第百六十四話 日曜日は夢の国へ
更新が遅れて申し訳ありませんでした。
最近晴翔は、綾香に友哉と咲、そこに雫を加えた5人で昼食を食べることが多くなった。
今日の昼休みも、晴れ渡った青空の下、中庭のテーブル付きベンチで皆と弁当を食べる。
「では皆さん、今週日曜日の遊園地について話し合いを行います」
雫は、弁当の餃子を頬張ってから高らかに宣言する。
そんな彼女の弁当を見て、晴翔が一言告げる。
「昼飯に餃子か……なかなか攻めてる弁当だな」
「お弁当は攻めてなんぼですよハル先輩。ニンニク臭を恐れていては華の女子高生など務まりません」
無表情を晴翔に向け、いつも通りの謎発言をする雫。
彼女は次に綾香に視線を向ける。
「ですよね? アヤ先輩」
「え? そ、そうなのかな……?」
「そうです。アヤ先輩も堂島家伝統のニンニクマシマシ激旨餃子を食べます? ぶっ飛ぶ美味さですよ?」
雫はそう言いながら箸で餃子を一つ摘まむと、それを綾香の方に差し出す。
「え、えっと……ニンニクマシマシなの?」
「マシマシのマシです。ニンニクは多ければ多いほど美味しいので」
「そ、そうだね……でも、雫ちゃんのおかずが減っちゃうから遠慮しておこうかな」
「お構いなく。私は餃子と引き換えにアヤ先輩のその出汁巻き卵を貰うので」
「え? あ、や、これは……」
綾香の弁当に入っている出汁巻き卵は清子作であり、彼女の好きなおかずランキングトップ3に入っている絶品卵焼きである。
そんな出汁巻き卵と、ニンニクマシマシのマシ餃子との交換に躊躇う様子を見せる綾香に、雫はスッと目を細める。
「なにをビビってるんですかアヤ先輩。先輩も私と一緒にガーリックガールズになって青春を謳歌しましょう」
「ガーリックガールズ……」
「そうです。道行く人達にニンニク臭を巻き散らかして、ニンニク欲を刺激してやるのです」
「いや、私はガーリックガールズはちょっと……」
「遠慮しなくていいですよアヤ先輩。さぁ、さっさと私の餃子を受け取って、その美味しそうな出汁巻き卵をよこしやがれです」
そう言いながら、雫は強引に綾香の弁当箱にニンニク爆弾を投下し、素早く彼女の出汁巻き卵を頂戴していく。
「あ、私の出汁巻き!」
綾香は盗られた出汁巻き卵を反射的に目で追う。そして、それは無常にも一口で雫の口の中へと姿を消してしまった。
「むぅ、やはり清子おばあちゃんの玉子焼きは絶品です」
綾香のおかずを強奪した雫は、出汁巻き卵を味わうようにゆっくりと咀嚼する。
相当に美味しいのか、普段は無表情である彼女の口角が僅かに上がっている。
「やはり持つべきは美味しいお弁当を持っている友ですね」
「うぅ、私の出汁巻き卵……」
「なにそんな悲痛な顔してんですか? ちゃんとニンニク餃子をあげたじゃないですか?」
「そ、それは、そうだけど……」
「私があげた餃子、食べられないんですか? 私たち、ズッ友じゃないんですか?」
「う、じゃ、じゃあ……いただきます」
雫のジト目に耐え切れなくなった綾香は、意を決してニンニクマシマシ餃子を口の中に入れた。
「どうです? 美味しいですか?」
「……すごく美味しい。けど……夜ご飯に食べたい美味しさ……」
ニンニクの魅力に屈した悔しさを滲ませながら、綾香は餃子をゆっくりと噛み締める。
その様子を見て、雫は満足げに口を開く。
「これで最強ユニット、ガーリックガールズの結成です。これからも精力的に学校内にニンニク臭を撒き散らかしていきましょう」
楽しげに宣言する雫。
そこに、これまでの2人のやり取りを楽しげに眺めていた咲が、横道に逸れていた話題を元に戻す。
「ところで雫ちゃん」
「なんです咲先輩? 先輩もガーリックガールズ加入希望ですか?」
「いや、私はガーリックガールズを推す側の人でいいや。そうじゃなくて、日曜日の遊園地はどこか希望はあるの?」
咲は雫の勧誘をサラッと受け流すと、どこの遊園地に行くのかを尋ねる。それに対して雫は晴翔達をぐるっと見渡した。
「逆に先輩方は行きたい遊園地の希望あります? なければ私の独断と偏見によって決まりますけど」
雫の視線を受けた友哉は「う〜ん」と小さく首を捻る。
「俺はもう何年も遊園地なんて行ってないからなぁ。ぶっちゃけどこでもいい」
「む、トモ先輩。そんな適当なこと言ってると、彼女候補筆頭の咲先輩に怒られますよ?」
「ちょい待ち! 雫ちゃん! なにその彼女候補筆頭って! 初耳なんだけど!?」
「え? 違うんですか?」
「違うから! 普通に友達同士でも遊園地とか行くから!」
必死に否定する咲に、雫はわざとなのか無意識なのか、ポカンとすっとぼけたようにほんの少しだけ無表情を崩す。
「デートなのに?」
「デートなのに! ね! 赤城君! 日曜日のデートは友達同士のデートだよね! だよね!」
「そ、その通りです! 我々は固い友情で遊園地に向かうのであります! その他の感情は一切持ち合わせておりません!」
「うむ! よろしい!」
咲の圧に押されるように、友哉はピシッと背筋を伸ばしてハキハキとした口調で答える。それを聞いて、咲は大きく何度も頷く。
「ふーむ。では、咲先輩はその友情デートでどこの遊園地に行きたいんですか?」
「それは……やっぱり二択じゃない? 絶叫系に乗りまくるか、それか夢の国を楽しむかの」
「なるほど、やっぱりそうですよね」
咲の提示した二択に、雫も同意するように頷く。
「ハル先輩とアヤ先輩はどうですか?」
視線を向けて尋ねてくる雫に、晴翔が涼太のことをみんなに話す。
「その遊園地なんだけど、涼太君も一緒でもいいかな?」
晴翔がそう尋ねると、まず咲が肯定した。
「いいじゃない。涼太がいたら賑やかで楽しくなるんじゃない?」
彼女のその言葉に、友哉も同意する。
「確かに。それに涼太君がいたら和明先輩も喜ぶだろうしね」
前回のお菓子作りでの石蔵を思い出しながら言う友哉に、雫が「ふむ」と顎に手を添える。
「そうなると、絶叫系を攻めるよりも夢の国へ行った方が、涼太君も楽しめそうですね」
そう言った後に雫は「大魔神カズ先輩が夢の国に襲来することになりますが」と付け加える。
全員が涼太の同行に賛成してくれたことに、綾香は小さく頭を下げた。
「みんなありがとう。涼太に合わせてくれて」
「別に問題ナッシングです。涼太君は天使ですから」
そう言って雫は綾香に対してグッと親指を立てる。
「ところでアヤ先輩。涼太君はいつになったら私の弟にくれるんです?」
「いや、そんな話は一度もしたことないよね!?」
「アヤ先輩はすぐすっとぼけるんですから。困ったもんです」
やれやれと首を振る雫に、綾香が猛抗議する。
「すっとぼけてないよ!? 大切な弟を他人に渡すわけないでしょ!?」
「む! いまアヤ先輩は私のこと‟他人”と言いましたね? ズッ友である私を。もうガーリックガールズは解散です」
雫は無表情のまま器用に唇を尖らせると、胸ポケットから小さな容器を取り出す。
「私はガーリックガールズを脱退させてもらいます」
そう言うと、雫はその容器から口臭ケアのタブレットを取り出す。
それを見て、綾香が「あ!」と目を見開く。
「雫ちゃんだけずるい! 私にもちょうだい!」
「嫌です」
雫はプイッと綾香から顔を背けると、そのままタブレットを2,3粒口の中に放り込んだ。
「雫ちゃん!」
「絶対にあげません! もう私はアヤ先輩の‟他人”なので。他人に渡すタブレットは一粒も持っていません」
拗ねたような物言いをする雫に、綾香は困り顔で彼女に謝罪した。
「ご、ごめんね! さっきの他人は、そういう意味じゃないから」
「じゃあ、アヤ先輩は私のこと好きなんですか?」
背けていた顔をもとに戻した雫を見て、綾香は希望を見出して何度も頷く。
「うんうん! 私は雫ちゃんのこと大好きだよ!」
「ほ~、なら『雫ちゃんLOVE!』と宣言してください」
「え? あ、えっと……し、雫ちゃんLOVE!」
雫の要求に綾香は一瞬フリーズする。しかし、午後の授業を口臭を気にしながら過ごすことに比べれば何てことは無いと瞬時に判断したようだ。
綾香はほんのりと頬を赤くしながら、大きな声で宣言する。
それを聞いた瞬間、雫はスッと視線を晴翔に向けた。
「ハル先輩、彼女が目の前で堂々と浮気してますよ? しかも百合百合です」
「雫ちゃんヒドイ!!」
まさかの裏切り行為に、綾香は目を白黒させる。
雫の掌でコロコロと転がされている綾香に晴翔は苦笑しながら、いつものように雫にお願いをする。
「雫、もうその辺で勘弁してやってくれ」
「アヤ先輩との会話はとても楽しいので、ついつい」
「私は楽しくないよ!」
「またまた~ご謙遜を」
綾香の抗議をサラッと受け流す雫。
「頼む雫。綾香にそれを一粒わけてくれないか?」
「しょうがないですね」
晴翔に懇願され、ようやく雫は綾香にタブレットを1粒あげた。
「私を他人というからですよ?」
「それは、ごめんね」
「涼太君を私の弟にくれたら許します」
「だからそれはダメ!」
再び仲良く口論を始める綾香と雫。
そんな二人を弁当を食べ終わった友哉と咲が眺める。
「東條さんと雫ちゃんってさ、ある意味相性バッチリだよな」
「そうね。まだ出会って数週間なのに、もうどっからどう見ても親友同士よね」
友哉の言葉に、咲も頷き。
その後も綾香と雫の迷コンビが繰り広げるコントを“友達同士”の二人は楽し気に眺めた。
お読み下さり有難うございます。