第百四十七話 悪戯心
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。
今年は、出来るだけ早い更新頻度と、本作の完結を目指して頑張りたいと思います。
ベッドの上に座り壁を背もたれにする晴翔。
そんな彼に寄り掛かりながら、綾香はジッとドラマを鑑賞している。
「一話終わっちゃった。このまま二話も観るよね?」
「うん。先の展開が気になり過ぎるからね」
晴翔は綾香を後ろから緩く抱き締めながら言う。
「だよね、じゃあ第二話再生するね」
二話目が再生されると、綾香は晴翔の方へ体重を預けながら再びジッとドラマを見入る。
第二話は一話目よりもさらに波乱に満ちた展開となる。
主人公と一緒に行動していた仲間の一人が、何者かによって連れ去られてしまった。
主人公たちは、仲間がとある廃ビルに連れ込まれたことを突き止め、そこに突入する。
「うわぁ……このビルはダメだよ……」
明らかにゾンビがいそうな雰囲気の廃ビルに、綾香は小さく呟きを漏らす。
「この主人公たち、めちゃくちゃ勇敢だね」
晴翔はそう言ってポップコーンを一つ頬張り、ついでに綾香の口にも一つポップコーンを持ってくる。
彼の手によって口元に運ばれてきたポップコーンをパクッと食べてから、綾香は不安そうな声音で言う。
「これ絶対にゾンビが襲ってくるよ……あぁ待って! この人達地下に向かってるよ! うぅ……ダメだよ……廃ビルの地下はダメだよ……」
綾香の忠告が届くはずもなく、主人公たちは地下へと降りていく。
照明が切れて、漆黒の闇に覆われた廃ビルの地下。主人公たちは、手に持った懐中電灯の明かりによる限られた視界の中で、必死に仲間の捜索を行う。
視聴者の恐怖を煽るようなBGMのなか、突如物音が響く。
それと同時に、綾香の身体もビクッと震えた。
「きゃ!? ……なんだ……猫か……」
画面上に映し出される猫に綾香はホッと溜息を吐く。ドラマの主人公も『猫か……』と、彼女と同じセリフを言っていた。
そのことが何だか面白く感じた晴翔は、思わず口元に笑みを浮かべる。
「一旦驚かせてから安心させるっていうのは、ホラーの常套手段だよね」
「うぅ、心臓に悪いからやめて欲しいよ……」
そう言いながらも、展開が気になって先程から綾香の視線は画面に釘付けとなっている。
そこに再度、大きな物音が響く。
それと同時に今度は正真正銘のゾンビが主人公たちに襲いかかる。
「ひゃぁッ!?」
画面一杯に映し出されたゾンビの姿に、綾香は悲鳴を上げる。それと同時に、身体もビクンと大きく震えた。
突然のゾンビの襲撃に、主人公たちは窮地に立たされる。
仲間の一人が、複数のゾンビに捕まれて引きずり倒されるシーンで、彼女は耐えきれなくなったらしく、自身のお腹にあった晴翔の手首を掴み、それで自分の顔を覆う。
「あぁ……みんなやられちゃうよ……」
「これはピンチだね」
綾香は晴翔の指の隙間から画面を覗き込んでいる。
ゾンビの急襲に混乱する主人公たちは、それでもなんとかゾンビの撃退に成功する。しかし、先程引きずり倒された仲間が噛まれてしまってた。
「この人、私結構好きだったのに……もう助からないかな?」
「どうだろ? この廃ビルに敵が確保してるワクチンがあれば助かりそうだけど」
「ワクチンあって欲しいな……」
綾香は晴翔の手を掴んだまま、祈るようにその手を胸にギュッと抱き寄せる。
晴翔は、掌の感触から気を紛らわすように、ドラマをジッと見詰める。
主人公たちは、噛まれた仲間をどうするかで揉めていた。
ゾンビ化する前に始末するのか。
それとも、ワクチンがある事を願って、これからも行動を共にするのか。
仲間の一人が、全員の安全を守るために、噛まれた仲間を見捨てるように強く主人公に詰め寄っている。
そのやり取りを観て、綾香は「私、この人嫌い」と口を尖らせている。
晴翔はそんなことを呟いている彼女にポップコーンを食べさせながら、自分だったらどんな判断をするだろうと考える。
もし噛まれたのが綾香だったら、なにがなんでもワクチンを探すだろうなぁ……。
そんな事をぼんやりと思っていると、主人公たちが決断した。
結局、噛まれた仲間はワクチンで助けるという結論になったようだ。
仲間を見捨てるように強く主張していた人物は、かなり不服そうな態度を示していたが、正義感の強い主人公が、何かあったら責任は自分が全て取るという発言に、渋々頷いていた。
主人公の決断に、綾香が安堵した表情で口を開く。
「この主人公、凄くいい人だよね」
「だね。まぁ、こんな荒廃した終末世界だと、なにかしらの信念が無いと正気を保てないのかもしれないね」
「そっか……ねぇねぇ、晴翔の信念はなに?」
「ん? それは……綾香の幸せ?」
「ッ……もう、ふざけないでよ」
「ふざけてないよ。真面目だよ」
「ま、真面目なの?」
「うん、真面目です」
「そ、そう……」
小さく呟く綾香。
後ろから抱き締めるような格好のため、晴翔からは彼女の表情を見ることができない。
見ることができるのは、ほんのりと赤くなった綾香の耳だけである。
そんな赤く染まった可愛らしい彼女の耳を晴翔が眺めていると、前方から微かに「いつも不意打ちなんだから、もう……ふふ」と聞こえてきた気がした。
ドラマのシーンとは正反対の雰囲気をまといながら、晴翔と綾香は主人公たちの先行きを見守る。
再び暗闇の中を捜索する主人公たち。
綾香は先程のゾンビ襲撃シーンがトラウマだったのか、最初から晴翔の手で自分の顔を覆い、指の隙間からチラチラと鑑賞している。
「それだと見にくくない?」
「でも普通に見たら怖いんだもん」
「指の隙間からなら平気なの?」
「うん。これならちゃんと観れる」
晴翔の掌で顔を覆いながら、コクコクと頷く綾香。
彼女は、何か起こりそうなシーンになる度にピクッと身体を震わせている。そんな綾香を後ろから見ている晴翔の心の中で、むくりと悪戯心が首を持ち上げる。
いま晴翔の目の前には、彼女の耳がある。
それを視界に捉えて、彼はふと思い出す。
以前、綾香に散々耳たぶをハムハムされ続けたこと。
そして、その経験したことがない刺激をひたすらに耐えなければいけなかったことを。
綾香はいま、恐怖に耐えながらも集中してドラマを観ている。
晴翔はドラマと綾香の耳たぶを何度か交互に見ると、おもむろに彼女の耳に顔を寄せた。
「ウゥ~ガオッ!」
そして、彼はゾンビの唸り声に似せた声を出しながら、カプッと綾香の耳たぶを甘噛みした。
途端、彼女の口から悲鳴が上がる。
「ひやあぁぁぁーーッ!!」
悲鳴と共に、綾香の身体が数センチほどピョンと跳ねる。
それを見て晴翔は、人って座っててもこんなに跳ねることができるのかと感心した。
これが火事場の馬鹿力ってやつかな?
などとのんきなことを考えていると、綾香がとてもゆっくりとした動作で、ポータブルDVDプレーヤーのリモコンを手に持ち、これまたゆっくりと一時停止ボタンを押す。
ピッという音と共に、主人公たちは動きを止めて、それと同時に部屋が静寂に包まれる。
しばしの沈黙が流れた後、俯いた状態の綾香がゆっくりゆっくりと晴翔の方を振り返った。
「は~~る~~と~~!」
彼女はうっすらと涙がにじんだ瞳で、キッと晴翔のことを睨む。
「あぁ……ごめんね?」
「もう! バカバカバカバカッ!! 凄く怖かったじゃん!!」
綾香は身体ごと晴翔の方を向くと、彼の胸付近を両方の拳でポカポカと叩いてくる。
「前、綾香に耳たぶをかじっても良いよって言われたから、つい」
「今じゃないでしょ!? タイミングおかしいよね!? 耳たぶかじるなら他のタイミングにしてよッ!!」
「今じゃなかったら、いつでもかじっていいの?」
「良いよッ!! むしろかじって欲しいよ! でも今はダメでしょ!! ねぇ! ダメだよね!?」
ポカポカ叩きながら声を荒げる綾香。
どさくさに紛れて、彼女の願望が紛れていたような気もしたが、いまはそこをツッコむ時ではないと晴翔は判断する。
「ごめん、ごめん。もうしないから」
「うぅ、さっき信念を聞いたとき、私の幸せって言ってくれたのに!」
平謝りする晴翔に、綾香はこれでもかという程に唇を尖らせてみせる。
「わかった。これからは綾香の幸せのために全力を尽くすよ」
「本当に?」
「うん、本当に」
「じゃあ、私の言うこと何でも聞いてくれる?」
「……なんでも聞くよ」
綾香からのお願いに、晴翔はほんの僅かに間を空けるが、結局は頷く。
そんな晴翔の反応に、綾香は満足そうな表情を見せ、再び晴翔の足の間に腰を降ろす。
がしかし、すぐに振り返って晴翔の方を向く。
「ん? どうしたの?」
「もう驚かすのは無しだよ?」
「もう絶対にしないよ」
晴翔の言葉に綾香は前の方を向くが、やはりすぐに後ろを向いてしまう。
「神に誓ってもう驚かさないよ?」
「ん~……あっ! そうだ。ねぇ晴翔、ポジションチェンジしよ?」
「え? それは俺と綾香で前後入れ替わるってこと?」
「うんうん」
綾香はそう言って頷くと、早速立ち上がって晴翔の背中に回り込む。
「はい晴翔、ちょっと前に移動して」
「このくらい?」
「そのくらい」
晴翔が前に移動してできた、壁と彼の背中の隙間に綾香は身体を滑り込ませる。
そして、両足で晴翔を挟み込み、更に腕を伸ばして背後からぎゅっと彼の背中に抱き付く。
「これなら驚かされないで済むし、怖いシーンになったら晴翔の後ろに隠れられる」
綾香は晴翔の肩から覗かせていた顔をサッと背中の方に移動させて「一石二鳥だ」と嬉しそうに言っている。
「……綾香? これ、もうちょっと隙間空けて座らない?」
晴翔はちょくちょく背中に伝わる感触に気を取られながら、綾香に提案してみる。
「ダメです」
しかし、案の定彼の提案は一瞬にして却下されてしまった。
「それじゃあ、ドラマ鑑賞再開しよ」
「了解です」
晴翔は綾香に背後から抱き付かれながら、リモコンに手を伸ばしてドラマを再生する。
その後、晴翔は背中に伝わる感触や、肩越しにひょっこり現れる綾香の横顔の可愛らしさに悶絶しながらドラマを観賞する羽目になってしまった。
「もし耳たぶをかじられても、晴翔に拒否権はないからね? さっき何でも言う事聞くって言ったからね?」
「……甘んじて受け入れます」
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