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第百五十六話 変化の予兆

 東條家でブラウニーを作った翌日。

 日曜日ということで、晴翔は自宅に戻って家の掃除をしていた。


「やっぱ家を空けとくと埃が溜まるな」


 晴翔は、昼食までに自分の部屋の掃除を終わらせようと、せっせと掃除機を動かす。

 すると、ポケットの中のスマホがヴーヴーと鳴り出した。


「電話か?」


 彼は一旦掃除機を止めて、スマホを手に取る。その画面には『カズ先輩』と表示されていた。


「カズ先輩? なんだろ?」


 疑問に思いながら、晴翔は通話を繋げる。


「もしもし」


『おう、おはよう』


「おはようございます。どうしたんすか?」


『ちょっとな、晴翔にはちゃんと伝えておこうと思ってな。いま電話大丈夫だったか?」


「はい、大丈夫ですけど」


 石蔵からの突然の電話。

 彼の言う『伝えておくこと』が何なのか、晴翔には全く見当がつかず、ただただ首を傾げる。


『あぁ、その……なんだ、昨日なんだけどよ。実は俺、雫に告白したんだ』


「…………はいッ!?」


 まったく予想していなかった衝撃的な内容に、晴翔はすぐに理解が追い付かず、若干遅れて叫び声のような返事をしてしまう。


「えっ!? ちょ、えッ!? カズ先輩が!? 雫にッ!?」


『あぁ』


「そ、それは、その、あの……雫はなんて?」


 晴翔にとって、石蔵と雫は幼少の頃から同じ道場で過ごしてきた大切な友人達である。

 ライバルであり家族でもあるような、そんなかけがえのない三人の関係。

 それが、大きく変化するかもしれない。

 晴翔は自分の鼓動がとても速くなっているの感じながら、緊張した声で尋ねる。

 すると、スマホ越しに笑いを含みながら石蔵が答えた。


『散々な言いようだったぜ。女の敵だの最低男だの、あと変態男とも言われたな』


「え……それって、その……ダメだったってことで、すか?」


『どうだろうな?』


 恐る恐る尋ねる晴翔に、石蔵は軽い感じで返事をする。


『ほら、雫はいつもふざけて本音を口にしないだろ?』


「そう、ですね」


『だから、まだ頑張れば可能性はあるんじゃないかって、俺はそう思っている』


 晴翔にとっても、石蔵の気持ちは応援したい。

 彼にとって、石蔵も雫も大切な友人だ。


 今まで通りの三人の関係が変化することに、僅かな戸惑いと寂しさがないと言えば嘘になってしまう。

 しかし、二人がお互いに付き合って幸せになるのなら、それは晴翔にとってとても喜ばしいことでもある。


『まだ、ハッキリとフラれたわけじゃねぇし。一度告白したからには、白黒はっきりするまで、がむしゃらに頑張ってみるさ』


「カズ先輩……協力できることがあれば何でも言って下さい。俺、本当に何でもしますんで」


『サンキュー、助かる。実を言うと、俺にはあまり時間が残ってねぇんだ。だから、晴翔の協力があるのは助かるよ』


「え? 時間が無いって、もしかしてカズ先輩、この街を離れるんすか?」


『そうだな……俺は来年、卒業だからよ』


 石蔵の言葉に、晴翔の心の中には言い知れぬ寂しさが込み上がてくる。


 一歳年上の石蔵は、晴翔には頼れる兄のような存在である。

 そんな彼が、進学で地元を離れてしまうというのは、仕方のないことだと頭では理解しつつも、感情は付いて来てくれない。


 晴翔は、石蔵に『ずっとこの街にいて欲しい』と駄々を捏ねたい気持ちをグッと堪え、敢えて明るい声音で話し出す。


「なら、なおのこと雫に猛アタックしないとですね」


『だな』


「カズ先輩は何か作戦みたいのはあるんすか?」


『う~ん、まだ具体的なのは無いな。ただまぁ、あの雫相手だからなぁ……』


「ですね、雫ですもんね……」


 あまり感情を表に出さず、無表情で冗談を飛ばしまくる稀代のトリックスターである雫。

 彼女を振り向かせるのは、なかなか困難を極めそうである。


『ま、あまり小細工するのも俺の性に合わんし、素直に気持ちをぶつけ続けるしかねえ』


「カズ先輩らしいですね」


『恋愛の駆け引きみたいなもんは、俺には無理だ』


 そう言った後、スマホの向こうから石蔵の笑い声が聞こえてきた。


 その後、晴翔は少し石蔵と話をしてから通話を切った。


「カズ先輩が雫と……うまくいって欲しいな……」


 石蔵と雫の関係が良い方向で変わることを心の底から願いながら、晴翔は掃除を再開した。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・-・-・-



 週末の悪天候を挽回するかのように、遠くまで晴れ渡った月曜日の朝。

 昨日のことを思い出しながら高校へと向かう晴翔は、石蔵との会話について考え過ぎて、綾香との会話が上の空になってしまっている。

 そんな彼のことを隣を歩く綾香が不思議そうに覗き込む。


「晴翔? どうかしたの?」


 そう言いながら、彼女は握っていた晴翔の手にぎゅっと軽く力を入れる。


「ん? あぁ、ごめん。ちょっと考えごとしてて」


「考えごと?」


 ちょこんと可愛らしく小さく顔を傾ける綾香に、晴翔は柔らかく微笑む。


「うん。もしかしたら、そのうち綾香にも相談するかも。その時はよろしく」


「……うん、分かった」


 何について考えていたのか、それは今は言えないという意味を込めてやんわりと晴翔が言う。

 その意図をしっかりと汲み取った綾香は、余計な詮索をすることなく、こくんと頷き「相談された時は全力で協力するね!」とグッと拳を握る。


 石蔵が雫との事を晴翔に伝えたのは、三人の関係が変化することを考慮してのことなのだろう。

 彼の告白が成功しても失敗しても、今までの三人の関係性ではなくなってしまう。

 そうなったとき、晴翔だけ何も知らないと困惑してしまう。

 それを防ぐために、昨日電話で知らせてくれたのだろうと晴翔は考えていた。


 そのため、いま晴翔の口から勝手に石蔵と雫のことを広めることはできない。


 それに、綾香は雫と仲良くなっている。

 晴翔が口を閉ざしたとしても、逆に雫から綾香に色々と相談される可能性もある。


 そんなことを考えながら、綾香と並んで歩いていると、背後から「おっすー」と声が聞こえてきた。


「あ、おはよう赤城君」


「はよっす~東條さん。ハルもおっす~」


「おはよう。相変わらず眠そうだな」


 気だるげな雰囲気をまといながら挨拶してくる友哉。彼は晴翔達と並んで歩きながら、土曜日のブラウニーについて上機嫌で話し出す。


「持って帰ったブラウニーを遥に食べさせたんだけどよ、無茶苦茶好評だったぜ」


「遥ちゃんはチョコ好きだもんな」


「そうなんだよ。また作って来いってうるさくってよ~。俺、和明先輩に弟子入りしようかな?」


「それ言ったらカズ先輩は喜ぶぞ、きっと」


 友哉は「やっぱパティシエ男子になるっきゃないか?」と言ってのんびりと笑い声を上げる。

 そんな彼に、綾香は瞳を輝かせて言う。


「今度はショートケーキを作るんだよね?」


 期待に満ち満ちた表情をしている彼女に、晴翔は小さく笑みを溢しながら答えた。


「また、皆の予定が合う時にでも、ケーキ作りをしよっか」


「うんっ!!」


 太陽の日差しにも負けない明るい笑顔を浮かべる綾香。

 近い将来に食べられるであろうショートケーキに想いを馳せ、弾むような足取りで歩き出す彼女は、ふと前を歩く女子生徒を見付け、声を掛けた。


「おはよう雫ちゃん!」


「っ!? お、おはようございますアヤ先輩」


 テンション高めに声を掛けられた雫は、ピクッと肩を揺らした後、ゆっくりと振り返る。


「それにハル先輩とトモ先輩もおはようございます」


 いつもの無表情で挨拶してくる雫。


「おっす~」


「おはよう」


 間延びした友哉に続いて晴翔も挨拶を返す。


 彼の頭の中では、昨日の石蔵との会話が反芻されていて、無意識のうちにジッと雫の表情を窺ってしまう。


 そんな晴翔の視線に気付いたのか、それとも気付いていないのか。

 いつも以上に無表情な彼女は、抑揚の乏しい声で素っ気なく言葉を発する。


「今日はいい天気ですね。ではまた」


 そう言うなり、サッと踵を返してそそくさと歩き出そうとする雫に、綾香が不思議そうに声をかけた。


「雫ちゃん?」


 雫も一緒に登校するのかと思っていた綾香は、首を傾げたまま呼び止める。

 すると、雫はピタッと歩みを止め、ゆっくりと振り返った。


「なんです?」


「あ、いや……一緒に登校しないのかなって思って……」


 晴翔は雫と長い付き合いのため、普段から無表情である彼女の微妙な変化を感じ取ることができる。

 そして、今は明らかに普段の雫とは纏っている雰囲気が違っていた。

 それは綾香も何となく感じ取ったようで、僅かに言葉に詰まりながら雫に言葉を返していた。


「ほほう。アヤ先輩は、私と一緒にラブラブ登校をしたいのですね?」


「え? ラブラブ登校?」


「ハル先輩という人がいながら、破廉恥です」


「え? 破廉恥? え? 何で?」 


「そんなアヤ先輩にはお仕置きが必要です」


「え? え? お仕置き? 何で?」


 まったく雫との会話についていけていない綾香は、ひたすらに疑問の言葉を口にする。しかし、そんなことなどお構いなしに、雫はぬっと無表情の前に両手をかざし、怪しく「ゴッドハンド雫の登場です」と呟く。


「待って雫ちゃん? な、なにその手は? ちょ、ちょっと待って?」


 綾香は、まるで獲物を仕留めようとするライオンのように、ゆっくりと近付いてくる雫に、後ずさりをする。それでも、のっそりと距離を詰めてくる彼女に、身の危険を感じた綾香は、あと数歩のところまで雫が迫った瞬間、ばっと背中を向けて逃げようとした。


「逃がしません」


 しかし、物心がついたときから武の道を歩んできた雫の瞬発力は伊達ではなく、あっという間に綾香との間合いを詰めると、背後からガバッと彼女を羽交い絞めにした。


「きゃっ!? し、雫ちゃん!? な、なにを……キャっ! ちょっ! くすぐらははははッ!! あはははは! 待ってはははッ! 雫ちゃん!! はははは!」


「おりゃおりゃおりゃ。ゴッドハンド雫の威力を思い知れです」


「きゃははは! すとっぷ! ははははは! まって! きゃははは! あはははは! やめてぇ!」


 晴れ渡った青空に、綾香の笑い声が響き渡る。

 いまの場所が通学路ということもあり、登校中の他の学生たちの姿もチラホラ見える。

 その全員が、学園のアイドルが一年の後輩女子にくすぐり倒されて爆笑しているという光景に、思わず立ち止まってポカンと見詰めていた。


 そこに、ちょうど駅方面の道から咲が合流してきた。


「やっほー皆おはよう……って、綾香と雫ちゃんは朝から何やってんの?」


「はははははッ! さ、咲助けて! 雫ちゃんを止めてッきゃはははあっ!!!」


「そりゃそりゃそりゃ! ここがええんか? ここがええんか?」


 ゴッドハンド雫によるくすぐり地獄の刑は、見かねた晴翔が止めに入るまで続いた。

お読み下さり有難うございます。



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2/27発売の『月刊コミック電撃大王』様の四月号にて、本作のコミカライズ最新話が掲載されております。晴翔の料理回です。

また、現在ニコニコ漫画様にて、これまでのコミカライズが期間限定で全話無料公開中となっております。

※3/11(水)11:00まで


もしコミカライズが気になるという方は、ぜひこの機会に!

これまでの話を読み直したいという方もぜひ!

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晴翔が協力するのはアカンからお前は大人しく嫁とイチャイチャしてなさい
雫がオヤジ化してる笑
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