第百四十五話 東條綾香の決意③
またまた更新が遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。
次話はもっと早く更新できると思います。
夕食を食べたあと、私はソファで寛ぎながらスマホでSNSを流し見する。
ちなみに晴翔はパパに取られちゃって、いまは二人で将棋をやってる。
「ふむふむ、なるほどなるほど……」
難しい顔をして将棋の盤面を眺めるパパ。
晴翔も真剣な表情でジッと盤面を見詰めてる。
う~ん、パパに晴翔を取られちゃったのは悔しいけど、でも真剣な彼の横顔を見れるのは嬉しい。
軽く顎に手を添えて思考に耽る晴翔は、なかなか様になっていて格好良い。
……こっそりと写真撮っちゃおうかな?
晴翔の横顔を見詰めながらそんなことを考えていると、ふと彼と目が合う。
「っ!?」
「ん?」
鋭く盤面を見詰めていた晴翔の眼差しが、私と目が合うと柔らかいものに変わる。そのギャップに、私の胸がきゅんと高鳴る。
きっと顔は赤くなっちゃってるんだろうなって思いながら、私は晴翔に話し掛けた。
「どう? 勝てそう?」
「う~ん、修一さんの玉将はつかみどころが無くて、攻め切れるかどうかちょっと読めないんだよね」
「へぇ~そうなんだ」
将棋の事はよくわからないけど、パパの『玉』と書かれた駒は周りがスカスカで、逆に晴翔の『王』は周りに駒がギュッと固まってて、何となく晴翔の方が守りが固そうに見える。
晴翔はまた盤面に視線を戻して、真剣な目付きで深く考え込んじゃう。
はぁ~……やっぱり格好良い。
早くパパとの将棋が終わって、私に構ってくれないかなって思いながらも、もう少しだけ、いまの晴翔の横顔を眺めていたいっていう願望も私の胸の中で渦巻く。
いつまでも見続けられる彼の横顔を眺めて幸せな気持ちになっていると、ダイニングテーブルで日記を書いていた清子さんが、私の隣にやって来た。
「綾香さん、隣いいですか?」
「はい、もちろんです。……それは、編み物ですか?」
清子さんは「よいしょ」と言いながらソファに腰掛ける。その手には糸の束と二本の棒を持っていた。
「はい。今まで使っていたお買い物バッグが傷んできたので、その代わりのものを作ろうかと」
「エコバックを自分で作るんですか? 凄いですね!」
「編み物は慣れてしまえば簡単ですよ」
清子さんは柔らかな笑みでそう言うと、眼鏡をかけて淡いベージュ色の糸を束から引き出す。
「編み物、ちょっと見てても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
編み物に興味が湧いた私は、清子さんの手元を覗き込む。
清子さんは伸ばした糸を左手に絡めると、右手に持った棒にクルクルと糸を巻いていく。
「編み物ってなんとなく冬のイメージがありました」
「マフラーやセーターを編み物で作る人が多いですからね。でも、糸の種類を変えれば、暑い時期でも使えるものを編めますよ」
清子さんはそう話しながら、手際よく糸を編みこんでいく。
「わぁ! なんか魔法みたい」
何もなかったところに、あっという間に生地が出来上がっていく様子がとても面白くて、思わずジッと見入っちゃう。
「ふふふ、綾香さんも編み物やってみますか?」
「私でも出来ますか?」
「もちろんできますよ。いま私は棒針で編んでいますけど、かぎ針というのもあって、そちらを使うと棒針よりも簡単に編めると思いますよ」
「そうなんですか? じゃあ、やってみたいかも……」
「まず練習で、今年の冬に使えるようなマフラーを編んでみてはどうですか?」
「マフラー良いですね!」
私の勝手なイメージだけど、編み物といえばマフラーって感じがする。
それに、ちゃんと上手に作れたら、今年のクリスマス……手編みのマフラーを晴翔にプレゼントしちゃったり?
その時のことを想像して、私はチラッと晴翔の方を見る。
パパとの将棋は終わったみたいで、いまは二人で楽しそうにさっきの勝負の振り返りをしていた。
にこやかな笑みを浮かべて、パパに「あぁ、その手がありましたね」なんて話している晴翔をチラ見している私に、清子さんが編み物の魅力を教えてくれる。
「編み物は、自分好みの素材や色で作れますし、慣れてくれば編み方をアレンジして、色々な模様を入れられますよ」
「清子さん! 今度私に編み物を教えて下さい!」
晴翔に手編みのマフラーをプレゼントする!
そんな野望を胸に秘めて、私は清子さんにお願いする。
「はい。喜んでお教えします」
私のお願いに、清子さんは嬉しそうに頷いてくれた。
そこに、お風呂に入っていたママと涼太がリビングにやって来た。
「おにいちゃん遊ぼー!」
リビングに入って来るなり、涼太は晴翔目掛けて突進してる。
むぅ……今度は涼太に晴翔を取られちゃった。
晴翔は家族皆に気に入られちゃってるから、彼が家にいてもなかなか独占する事が難しい。まぁ、気に入られているのはいい事なんだけど……。
でも、今日はこのあと一緒に咲から借りたドラマを観るから、いまは涼太に晴翔を譲ってあげないとね。ここはお姉ちゃんとして、ガマンガマン。
私はそう自分に言い聞かせて、お風呂から上がってきたママに視線を向ける。
「ねぇママ。あとで書斎にあるモニター借りていい?」
「いいわよ。部屋で映画でも観るの?」
「咲から海外ドラマのDVDを借りたから、後で晴翔と一緒に観るの」
「あらそうなの。全然自由に使ってもらって大丈夫よ」
「ありがとう」
ママからポータブルDVDプレーヤーの使用許可を取った私は、清子さんに「お風呂先に入りますか?」と尋ねる。
「いえいえ、私はもう少しこれをやりますので、綾香さんが先にどうぞ」
「わかりました。じゃあ先にお風呂行ってきます」
清子さんに軽く頭を下げてから、私はお風呂場に向かう。
そんな私の耳に、晴翔と戦隊ごっこをして遊んでいた涼太の声が響く。
「おにいちゃん、おねえちゃんと一緒にお風呂入らなくていいの?」
「だ、大丈夫だよ。いまは涼太君と遊んでいるからね」
「そっか!」
元気な涼太の声と、動揺した晴翔の声を聞きながら、私はお風呂場に向かう。
私がお風呂から上がったあとも、涼太は晴翔とずっと遊んでいて、結局涼太が寝る時間になるまで、晴翔は取られたままだった。
「ふぅ~やっと晴翔を独占できる……」
ようやく部屋で彼と二人きりになれたことに、私はほっと一息ついた。
「涼太君は毎日元気だよね」
「涼太もそうだけど、パパもなにかと晴翔と遊ぼうとするじゃん?」
「ははは、そうだね」
今日は将棋だったけど、その他にも釣りの話を熱心に語ったりキャンプ道具について語ったり、庭で一緒にキャッチボールをやろうって誘ってる時もあった。
パパはもう、晴翔のことを本当の息子だと思ってそうなんだけど……。
晴翔はパパの言うことを何でも興味深そうに聞くし、基本断らないから、パパも調子にのっちゃうと思うんだよね。
「パパが少しでも鬱陶しいって思ったら、ハッキリ言っちゃっていいからね?」
「鬱陶しいって感じたことは一度もないよ」
私の言葉に、晴翔は「あはは」って苦笑する。
こういう優しいところが、晴翔の良いところだし私の好きなところでもあるんだけど、それが原因で皆が晴翔を奪いにくるのは、彼女としてはちょっと悩ましいんだよね。
家族に気に入られて嬉しいけど、その反面、独占できないのがちょっと辛い。
これが恋のジレンマっていうのなのかな?
そんなことを考えながら、私は部屋に持ってきたポップコーンをテーブルの上に置く。
晴翔は書斎から持ってきたポータブルプレーヤーを同じくテーブルの上に置いた。
「どんな感じで観る?」
「晴翔を膝枕しないといけないから、ベッドの上で観よ?」
「あぁ、そっか膝枕か」
晴翔は膝枕の事を忘れてたみたいで、ほんのりと頬が赤くなってる。
可愛い彼の反応に、私は嬉しさを感じながら、ベッドに上がる。
壁際にクッションを置いて、それを背もたれにして座る。
「はい晴翔、どうぞ」
私が自分の太ももをポンポンと叩いて晴翔を招くと、彼は赤い顔のままゆっくりとベッドに横になって私の腿に頭をのせた。
「足が痺れたら言ってね」
「うん、ありがと」
そう返事をしながら、私は早速晴翔の頭を撫でる。
柔らかい彼の髪が指に絡んですっと抜けていく感触を楽しんでいると、晴翔が僅かに身動ぎする。
「くすぐったい?」
「いや、大丈夫なんだけど……」
「なんだけど?」
「その、綾香からボディソープの香りがして……」
「イヤ?」
「嫌じゃないです……むしろ良い……良すぎてちょっと、落ち着かないというかなんというか……」
「ふふふ、嫌じゃないならこのままで良いよね?」
「……はい」
素直に頷く晴翔に、私は笑みを浮かべながら、ポータブルDVDプレーヤーのリモコンを手に取る。
「じゃあ、ドラマ観よっか」
「そう、だね」
晴翔と過ごす金曜日の夜。
彼を独占できる幸せで貴重な時間を目一杯楽しまないと。
私は晴翔の頭を撫でながら、ワクワクと高鳴る胸でドラマの再生ボタンを押した。
綾香の決意:晴翔との華金を満喫するぞ!
咲から借りたドラマ。
そのホラー要素の怖さを
彼女はまだ知らない……。