったジェットコースターをじっと見つめたあと、涼太はコクンと頷く。
そんな涼太を見て、石蔵はニコっと笑みを浮かべて涼太の横にしゃがんだ。
「涼太君は勇敢だね」
「あ、はい……その、ブラウ兄ちゃんは怖いんですか?」
「俺かい? 俺はワクワクしているよ。一緒に楽しもうね」
「は、はい」
満面の笑みで話す石蔵の強面に、多少ビクビクしながらも、涼太は逃げる事無く会話をする。先日の美味しいブラウニーの記憶と、ちゃんと自分の目で見て判断しろという郁恵の教えを守っているようだ。
晴翔は優しく涼太の頭を撫でる。
すると、もう片方の手がスッと握られた。その手の方に目を向けると、はにかんだ綾香の笑顔があった。
「ワクワクするね」
涼太そっくりな笑顔で言う彼女に、晴翔も自然と口角を上げる。
「だね」
晴翔は短く答えると、綾香と繋いだ手をギュッと握る。
そのまま彼は、右手に涼太、左手は綾香と繋いだままゆっくりと進む行列に並びながら、遊園地内の幸せな空気感と同化する。
すぐ後ろの友哉は、頭の後ろで手を組みニヤッと笑みを浮かべて咲に耳打ちした。
「大切な家族に囲まれて幸せそうな父ちゃんって感じだな」
「あと、旦那が大好き過ぎる新妻って感じよね。綾香は」
「東條さんから『私幸せです!』オーラが出てるのが見える」
咲は友哉の言葉に「ふふ、そうね」と小さく笑った後、雫と石蔵の方をチラッと見た。
「カズ先輩。そんな凶悪な笑みを浮かべてどうしたんです?」
「ふふふ、涼太君と普通に会話が出来たぜ」
「……完全に犯行前の凶悪犯ですよその顔?」
「うるせっ!」
いつも通りといえばいつも通りな会話を繰り広げている二人に、咲は苦笑しながら友哉に耳打ちを返す。
「あっちは難しい、というかもうちょっと時間が掛かりそうね」
「二人とも癖があるからなぁー。ま、お似合いっちゃお似合いなのかもしれんけど」
咲に耳元で囁かれた友哉は「ふーむ」と彼女と同じ様に雫と石蔵を見て答えた。
夢の国でのトリプルデートは、幸せな雰囲気を作り出したり、いつもと変わらずだったり、それを観察したりと、色々な思いが絡みながら始まった。




