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第百六十五話 東條綾香の決意⑤ 前編

すみません。

ちょっと長くなりそうなので、今回は分割させて頂きます。

 私は食べ終わった夕食の食器をキッチンに運びながら、とても美味しい料理を作ってくれた清子さんにお礼を言う。


「清子さん。今日の料理もとても美味しかったです」


「お口にあってよかったです」


 今日の夕食は、夏野菜の天ぷら。

 清子さんが揚げた天ぷらは、どれも絶品だった。

 ナスの衣はサクサクだけどとってもジューシーで、オクラの天ぷらもすっごく美味しかった。エビもプリプリサクサクでキスもフワフワだったし。

 今度、清子さんに天ぷらを美味しく揚げるコツを教えてもらわなきゃ!


 私がそう決心していると、パパとママが席を立つ。


「清子さん、とても美味しい夕食をありがとうございました」


「お粗末さまでした」


「すみませんが、自分はちょっと書斎に行って仕事をしてきます」


「すみません、私も少し仕事が残っていて、書斎へ行きます。清子さん、ご馳走様でした」


 パパとママは2人揃って書斎に向かう。


 2人とも会社経営者だから、忙しい時は本当に大変そう。

 私は2人の背中に「頑張ってね」と声をかける。

 すると、涼太も踏み台を抱えながら「お父さんお母さんお仕事頑張って!」と激励の言葉を投げかけて、そのまま抱えた踏み台を持ってキッチンに向かった。


「おばあちゃん。僕もお皿洗い手伝うよ!」


「あら涼太君、いつもありがとうね」


 涼太の申し出に、清子さんはニッコリと笑いながら応えてる。


 涼太は、私が晴翔と付き合い出してから結婚資金を貯めると意気込んでいて、毎日精力的に家のお手伝いをしてる。


 家のお手伝いをするのはすごく良いことだし、純粋に涼太の気持ちは姉として嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしい……。


 私はせっせと清子さんから渡された食器を拭いている涼太を見た後に、ダイニングテーブルを拭いてくれている晴翔に声を掛ける。


「遊園地で涼太が暴走したら、また揶揄われちゃうよね」


「ははは、確かにね。特に雫はそういうのは見逃さないだろうし」


「だよね。雫ちゃんは絶対にイジってくるよ。それに咲も便乗してくるよきっと」


「まぁ、もうそこは慣れるしかないよね」


 晴翔は拭き終わったタオルを畳みながら、諦めたように「あはは」って笑う。

 丁度そこで、涼太のお皿洗いのお手伝いが終わったみたい。


「涼太君、ありがとうね。それじゃあお手伝いのお駄賃をあげようね」


「うん!」


 涼太は嬉しそうに頷くと、リビングの棚に置いてある『けっこんしきちょ金箱』を大事そうに胸に抱えて清子さんのもとに駆け寄る。


「はい、今日もありがとうございました」


 清子さんはそう言いながら、50円玉を涼太が持つ手作り貯金箱に入れる。

 チャリンという音を聞いて、涼太は凄く嬉しそうに満面の笑みを浮かべてる。


「ありがとう、おばあちゃん!」


 涼太は清子さんにお礼を言うと、また貯金箱を大事そうに抱えて元の場所に戻そうとする。

 その運んでいる姿が少し重たそうで、私は純粋に涼太がどの位のお金を貯めたのか気になった。


「ねぇ涼太。お姉ちゃんにその貯金箱ちょっと見せて?」


 私は好奇心から声を掛ける。

 すると、涼太は私から貯金箱を守るように、ギュッと胸に抱えた。


「ダメ」


「え? ちょっとくらい良いじゃない」


「ダメッ!!」


 私がちょっと手を伸ばすと、涼太はクルッって背中を向けてきて、完全に貯金箱を私から隠しちゃう。

 そして、振り返ってキッと私を見詰めた。


「これは、おねえちゃんとおにいちゃんが結婚するときにあげるんだから! いまはダメ!」


「でもほら、どれくらいお金が貯まったのか見るくらいはいいでしょ?」


「それもダメ!」


 私が貯金箱の中の金額を調べようと食い下がると、涼太はブンブンと首を横に振る。


「おねえちゃんが、いますぐおにいちゃんと結婚するなら、これをあげる」


「え? いや、いますぐ結婚はちょっと……」


 弟の言葉に、私は頬が熱くなるのを感じながら、キッチンの方に視線を向ける。そこには、清子さんと談笑しながら、テーブルを拭いたタオルを洗ってくれている晴翔がいる。


「結婚するのには、もう少し時間を掛けないと……」


「じゃあダメ!」


「むぅ、涼太のケチ」


 頑なに貯金箱を見せてくれない弟に、私が唇を尖らせると、涼太はまるで諭すかのように、私に説教をしてきた。


「あのね、おねえちゃん。この中にはね、大金が入ってるんだよ?」


「大金……」


「そうだよ。だって五百円玉だって入ってるんだから」


 確かに、まだ幼稚園児である涼太からしたら、五百円という金額は大金といってもいいくらいの金額なのかもしれない。


「大金っていうのはね、人をおかしくしちゃうんだよ。良い人も、お金に目がくらんで悪い人になっちゃうんだ。だから、これはおねえちゃんに渡せない。おねえちゃんには、いつまでもいいおねえちゃんでいてほしいから」


「ぅ……わかった。もう見せてって言わない。ありがとう涼太」


「うん! この大金が入ったちょ金箱は、僕がせきにんをもってかんりします!」


「お願いします」


 もう、どこでこんな言葉覚えてきたの? 大金に目が眩むとか、そうそう聞かないよね? 絵本とかでそういう物語があったのかな?


 私は五歳児の言語習得能力に驚きと疑問を同時に覚えた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 

 次の日。

 一日の授業を終えた私達は、体育祭の混合リレーの練習のためにグランドに出る。


「今日はバトンパスの練習でもする?」


 軽いストレッチをしながら、陸上経験者の咲が提案する。

 すると、赤城君が首を捻る。


「え? あれって練習するもんなの? 相手にバトン渡すだけじゃん?」


「リレーの勝敗を分けるのは、その相手にバトンを渡すだけの動作にかかっているのよ」


「本当に?」


 咲の言葉に疑問を持つ赤城君。そこに晴翔が会話に加わった。


「オリンピックや世界陸上でも、個人の100mはそこそこの成績でも、リレーになるとメダルを取ったりすることがあるからな。あれはバトンパスを徹底して極めて、極限までバトンパスのタイムロスを減らした結果だよ」


「そゆこと」


「ほえ~」


 晴翔の説明もあって、赤城君は納得したみたい。


 そういえば、晴翔ってスポーツ観戦とか好きなのかな? 今度聞いてみよっと。

 晴翔とオリンピック観戦とかしたら楽しいだろうなぁ。

 お菓子を食べてジュースを飲みながら、代表選手たちを応援するのは、想像するだけでワクワクしちゃうな。


 私がそんな妄想をしていると、晴翔がバトンパスの練習について咲に質問をする。


「練習はどんな感じでする?」


「そうねぇ。ま、練習って言っても大したことはできないから、バトン受け渡しの走り出すタイミングとかを確認しとくくらいかな? アンダーハンドパスを習得すのは時間的に厳しいしね」


「アンダーハンドパスってなに?」


 聞き慣れない単語に、私は咲に質問する。


「アンダーハンドパスっていうのは、次走者の加速を重視したバトンの渡し方。簡単に言うと、受け手が手を下向きにして走りながらバトンを受け取るのよ」


「それだけで速くなるの?」


「ちゃんと習得できればね」


 陸上経験者の咲が言うなら、そうなんだろうな。

 私がそう納得していると、赤城君がキラキラと瞳を輝かせていた。


「そのアンダーハンドパスってなんか格好良くね? 俺らのリレーはそれでいこうぜ!」


「いやいや! これめっちゃ難しいから! 陸上素人がそんな一朝一夕で習得できる代物じゃないの!」


「でも、ちゃんとできたら速いんでしょ?」


「それはそうだけど、中途半端にやると、逆に凄く遅くなるわよ?」


「じゃあ練習あるのみだな!」


 胸を張って言う赤城君に、晴翔が呆れ顔をしてる。


「この中で、一番練習嫌いなのは間違いなくお前だぞ?」


「いや、俺は心を入れ替えた! 今日から俺はアンダーハンドパス太郎となる!」


「いや、意味わからん」


 自信満々に宣言する赤城君に、晴翔が冷静にツッコむ姿が面白くて、私は思わず笑い声を溢しちゃう。


「東條さんもアンダーハンドパスやりたいでしょ?」


「え? 私は……どうだろ?」


 咲がそんなに簡単じゃないって言ってるから、きっと相当難しいんだろうな。


「体育祭までに間に合うかな?」


 赤城君の情熱を逸らすように、私は咲に視線を向けた。


「はぁ……じゃあ、まぁダメもとで練習してみる? 無理そうだったら普通のに切り替えればいいし」


「おい友哉、ちゃんとサボらずに練習しろよ?」


「あいあいさー」


 赤城君に釘を刺す晴翔。

 と、そこに校舎の方から一年生らしき四人組がやって来た。


「おや? ハル先輩達じゃないですか。リレーの練習ですか?」


 その四人組の中から、雫ちゃんがひょっこりと姿を現す。


「あぁ、俺のクラスは友哉と綾香、藍沢さんの四人で出るんだよ」


「なるほどですね。残念ですが、今年の混合リレーは私達1年B組が圧勝しますので」


 無表情のまま自信満々に言う雫ちゃん。


「なぜなら、私達のリレーチームにはこの吉田君がいますからね」


 そう言うと、雫ちゃんは唐突に隣に立っていた男子の腕を掴んで、グイッと前に押し出してきた。

 急に私達の目の前に突き出された吉田君は、ギョッとした顔で雫ちゃんを見返してる。


「ど、堂島さん!?」


「この吉田君の本名は、吉田・ウセイン・ボルドー・圭太といって、生粋のスプリンターの血が流れているのです」


「え!? マジか!?」


 まさかの雫ちゃんの吉田君の紹介に、赤城君がびっくりして目を見開く。

 そして、同時に吉田君もビックリして目を見開いていた。


「ちょっ!? 何その設定!? 俺の父ちゃんも母ちゃんも純日本人なんですがっ!?」


「む? そうでしたっけ? では次は山本君です」


 雫ちゃんはもう一人の男子を私達の前に突き出してきた。


「この山本君は、ランニングシューズを持って生まれたという逸話を持つ生ける伝説です」


「なにその逸話ッ!? 初耳なんだけど!? あと俺、山本じゃなくて本山なんですがッ!?」


「む? これは失敬」


 雫ちゃんの謎のチーム紹介に、私は雫ちゃんってどんな時もブレないんだなぁって感心してしまった。

後編は明日か明後日には更新できるかと思います。


また、本作のコミカライズが次にくるマンガ大賞2025のコミック部門で対象になっているようです。

もしよろしければ、応援して頂けると幸いです。

投票期限は5月22日11時までのようです。

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涼太君、賢いなぁ(遠い目)
涼太くん5歳児? ときどき怪しい薬で子供になってしまった見た目は子供、頭脳は大人な少年が頭をよぎるww たぶん昼間にやってそうな火曜サスペンス劇場かなんかを両親や、ばあちゃんと一緒に観てて覚えたんだろ…
涼太くんはどこで難しい言葉を覚えるのか⋯ 幼稚園かな?
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