第百五十一話 不用意な発言にご注意を
綾香とドラマ鑑賞をした翌日。
晴翔は昼食を食べ終えたあと、綾香と一緒に涼太の遊び相手をしながら友哉達が来るのを待つ。
「おにいちゃん、見て見て! お城だよ!」
涼太は最近はまっているブロックの玩具で、塔を作って晴翔にお披露目する。
「お、凄いね涼太君。じゃあ、ここにお城に入る門を作ろうかな」
「壁もあった方がお城っぽくなるんじゃない?」
涼太が作った塔の周りに、晴翔と綾香が門と城壁を付け足す。
一気にお城らしさが増し、涼太が目を輝かせる。
その純粋な反応に、晴翔がほっこりとした気持ちになっていると、ダイニングテーブルで清子と談笑していた郁恵が話し掛けてきた。
「そういえば、一時頃に咲ちゃんたちが来るのよね?」
壁に掛けてある時計を見ながら言う郁恵に、晴翔が頷く。
「はい、多分もうそろそろ来ると思います」
そう彼が返事をしたところで、タイミングよくインターホンの音がリビングに響いた。
綾香がインターホンのモニタで来訪者の姿を確認する。
「はい」
『やっほー綾香、来たよー』
「いらっしゃい、いま玄関の鍵を開けるね」
彼女はインターホンのモニタを切って玄関に向かおうとする。
そこで、ブロックに夢中になっていた涼太が姉のもとに駆け寄った。
「咲おねえちゃん?」
「そうよ。今日は私のお友達がお菓子を作りに来るって言ってたでしょ?」
綾香は涼太に説明しながらリビングを出る。晴翔も咲達を出迎える為に彼女の後に続く。
「おにいちゃん、たくさんお友達くるの?」
「今日来るのは4人だよ」
「僕の知らない人?」
人見知り傾向のある涼太は、ほんのりと不安の滲む顔で晴翔を見上げる。
「涼太君が知らないのは一人だけかな? あとはこの前勉強会で来た人たちだよ」
「えーと、雫おねえちゃんに友哉おにいちゃん?」
「そうそう、よく覚えてたね」」
晴翔が褒めながら涼太の頭を撫でてあげると、彼は嬉しそうに目を細める。
そんな会話をしているうちに、綾香が玄関の扉を開いて咲達を家の中に招き入れた。
「ふぅ、やっほー涼太」
「咲おねぇちゃんいらっしゃい!」
傘をたたみながら挨拶をする咲に、涼太も満面の笑みで近寄ろうとする。
しかし、その隣の友哉を見てピタッと足を止めた。
「……えっと、こんにちは」
涼太は少し後退り、晴翔のズボンをチョンと摘みながらぺこっと友哉に頭を下げる。
「こんにちは涼太君」
少し人見知りモードを発動させている涼太に、友哉はしゃがんで視線を合わせ、ニカッと人懐っこい笑みを浮かべる。
「後でお兄ちゃんと一緒に、美味しいお菓子をいっぱい食べような」
「……うん」
食べ物に釣られやすい涼太が、友哉の言葉にほんのりと嬉しそうに頷いた。
僅かに涼太の緊張をほぐすことに成功し、満足げな笑みを浮かべる友哉。晴翔はその彼の肩が濡れていることに気が付いた。
「おい友哉。肩濡れてるぞ? 傘に穴でも開いてたのか?」
「ん? あぁ、実は来る途中で突風にやられて壊れちまって」
あっけらかんとした様子で笑いながら言う友哉に、綾香が彼を気遣う。
「雨、大丈夫だった?」
少し心配そうな表情を浮かべる綾香に友哉はグッと親指を立てた。
「藍沢さんの傘に入れてもらったから大丈夫!」
友哉はそう言った後、晴翔の方に顔を向ける。
「ハル、俺は藍沢さんとラブラブ相合傘してきたんだぜ? 羨ましいだろ?」
「え? お、おう……そう、だな」
突然の友哉の自慢に晴翔はキョトンとしたあと、取り敢えずといった様子で何度か適当に頷く。
そんな男子二人の会話に、咲が怒った表情を見せる。
「こら赤城君! 勝手にラブラブにしないの! それに大槻君はもっとちゃんと羨ましがりなさいよ!」
「あはは、ごめんごめん」
取り敢えず平謝りする晴翔に、咲は「まったくもう」と腕を組む。
そんな彼女を涼太が好奇心に満ちた瞳で見上げる。
「咲おねえちゃん。あいあいがさってなに?」
「へ? あ、あぁ……それは、えぇっと」
突然の質問に、咲はなんと答えたらいいのか迷い視線を彷徨わせる。すると、涼太は好奇心に満ちたその瞳を今度は友哉へと視線を移す。
「友哉おにいちゃんは、咲おねえちゃんのことが好きなんですか?」
「え!? なな、なんでそう思うのかな?」
予期せぬ涼太の急襲に、友哉は言葉を詰まらせながら問い掛ける。
「だって、らぶらぶって僕のお父さんとお母さんみたいなことを言うんでしょ? お互いに愛し合っている二人をらぶらぶって言うんだよ。じゃあ、友哉おにいちゃんと咲おねえちゃんも、お父さんとお母さんにならないと、らぶらぶって言わないんだよ」
五歳児に真剣に『らぶらぶ』について説明された友哉は、盛大に動揺しながら言い訳をする。
「あ~、いまのはその~……ジョーク! ジョークだったんだよ涼太君!」
涼太は友哉が言った『ジョーク』という聞き慣れない単語に首を捻った。
「おねぇちゃん。じょーくってなに?」
「え? ジョーク? ジョークっていうのは、う~ん、面白い嘘……ってことなのかな?」
綾香が自信無く説明すると、再び涼太は友哉を見上げた。
「うそはダメだよ! 愛をつたえるのはマジメじゃないと伝わらないんだよ!」
彼はそう言うと、晴翔の服の袖をチョンチョンと引っ張る。
「おにいちゃんはマジメにおねぇちゃんに愛をつたえたから、恋人になれたんでしょ?」
「う、うん。そうだよ」
急に話を振られ、晴翔は変に心拍数が上がるのを感じながら、涼太の言葉に頷いた。
それを見て、涼太はいたって真剣な表情で友哉を見詰める。
「だから、友哉おにいちゃんも、咲おねえちゃんと恋人になってらぶらぶになるのには、マジメに愛をつたえないとダメだよ! 嘘はついちゃダメなんだよ!」
まさか、軽い冗談のつもりで放った一言で、ここまでのことを言われるとは予想していなかった友哉。
しかし、純粋無垢で真っ直ぐな眼差しを向けてくる五歳児の言葉を無碍にすることもできず、彼は引き攣った笑みで頷く。
「は、はい。承知いたしました」
友哉の頷きを見て、涼太は満足げに咲の方を見た。
「咲おねぇちゃん、幸せになってね!」
「いやいやいや! 待て待て待て!! 涼太それはまだ早いから! 赤城君と付き合うとかまだわからんから!」
「なんで? 咲おねぇちゃんは友哉おにいちゃんが嫌いなの?」
こてんと首を傾げる涼太に、咲は苦笑しながら涼太の誤解を解こうとあれこれ説明する。
涼太の説得に悪戦苦闘している咲を晴翔は口元に笑みを浮かべながら眺める。
かつての自分も受けた涼太の『なんで?』口撃。その威力の高さはいまだに身に染みている。
「なぁ、ハル。涼太君ってこんなにもグイグイくる子だったのか?」
友哉が小さな声で晴翔に耳打ちする。
「心を開いた人にはな。これから藍沢さんのことで、あまり不用意なことを言わない方がいいぞ?」
「気を付けます……」
晴翔の忠告に友哉は深く頷く。
そこに、咲の説得を受けた涼太が、なにやら神妙な顔付きで友哉の方に顔を向けた。
「ん? な、なにかな?」
「友哉おにいちゃんは、これから頑張らないといけないんですね」
「そ、そうなの?」
「そうなんです。だって『女は海』なんだよ」
そう言って、可愛らしいドヤ顔を見せる涼太。
彼の言った言葉に、友哉は盛大に疑問符を浮かべる。
「海? えっと……はい、頑張ります?」
涼太の言葉の真意を読み取れないまま、友哉は取り敢えず頷いておく。
晴翔も『女は海』の意味が全くわからず、咲の方へと視線を向ける。
その視線の先で、彼女は疲れたように片手で顔を覆っていた。
「藍沢さん、女は海って……」
「私に聞かないで、私も意味わかってないから。でも取り敢えずそれで涼太は納得してくれたから、それでもうそっとしておいて……」
咲はそう言うと、キッと友哉の方を見た。
そして、涼太に聞こえないように小さな声で彼を叱る。
「赤城君! これから涼太の前で恋愛用語を発するの禁止! たとえそれが冗談でも本気でも、一切禁止!」
「わ、わかりました」
友哉に顔を寄せて言い聞かせる咲。
そんな、顔を近付けて話をしている二人を涼太はキラキラとした瞳で見詰める。
それに気付いた咲が、慌てて友哉から距離をとった。
とその時、再びインターホンのチャイムが響いた。
「あ、雫ちゃんたちが来たかも」
チャイムに反応した綾香が、そのまま玄関のドアを開く。
「いらっしゃい、雫ちゃぅきゃっ!?」
扉の向こうにいるのが雫だと思い込んで、にこやかな表情で扉を開けた綾香は、途中で小さな悲鳴を上げる。
「あ、あの……今日はお招きいただきありがとうございます。自分、石蔵和明と言います」
「は、はひ」
扉の向こうに突如現れた、顔面凶器と言っても過言ではない強面の男性に、綾香は完全にフリーズしてしまった。
鋭く貫くような威圧感のある眼光に、短く刈り上げられた頭髪。側面には三本ラインの剃り込みも入っている。
パッと見では堅気の人間に見えない石蔵の風貌。
それに加え、熊を素手で倒したことがありますと言われれば、すんなり頷いてしまいそうな屈強で大柄な体格からは、ヒシヒシと威圧感が感じられる。
「あ、ああ、あのあの……」
扉に手を掛けたまま、口をパクパクする綾香。
そんな彼女の様子を咲が怪訝に思い、綾香の肩越しに来訪者の姿を確認しようとする。
「綾香どうしたのよ。雫ちゃんが来たなら…っ!?」
石蔵の姿を視界に捉えた瞬間、咲もフリーズする。
まるでメデューサと目を合わせて、石になってしまったかのような二人。
そこに、石蔵の後ろからひょっこりと雫が顔を出した。
「こんちはです、アヤ先輩に咲先輩」
「あ、あ、雫ちゃん……」
「や、やっほ……」
「ふむ、うら若き乙女を一瞬で恐怖のどん底に突き落とすカズ先輩、さすがです」
綾香と咲の石蔵に対する反応に、雫は満足げに頷く。
「やはり‟石蔵和明”はこうでなくては」
「変な納得してんじゃねぇ!」
「ひぅ」「ひっ」
石蔵の大きな声に、女子二人がビクッと肩を揺らす。
それを見て石蔵は慌てて頭を下げた。
「あ、すみません。おい雫、変な事言うなよ」
「私のせいではありません。全てはカズ先輩の強面が原因です」
「だから俺は強面じゃ……」
途中まで言い掛けて、彼はハッと綾香達の方にチラッと視線を向けて黙りこむ。
そこに綾香がおずおずと石蔵に話し掛けた。
「あ、あの……晴翔の道場仲間の……」
「あ、そうです。えっと、あなたが晴翔の彼女さんの綾香さんでしょうか?」
「は、はい」
かなりぎこちなく頷く綾香に、石蔵は丁寧に頭を下げる。
「これはこれは、いつもうちの晴翔がお世話になっております」
「あ、いえいえ。こちらの方こそ、いつも晴翔がお世話になってます」
何故か、お互いに晴翔の親のような挨拶を交わす。
しかし、それで綾香の緊張が若干とけたのか、玄関の扉を大きく開いて石蔵と雫を家の中に招き入れる。
「雨も降ってますしどうぞお上がりください。雫ちゃんもいらっしゃい」
「お邪魔します」
「します」
綾香に促されて、二人は東條邸の中に入る。
すると、ちょうど晴翔の隣に立っていた涼太が石蔵と目が合った。
「っ!?!?!?!?!?!」
途端、涼太は一瞬で踵を返すと、脱兎の如く走り去りリビングへと消えていってしまった。
子供好きである石蔵は、涼太の反応がショックだったらしく、明らかにションボリした様子で晴翔を見た。
「……俺、本当に来て良かったのか?」
「大丈夫ですよ。カズ先輩の内面を知れば涼太君も逃げたりしないはずです」
「本当か?」
「……たぶん」
石蔵から顔を逸らして短く返事をする晴翔。
こうして、東條家でのお菓子作りが幕を開けた。
お読み下さり有難うございます。
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