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第百五十話 二つの傘(後編)

すみません。

予定よりも早く書けたので、昼更新します。

 石蔵は片手に傘をさしながら、堂島道場の門の前でスマホを取り出す。


「雫のやつ、寝坊じゃないだろうな?」


 家を出る前に『これから向かうぞ』と連絡を入れていて、それはちゃんと既読になっている。

 そして、彼女の家である堂島道場に着いたのだが、外に雫の姿はなく『門の前にいるぞ』と連絡を入れたのだが、そのメッセージには既読が付かない。


「もしかして二度寝とかしてんじゃないだろうな……」


 石蔵は東條邸の場所を知らないため、雫に案内をしてもらわないといけない。


「はぁ、まったく……」


 彼は一つため息を吐いた後に、門をくぐり道場の入り口の隣にある彼女の自宅の玄関へと足を向ける。

 とその時、玄関の扉が勢いよく開け放たれた。

 そして、その扉の向こうから仁王立ちした雫が姿を現す。


「なんだ、ちゃんと起きてるじゃねぇか」


 服装もしっかりと整えて、身支度を済ませている雫を見て石蔵が言う。


「二度寝してるかと思ったぞ」


 少し離れたところにいる彼女に、石蔵が少し大きな声で言う。

 しかし、それに雫は返事をせず、ただ黙って空を見上げた。


「ん? おい、どうしたんだ?」


 彼女の奇行はいつものことなので、たいして気にした様子もなく石蔵は声を掛ける。

 すると雫は突然、傘もささずに玄関から飛び出してきた。


「おいおい! 傘を持ってこ…」

「とうっ!」


 玄関からダッシュしてきた雫は、そのまま門のところに立っている石蔵にタックルをかます。

 いきなり雫の突進をくらった石蔵は、なんとか片手で彼女を受け止めて転倒を免れる。


「とうっじゃねぇよ! いきなり何すんだっ!?」


「カズ先輩、傘忘れました。相合傘しましょう」


「お前の家は目の前だろうがっ! 今すぐ取りに戻れ!」


 石蔵は雫の意味不明発言に、彼女の玄関を指差して声を荒げる。

 それに対して雫は「むぅ」と不服そうに口を尖らせた。


「私がさっき着替えをしていた時は雨は降ってなかったです」


「それはさっきの話だろ。今は降ってんだから傘を取りに戻れ。ほれ、戻れ」


 石蔵は何度も彼女の家の玄関を指差す。ちなみに、雨は朝から降り続いていて、止んでいた時は一秒もない。

 しかし、雫は頑として彼の傘から出ない。


「嫌です。これで傘を取りに戻ったら、まるで私が雨に屈服したみたいじゃないですか」


「お前は何に抗ってんだよ。そこは素直に屈服しておけ」


「カズ先輩は私を何者だと思っているのです? あの雫ちゃんですよ? 森羅万象に屈しない最強の雫ちゃんですよ?」


「雫ちゃんやべぇやつだな! ったく、しょうがねぇ……」


 石蔵は、傘を取りに戻らせるよりも、このまま一緒の傘で東條邸に向かった方が早いし楽だと判断する。


 諦めたように「はぁ」と小さく息を吐き出して歩き出す石蔵に、雫が「ふふん」と鼻を鳴らす。


「こんな超絶美少女と相合傘ができて、カズ先輩は幸せ者ですね」


「……そうだな。俺は幸せ者だよ」


 適当に返事をしながら歩き出す石蔵。それに合わせて雫も歩き出す。


「そういや、東條さんの家はここから遠いのか?」


「超絶ダッシュでだいたい10分くらいです」


「なんでダッシュ換算なんだよ。それじゃあよく分かんねぇよ」


「じゃあ、3歩進んで2歩退がって向かえば多分1時間くらいです」


「余計に分かんねぇよ!! なんで2歩退がるんだよ進めよ!」 


 先程からボケっぱなしの雫に、石蔵は頭痛に耐えるかのように片手でこめかみを押さえる。


「ちゃんと目的地まで案内してくれよ」


「私のナビゲーションは、最新の地図アプリよりも正確です」


「ほんとかよ……」


 若干げんなりとしながらも、石蔵は東條邸の場所を知らないので、雫に従うしか選択肢は無い。


 同じ傘に入ったまま雫に従って歩き続ける石蔵。

 そんな彼に、彼女がとても曖昧な指示を出す。


「ではカズ先輩、良きタイミングで右に曲がって下さい」


「……良きタイミングっていつだよ。俺は東條さんの家がどこにあるか知らないんだが?」


「先輩、そこは自分の直感を信じて下さい。don't think just feelです」


「俺に帰巣本能みたいな特殊能力は備わってねぇよ!」


「強面なのに?」


「関係ねぇ! つか俺は強面じゃねぇ!」


 反論する石蔵に雫は「またまたご謙遜を」などと返してくる。

 目的地に着くまでにあと何回ツッコミを入れればいいのだろうか。そんな事を考えて疲れる石蔵。


「あ、ここを右です」


「最初から普通に案内してくれ……」


 心から切実にお願いする石蔵に、雫は無表情を向ける。


「カズ先輩、私の足が雨で濡れているのですが?」


「お前が横着して傘を持ってこなかったからだろ」


 もともと石蔵は雫が濡れないように、ちゃんと彼女の方に傘を傾けている。


「これ以上お前の方に傘を寄せると俺が濡れる」


「カズ先輩はいつも血の雨を降らせているのですから、ただの水の雨なんてへっちゃらじゃないんですか?」


「なんだよ血の雨って。んなもんに降られてたまるかっての」


「カズ先輩にはお似合いだと思いますよ? これから先輩のリングネームをブラッディレインKAZUにしましょう」


「リングネームなんかいらねぇよ! つーかダサすぎだろその名前」


 止まらない雫の冗談に、石蔵は呆れながらも律義に反応してあげる。

 そんな彼に、彼女も無表情の口元をほんの僅かに上げた。


「はぁ、この格好良さを理解出来ないとは。だからカズ先輩はいつまで経っても強面のままなんですよ」


「余計なお世話だ。そして俺は強面じゃねぇ!」


 しっかりと強面を否定してくる石蔵に、雫が急に立ち止まり彼を見上げた。


「そうだ。カズ先輩、私をおんぶして下さい」


「は?」


 唐突な提案に、石蔵はポカンとした表情で立ち止まった。


「なんでお前をおんぶしないといけないんだよ」


「カズ先輩におんぶされれば、足が濡れなくてすみます。傘は私が持つので」


「おまえなぁ……」


 石蔵は呆れた視線を雫に向ける。しかし、彼女はそんな視線などお構いなしに『おんぶしろ』と要求してきた。


「はぁ……分かったよ。ほら」


 石蔵は色々と抵抗するのを諦めて、素直に腰を下ろして雫が背中に乗りやすいようにする。

 すると、彼女はすぐさま背中に飛び乗ってきた。


「たく……いい年しておんぶとか、恥ずかしくねぇのかよ」


 先程から呆れっぱなしの彼の言葉に、雫は満足げな声音で返事をする。


「微塵も恥ずかしくありません。逆にいい気分です」


 そう言って、雫は石蔵から傘を受け取る。


「この街を恐怖に陥れている怪人カズ先輩におんぶをさせているので、気分爽快です」


 雫は石蔵の頭頂部を軽くポンポンと叩き「やっぱり私は最強雫ちゃんです」とご機嫌な様子である。


「お前なぁ、あんまふざけたこと言ってっと降ろすぞ」


「カズ先輩は優しいので、そんなことしません」


「うぐっ……調子いいこと言いやがって」


 雫の言葉に全力で顔を顰める石蔵。しかし、満更でもないのか、その口元はほんの僅かに緩んでいる。


 そのまま石蔵は、頭の上から道案内してくる雫をおんぶしながら東條邸を目指す。


 少しの間、ポツポツと傘に雨が当たる音を聞いた石蔵は、おもむろに口を開いた。


「なぁ雫、大丈夫か?」


「なにがです?」


「……晴翔と東條さんのそばにいて、辛くないのか?」


「…………」


 石蔵の問いかけに、雫は無言を返す。

 が、彼の背中に伝わる彼女の身体は少しだけ強張った気がした。


 普段から雫はよく冗談を言うし、揶揄ってもくる。

 しかし、今日はいつにも増してそれが多いと石蔵は感じていた。


 幼い頃からの長い付き合いである彼は、彼女の微妙な変化に気が付いていた。


「あんま余計な事は言いたかねぇけど、もし辛いなら無理すんなよ?」


「……私は猫ちゃんが好きなんですよ」


「猫?」


「はい。とっても可愛くて、引っ掻かれたり噛まれたりしても、一緒に遊びたいって思うんです」


「……そっか」


「はい」


 小さく返事をする雫は、少し黙り込んだあと、いつもの調子で話し出す。


「カズ先輩」


「ん?」


「いまなら私の魅力的な柔らかさを堪能するチャンスですよ?」


「は? 柔らかさ?」


 急に謎の発言をする雫に、石蔵はポカンとする。


「なんだよそれ?」


「またまたとぼけちゃって。そんなこと言って、実は背中に全神経を集中してるんじゃないですか? もしかしたら魅惑の果実が2つ背中に当たるかもって。えっちぃですねカズ先輩は」


「魅惑の果実が2つ? ……あぁ、そう言うことか」


 全然ピンときていなかった石蔵だったが、雫の説明を聞いてやっと合点がいく。それと同時に彼は「がははは」と笑い出した。


「たまにはお前も、笑える冗談を言えるじゃねぇか!」


「む?」


「魅惑の果実か! あははは! まぁ、そんなものはここには存在しないってことだな」


 そう言って笑い続ける石蔵に、一段階声のトーンが低くなった雫が言う。


「なにをそんなに笑ってるんです? 笑うところではないんですが?」


「そうなのか? てか果実じゃなくて木の実じゃないか? 胡桃とかナッツとか、そんな感じの」


「は? はぁー!?」


 石蔵の失礼発言に、雫はトレードマークの無表情を崩し、怒りに眉を上げる。


「何ですかそれは? もしかしてカズ先輩は私が、ひんぬーだとでも言いたいのですか?」


「言いたいんじゃなくて、言ってるんだが?」


 石蔵はいつも強面ネタで弄られているお返しとばかりに即答する。

 それに雫は盛大に反論してくる。


「誰がひんぬーですか! 私はボインボインです!

それどころかもうバインバインですから! ほら! ほらほらほら!」


「いてっ! おまっ! それ握り拳だろうがっ!」


「拳じゃないです! 私のバインバインパイです!」


「そんなゴツゴツなパイがあってたまるかっ!」


「うっさい!」


 雫は石蔵の背中に拳を打ち付けて大暴れする。


「前言撤回を求めます! カズ先輩はいますぐ『雫ちゃんはバインバイン』と大声で言ってください! てか言えっ!」


「んな恥ずかしいこと住宅街のど真ん中で言えるかっ!」


「言わないとセクハラで訴えますよ!」


「訴えれるもんなら訴えてみやがれっ! て、おい! あんま背中で暴れるな! 落ちるぞ!」


「バインバイン雫ちゃんて言えっー!」


「それを言った方がセクハラだろうがっ!!」


 一つ傘の下。

 石蔵と雫は騒々しく東條邸に向かうのであった。


お読みくださり有難うございます。



【お知らせ】

書籍版の第3巻発売日が近づいてきました。

Amazonなどでは1月12日発売となっております。

書店様の方でも15日前後から展開され始めると思います。


3巻も内容の大筋はweb版と同じですが、ところどころ加筆させて頂いております。

そんな3巻について一言だけ。

秋乃える先生の描くケモミミは神です。

そして『ニァア』ではなく『コンコン』で御座います。

お間違えのないように御注ください。

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全エピソード感想記入目標\(//▽//)\ ※戻っていきながら書いているため、今後の展開はわかりますが、わからないときに揃えて感想を記入しています。 雫ちゃん…セクシャル・ハラスメントの意味わかってる…
2025/02/01 19:17 yomo ショーロク@進学へ
ひんぬーにサクランボの木の実
雫ちゃんは健気だな。もし家事代行で綾香ちゃん会わなかったら、雫ヒロインルートがあったのかもしれないな。 ただ晴翔君は奥手だし、雫ちゃんは自分でアピールするタイプではないし、このまま関係で進んでしまうか…
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