第百六十二話 真っ直ぐな気持ち
申し訳ありません。
ちょっと短めです。
体育祭の混合リレーの話し合いを終えた晴翔は、学校からそのまま堂島道場に直行する。
「よろしくお願いします!」
一礼して挨拶をした晴翔は、急いで道着へ着替える。
放課後に話し合いをしていた分、道場に来るのがいつもより遅くなってしまい、稽古開始ギリギリの時間となっていた。
慌ただしく着替える晴翔のもとに、すでに道着に着替え終えている石蔵がやって来た。
「おう、今日はいつもより遅かったな」
「ちょっと放課後に体育祭の話し合いをしていて」
「お前の学校はもうそろ体育祭か」
石蔵は晴翔の言葉に「そういやさっき、雫もリレーがどうだとかって話してたな」と呟く。
彼は晴翔たちとは違う高校に通っているため、学校行事の内容や開催時期が異なる。
「雫もリレーに出るって言ってたんですか?」
「なんかそんなようなことを言ってたと思うぞ?」
稽古が始まるまでの僅かな時間、晴翔と石蔵はそんな会話を交わす。
その後、稽古が始まり2人は真剣に空手に打ち込む。そして、いつものように最後に組み手をして稽古は終了した。
晴翔は組み手の相手である石蔵に礼をして集中を解く。それと同時に、体全体に心地好い疲労感がじんわりと広がる。
「最近カズ先輩の蹴りが重くなりましたね」
「お? そうか? 実は重心の意識を少しだけ後ろにしたんだよ。今まではちょっと前のめりになってた気がしてな」
「なるほど、それ結構いいと思いますよ」
「ありがとうな。晴翔も反応の速度が前よりも早くなってる気がするぞ」
石蔵はそう褒めた後に「なかなか攻撃を効かせられねぇ」と嬉しそうに言う。
2人は堂島道場の師範代として、昔から切磋琢磨してきている。
今日も、先ほどの組み手の感想をお互いに言い、アドバイスなどを交わしていた。
と、そこに突如、雫が姿を現した。
「カズ先輩」
「ん? どうした雫」
「カズ先輩の私への愛は本物ですか?」
唐突な彼女の質問に、石蔵は晴翔との会話で緩んでいた表情を引き締めて真剣な顔付きをする。
「あぁ、本物だ」
一切の迷いなく即答する石蔵に、雫は相変わらずの無表情を貫いているが、その肩が僅かにピクッと揺れた。
「そ、そうですか。なら、今週の日曜日にデートです! 異論は認めません!」
雫はビシッと石蔵に人差し指を突き付けながら、声高々に告げる。
「何か予定があっても私を優先して下さい! たとえカズ先輩の人生がかかった補習とかの予定があったとしても、私優先です!」
一方的にデートの予定を押し付けてきた彼女に対し、石蔵はまたしても即答する。
「日曜日にデートだな。わかった、問題無い。てか、俺は補習を受けるほどテストの結果悪くねぇよ」
そう答えた後に「ま、そうだったとしても、お前を最優先するけどな」と石蔵は笑いながら言う。
その返答を受け、雫はフリーズする。
彼女の動揺を表すかのように、石蔵に突き付けている人差し指の先端がピクピクと小さく揺れている。
「そ、そそ、それは当たり前です! そんな当然のことを言われても、私にはノーダメージです!」
「いや別にダメージを与えようとは思ってねぇから」
「ノーダメージですッ!」
「わかったわかった。ノーダメージな」
意地になって言葉を返す雫に、石蔵は苦笑する。
そんな彼の対応に、雫は「むぅ……」と消え入るような唸り声を上げた後、キッと晴翔の方に視線を向けた。
「日曜日のデートはハル先輩も強制参加です! アヤ先輩と一緒に来てください! 問答無用で来てください!」
「わかったよ」
あらかじめ咲から日曜日のことを聞いていた晴翔は、特に驚いた様子もなく頷く。
「綾香も問題無いはずだから、日曜日のデートに参加させてもらうよ」
「……さすがハルアヤバカップル先輩です。バカップルはデートに貪欲でないといけません」
先程から言葉に棘を生やしまくって荒ぶる雫。
普段とは明らかに違う彼女の様子に、晴翔は特に怒ることなく、逆に雫を気遣う視線を向ける。
その視線を感じたのか、雫はサッと顔を石蔵の方に戻す。
「残念でしたねカズ先輩! 今回のデートは二人っきりじゃありません! 今回のデートはトリプルデートです! いきなり私とタイマンデートできるなんて思い上がらないでください!!」
「たとえトリプルデートだったとしても、俺はお前とデートできるだけで嬉しいよ。ありがとな、誘ってくれて」
「な……か、カズ先輩のくせに生意気です! 強面がそんな簡単に感謝の言葉を言ったら全てが台無しじゃないですか!」
「なんだよ台無しって。てか、俺は強面じゃねぇ」
定型文な返答をする石蔵に、雫は「ふん」と鼻を鳴らす。
「じゃ、私は帰ります。今日の夕飯はカレーなので、こんなところで無駄話している暇はないです。それでは!」
そう言うと、雫はそそくさと晴翔達の前から姿を消してしまった。
まるで嵐のように過ぎ去っていった雫に、石蔵は少し申し訳なさそうに晴翔に顔を向けた。
「悪りぃな巻き込んじまって。日曜日の予定は大丈夫だったか?」
「大丈夫ですよ。実は今日の放課後に、藍沢さんから日曜日のデートについて事前に話を聞いていたので」
「そうだったのか。そういや雫はトリプルデートって言ってたが、残りの一組はもう決まってるのか?」
「それは、藍沢さんと友哉ですよ」
「あぁ、友哉と咲ちゃんか。あの二人はそういう感じなのか?」
石蔵はどこか納得したような表情をしながら晴翔に尋ねる。
晴翔は苦笑を浮かべながら、彼の質問に答えた。
「いえ、今回のはどっちかというと藍沢さんが雫に協力した結果だと思います」
晴翔は内心で、あの二人はお似合いだと思いながらそう石蔵に説明をする。
「なるほどな。今度、友哉と咲ちゃんにもお礼しないとだな」
「ケーキを作ったら、取り敢えず藍沢さんは喜びそうですね」
「やっぱ今度ショートケーキを作るか」
「ですね」
晴翔はまた皆でお菓子作りをすること想像して、ニッコリと笑いながら答える。
対する石蔵も、自分が作ったショートケーキで涼太が笑顔になっているイメージを想像しているのか、その強面に似合わない緩い笑みを浮かべていた。
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